二月四日(火)1: 本当にあったまる怖い話
二月四日(火)――
昇降口の下駄箱の前で日向茜さんに話しかけられ、昼休みに屋上に呼び出される日である。
そんなわけで、俺は今、学校の屋上に来ている。
本日は快晴で、二月にしては暖かいが、風は冷たい。時刻は12時45分。12時40分から昼休みが始まり、昼休みが終わる13時15分までは、あと30分といったところだ。
「見たよね?」
日向さんが問いかけてくる。きつく問い詰めてくるわけではなく、淡々と問いかけてくる感じだ。
これは弁当箱のパンダの絵柄でもなく、スカートの中でもなく、日向さんが能力を使ったところを見たよねと聞いているわけだよね。
どうやら前回と同じ展開になりそうだけど、今回もまた日向さんが能力を使う瞬間は見ていなかったんだよな。
「日向さんは、俺が何を見たって言ってるの?」
俺は前回と同じ質問を繰り返す。これで日向さんは、「バカじゃねーの」という反応が返ってくる不安を抱えながら、自分に不思議な力があるんじゃないかという話を始めるはずだ。
しかし、日向さんは顔を紅潮させながら、俺に詰め寄ってきた。
「とぼけないで。あなた、私達のお弁当に何かしたでしょ」
「えっ」
予想外の展開に、思考が停止する。
「昨日のお弁当のこと、先生は何かの事故だろうって言ったけど、あとになって考えると、とてもそうだとは思えなくて」
「えっ」
その台詞は前回も聞いた。けど話の流れがぜんぜん違う。
日向さんは俺が日向さんたちの弁当に何かをして、その結果を確かめるために俺が「見たよね?」って聞いているということか。
「だいたい、私が『平常心』という言葉が嫌いなことを知ってるくせに、どうしてそんなこと言うのよ」
「えっ」
確かにそれはごめんなさい。日向さんのお父さんはとても厳しい人で、日向さんが平常心を失ったことを知ったら跳躍素振り二時間やらされたりするんだっけ。それを恐れている日向さんに向かって「平常心」なんて言って落ち着かせるのは、俺自身も思ったけど、呪縛を利用しているようなもので、うん、ひどいことするなぁ。
でも、ちょっと待った。
「ごめん、俺って、日向さんが『平常心』って言葉を嫌いなことを知ってたっけ?」
「えっ」
今度は日向さんがキョトンとした顔になる番のようだ。
「そういえば私、『平常心』という言葉が嫌いなこと、誰にも話したことない」
「ですよね」
「私みたいな剣道キャラが『平常心』が嫌いなんて、世界観的におかしいから、誰にも言ってなかったのに」
「ですよね」
なんか、キャラとか世界観とか、おかしなことを言い始めたぞ。
「どうして小林くんは、私が『平常心』が嫌いだって知ってるのよ」
「知らないよ」
「そうよね」
「うん」
日向さんの怒りが明後日の方向に跳躍素振りしてくれたので、その間に思考を整理しよう。ちなみに明後日は修学旅行なのだが、それも明後日の方向に置いておこう。
今回の日向さんは、弁当加熱事故を俺が引き起こした事件だと疑っている。ということは、自分に何か不思議な力があるとは微塵も思っておらず、今朝の歯磨きのときにコップの水を温める検証もしていないわけだ。いや、そのほうがよかったのかも知れない。前回の日向さんの能力ならコップの水がお湯になるくらいで済んだかも知れないが、宮田が千周も回した今の日向さんの能力だと、コップの水がどうなるのか分からない。
これは論より証拠、実際に検証して見てもらったほうが早いだろう。
この学校の屋上は、人工芝で覆われており、周囲を鉄柵とネットで囲まれて、生徒が軽い運動したりごろ寝したりできるように開放されている。人工芝を掃除するためのほうきや、寝てしまった人工芝を起こすためのデッキブラシは置いてあるが、水道やバケツは見当たらない。
「日向さん、ちょっと校舎に戻って、試したいことがあるんだけど」
「えっ、何するつもり?」
「いや、変なことをするつもりはないけど、まずはそれを見てから、俺を責めるなり煮るなり焼くなり、どうするか判断してほしいんだ」
「いいけど」
水飲み場に行けば水があるけど、コップがないと検証しづらいな。理科室に行ったほうがいいだろうか。
屋上から校舎に戻り、階段を降りてすぐの廊下の曲がり角に差しかかる直前に思い出した。これは白蕗さんとぶつかるパターンだ。
俺は慌てて立ち止まる。それによって、白蕗さんとの衝突を避けることができた。いや、たぶん避けることができたと思うが確信はない。
「ごめんなさい」
ぶつかりそうになったことを白蕗さんに謝る。今回は心臓が口から飛び出さずに済みそうだ。
このタイミングで屋上から降りてくると白蕗空さんに会うってことは、覚えておかないとな。
「あら、そちらは剣道部の日向茜さんですね」
白蕗さんはそう言いつつ、俺と日向さんの顔を交互に見た。いや、何を視ているんですかねぇ。
白蕗さんが俺に向かって言う。
「能力を持った人を集めているのなら、お手伝いしましょうか?」
「えっ」
心臓が口から飛び出した。いや、見てないけど飛び出した。危ないところだった。
いや、そうか、白蕗さんは風の息づかいとかいう能力を使って、他の人の能力が分かるんだっけか。能力を持った人が二人連れ立って歩いていたら、そう思うよね。
でも、能力を持っているからって、女子を巻き込むわけにはいかないし。うっ、巻き込むという言葉を考えると偏頭痛がする。
俺より先に言葉を発したのは日向さんだった。
「白蕗さん、能力って何の話をしているの?」
「日向茜さん、あなたの能力は、対象を加熱するというものです」
「えっ、加熱?」
「はい。対象の水分子を直接回転・振動させることにより、その摩擦熱によって加熱しているようですね」
「えっ、分子?」
ああ、日向さんが完全に置き去りにされてる。俺は最初からついていく気がないから置き去りにされずに済んでいるけど。
でも、よく分からないなりに、ちょっと助け船を出してみようか。
「白蕗さん、それって電子レンジみたいなこと?」
「いいえ。結果は似ていますが、原因がまったく異なります」
白蕗さんは俺の沈没しそうな助け船を馬鹿にする様子もなく説明を続ける。
「電子レンジは英語でマイクロウェーブオーブンと言いますが、マイクロ波を食品などに照射することで水分子を回転・振動させ、その摩擦熱によって加熱します。そういう意味で結果は似ていますが、原因がまったく異なります。日向さんの能力は、マイクロ波の照射ではなく、対象の水分子を直接回転・振動させているという点で、電子レンジとは機序が異なります。これがもし日向さんの能力がマイクロ波の照射によるものだったなら、マイクロ波が教室中に反射・拡散することになり」
「教室全体が電子レンジになるってこと?」
「教室ほどの広さならマイクロ波は広く拡散してしまうとは思いますが、運悪くマイクロ波を多量に受けてしまえば火傷をすることもあるでしょうし、心臓にペースメーカーを入れている人がいれば誤動作や停止のおそれはあるでしょうね」
「何て恐ろしい。電子レンジ怖い」
「もちろん市販の電子レンジには扉を開けたままでは動作しないよう安全装置が組み込まれていて、扉を開けたまま加熱をおこなうことはできません。何らかの故障によって扉を開けたまま加熱できるような状態になった場合は速やかに修理をしたほうがいいでしょう」
「本当にあったまる怖い話だ」
白蕗さんの話に俺が何とか食いつこうとしていたところ、日向さんがしびれを切らしたようだ。
「ちょっと、電子レンジとか、何の話だか分からない」
そうですよね。というか、日向さんの能力は電子レンジとは違うという話なのに、なぜか電子レンジの話で盛り上がってしまったような気がする。
「それでは、科学部の部室で実験してみましょう」
白蕗さんはそう言うと、さっさと科学部のある方向に歩き始めてしまった。否応なしですか。
「宮田が昼飯を買って待っているから、断りを入れてきてもいいかな?」
「私も友達が待ってる」
「それでは、放課後にいたしましょう。宮田さんも科学部の部室にお越しいただきましょう」
ということで、放課後に科学部の部室に集まることになった。
日向さんは剣道部の部活があるが、「私のことなんだから、部活を休んででも知りたい」とのことだった。
宮田は「何で俺まで」と文句を言っているが、能力のことなんだから、強制参加に決まっとるだろ。




