二月五日(水)19: 宮田くんの目が覚めた
宮田の病室のほうから一人の看護師が急ぎ足でやってきた。
「ちょうどいいところへ来た。毛布と温かい飲み物を」
院長先生が話し始めるのを遮るように、看護師が告げた。
「院長、患者が意識を取り戻しました」
「そうか。毛布と温かい飲み物を。何だって?」
院長先生の漫才に耐えきれなくなったのか、雲川さんが割り込んだ。
「宮田くんの目が覚めたんですか?」
雲川さんはそう言うなり答えを聞かずに病室のほうへ走り去った。
俺は一応、院長先生と看護師の話を聞くことにする。
「患者が意識を取り戻しました。会話もできる状態です」
看護師が先程と同じ台詞を繰り返し、院長先生は「そうか」と一言だけ告げて看護師と共に宮田の病室に向かった。
うん、話は聞けなかったわけで。
俺も宮田の病室に向かおうと思ったが、おそらく今は病室も混乱しているだろう。雲川さんがすっ飛んで行ったし、病室に何人も押しかけるのは迷惑かも知れないな。
「ちょっと落ち着くまで待ったほうがいいかもね。宮田くんはもう一刻を争うわけじゃないみたいだし」
日向さんが宮田の病室のほうを見ながら呟くように言う。少なくとも宮田に関しては、『明鏡止水』の雲川さんより日向さんのほうが冷静だな。
「はい。状況が許せば、院長先生が声をかけて下さるでしょう」
待合椅子の白蕗さんが日向さんに同意する。じゃあ、しばらく待つとするか。
宮田はどうやら心配しなくてもよさそうだが、そうなると今度は白蕗さんが心配だ。
「それはそうと白蕗さん、さっき言ってた、いろいろ削ったってのは?」
「はい。ああ、言わなくてもいいことを言ってしまったかも知れませんね。ご心配には及ばないことなのですが」
おっと。俺が心配していることを悟られたのだろうか。
「心配だよ。今もまだ顔が真っ青だよ」
日向さんは白蕗さんを問い詰めるような口調だ。心配には及ばないという分かりやすい嘘を日向さんも見抜いたんだろう。
「はい。言ってしまったのですから、隠し通すことはできませんね。私ながら迂闊でした」
白蕗さんが観念したようだ。
「それで、削ったってのは?」
「はい。私の能力は、風の力を借りて疲れを癒すことができるのですが、先ほど私がつい激昂して口を滑らせてしまったとおり、風の力を借りて怪我や病気を治すことはできません」
えっ。
「白蕗さん、宮田くんを治し切れなくて、どんな怪我や病気でも治せればいいのにって言ってたよね?」
日向さんが俺の訊きたかったことを訊いてくれた。
宮田を治し切れなかったということは、ある程度は治せたということなのではないだろうか。それなのに怪我や病気を治すことはできないというのは、どういうことだろう。
「ああ、はい。宮田さんを治し切れなかったのは事実ですが、えっと、そうですね」
どうしよう、白蕗さんが支離滅裂だ。
白蕗さんは目を閉じると、小さな溜息をついた。
「やはり私も脳の性能が落ちると駄目ですね」
「えっ。睡眠不足、じゃないよね?」
思わず訊いてしまったが、白蕗さんが突然睡眠不足になる要素ってないよな。
「いいえ。睡眠不足ではありません」
ですよね。
俺は宮田の病室で、白蕗さんの能力にはペナルティはないのだろうかと疑問に思ったことを思い出した。俺は能力を大人数に対して使って、ひどい疲労に襲われた。宮田が能力をどう使ったのかは不明だが、集中治療室に入れられるほどのダメージを負った。
では、白蕗さんの能力に限っては、自分と相手を交互に回復すれば無限に使える、そんな都合のいい話があるだろうか。いや、どうやら、そんな都合のいい話があるわけもないようだ。
白蕗さんは、宮田に何をしたんだろう。そして今、白蕗さんには何が起こっているんだろう。




