轟音が響き渡り、木造の聖堂が軋みを上げる。
「イリスティーナ姫、もう扉が持ちません」
聖堂の分厚い木製の扉が、破城槌などの知恵の産物ではなく、魔物の体当たりという暴力によって、今まさに破られようとしている。
数人の女官が扉を押さえているが、これから起こるであろう破壊に対し、人間の力がどれだけ効果を発するかは甚だ疑問である。
王とその護衛軍が遠征で不在のこの時を狙ったかのように、数千匹の魔物がこの封魔国シクスィードに攻め寄せてきた。
第一報から一日を待たずして、この封魔国の命運はすでに尽きようとしていた。
イリスティーナは意を決した。
「この国を滅ぼさせるわけにはいきません。最後の手段を用います」
イリスティーナは首飾りにしていた古びた鍵を懐から取り出し、聖堂の奥にある禁呪の部屋の扉を解錠する。
扉を押し開けると、淀んだ空気が流れ出てきた。
『できることなら、これは使いたくないものだな。これは諸刃の剣だ』
王の言葉が思い出される。しかし、その王はここにいない。
禁呪の部屋の床には魔法陣が描かれている。直径数メートルもある、高度な魔法陣である。
果たしてこの魔法陣は、この国の救いとなるのか、それとも――
イリスティーナは不吉な予感を振り払うように、左右に首を振った。悩んでいる時間はもはや残されていない。
「出でよ、召喚門」
イリスティーナが魔力を込めると、魔法陣がぼんやりと光を発し、唐突にそれが現れた。
その門は、魔法陣から1メートルほど上に、何の支えもなく浮かんでいた。
門というよりは、アーチ型の門扉だけが空中に浮いている。門扉は閉ざされており、材質は石のようにも鉄のようにも見える。表面には何の装飾もない、ただの一枚板だ。
門扉の最上部に女性の胸像が設えられており、その女性がアーチに沿って両腕を広げている。腕は門扉と一体化しており、手首から先は判然としない。
しばし心を奪われたイリスティーナが、我に返る。
「召喚の門に告ぐ、強き勇者をここへ召喚したまえ」
魔法陣がまばゆい光を放ち、イリスティーナが、召喚門が、禁呪の部屋が、そして聖堂が、白い光に包まれた。
こうして、イリスティーナは死に、この国は滅びたのだった――