おい宮田、お前なにやってんだよ。
俺は前回の月曜日、弓道部で爽やかな汗を流していた宮田の両肩を掴んで揺さぶったことを思い出す。
『おい宮田、お前なにやってんだよ』
『えっ、いや、だから、スポーツを』
『そうじゃないだろ、お前なにやってんだよ』
『えっ、いや、だから、弓道を』
俺の両手には、宮田の肩を掴んだ感触がまだ残っている。俺の体感では、あれからまだ一週間も経っていない。その宮田が生死の境を彷徨っているという事実に、視界が滲む。
しかし、全身が粉々になる記憶が蘇ったとして、肉体にそこまでの被害が発生するなんてことがあるんだろうか。
「そう言えば、お父さんと一緒に見たテレビで言ってた」
日向さんが何かを思い出したように言う。
「催眠術をかけて、これは焼けた火箸ですよって思い込ませて腕に割箸を触れさせると、水膨れができるんだって。お父さんは大笑いして、そんなことができるんだったら、俺は竹刀で人を斬ることだってできるだろって言ってたけど」
えっと、日向さんのお父さんって、剣道七段の警察官だっけか。
「はい。日向さんの御尊父は正しい見識をお持ちのようですね。催眠術というものは、相手の意識や認識を操作するもので、宮田さんの能力に似ている部分はあります。痛みや熱さに対する本能的な反射は催眠術で完全に制御することは困難ですので、焼けた火箸だと思い込んだ割箸を触れさせたときに熱傷を防ぐための防御反応を行うところまでは説明がつきます。では、それで熱傷や水膨れをするかですが、催眠術によって意識や認識を操作したところで、細胞レベルにまでその操作が行き渡ることは考えられません。熱傷や水膨れといった物理的な損害を細胞が自ら発生させることなど起こり得ないと私は考えます。この話の元になっているのは、治療的催眠術を普及させたアメリカの精神科医の報告書です。想像力の制御に関する実験として、陸軍伍長に対して催眠術をかけ、前腕に熱したアイロンを触れさせると指示を与えた後、鉛筆の先で触れたところ、痛みを訴え、数分後には水膨れができ、数日後にはかさぶたができて剥がれ落ちたそうです。この実験は四回成功したそうですが、五回目の実験で高級将校が立ち会った際に真偽を疑う声が出て、軽蔑され侮辱された伍長は二度と催眠暗示に反応しなくなったそうです。再現実験も不可能で、別の研究者による追従実験も見当たらないので、私としては疑いの目を向けざるを得ません。古来より病も気からと言われますし、私もプラセボ効果、ノセボ効果が存在することは認めざるを得ないのですが、少なくともこの実験に関しては懐疑的です」
白蕗さんが調子を取り戻してきたようだ。しかしこのままだと話がどんどん逸れていくだろうから、宮田の話に戻させてもらおう。
「じゃあ、宮田の場合はどうなのかな」
「はい。宮田さんの場合は、もっと直接的です。自らの身体が粉々になった記憶を思い出したことにより、全身の筋肉が急激に収縮してしまい、それにより限界を超えた筋組織が断裂したのだと考えます。そして剥離骨折ですが、剥離骨折とは腱や靭帯が限界を超えて引っ張られたことによって骨の一部が剥がされてしまうことです。なぜ起こったのかは説明するまでもないでしょう」
あまりの壮絶さに、足の力が抜けそうになる。
宮田は、1203回前、いや、それからもう一周したから1204回前だろうか、あの金槌作戦のときに、召喚の門によって全身が粉々になり、その記憶を持って次の周回に進んだ。それがどれほどの苦しみだったのかは、想像もできない。そして、宮田はその苦しみから逃れるためか、42回も自殺をした。
42回も自殺をすれば、全身が粉々になった痛みを忘れられるのだろうか。俺には分からない。
三日間を千回繰り返したとして三千日、つまり八年以上かけたとして、その痛みを忘れられるのだろうか。俺には分からない。
宮田はそんな痛みを、なぜわざわざ思い出すような真似をしたのか。俺には分からない。
「宮田、なんでそんなことを。バカじゃねーの」