二月五日(水)の朝が来た。
昨夜、俺は体調を整えて日本電波塔に行かなければならないと決意した。
しかし、一晩寝ると、そんな決意も揺らいで、何となく億劫な気分になる。何しろ日本電波塔に行くということは、今のところ、俺にとっては死を意味するからな。
能力に関しても、体内時計をリセットする俺の能力は、そんなにリスクもなく、気軽に使えるものだと思っていた。そうじゃないと分かった今、気楽にバンバン使っていいものかという不安はある。
いや、そんな弱気じゃ駄目だな。能力を向上させようってときに、及び腰になって能力を使わなくなってしまうのは本末転倒だ。今まで通りに能力を使うようにしよう。
そもそも使い勝手のよくない俺の能力は、「おはよう」と挨拶したら発動してしまう。使わないほうが難しいんだから、気にしなくていいな。
いつものように普通に朝食をとり、いつものように普通に電車で学校に向かう。
8時20分に校門に行くと、体育の安藤先生が立っていて、生徒が登校する様子を見守っていた。相変わらず、筋肉もりもりの肉体を半袖シャツと短パンで覆っているだけの、見ているこっちが寒くなる出で立ちだ。
「おはようございます」
「声が小さい、もっと、大きな声で、あいさつ!」
安藤先生は、生徒の挨拶の声が小さいと、ダメ出しをしてやり直しを要求してくる。俺もできるだけ大きな声で挨拶をして校門を通り過ぎた。
俺が「おはようございます」と挨拶したことで、安藤先生の体内時計もリセットされたはずだ。
教室に入り、一限目の準備をしていると、宮田も登校してきた。
「光夫、おはよう」
「おはよう」
これで宮田の体内時計もリセットされたはずだ。
そのあと、俺はクラスの同級生に対し、一人ずつ聞こえないような小声で「おはよう」と言ってみた。問題ないな。
俺の能力は、単発で使うぶんにはそれほど疲労もないようだ。とはいえ、体調に気をつけつつ使わないとな。ゲームと違って、体力ゲージなんかが表示されるわけでもないんだから。
体調に気をつけつつ、視界に入る同級生全員に対して一人ずつ『おはよう』と『こんにちは』を三周ほどやってみたが、体調には問題なかった。
確か昨日は『みなさんおはよう』と『みなさんこんにちは』を三回ずつくらいで気を失ったと思うのだが。単発だと負荷が低くて、全体魔法だと負荷がものすごく高いのだろうか。
あるいは、限界まで力を出し切ったことで、俺の能力がレベルアップしたのかも知れないな。
俺は試しに「みなさんおはよう」とつぶやいてみた。
どすん。
体の芯から何かを引っこ抜かれるような疲労感。ヤバい、こりゃ駄目だ。全体魔法は危険すぎる。