宮田の病室が騒がしくなったのは、その時だった。
集中治療室に、医師や看護師が頻繁に出入りしている。そのことが意味するのは患者の容態に大きな変化があったということだ。素人の俺にも分かる。ただ、宮田の容態がよくなったのか悪くなったのかは、素人の俺には分からない。
不安を胸に、俺達は宮田の病室に向かった。
宮田の病室の出入口は開放されていて、病室内の様子は伺えそうだ。病室を覗くと、宮田の周りを医師や看護師が取り囲んでいて、何やら作業をしているようだ。
「今は病室には入れませんよ。治療の妨げにならないようにどいてください」
という趣旨のもうちょっとキツい言葉を看護師からいただいて、俺達は病室の向かいの壁に張り付いた。しかしこれでもやはり作業の妨げになりかねないということで移動するように言われた。
それで俺達は先程の待合椅子のところまで戻ることにしたのだが、その時点に至ってようやく俺は白蕗さんがいないことに気づいた。宮田の病室の前まで来たのは、雲川さん、日向さん、俺の三人だけだ。
廊下の先、待合椅子を見ると、白蕗さんはそこに腰掛けたままだ。俺達は待合椅子のところに戻った。
「宮田の容態に変化があったみたいだけど、詳しくは分からなかった」
一応、病室を見てきた結果を白蕗さんに報告してみたものの、してもしなくても変わらないような報告だな。むしろ、病室まで様子を見に行ったところで素人の俺達に何かが分かるわけでもないんだから、白蕗さんみたいに落ち着いて待っていればよかったんだ。
「白蕗さん、大丈夫?」
日向さんが白蕗さんに声をかける。えっと、大丈夫とは?
「はい。私自身も回復はしていたのですが、今は両足に力が入らなくて立てないだけで、大したことではありません」
えっ、大したことじゃん!
俺は恐る恐る白蕗さんに訊く。
「ぜんぜん大丈夫に聞こえないけど。白蕗さんの能力で、疲労は回復できるんじゃないの?」
「はい。疲労は回復できるのですが、傷んだ体組織の修復などは私としましても初めての試みでしたから、少しばかり、私の体の中身もいろいろ代償として削ってしまいました」
白蕗さんが何を言っているのか分からない。いつもは言っていること自体が理解できないが、今回は何を言っているのかは理解できるのに何を言っているのか分からない。
よく見ると、白蕗さんの顔色が薄い。顔色が悪いというより、何かが薄れているように見える。
「ちょっと待って」
俺は白蕗さんの手を取る。冷たい。なんなら生気を感じない。白蕗さんの手を俺の手で挟んで温めようとするが、むしろ俺の体温が吸い取られるようにすら感じる。
俺の表情で察したのだろう。日向さんが白蕗さんに両手をかざす。
「精霊えいっ」
これで白蕗さんの体温は4℃くらい上がったはずだ。日向さんの能力では一度加熱した水は再加熱できないが、白蕗さんを加熱したのは前の周だから効果はあるはずだ。
ただ、冷えた体を強制的に温めたところで、白蕗さんの状態が改善するかどうかは分からない。
「ありがとうございます。温まりました」
白蕗さんはそう言って日向さんに微笑むが、白蕗さんの手は冷たいままだ。
「しっ。院長先生がこっちに来たわ」
宮田の病室のほうを心配そうにずっと見ていた雲川さんが俺達にそう伝える。
見ると、院長先生が一人でこちらに向かって歩いてくるところだった。先程まで宮田の病室で他の医師や看護師達と一緒に何かしていたようだが、一段落したということだろうか。
「まだいらっしゃいましたか、白蕗さん」
にこやかに白蕗さんに声をかけた院長先生は、白蕗さんの異常に気づいたようだ。
「どうなさいました、お加減が優れないようですが」
「はい。大丈夫です。寒さに参ってしまっただけですので」
いや、ぜんぜん大丈夫そうじゃないよね。そもそも、体調に全くなんの問題もない人は、体調について問われて「大丈夫」とは答えない気がする。少なくともどこかしら問題があることを認めてしまっているのでは。
「毛布と温かい飲み物を用意しましょう。おっと、その前に朗報です。御学友ですが、驚くべき回復を見せて、どうやら命の危機は脱したようです」
院長先生の言葉を理解するのに一瞬かかった。
「えっ、宮田くんは、助かるのですか?」
雲川さんが問い返す。興奮のあまり声が大きくなってしまったのを、院長先生がやんわりと身振りで制する。
「医者としては断言はできないのですが、機能不全を起こしていた臓器が軒並み劇的に回復していて、長年医者をやっている私にもさっぱりですよ。診断に間違いがあったのではないかということで、先程までてんやわんやでしたが、どうやら数日中にどうにかなってしまうような最悪の事態ではなくなっているようです」
院長先生の説明に安心したのか、雲川さんの全身から力が抜けていく。
「よかった。よかったね」
雲川さんの腰のあたりに抱きつくようにして、日向さんが言う。身長差のことはここでは触れないものとする。
よかった。宮田はどうやら助かったようだ。
時間が巻き戻れば、宮田は月曜日のC組の教室に時差ボケで復活する。それはどちらにしても変わらないのだろう。しかし、この記憶が宮田の能力で呼び覚まされたとき、宮田が助かった記憶と助からなかった記憶、どちらを抱えていくのかと考えれば、やはり助かった記憶のほうがいい。
宮田が助かった。よかった。よかった。