バスに揺られ、都内にある電波塔に来た。愛称は東京タワー、正式名称は日本電波塔。高さ333メートルの鉄骨構造の電波塔である。
電波塔の展望フロアを睨みつける宮田がここにいない寂しさを振り払って、俺は電波塔を見上げる。待っていろ、忌々しい召喚の門め。
フットタウン一階からエレベーターに乗り、地上150メートルの大展望台二階へと上がる。
平日の昼過ぎなので、それほど混んではいないが、他校の生徒も来ている。あっちにいるのは、俺達同様に召喚の門に吸い込まれて命を落とす悟暁高校の生徒だ。
日向茜さん、白蕗空さん、雲川潤さんが近づいてきた。白蕗さんが小声で言う。
「それでは私達は化粧を直しに参りますので」
「うん」
多目的トイレに身を隠すことを「化粧を直す」と言うのが正しいのかどうか、俺にはまだ答えが出せていない。
さてと、俺の方は、男子トイレに行くタイミングを考えないとな。
前周では宮田に促されて男子トイレに直行して、時間を持て余してしまった。実際のところ、そんなに急いで男子トイレに向かう必要はないわけだ。
大展望台一階に降り、景色に目をやる。そう言えば、二十七歳男性がすぐ近くにある豆腐屋で会席料理を食べるんだっけか。豆腐屋の会席料理とはどういうものなのだろうか。冷奴や湯豆腐を延々と食べ続けるのだろうか。その店を探してみようかとも思ったが、豆腐屋の屋根を見分ける手段が俺にはなかった。
遠くの景色を見てみる。南西の方角に富士山が見える。ビル群の向こうに山脈があり、その山脈からちょこっと頭を出しているのが富士山だ。東京から富士山が見えることには感動を覚えるが、期待していたよりもずっと小さいと思った。
さて、結局のところ、下りエレベーター乗り場前の召喚の門出現地点を見に行く危険を冒すわけにもいかないし、召喚の門と対峙することを考えるといつまでも景色を眺めている気分でもないので、俺は男子トイレに向かった。
男子トイレに移動し、用を足してから、洗面台のところで直す意味もないような前髪をちまちまと直していると、一人の男子に声を掛けられた。
「あの〜、芙鶫高校の小林くん、ですよね?」
細身な感じというか、ひょろっとした男子で、悟暁高校の制服を着ている。誰なんだろう。
「そうだけど、えっと?」
「ああ、俺、悟暁高校の崩山一輝といいます。えっと、白蕗さんって子に言われて、男子トイレで待つように言われたんすけど」
なるほど、悟暁高校に五人の能力者がいるということだが、そのうちの一人ということか。
「俺は小林光夫です。白蕗さんからは、どれくらい話を聞いているんですか?」
俺はまず相手の知識を確認する。能力のこととか時間の巻き戻りについて話をしたあとに、相手がただの普通の高校生だった、なんて事態は避けたい。いや、白蕗さんの名前が出ている時点で、それはないとは思うのだが。
「召喚の門ってのと、これから何が起こるのかは聞いてます、はい」
なるほど。この物語の設定はだいたい理解してるんだな。というか、自分で質問しておいてなんだが、召喚の門の話は人のいる場所でするようなものでもないような気がする。
「人のいる場所ではこの話はやめておこうか。あと、敬語は使わなくていいですよ」
「ああ、はい。それはそうと、聞いて下さいよ。こないだ、学校で授業を受けてたら、文部科学省から表彰された生徒がうちの高校に来て、何か話があるってことでうちの生徒が何人か呼び出されて、めっちゃびっくりしましたよ」
えっと、何だこの人、急に自分語りを始めたぞ。
「それで、俺も入れて五人が呼び出されたんすけど、文部科学省っていうから何か難しい話をするのかと思ったら、あなた達には特殊な能力がありますよねって言われて、めっちゃびっくりしましたよ」
いやいや、召喚の門の話はやめておこうって言ったら、能力の話をし始めたよ。
「ちょい待ち。人のいる場所ではこの話はやめておこうか」
「そうすね。でも聞いて下さいよ。俺って美味しいものが好きなんすけど、なぜか食べたものに含まれているものが全部分かってしまうんすよね。めっちゃ不思議だったんすけど、白蕗さんに言われて、それが俺の能力だって言われて、めっちゃびっくりしましたよ」
何だコイツ、人の話を聞けよ、能力の話はやめい!