二月六日(木)4: 諸君、死んでくれ
しばらくして、トイレの外から白い光が差し込んできた。
「あれ?」
俺と宮田はお互いを見合わせた。いつもの悲鳴が聞こえなかった気がする。前髪をいじくるのに夢中になって、集中できていなかっただろうか。
トイレの外から、悲鳴や怒号が聞こえてきた。ちゃんと始まっているようだ。
トイレにいた人達は、俺と宮田が洗面台のところにいたせいか、手も洗わずに飛び出していった。いや、俺もトイレにいるときに火災報知器が鳴ったら手を洗わずに飛び出してしまうとは思うが。
トイレから飛び出していく人を止めてやれば、あの召喚の門に吸い込まれて死ぬことは防ぐことができる。だがそれは白蕗さんにきつく禁じられている。なぜなら、このあと召喚の門を俺達で確認するときに、見知らぬ人にこの状況を説明している時間が惜しいからだ。
さらに言えば、俺がこうして男子トイレに避難していることで、本来なら俺が召喚の門に吸い込まれた時点で時間の巻き戻りが起こって助かった人達までもが召喚の門に吸い込まれていることになるが、それも考えないことにする。時間が巻き戻れば、なかったことになるからな。
最終的には、必ず全員を助ける。そのためには、諸君、死んでくれ。
おっと、余計なことを考えていないで、あの声に耳を澄まさなければならない。
『召喚の門に告ぐ、強き勇者をここへ召喚したまえ』
どこかから声が聞こえた。女性の声だ。召喚の門の出現地点から距離があるにも関わらず、けっこうしっかり聞こえた。
そして、嵐のような轟音が去ったあと、別の声が聞こえた。男性なのか女性なのか判然としない声だ。
『召喚魔法は成功した。ただし召喚は成功しておらぬ』
魔法って、召喚魔法って言ったか?
俺は思わず男子トイレから飛び出しそうになるが、宮田に「まだ早い」と止められた。
一呼吸置いて、物音ひとつしなくなったのを確認してから男子トイレの外に出る。
展望フロアには、誰の姿も見当たらない。まるで竜巻でも通り過ぎたかのような惨憺たる有様だ。床には帽子や鞄、土産物、ドリンクのカップなどが散乱している。ドリンクのカップから床に撒かれた飲み物などは一様にあの召喚の門に向かって飛び散っている。
この先に、あれがある。あの忌々しい召喚の門がある。




