二月四日(火): エグゾースト・バースト
二月四日(火)――
あまり眠れないまま、朝になってしまった。
結局のところ、俺の出した結論は、様子を見るということだ。つまり、言い換えれば、見て見ぬ振りをするってことだ。
生徒の体が光ってますぅ、なんか不思議な力を使ってますぅ、などと誰かに話しても、俺の頭が大丈夫かと心配されるだけだろう。何か証拠でもあれば話は別かも知れないが、わざわざ証拠を集めるなんて、俺には無理だ。
慎重に検討した結果、様子を見ることにした。このまま何事もなく、無事に高校を卒業するまで、俺は知らなかったことにしておくのがいいだろう。
「見たよね?」
さて、ここは学校の屋上である。二月四日火曜日。本日は快晴で、二月にしては暖かいが、風は冷たい。時刻は12時45分。12時40分から昼休みが始まり、昼休みが終わる13時15分までは、あと30分といったところだ。
そして、俺が学校の屋上で何をしているのかというと、剣道部の日向茜さんと向かい合い、険しい表情で問い詰められているところである。
この学校の屋上は、人工芝で覆われており、周囲を鉄柵とネットで囲まれて、生徒が軽い運動したりごろ寝したりできるように開放されている。
そんな屋上だが、今は俺と日向さん以外は誰もいない。もう少し暖かい季節ならともかく、二月に屋上で弁当を食べる生徒はいない。みんな教室や生徒ホールで昼食をとっているところだろう。昼食を済ませて生徒が出てくるまでは、まだしばしの時間があるはずだ。
「見たよね?」
日向さんは、さっきと同じ言葉を繰り返す。
よし、状況を整理しよう。これは俺に言っているのではなくて、俺以外の誰かに言っているんだ。俺には関係ない。そうに違いない。
って、そんなわけあるかい。今朝、8時半に登校したとき、昇降口の下駄箱の前で日向さんに話しかけられ、「昼休みに屋上に来て」と険しい顔で言われて俺はここに来たわけだし、ここには俺と日向さん以外の誰もいないのはさっき説明したとおりだ。つまり、どうあがいても、日向さんは俺に対して、何かを見ただろうと問い詰めているわけだ。
「えっと」
「ごまかさないで」
俺がごまかそうとすることさえ、先に封じられてしまった。
さすが剣道三段、相手の動きを読み、心を読み、フェイントを読み、隙を突いて打ち込んでくる。いや、剣道は関係ないか。
昨日、不思議な力を使う生徒を三人見たけど、そのうちの一人、日向さんとは目が合ってしまったわけで、ごまかすのは無理がある。弁当箱にパンダが描かれていたのは見たが、「パンダの弁当箱を見たよ」と答えて彼女が納得するとは思えない。
ああ、そうだ、あの時、女子のグループが机を向かい合わせに並べて、四人で座っていたっけ。日向さんが弁当の蓋を開けるときの表情が見えたくらいだから、日向さんは俺から見て正面ではなかったにしても顔の見える位置に座っていたはず。もしかすると、俺がスカートの中を見たと疑われているのかも知れない。だとすると、昨日の日向さんの下着の色でも言えば不思議な力を使うところを見てないと言い逃れができる可能性もある。思い出せ。昨日のあのシーンを思い出せ。駄目だ思い出せない。今すぐあの瞬間に戻って確認できればいいのに。
って、そんなわけあるかい。そもそも下着なんて見てないし、見ようともしていないし、もし見ていたとしても、「不思議な力を使っているのを見ました」と答えるのと、「パンツを見てました」と答えるので、どちらがひどい結果になるかなんて予想もできない。
「分かったわ」
俺が何も答えないことに痺れを切らしたのか、日向さんが溜息とともにそう言う。
えっ、何が分かったのでしょうか。
「あなたは何も見ていない。誰にも何も話さない。そうよね」
ああ、映画なんかでよくあるやつだ。現実に、しかも同級生の女子から聞けるとは思わなかった。
俺はとりあえず、無言で頷いた。勢いで二回頷いた。女子と喋ることすら滅多にないのに、こんなふうに問い詰められて、緊張で喉が乾いて声が出ない。
日向さんは踵を返すと、校舎に入っていった。
怖い。なんて怖いんだ。やはり関わり合いになるのはよそう。何も知らなかったことにして高校を卒業するまで見て見ぬ振りを貫こう。
☆
校舎に戻り、階段を降りて教室に向かう。階段を降りてすぐの廊下の曲がり角で、女子とぶつかりそうになった。
「おっと、ごめんなさい」
反射的に謝ったあと、相手の顔を見て心臓が口から飛び出しそうになる。白蕗空さんだ。
改めてお互いに謝り、俺は頭を下げて顔を見せないようにしつつ、教室に向かおうとする。
「あら、ちょっと待って」
なぜ呼び止めるんですかね。クラスも違うし、接点もないと思うのですけど。昨日、体育の授業で走っているのを見たけど、あんなにふらふらになりながら走っていて、俺の視線に気づいたってことはあるんですかね。それとも、宮田が言ってた「隠れ巨乳」という言葉がさっき俺の脳裏に一瞬浮かんだのを読み取ったんですかね。
心の中で滝のように冷や汗をかいている俺の顔を、白蕗さんはじっと見つめてくる。そして、俺が降りてきた階段と、自分の歩いてきた廊下を見て、何かを納得したように言った。
「ありがとうございました」
意味が分からない。なぜお礼を言われているのか、理解できない。ぶつかりそうになったのはお互い様で、俺が何かお礼を言われるようなことをしたとは思えない。これで白蕗さんが食パンでもくわえて走っていて、出合い頭にぶつかって「痛いわね、どこ見て歩いてるのよ」とでも言われれば、あまりのベタな展開にその先を期待してしまったりもするわけだけど、そもそもぶつかっていないし。
軽く頭を下げて去っていく白蕗さんを呼び止めて、そのお礼はどういう意味なんでしょうかとは聞けなかった。ここは踏み込んではならない。俺は何も知らなかったことにして高校を卒業するまで見て見ぬ振りを貫くんだから。
不思議な力を持った生徒を目撃してしまった翌日に、こんなに連続してイベントが発生するとは。ということは、弓道部の雲川潤さんとも何かイベントがあるのだろうか。日課になっている放課後の弓道部の見学も、今日はやめておいたほうがいいだろうか。
って、イベントとか言うな。
☆
教室に戻ると、宮田はすでに焼きそばパンとコーヒー牛乳を確保済みで、俺の前の席の椅子に後ろ向きに座って待っていた。
「遅せえよ、何してたんだ」
「いや、ちょっとな」
宮田に、今日は弓道部の見学をやめておこうと言うべきだろうか。言うとして、どんな理由を言えばいいだろう。不思議な力を持った人に会いたくないから、なんて言えないし。今日の弓道部の練習は通常練習で、一年生は基本の型とかゴム弓を引く練習だし、二年生は巻藁稽古だから、見ててもあんまり面白くないから帰ろうと言おうか。
「何してんだよ、早く飯食おうぜ」
宮田に促されて、俺は思考を中断した。保温弁当箱を取り出し、おかずとご飯の蓋を開けると、湯気が立った。今日のおかずは、鶏の唐揚げ、鮭のフライ、ほうれん草の入った卵焼き、ブロッコリーとコーンのサラダ、ミニトマトだ。
「光夫の弁当って、便利なんだろうけど、おっさんっぽいよな」
「おっさん言うな」
確かに、保温弁当箱を使っているのは、大人が多いようなイメージはあるが。
子供の頃、父に連れられて散歩をして、近所で建設中の一軒家を通りかかったときに、大工の棟梁らしき人が保温弁当箱で美味しそうに食事をしているのを見て、そういう印象を持ったのかも知れない。さらに思い返すと、弟子らしき二人はコンビニの弁当を食べていて、棟梁らしき人は「お前らも早く美味い弁当を作ってくれる人を見つけないとな」なんて言ってたっけ。
などと遠い日に思いを馳せつつ目線を上げると、離れたところの女子グループが目に入った。昨日と同じく、机を二台向かい合わせに並べて、四人の女子が集まって楽しそうに弁当を食べている。日向さんも笑顔で食事をしていて、こちらはちらりとも見ない。そういえば、昨日はわざわざ飲み物を買いに行っていたが、今日は飲み物は用意していないようだ。
などと見ていると、また呼び出しを食らってしまうな。
宮田に視線を移すと、いつものように焼きそばパンを口に押し込んで、ハムスターのように頬を膨らませている。
そういえば、宮田は結構女子のことを見ているはずだ。白蕗さんのことを隠れ巨乳だと言ってたくらいだし、弓道部の練習を見に行っているのは雲川さんが目当てなんだから、それだけ見ていれば彼女たちが不思議な力を持っていることに気づいているんじゃないだろうか。
そこまで考えたところで、俺は自分の考えを否定した。弓道部の練習は多くの生徒が見学しており、雲川さんのことも多くの生徒が見ている。それで体がぼんやり光っていると誰も騒いでいないということは、つまり、俺以外には見えていないということだろう。
勘弁してほしい。どこにでもいる普通の高校生とか言っておいて、普通の人には見えない何かが見えてるって設定か。
って、設定とか言うな。
☆
午後の授業とホームルーム、教室の清掃が終わり、放課後となった。
芙鶫高校は、8時半までに登校、8時35分から45分までがショートホームルーム、8時50分から12時40分までが午前の授業、12時40分から13時15分までが昼休み、13時15分から15時5分が午後の授業、15時5分からホームルームと教室の清掃、そして放課となる。
放課後は、部活動に所属している生徒は部活動し、そうでない生徒はそれなりに活動する。部活動に所属するかどうかは任意だ。一応、俺は帰宅部に所属しているということになっており、それなりに活動している。弓道部の練習を見学する以外は、買い食いすることと帰宅することが主な活動内容だ。
今日は弓道部の見学はやめておこう、とは言い出せなかったため、俺と宮田はいつものようにグラウンド横の道を通って弓道場に向かっている。できれば雲川さんにはあまり近づきたくないと思う一方、宮田にはあれが見えているのかどうか、確認したいという気持ちもある。
昨日と同様、野球部やサッカー部はユニフォームを着て走っており、剣道部や弓道部は道着でグラウンドを走っている。俺はなるべく剣道部も弓道部も見ないようにした。正確に言うと、剣道部の日向さんと弓道部の雲川さんを見ないようにした。
弓道場に着いた。弓道部の今日の練習は、一年生は射法八節という基本的な八つの動きの練習とゴム弓を引く練習で、二年生は巻藁を使った稽古だ。
巻藁稽古というのは、的を射る稽古ではなく、藁を束ねた巻藁を射る稽古だ。壁に畳を立て掛けて、台に乗せた藁束をその畳の前に置いて、2メートルほどの距離から射る。巻藁は米俵に似ているが、中に米が入っているわけではなく、全て藁だ。巻藁を射ることによって、型を確認し、矢を放つ感覚を磨いていく。
ゴム弓も巻藁稽古も、とても地味な練習だ。地味だからこそ重要な練習だし、的前稽古より巻藁稽古をすることのほうが多いのだが、見ていてそれほど面白いものではない。昨日に比べると見学している生徒も少ない。
的前稽古のように見学窓に張り付いて見るようなものでもないので、離れた場所から宮田と二人で見学していたのだが、雲川さんの姿が見当たらない。不思議に思っていたところ、その理由が判明した。背後から雲川さんに声をかけられたのだ。
「こんにちは。あなたたち、いつも練習を見ている二人よね?」
「はい、俺達はいつも練習を見ている二人です」
おい宮田、たしかにそのとおりだけど、なんかその返答はおかしいような気がするぞ。
って、脳内でツッコミを入れている場合じゃない。どうして雲川さんがここにいて、俺達なんかに話しかけているんだ。ああ、もしかして、いつも見学に来ているから、弓道に興味があるならあなたたちも始めてみないかしらというお誘いだろうか。確かに弓道に興味はあるけど、二年ももうすぐ終わるこの時期に弓道部に入ったとして、これから残り一年間型の練習をして卒業するというのも、なんだか寂しい気がするぞ。
って、違うよね、たぶんそういう話じゃないよね。
なぜか雲川さんは宮田のことは眼中にないかのように、じっと俺のほうを見ている。見ているというより、睨んでいるという表現のほうが近いか。何だろう。俺、何か疑われるようなことをしましたっけ。いや、そもそも、雲川さんは不思議な力を持っているのではないかと疑っているのが俺なわけで、俺が雲川さんに疑われる理由なんて思いつかない。
とりあえず、俺の脳内では、ここは適当な話をしてごまかしつつ立ち去るのがよろしいのではないかという結論に達した。
しかし、その前に宮田が昨日の話を振ってしまった。
「雲川さん、昨日、すごかったですね」
「ありがとう。昨日はとても集中できて、いい練習ができたと思うわ」
雲川さんが宮田の質問に乗ってくれたので、少しだけ考える余裕ができた。
しかし、集中ですか。どれくらい集中すれば、二十射で全て正鵠を射るなんてことができるんですかね。
いや、そんなツッコミはいい。ここは「では今日も練習頑張ってください、ごきげんよう」と言って立ち去るチャンスだ。
「集中するのに、何かコツとかあるんですか?」
俺が何かを言う前に、宮田がさらに一歩踏み込んだ。そこに触れないようにごまかそうと思ったのに、どうして核心に近づく方向の質問をするんですかね。
雲川さんはしばらく考えてから答えた。
「私の座右の銘が明鏡止水なんだけど、この言葉を心の中で唱えると、心が落ち着いて集中できる、かしら」
「なるほど、それがあたなにとっての魔法の言葉なんですね」
おい宮田、それ以上踏み込むのをおやめなさい。どうかやめてください。これで「気づかれたからには生きて帰らせるわけにはいきませんね」とか言われた日には、普通の高校生活どころか人生すら終わってしまう。
雲川さんはくすっと笑ってから、真面目な顔で話し始めた。
「魔法ならいいけどね。全て練習の成果よ。正しい射法、正しい心。あとは、それをちょっと支える言葉ね」
ありゃ、思っていたのとは違う感じの返事だぞ。いや、思っていた返事が欲しかったわけではないけど。
そうか、あれは練習の成果だったんだ。体がぼんやりと光っていたように見えたけど、あれはきっと、なんだ、えっと、ちっとも言い訳が思いつかないけど、一流の技を極めた人が身にまとうオーラみたいなものに違いない。なんだ、練習の成果だったのか。
って、何でそんなオーラみたいなものが俺に見えるんですかね。
駄目だ、せっかく自分の中で言い訳ができそうだったのに、自分でツッコミを入れてしまった。
「そんなことを話しに来たんじゃないわ」
雲川さんが俺のほうを見た。見たというより、睨んできた。しまった、引き際を逃してしまった。
「魔法といえば、そちらのあなた、不思議な力を持っているわよね?」
「えっ、俺?」
えっと、何を言っているのかよく分からないのですが。
「不思議な力を使って他人をコントロールするなんて、とても卑怯だと思うわ。恥ずかしくないの?」
雲川さんは、なんだか俺に対してものすごく怒っているようだ。
しかし、どちらかというと、不思議な力を使っているのは俺じゃなくて雲川さんのほうですよね。それで弓道で皆中するってのは、雲川さんの基準ではとても卑怯なのではないでしょうか。などと反論しようかとも思ったが、雲川さんの鋭い眼光によって俺の気力は霧散してしまった。
宮田に助け船を出してもらおうと視線を移したが、宮田は何かを考え込んでいるようだ。
「とにかく、私は曲がったことは許さないからね」
全く反論も許さず、雲川さんは言いたいことを言って去っていってしまった。
俺に魔法が使えるのなら、雲川さんの背後から爆裂魔法でも唱えてやりたいところだ。
☆
今日はもう弓道部の練習を見学する気分じゃなくなった。むしろ見ていたくない。逃げ出したい。弓道場をあとにして、宮田とともに帰路につく。
「俺、雲川さんに責められるようなことをしたっけ?」
宮田はさっきからずっと考え込んでいるようで、俺の話も聞いていないようだ。そして、ぽつりと呟いた。
「意外な展開になったな」
いやいや、意外どころじゃないんですけど。っていうか、宮田としては、どんな展開になると思ってたんだよ。
それよりも、さっきの会話の流れからすると、宮田も、雲川さんが不思議な力を持っていることに気づいているということだろうか。いや、雲川さんだけでなく、日向さんや白蕗さんのことも気づいているのかも知れない。ここは意を決して確認してみたほうがいいだろうか。
「なあ宮田、もしかして、お前も気づいているのか?」
「何がだよ」
「この高校に、不思議な力を持った生徒がいるってことだよ」
もしかすると笑われるかもと思って言えなかったことだが、さっき宮田は不思議な力の話をするように誘導していたように思う。しかも、魔法という言葉まで使った。つまり、宮田も気づいていて、雲川さんから言質を取るべく誘導したんじゃないのか。
しかし、宮田はしばらくぽかんとした顔をしたあと、大笑いし始めた。
「不思議な力を持った生徒がいるって、マジな顔でなに言ってんだよ」
なんかムカつく。やっぱり言わなければよかった。
地面を転がりそうな勢いで笑っていた宮田が、涙を拭いながら言った。
「ここ何年かで一番笑った」
泣くほど笑ったか。もうこの話はやめておこうかと思ったが、コンビニの前に来たところで昨日の宮田との会話を思い出す。宮田は昨日、俺に「アイスの当たりを引いてくれ」と頼んだのだ。
「おい宮田、もしかして、昨日アイスの当たりを引いてくれって言ったの、俺に不思議な力があるとでも思ったのか?」
「待て光夫、俺を笑い死にさせる気かよ」
宮田はうつむいて肩を痙攣させ始めた。やっぱり言わなければよかった。
「じゃあ、あれはどういう意味だったんだよ」
「いや、光夫、ハズレ引いたじゃん。不思議な力ってのがあるなら当たりを引いてたんじゃないのか?」
そう言われると、何も言えないわけだが。いや、ちょっと待て、俺に不思議な力があるとして、アイスの当たりを引く能力って、あんまりじゃないか?
コンビニに入り、アイスの冷凍庫の前に向かう。やたら歯ごたえのある当たり付きのアイスは、昨日俺達が買ったときから数を減らしていないように見える。
「じゃあ光夫、不思議な力があるというなら、今日こそ当たりを引いてみてくれ」
「悪かったよ変な話をして。だいたい、不思議な力を持った生徒がいるとしても、俺が持っているとは限らないだろ」
もう俺としては、この話題からは撤退したい。やはり当初の予定通り、見て見ぬ振りを貫き通すことにしよう。
「それは光夫が、そんな能力があると信じきれてないからだろ。当てるつもりで選んでみてくれよ」
「まだ引っ張るのか」
俺は冷凍庫のアイスに手を伸ばす。別に当たりを引くつもりはないが、一番上から取るか、一番下から取るか、ちょっと考えてしまった。
コンビニを出て、アイスを食べる。そして、半分ほど食べたところで、これは困ったことになったと思った。アイスの芯棒には、当たりを示す焼印がはっきりと示されている。
「おっ、光夫、当たりじゃん、すげーな」
「偶然だろ」
どうしてこういうタイミングでこういう偶然が起こってしまうかな。
さすがに俺もこの偶然をもってして自分に不思議な力があると思えるほど脳内がお花畑ではない。この当たり付きのアイスは、箱単位で買えば、当たりが1本だけ入っていることくらい知ってる。正確に言うと、32本入りの箱を買うと当たりが1本入っている。この割合はランダムではない。当たりが出たらもう1本というルールなのに、当たりの個数が箱ごとにバラバラだったら店の売上が読めなくなる。そんな商品を誰が仕入れようと思うだろうか。つまり、当たり付きのアイスというものは、もともと一定の確率で当たる仕組みだ。
さらに、この寒い時期にアイスを食べる人がどれくらいいるのか考えよう。この当たり付きアイスは、昨日俺達が買ったときから数を減らしていないように見えた。宮田と俺が毎日食べ続けていれば、いずれどちらかが当たりを引くはずだ。つまり、俺が当たりを引いたのは、単にその順番が巡ってきただけで、なんら不思議なことはない。
などと、いろいろ考えてみるものの、これでしばらく宮田にからかわれるネタを提供してしまったことには変わりない気がする。
「マジですげーな」
なぜだろう。宮田の目が笑ってないのが気になった。
☆
家に帰り、自室のベッドに寝転がって、本日の反省会を開催する。
昨日の決定事項は、同じ高校に不思議な力を持った生徒がいることに気づいてしまったものの、見て見ぬ振りを貫き、平穏な日常を維持するということだった。
しかし、蓋を開けてみれば、日向茜さん、白蕗空さん、雲川潤さんと接触してしまった。
日向さんは、俺に「何も見てなかった」ことを要請してきた。つまり、接触はあったものの、見て見ぬ振りを続ければ問題ない。
白蕗さんは、わけが分からない。廊下の曲がり角でぶつかりそうになって、そしてお礼を言われた。ぶつかって転倒し、助け起こしたとかいうベタな展開ならお礼を言われるのも理解できるのだが、そもそもぶつかってすらいない。
雲川さんは、もっとわけが分からない。俺に不思議な力があるとか、恥ずかしくないのかと言っていたが、その言葉はそっくりお返ししたい。そもそも、俺に不思議な力があるわけないだろ。
俺はベッドから体を起こし、勉強机の最下段の引き出しを開ける。そしてその奥から古びたノートを取り出した。
ノートの表紙には、タイトルを書いて、乱雑に塗り潰したあとがある。どういうタイトルだったか、正確には思い出せない。ノートをパラパラとめくると、ある単語が目に飛び込んできた。
「エグゾースト・バースト!」
俺は身悶えながらベッドに倒れ込む。なんだよ、エグゾースト・バーストって。エグゾーストってのは排ガスのつもりか、排気装置のつもりか。それがバーストって、爆発でもするのか。それとも、タイヤが破裂するのか。いくら中学生だからって、辞書くらい引いてくれよ。
中学生のとき、俺はいわゆる中二病だった。そして、数々の魔法を使い、襲いくる悪と戦う主人公を題材とした小説らしきものを書いていた。主人公の名前は勇者ミッツォ。俺自身だ。中学生だからしょうがないとは思うが、思い出すだけで身悶えするほど恥ずかしい。そのくせ、この小説らしきものを書いたノートを今でも捨てられずにいる。
いや、このノートは、俺にとって黒歴史である以上に、もう決して中二病に罹らないための戒めでもある。
そうだ、俺はどこにでもいる普通の高校生として、平穏無事な日常を送るんだ。
不思議な力を持った生徒と関わるなんてごめんだ。




