俺達四人、つまり、白蕗空さん、日向茜さん、宮田、俺の四人は、理科室にありがちな丸椅子に座って膝を突き合わせている。冷房がきついので、みんな白蕗さんから借りたブランケットで身を包んでいる。
実験の結果、日向さんの能力についていろいろと確認できた。
まず、1リットルの水を約80℃熱することができる。2リットルの水だと約40℃熱することができる。最初の実験では25℃の水1リットルを使用したため沸騰してしまったが、10℃に冷やした水1リットルが約90℃に熱せられた。白蕗さんは他の温度帯でも実験しないと確たることは言えないと言っていたが、今回は目的外ということで見送られた。
加熱される温度が水の量に反比例するようなので、水の量を減らして実験を行った。計算上は100ccの水だと800℃、10ccの水だと8千℃、1ccの水だと8万℃も加熱できることになるが、実際にはそんな恐ろしいことにはならず、沸騰して100℃を超えることはなかった。
複数のビーカーの水を加熱する実験も行った。複数に分けられた水も、日向さんが認識している全ての水が同じ温度加熱されることがサーモグラフィーカメラによる測定で確かめられた。
そして、理解不能なのだが、一度加熱した水を再び加熱しようとしても、温度は上がらなかった。どういう理屈なのかはまったく分からないが、一度加熱した水を再度加熱することはできず、別の水を足した場合は足した水のぶんだけが加熱できるようだった。
サーモグラフィーとか、そこまでガチな実験をするとは思わなかった。白蕗さんは一体何者なんだ。この部室にずらりと居並ぶサーバーラックを見渡して、俺は疑問を飲み込んだ。
一通り実験を終えた白蕗さんは、両手を腰に当てて、小さな溜息をついた。
「どうやら与えられる熱量が決まっているようで安心しました」
「決まってないと安心できないのか?」
宮田のド直球な質問に白蕗さんが答える。
「はい。水の量と関係なしに決まった温度の加熱が可能だとすると、海などの大量の水を加熱することで地球に異常気象を引き起こすことができるかも知れません。地球全体の海水温が80℃も上昇した場合、異常気象という言葉ではとても表せない事態に陥りますが」
「危ねーじゃねーか」
危ないというか、滅びずに生き延びられる生物はどれくらいいるだろうか。
「少量の水の加熱は、数万℃の加熱によって水素原子や酸素原子がプラズマ化する可能性も考えたのですが、沸騰することによって100℃を超えることはありませんでしたので、安心してもいいでしょう」
「それって安心できるのか?」
「はい。量の少なさのおかげで、万が一飛び散ったとしても天ぷら調理で油がはねた程度の火傷はするかも知れませんが、大きな事故には繋がらないと思います」
俺は疑問を口にした。
「一度加熱した水は再び加熱できないというのは、どういう仕組なんだろう」
「はい。おそらく現代の科学力では説明できないと思われます。水分子ひとつひとつに加熱済みであるとマーキングし、選択的に加熱するということが可能なら実現できるかも知れません。ですが、現代の科学力では、水分子にマーキングする時点で非常に困難だと思われます」
俺はさっきの実験で水が沸騰したことを思い出す。沸騰したなら、水蒸気も出ていたはずだ。
「蒸発した水はどうなるのかな」
「はい。それも疑問点のひとつです。蒸発して雲となり、雨となって返ってきた水も再加熱できないのか。あるいは、水分子を電気分解して水素と酸素に分離し、その水素と酸素を再結合した場合も再加熱できないのか。興味は尽きませんが、今回は時間も限られていますので実験は見送りましょう」
俺としても興味はあるが、そんな実験をやっていると今日中には終わらなそうだ。
「それでは、日向さんのお弁当加熱事件について考察しましょう。日向さんたち四人のお弁当はご飯とおかずで構成されますが、ここでは簡便化のために全てご飯だったとし、一人当たりのお弁当はご飯一合相当だったとしましょう。ご飯一合をおにぎりにすれば二個ないし三個になります。これは女子高生のお弁当の量として大きく外れてはいないはずです。ご飯一合すなわち米150グラムに200ccの水を足して炊くと約330グラムになるようです」
白蕗さんは説明しながら実際に炊いたご飯の重さを測っている。美味しそうな匂いがしていると思ったら、ご飯を炊いていたとは。
なお科学部の部室になぜ炊飯器や米が置いてあるのかは考えないものとする。
「四人のお弁当がそれぞれご飯一合に相当するとして、一合のご飯には炊飯時に蒸発した水分を差し引いて約180ccの水分が含まれるわけですから、四人分を合計しても720ccにしかなりません。生米に含まれていた水分を足しても総量は1リットルには満たないでしょう。つまり、日向さんの能力なら、四人のお弁当を少なくとも80℃は加熱することが可能と思われます」
「危ねーじゃねーか」
「はい。教室には暖房が入っていますから、お弁当が常温の25℃だったとすると、80℃の加熱で105℃に達すると思われます。さっきの最初の実験で25℃の水が沸騰したケースでは沸騰によって水の温度は100℃を超えませんでしたが、80℃で変形してしまうポリエチレン製のお弁当箱はひとたまりもないでしょうね」
何て恐ろしい能力なんだ。
日向さんを見ると、何だか上の空な感じである。自分の能力が危ない危ないと言われてショックを受けているふうでもなさそうだ。
「日向さん、大丈夫?」
「ええ、何だかちょっと疲れちゃって」
能力を連続で使用すると疲れるのだろうか。いや、何の代償もなしに使えると思うほうがどうかしてるな。
白蕗さんが立ち上がって日向さんに近づく。
「それは肉体的な疲労感ですか、それとも精神的な疲労感ですか」
「分からない。両方かな」
白蕗さんはそれを聞いて頷くと、背筋を伸ばし、祈りでも捧げるかのように胸の前で両掌を合わせた。
ぼんやりと光る白蕗さんの体を見て、日向さんは目を真ん丸にして驚く。
白蕗さんは構えを解いて、日向さんの周りの空間を見回す。何かを視ているのだろう。
「他人を癒やすのは初めてですが、回復できたようですね」
「す、すごい、素振り三千回やったくらいの疲れがぜんぜんなくなってる」
どれくらいの疲労感なのかぜんぜん分からないのですが。