二月五日(水)14: 理由
「宮田、なんでそんなことを。バカじゃねーの」
そう口にした瞬間、病院の廊下の景色がぐるっと回って、背中に衝撃を受けた。
雲川さんが俺の胸ぐらを掴んで、俺を廊下の壁に押し付けているという状況を理解するのに数秒かかった。
「あなたね、宮田くんは、宮田くんは」
雲川さんは何かを言おうとしているが、怒りが先立って言葉にならないようだ。
日向さんが近づいてきて、俺の胸ぐらを掴む雲川さんの腕にそっと手を触れた。雲川さんの手から徐々に力が抜けていき、俺は開放された。
雲川さんはふっと息を吐き、そして目を閉じて小さな声で「明鏡止水」と言った。雲川さんの体がぼんやりと光る。
「あなたに当たることではなかったわ。ごめんなさい」
雲川さんは俺に頭を下げた。俺としては、何が何だか分からないわけだが。
雲川さんは、俺達全員に対して向き直り、落ち着いた口調で語り始めた。
「みんなは、弓道場で私に能力があることを確認しに来た日に、宮田くんが弓道場から飛び出していったことを覚えているかしら」
全員が頷く。
「あのとき、私は宮田くんから、召喚の門によって粉々にされることについて、いろいろ聞いたのよ」
えっ、まさか、そんなことをしたら、記憶が呼び覚まされてしまうんじゃ。
「もちろん、宮田くんは、その時のことは絶対に話せないって言うだけだったわ。だから私は、ひとつずつ質問していって、宮田くんに頷くか、首を横に振るかで答えてもらったわ。これなら、宮田くんが私に思い出させたくないことを思い出させないで質問に答えられるということを確認した上でね」
なるほど、宮田の能力を、そういう風に回避する手があったのか。
「まず最初に言っておかないといけないのは、宮田くんが召喚の門を恐れているのは、粉々にされる痛みのせいじゃないということよ」
雲川さんは「粉々にされる」と言うたびに悲痛な表情を浮かべる。病室の宮田の姿を思い出してしまうのだろう。
「さらに言えば、宮田くんが、宮田くんが42回も」
雲川さんはしばし言い淀む。
「宮田くんが42回も自ら命を絶ったのも、痛みから逃れるためじゃないわ」
「えっ、じゃあ、なんで宮田は、わざわざそんな苦しい思いを」
たしか白蕗さんが言うには、宮田は敢えて苦痛の多い方法で自殺していたということだが。
理由が分からない。
白蕗さんを見るが、白蕗さんは真剣な眼差しで雲川さんを見つめるばかりだ。
日向さんを見る。日向さんも、疑問の表情を浮かべている。
雲川さんを見ると、雲川さんはじっと俺の目を見つめ返してきた。その目には怒りや悲しみなどではなく、何か別のものが込められているように感じられた。
雲川さんが、ゆっくりと口を開いた。
「理由は、あなたなのよ」




