二月五日(水)10: 却下でお願いします
宮田と雲川さんが戻ってきた。宮田は憔悴しきっている感じで、雲川さんに支えてもらってなんとか歩いているようだ。全身が粉々に砕かれて死んでしまう記憶は、想像を絶する苦しみなのだろう。
ともあれ、全員が再び揃ったところで、明日の計画を話し合った。
話し合ったと言っても、もはや主導権は白蕗さんの手にあるわけだし、実際にあの召喚の門を見てみないことには話にならないという結論に至ったわけだが。
最後に、白蕗さんは「大切な話があります」と、俺の目を見ながら言った。
「小林さん、あなたはこの周回を、どのように終わらせたいとお思いですか」
「そりゃもちろん、誰も死なずに、無事に終わらせられればいいと」
そんな遠い目標をひとつだけぽんと置くんじゃ駄目だ、小さい目標に分割して積み上げていかないと、それは目標ではなく夢のままだ。そんな夢は到底叶わない、という話だろうか。
「では宮田さん、あなたはこの周回を、どのように終わらせたいとお思いですか。自分たちだけあの召喚の門から逃げ延びて終わらせることは考えたことはありませんか」
「その選択肢はないな」
俺の心臓が早鐘を打つ。
二周目のことを思い出す。召喚の門が全てを吸い込み終えて、俺と宮田は召喚の門の前で話をした。
『宮田、もしかすると、あんまり時間がないかも知れない』
『何でだよ、光夫がこのドアに入らなきゃ、時間は戻んないんじゃないのか』
『そうじゃなくて、誰かがこのフロアに来たら、この状況に気づいて大騒ぎになる。警察も来るし、いなくなった人達の捜索も始まるし、たぶんここは封鎖される』
『そりゃ、大騒ぎにはなるよな』
『そうすると、俺達はもう、このドアには近づけなくなる。時間が巻き戻ることも、たぶんなくなる』
『その選択肢はないな』
『だよな』
どっと汗が吹き出す。
その選択肢はない。俺達だけ助かるなんて選択肢はない。
これもそうなのか。宮田による認識の操作か。宮田に悪気はないだろうし、この意見には同意だが、何て恐ろしい能力なんだ。
「改めて、小林さん、あなたはこの周回を、どのように終わらせたいとお思いですか」
俺は深呼吸をひとつして、それから言った。
「改めて自分で考えた上で、宮田と同意見だよ」
白蕗さんはにっこりと微笑んだ。そして言った。
「ああよかった。宮田さんが他人の認識を改竄しているのって、対象者を取り巻く風にべっとりと掌のあとがついているように視えるので、とても気持ち悪かったんですよ。一番大きなものが消えてくれたので、私としては助かります。ああよかった」
そんな風に視えるのか。ちょっとホラーだな。
「ちなみに、誰よりも先に小林さんをあの召喚の門に吸い込ませれば、ほかのみなさんは全員助かるという方法も」
「きゃ、却下でお願いします!」
白蕗さんはにっこり微笑んで言った。
「はい。召喚の門を調査するための時間が必要ですから、小林さんを召喚の門に吸い込ませるのはその後です。今のはちょっとした冗談です。嬉しすぎて、ちょっとはしゃいでしまいました」
あの、勘弁してもらえませんかね。
☆
家に帰り、ベッドに寝転がって反省会を開催する。
前回、白蕗さん曰く1203回前らしいが、修学旅行の前日は特に何もない普通の一日だった。
それが今回、この月曜日から水曜日は、いろいろありすぎた。ほとんど白蕗さんのおかげだったが。
反省会というか、反省すべきは、俺って主人公してなくね?
明日は修学旅行だ。
あの召喚の門が人々を吸い込むのを終えたあと、みんなで実際に召喚の門を見て、今後の対策を考えるということになっている。
実際のところ、白蕗さんに召喚の門を見ていただければ、それで全て解決しちゃったりするんじゃないですかねぇ。
やっぱり俺って主人公してなくね?
それはそうと、今日の白蕗さんの言葉で気になったことがある。
人間の身体は50パーセントが水分と言ったあと、自分の水分が20リットルと言う前に、25と言いかけていた。
「まずい」
俺はベッドから跳ね起きた。
白蕗さんは、今の能力では他人の記録から記憶や感情までは読み取れないと言っていた。
今の能力ということは、このまま同じ時間を繰り返して能力が向上していけば、読み取れるようになるかも知れないということだ。
白蕗さんの能力が向上して、この小説を読むくらいに全てを読み取られでもしたら、白蕗さんが25リットルと言いかけたことに俺が気づいたこともバレてしまう。
いや待て、それ以前に、二十七歳男性みたいに、このことを強く考えたら記録に書き込まれて、白蕗さんに読み取られてしまうのではないか。考えるな、考えるな。
これはまずい。まずいけど、心配してもしょうがないから、もう寝る。
この時間の繰り返しを早く終わらせなければならない。俺は心に誓って眠りについた。




