二月五日(水)25: 当然でしょ!
病院からの帰りは、最寄駅まで行って各自電車で帰宅することになった。
最寄駅までの道すがら、俺は白蕗さんに気になっていたことを訊くことにした。
「白蕗さん、前の周のことだけど、俺の能力について説明するとき、体内時計を調整する能力だって言ったよね」
「はい。小林さんの能力は、体内時計を調整する能力ですね」
えっと、やっぱりそれだけか。
「俺ってアイスの当たりを引くとか、失言をしてしまったりとか、そんなときに時間を巻き戻しているみたいなんだけど、それって何なのかな」
「はい。小林さんの意思をきっかけに発生している現象ですが、小林さんの能力ではありません。現にその瞬間には小林さんは能力を発動していないのですよ。宮田さんがそれを小林さんの能力だと思っている可能性はありますが」
そうなんだ。
「俺の能力じゃないにしては、ずいぶん俺に都合のいい感じだけど」
「はい。第三者が小林さんの様子を伺っていて、小林さんに不都合なことがあったときに能力を使っている可能性はありますが、第三者が監視する余地のない場面でも発生しているので、今のところ判断は保留しています」
そうなんだ。
じゃなくて、マジか。
「何だか怖いんだけど、宮田じゃないんだよね?」
「はい。たとえば廊下での衝突回避は宮田さんがいない場面で発生しており、私は周囲を確認いたしましたが能力者は存在しませんでした。私の能力の及ばぬところから監視している可能性ももちろんありますが」
余計に怖くなってきたぞ。
「白蕗さんの能力の及ぶところってどれくらい?」
「はい。集中力によって変わるのですが、小林さんとの衝突回避は何度も観測しているので、半径2キロメートルほどは探索いたしましたが、未知の能力者の存在は確認できませんでした」
半径2キロメートルって、余裕で学校の外まで視えるのね。これはこれで恐ろしい。
白蕗さんが小さな溜息をついた。
「悪用するつもりなんてありませんよ」
「えっ、いや、心を読まないでください」
白蕗さんはしばらく無言だったが、改めて溜息をついた。
「いいえ。心を読んでいるわけでも、風を視ているわけでもありません」
「えっ」
「小林さんは、考えていることが全て顔に出るのですよ」
「えっ」
思わず顔を撫でてみるが、それで何かが分かるはずもなかった。
そうか、白蕗さんは俺が心の中で思ったことにも普通に「はい」とか返事して話していたから心を読んでいるものだと思い込んでいたけど、全て顔に出ていたのか。
ということは、白蕗さん以外にも俺の考えはバレバレの見え見えだったりしたってことだろうか。それとも白蕗さんの観察眼だからこそなんだろうか。ちょっと恥ずかしくなってきたぞ。
「ところで、宮田は時間が巻き戻っても記憶があるから時間が巻き戻ったことに気づいたみたいだけど、白蕗さんはどうやって知ってるの?」
「はい。小林さんを包む風が、時間が巻き戻った部分だけ皺になって折り畳まれて二重になって視えるので、そこで知ることができます」
なるほど。やっぱり白蕗さんの能力は万能な感じがするなぁ。いや、白蕗さんの使いこなしがすごいのかも知れないけど。
俺の能力も、使いこなしようによってはもっと違う使い方ができるだろうか。
俺が白蕗さんと話している間、日向さんと雲川さんが別の話をしているのが耳に入ってきた。別に聞き耳を立てていたわけではない。聞こえてしまっただけだ。
「それで、病室で宮田くんとどんな話をしたの?」
日向さんの声だけで、真ん丸な目をキラキラさせている表情が脳裏に浮かぶ。
「べ、別に変な話はしてないわよ。宮田くんのお義母さんもいらっしゃるのに」
おや、また「お母さん」ではなく「お義母さん」って言ったかな。いや気のせいだと思うけど。
「変じゃない話はしたんだ。どんな話をしたの?」
日向さんの追撃、エグいな。俺が学校の屋上でやられたときは勘弁してほしいと思ったものだが。
「明日になれば分かることだから言うけど、私も修学旅行には行くから」
「えっ、どういうこと?」
宮田とどういう話をしたのかという質問に対して、その答えはどう繋がっているんだろうか。
「宮田くんはもう大丈夫みたいだし、それにその、宮田くんに、頼まれたから」
雲川さんの語尾が小さくなってよく聞こえない。召喚の門について何か確認するように頼まれたのだろうか。
「何を頼まれたの?」
日向さんの声色には好奇心が盛り盛りだ。
「何を頼まれたの?」
日向さんが同じ台詞を繰り返す。ああ、俺も学校の屋上で「見たよね?」という台詞を繰り返し言われたっけ。
「わ、分かったわよ、小林くんのことを頼むって言われたのよ」
雲川さんは声を潜めて言ったが、しっかり聞こえてしまった。
「それだけ?」
日向さんが追撃する。
「それだけ?」
日向さんの追撃は止まらない。怖いなあ。
「えっと、その、こんなことを頼めるのは雲川だけだって」
「キャー!」
う、うん、何だか聞いてはいけない女子トークを聞いてしまっているような気がする。
別に聞き耳を立てて聞いていたわけではないので、聞かなかったことにしておこう。
そうこうするうちに、最寄駅に着いた。
「それでは皆さん、明日は修学旅行ですが、小林さん以外は、各自の判断で参加・不参加を決めてください。私としましては、能力の向上が見られるようでしたら、召喚の門に対して使ってみていただきたいとは思いますが。私は悟暁高校の能力者五人と落ち合うことになっていますので参加します」
俺が召喚の門で粉々にならないと時間の巻き戻りが起こらないから、俺はどちらかというと強制参加に近いよな。それに、通用するかどうかまったく分からないが、体内時計を調整する能力を召喚の門に対して使ってみなければ。
「私はちょっと思いついたことがあるから、試してみようと思ってる」
日向さんはすでに何か思いついているようだ。日向さんに未来を変える力があると信じたい。
「私も修学旅行に行くわ。私も確認したいことがあるから」
雲川さんも修学旅行に行くらしい。へえ、初耳だな。俺は何も聞いていないから、初耳だ。雲川さんの頬が少し赤くなっていることにも気づかない。
余計なことを考えたのが顔に出たのか、雲川さんに睨まれた、ような気がする。雲川さんがぷいっと顔を逸らしてしまったので気のせいかも知れないが。
「小林さん、顔に出ていますよ」
白蕗さんにご指摘をいただいた。
そういえば、あのときはどうだったんだろうか。
「弓道場で雲川さんの能力を確かめたとき、俺って余計なことを言っちゃったのかな、それとも顔に出ているのを読み取られたのかな」
「はい。あのときは時間が巻き戻っていますので、小林さんはしっかりと余計なことをおっしゃっていますね」
やっぱりそうか。
「でもなんで、雲川さんはそれを覚えているんだろう」
俺の疑問に応えたのは、他でもない雲川さんだった。
「さっき私が話した、宮田くんが弓道場を飛び出したあとの話を思い出しなさいよ。宮田くんは私に言ったのよ。『光夫が俺に何かするわけねーだろ。雲川は光夫が俺に何かやってると思って卑怯とか言っちゃったけど、光夫はそんなことしねーよ。光夫は光夫で、ムキになって雲川に卑怯って言い返しててどうかとは思うけど』って」
「あっ、そうか、それで雲川さんは思い出したんだ」
俺は納得しつつ、背中を冷や汗が大量に伝うのに気づいていた。
ああ、月曜日に雲川さんが能力を使わずに自力で全ての行射で的の中心に中てたのって、それが原因なのか。
『どうよ、能力を使わずに、全て正鵠を射てやったわよ、これでもう卑怯者だなんて言わせないわ!』
やっぱり俺は余計なことを言っちゃっていたんだな。いや、なんなら喧嘩を売っていたんだな。
雲川さんはふっと表情を緩めると、俺に向かって言った。
「今までちゃんと言えてなかったけど、あなたが宮田くんに何か悪いことをやっていると思い込んで、卑怯だと言ったことは謝るわ。ごめんなさい」
そして深々と頭を下げる雲川さん。えっと、ちょっとこの展開は予想していなかった。雲川さんに対して苦手意識があったけど、こちらとしても誠心誠意応えるべきだな。
「いや、こちらこそ、ごめんなさい。宮田が言う通り、ちょっとムキになって言い返してしまったみたいだけど、雲川さんの弓道の腕前は練習の賜物だと思うし、それより、行射のときに能力を使うかどうかを自分でコントロールできるとか、俺にはできてないことができているんだから、本当にすごいと思う」
俺としても、今までちゃんと言えてなかったことを言ってみた。
「当然でしょ!」
雲川さんがドヤ顔でふんぞり返った。
ああ、宮田がここにいたら、どんな反応を示しただろうか。
今の宮田の状態だと、卒倒では済まなくて、致命的な事故になりかねない気もするけど。
「それでは、明日は宮田さんはいらっしゃいませんが、私達はできることをいたしましょう」
白蕗さんの閉会の辞により、俺達は解散し、家路についたのであった。




