二月六日(木)3: その選択肢はないな
俺には時間を戻す力がある。なんてすごいんだ。
しかし、時間を戻したことを、俺は覚えていない。記憶していない。だから自覚もしないし、できない。
何だそりゃ。
ギャグ漫画で、ある天才科学者が時間を止める装置を作るが、その装置を作動させたら、その天才科学者を含めた全ての時間も止まってしまった、というエピソードがあった。その装置の機能を停止することもできないわけで、ギャグ漫画じゃなければ詰んでしまうところだ。
不思議な力を使って時間を戻して、自分の記憶も元に戻って、何もかも忘れてしまうとか、なんだよそれ、ただの嫌がらせかよ。全力で嫌がらせかよ。ギャグ漫画かよ。
いや、時間を戻したあと、別の選択をしているということは、単に時間を戻しているというより、過去改変に近いのだろうか。
そんな能力を、アイスの当たりを選ぶのに使うとか。
時間を操る能力者が、アイスの当たりを。
俺はあまりの恥ずかしさで、両手で顔を押さえて床を転げ回る。勉強机の一番下の引き出しに隠してある中二病の頃の小説ノートを読み返す以上に恥ずかしい。
「光夫、ちょっと落ち着け」
宮田に言われて床から起き上がる。
そうだ、こんなところでゴロゴロしている場合じゃない。
「光夫、時間が戻るのは止まったけど、正直ここからどうしていいのかわかんねー。どうすればいいと思う?」
いやまあ、俺に分かると思われても困るのだが。
「分かっていることを整理して、このあと起こることを予想しよう」
まず、俺の能力だが、時間を操ることができるらしい。
無意識に、気に入らないことがあると時間を戻してやり直しているらしい。
どうやら俺がこのドアの中に入ると、月曜日の昼前に時間を戻してやり直すらしい。
いや、これは未確定だ。俺がドアの中に入ると時間が戻るらしいが、俺の能力によって時間が戻っているのか、別の何者かによって時間が戻されているのかは確定していない。
らしいばっかりだが、時間を戻すと記憶も元に戻ってしまうため、俺は能力を使ったことを認識できない。
次に、宮田の能力だが、記憶を操ることができる。
時間が巻き戻ったあとも、前の周の記憶を保っている。
前の周のことを忘れている人に話を振ると、思い出させることができる。
時間が巻き戻る前に記憶を固定すると、他人にも次の周に記憶を持ち越させることができる。
おそらく自力ではこの時間の繰り返しから抜け出すことはできない。
どうやら、二人の能力が揃って初めて、時間跳躍、タイムリープというものが成立するようだ。
どちらもものすごい能力だと思うが、なんだか残念な気持ちになるのはなぜだろう。
- 二月三日(月)…ループの起点
- 二月四日(火)
- 二月五日(水)
- 二月六日(木)…修学旅行
何とかして、この足掛け四日間、実質三日間の繰り返しから抜け出さなければならない。
次はこのあと起こることの予測だ。
前回、宮田の実験により、俺がドアの中に入ると、時間の巻き戻りが起こることが観測された。
俺がドアの中に入るまでは時間の巻き戻りが起こらないようだが、いつまでもずっと起こらないのかは不明だ。
巻き戻りが起きないとどうなるのか。ドアはずっとここにあるのか。ずっとあるとして、一時間後なのか、一日後なのか、一週間後なのか。
そもそも、ここにいた人達はどこに行ってしまったんだろう。みんなドアの中に吸い込まれてしまったのだろうか。吸い込まれてしまったとして、どこに行ってしまったのか、どうなってしまったのか、それは分からない。
ふと俺は、あまり時間がないことに気づく。
「宮田、もしかすると、あんまり時間がないかも知れない」
「何でだよ、光夫がこのドアに入らなきゃ、時間は戻んないんじゃないのか」
「そうじゃなくて、誰かがこのフロアに来たら、この状況に気づいて大騒ぎになる。警察も来るし、いなくなった人達の捜索も始まるし、たぶんここは封鎖される」
「そりゃ、大騒ぎにはなるよな」
「そうすると、俺達はもう、このドアには近づけなくなる。時間が巻き戻ることも、たぶんなくなる」
そうすれば、宮田の長い長い時間の繰り返しも、終わりを告げる。
いなくなった人達がどこへ行ったのか、どうなったのかは分からないが、俺達はおそらく明日からはそれなりに普通の日常に戻れるだろう。
多くの人が行方不明となり、二人だけ無事に帰ってきたと、ニュースにはなるだろうけど、時間が経てば人々の記憶から薄れていくだろう。
帰ってこない大切な家族や友人をずっとずっと待ち続ける人たちを除けば。
「その選択肢はないな」
「だよな」
宮田がこともなげに言う。俺も同意だ。
別に正義感に燃えているわけでもないが、クラスメートが消えてしまった原因を目の前にしておきながら、それを忘れて明日から普通に生きていくなんてことはできないだろう。知っていて何もしなかったら、いつか良心の呵責に押しつぶされてしまうに違いない。
などと格好いいことを言っているが、そもそも、今ここで答えを出さなくてもいいのだ。とりあえず月曜日に戻り、三日間かけて作戦を練ればいい。
大展望台の二階からざわめき声が聞こえ始めた。
この日本電波塔の大展望台は二階建てになっている。フットタウン一階からエレベーターに乗ると、大展望台の二階に到着する。観光客は景色を楽しんだり買い物をしたりして、大展望台二階から一階に降りて、下りエレベーター乗り場からエレベーターに乗って地上に戻る。
つまり、上りエレベーター降り場が二階で、下りエレベーター乗り場が一階ということだ。
二階の状況がどうなっているのかは分からないが、そのうち誰かが一階に降りてきて、この惨憺たる有様に気づくだろう。
「それじゃ宮田、月曜日に戻って作戦を練るとすっか」
「おう」
何ができるのか分からないが、何かできると信じてやってみよう。
「それで、えっと、宮田が俺の記憶を固定するんだよな?」
「ああ。光夫、覚えておいてくれ」
「それだけ?」
「それだけだ」
前回の最後、ちょっとよく覚えてないけど、宮田はもうちょっと思わせぶりなことを言ってなかったっけ。
「前回は、覚えておいてくれ、これが――とか言ってなかった?」
「いや、これがお前の始まりだ、とか言おうと思ったけど、恥ずかしくてやめたんだよ」
なんだよ、宮田も中二病成分をそれなりに含んでいたってことか。
俺はドアに近づいて行く。相変わらずドアの向こうは真っ白な光に包まれて、何も見えない。この先にクラスメートやその他の人達がいるのかどうかも分からない。
その白い光の中に、俺は右手を伸ばす。
「ところで、このドアの中に入るとどうなるのか、ちょっと思い出せないんだけど」
「ああ、光夫が思い出さないよう、話を振らないようにしてたから」
何でだっけと言いかけたが、激痛のために言えなかった。右手が、右腕が、ミキサーに掛けられたように粉々になっていく。
何だこれ、何だこれ、痛い。痛い。死ぬ。死ぬ。死んでしまう。
腕を引き抜こうとするが、何か強い力で引き込まれるように、肘が、そして肩が巻き込まれていく。
死ぬ。死ぬ。痛い。痛い。頭が。
そして、俺は、俺達は――




