二月六日(木)7: もう召喚の門の中よ
雲川さんは、この召喚の門に対してどういう行動を取っているのだろうか。
辺りを見回したが、召喚の門の近くに雲川さんの姿がない。さらに見回すと、いた。宮田と一緒だ。カフェの向こうの窓際で、手すりに持たれて優雅に立っている。宮田ももう手すりにはしがみついてなくて、リラックスした感じで雲川さんと談笑している。
君たちは何をやっておるのかね。俺が雲川さんに歩み寄ると、日向さんもついてきた。
「雲川さんは召喚の門の確認はもう大丈夫?」
日向さんが俺の代わりに質問してくれた。雲川さんは、俺が能力を使って宮田を操っていたんじゃないかという誤解は解けたとは思うんだが、そっけない態度なんだよな。正直言ってちょっとやりにくいので、代わりに質問してくれるのは助かる。
いや、俺の代わりにとか言っちゃってるけど、ここにいる五人とも当事者だからな。全員が一丸となって当事者意識で臨まねばならぬ。
雲川さんは俺をちらりと見て、ちょっと意地悪そうに言った。
「どんなときでも矢を中てられる私の能力で何を見ろと?」
うっ確かに。というか、やっぱり棘があるよこの美女には。
ただまあ、雲川さんの能力を試せないという理由は分かる。俺も以前、召喚の門を破壊できないものかと金属バットの持ち込みを検討し、断念して金槌にした。金属バットを断念した理由は、誰かに見咎められると思ったからだ。観光地で金属バットを持ち歩いている高校生がいたら、誰だって注目する。いや、警戒する。
そして、雲川さんについても同様で、弓道部で使っている和弓は長さが2メートルを越えるので、修学旅行の高校生の中にそんなものを持った生徒が一人だけいるとか、ちょっと無理がありすぎる。つまり、雲川さんも今回に限っては役立たずだな。俺と同じだな。はっはっは。
「なんてね。実はもう私は確認を終えたのよ」
雲川さんの言葉に、俺は固まる。
雲川さんは足元のバッグの横に置いてあったものを手に取った。雲川さんが手にしたものは、長さ20センチメートルほどの小さな弓である。弓の両端に滑車が付いている。
「これはコンパウンドボウよ。おもちゃだけどね。白蕗さんが火曜日にネットで注文して、昨日の夕方に届いたらしいわ」
日向さんが驚いていないところからすると、すでに知っていたということか。
「さっき多目的トイレの中で練習したけど、射法八節で問題なく扱えるわ」
「備え付けのトイレットペーパーを穴だらけにしちゃったけど、怒られないかな」
ああ、そういうことがあったわけね。多目的トイレでコンパウンドボウの練習をしている女子高生とか、全宇宙を探してもほかにいないと思う。トイレットペーパーを巻藁稽古に使う人は探せばいるかも知れないけど、安全性を考えるとお勧めできないな。
「大丈夫よ、怒るような人はもう召喚の門の中よ」
「そっか」
ちょっと女子、不穏な会話はやめなさいよ。それより、そのコンポジットボウの性能はどうなのよ。
「飛距離はどれくらい?」
「こんなおもちゃでも射程は30メートルらしいわ」
雲川さんはコンポジットボウを指で摘んでぶらぶらさせながらぶっきらぼうに言った。どうやら、このおもちゃをあまりお気に召していないようだ。おもちゃの弓でそんなに飛ぶんじゃ、弓道部としては思うところがあるのかも知れないな。
「見てて」
雲川さんはそう言うと、行射の準備をした。前方の床にはいろいろなものが散らばっているが、そのうちのどれかを的にするようだ。
おもちゃのコンパウンドボウではあるが、雲川さんは射法八節を丁寧におこなう。放たれた矢は、10メートルほど離れた床に転がっていた紙コップに突き刺さった。
すかさず宮田が駆け寄り、矢を回収してくる。あ、ここでも矢取りをするんだ。
「問題はこっちね」
雲川さんは今度は召喚の門に向かって立つ。射法八節をおこない、矢が放たれた。
いや、ちょっと待って、召喚の門の近くには白蕗さんがいる。人に向かって矢を射ちゃ駄目だよ。
そう思った瞬間、矢はありえない軌道を描いて召喚の門に吸い込まれた。これじゃ宮田も矢取りに行けない。
「どうやら攻撃はできないみたいね」
雲川さんはそう言って肩をすくめた。いや、それどころじゃないでしょ。俺は断固として厳重抗議をさせていただく。
「白蕗さんがいるのに、そっちに向かって矢を射るなんて」
「白蕗さんが構わないって言ったのよ。もし万が一のことがあっても、時間の巻き戻りがあるから大丈夫って。ただ即死だと少し困りますわねとも言ってたけど」
そんな無茶苦茶な。理屈の上ではそうだけどさ。
「もしかして、俺や日向さんがあの召喚の門の近くにいたときも?」
「もちろんよ」
なんてこった!




