二月五日(水): 不思議ちゃんという分類
二月五日(水)――
またしても、あまり眠れないまま、朝になってしまった。
そして、たどり着いた結論は昨日と同じく、不思議な力を持った生徒たちに関しては、見て見ぬ振りをするということだった。
不思議な力を持った生徒と関わるなんてごめんだ。中二病だった頃の俺ならともかく、今の俺は普通がいいんだ。
☆
いつものように普通に朝食をとり、いつものように普通に電車で学校に向かう。ちゃんと眠れていないので、かなり眠い。いや、普通に眠い。
8時20分に校門に行くと、体育の安藤先生が立っていて、生徒が登校する様子を見守っていた。相変わらず、筋肉もりもりの肉体を半袖シャツと短パンで覆っているだけの、見ているこっちが寒くなる出で立ちだ。安藤先生を見ていると、俺は普通なんだと実感できる。
「おはようございます」
「声が小さい、もっと、大きな声で、あいさつ!」
安藤先生は、生徒の挨拶の声が小さいと、ダメ出しをしてやり直しを要求してくる。俺もできるだけ大きな声で挨拶をして校門を通り過ぎた。
明日から修学旅行だが、今日もいつもと変わらない普通の日の始まりだ。いや、いつもと変わらない普通の日であることを祈ろう。
これだけ普通と言っていれば、きっと大丈夫に違いない。
☆
芙鶫高校は、8時半までに登校、8時35分から45分までがショートホームルーム、8時50分から12時40分までが午前の授業、12時40分から13時15分までが昼休み、13時15分から15時5分が午後の授業、15時5分からホームルームと教室の清掃、そして放課となる。
教室に入り、普通に一限目の準備をしていると、宮田も登校してきた。
「光夫、おはよう」
「おはよう」
宮田は、俺が昨日アイスの当たりを引いたことは気にしていないだろうか。普通の高校生である俺から話を振るつもりもないが。
☆
午前の授業が終わり、昼休みとなった。
今日の俺の弁当のおかずは、ミニハンバーグ、白身魚、オムレツ、ほうれん草とベーコンの炒めもの、ポテトサラダ、ミニトマトだった。
宮田は相変わらず焼きそばパンだ。グイグイと口に押し込んで、コーヒー牛乳で流し込んでいる。焼きそばパンに恨みでもあるのだろうか。もしかすると、宮田の祖先は焼きそばパンと血で血を洗う戦いを繰り広げたのかも知れない。
おっと、普通の高校生がそんなことを考えてちゃ駄目だな。
日向茜さんのほうはなるべく見ないようにしていたが、つい見てしまった。相変わらず女子四人で楽しそうに弁当を食べている。
俺は日向さんから視線を外し、自分の弁当に意識を集中する。
そういえば、俺の弁当は保温弁当箱だから昼休みにこうして温かい食べ物をいただくことができるわけだが、日向さんの弁当箱はプラスチック製の普通の弁当箱だった。あの弁当箱が特に保温性を有しているとは思えない。日向さんは剣道部の朝練習にも出ているから、開門時刻の7時に学校に来ているとして、12時40分まで湯気が立つほど弁当が温かいということはありえるだろうか。
昨日、雲川潤さんになぜか卑怯だと言われて、背後から爆裂魔法を唱えてやりたいと思ったのを思い出す。炎系の魔法か。炎系の魔法が使える人がいるとしたら、俺じゃないよな。
日向さんの不思議な力は、炎系の魔法なんだろうか。弁当箱を開けるときに体がぼんやりと光っていたが、魔法によって弁当箱を温めたのだろうか。あるいは意図して弁当箱を温めたのではなく、何らかの攻撃もしくは防御のために魔法を使って、その余波で弁当が温められてしまった可能性もあるだろうか。
もしかすると、俺が気づいていないだけで、クラスの中に不思議な力を持った生徒が別にいて、日向さんはその生徒と人知れず戦いを繰り広げているのかも知れない。日向さんが何らかの魔法攻撃を受けて、その攻撃の余波で弁当箱が温まってしまったのだとすると、俺に口止めをしたのは、俺を巻き込まないようにという配慮なのだろうか。
おっと、普通の高校生がそんなことを考えてちゃ駄目だな。
☆
午後の授業が終わり、ホームルームと教室の清掃が終わり、放課となった。
ここまで何ごともなかったが、油断をしてはいけない。いつ相手と遭遇するか、分からないからだ。
って、何を考えてるんだ俺は。いつ敵が襲ってくるか分からないと警戒していた、中二病の頃の俺に戻ったみたいだ。
ホームルームで担任の野村先生が言っていたように、二年生の俺達は明日の修学旅行に備えなければならない。
明日は7時半に制服でグラウンドに集合だ。いつもより一時間早く登校する必要がある。クラブ活動で朝練習をしている生徒は普段7時の開門には登校しているから、むしろゆっくり来れるのかも知れないが。
クラブの顧問の教師も明日の引率に備える必要があり、今日はクラブ活動も基本的に休みだ。特に用事がない生徒は速やかに下校するようにということで、速やかに下校する理由は考えずに済んだ。今日は水曜日だから、弓道部はもともと練習は休みだと思うが。
いや、逆だ。むしろ弓道部の練習も休みだから、下校時に雲川さんとばったり出くわしてしまうことを警戒しなくてはいけない。
「光夫、アイス買って帰ろうぜ」
「ん、ああ」
いつものように宮田に誘われて下校する。
グラウンド横の道を通って校門に向かう。グラウンドで運動している生徒は少ない。少ないということは、いないわけではないということだ。
「おお、若人は頑張っておるの」
「そうじゃの」
宮田が年寄りのようなことを言うので、適当に言葉を合わせる。グラウンドで運動しているのは一年生だ。修学旅行に行くのは二年生だし、一年生は特に明日に備える必要もないということだろう。むしろ二年生がいなくなることで、のびのびと練習できるのかも知れない。
☆
雲川さんと遭遇しないように警戒しつつ、校門までたどり着いたところで、白蕗空さんとばったり出くわした。
ああ、そっか、そうきたか。
「あら」
白蕗さんは何か言いかけて、不思議そうに首を傾げた。そして、宮田と俺を交互に見比べる。
これって、昨日みたいに何か頭の中で結論づけて、理解できないことを言われるパターンだろうか。
「ずいぶんと面白い組み合わせですね」
はい、意味が分かりません。何が面白いのか分かりません。もしかして俺は、いつの間にか宮田とお笑いコンビでも結成していただろうか。宮田も意味が分からないという顔をして、外国人のように大げさに肩をすくめている。
それはどういう意味ですかと聞いたほうがいいのだろうか。聞いていいのだろうか。聞いたところで、理解できる説明をしてもらえるのだろうか。
白蕗さんは、宮田に向かって言った。
「もうお気づきかも知れませんが、あなたが固定すれば、次も覚えているでしょうね」
すみません、日本語でお願いできますか。宮田も、こんなことを言われても訳が分からないだろう。そうだよな、宮田。おい、宮田。
「宮田?」
宮田は、目を見開いて、呆然と立ち尽くしている。ちょっと待ってくださいよ。宮田、お前もか。お前もなのか。
しばらくして、宮田の顔が俺のほうを向いた。まるで壊れた機械仕掛けの人形のように。
「光夫、駄目だ、ぜんぜん意味わかんねー」
あ、宮田はこっち側の人間だった。
白蕗さんは、今度は俺のほうを見て言う。
「これから大変でしょうけど、頑張ってくださいね」
えっと。
「宮田、駄目だ、ぜんぜん意味わかんねー」
☆
コンビニに寄り、やたら歯ごたえのある当たり付きのアイスを買って、宮田と俺は無言のまま食べた。
二人ともハズレだった。
昨日当たりを引いたから、たぶん冷凍庫に残っているアイスはみんなハズレなんだろう。
いや、正直なところ、アイスの当たりハズレなど、どうでもよかった。
「それでは、ごきげんよう」
そう言って軽く頭を下げて去っていく白蕗さんの姿を思い出す。
「あれは、不思議ちゃんという分類でいいのかな」
「知らねーよ」
思わず疑問を口に出してしまったようだ。そして、宮田にも分からないよな。
もしかすると、白蕗さんの頭の中では、何か理路整然とした論理の構築が行われていて、あの言葉はその最終結果だけ出力されたものなのかも知れない。しかし、敢えて言わせてもらうが、数学のテストで途中の計算式を書かずに回答だけ書くのはバツだ。
☆
家に帰り、ベッドに寝転がって反省会を開催する。
本日の目標は、普通の高校生として過ごすということだった。結果は、失敗だった。
日向茜さん、雲川潤さんとは何もなかったのに、白蕗空さんにこんなにかき回されるとは。
これから大変?
頑張る?
わけが分からない。
明日は修学旅行で、早めに寝て早起きしなくてはならない。ちゃんと眠れるだろうか。
心配をよそに、夕食のあと睡魔に襲われて、早々に寝てしまったのだった。