二月六日(木)2: この世のどこにもいない
宮田と話しているうちに、ドアの前に着いた。大展望台一階、下りエレベーター乗り場の前である。
その両開きのドアのようなものは、何の支えもなく1メートルほど空中に浮かんでいる。
どんな材質でできているのか、よく分からない。木のようでもあり、石のようでもある。ドアの上には女性の胸像が設えられており、まるで来る者を歓迎するかのように両腕を広げて、ドア上部のアーチと一体化している。ドアは開いているが、その向こうは真っ白な光に包まれており、何があるのか見えない。
とりあえず、近づきすぎなければ危険はないようだ。といっても、今のところは、だが。見ていても変化はないようだが、時間が経てばどうなんだろう。
さて、宮田が女子更衣室を覗いていたことはさておき、けしからんが、さておき、話を元に戻そう。
【前回のあらすじ】
自分ではなく誰かがきっかけで時間の巻き戻りが起こると考えた宮田は、その誰かを探し続け、ついにこの俺、小林光夫にたどり着いた。
なんだよ、宮田の無駄話が長いだけで、1行で終わっちゃうじゃん。
俺を見つけたってことを先に言うと話の腰を折っちゃうと思って言わなかったから話が迷走してしまったんだな。先に明確なゴールを示してそこに導いてやればよかった。
って、どこの会社員だよ。
「で、どうやって俺を見つけたんだよ」
「ああ、バラバラに選んでるとダブりも出るから、学校の名簿順にA組の1番から順番に調べることにした。それならどこまで進んだかだけ覚えておけば間違えないからな」
「結局、気が遠くなりそうな話だな」
二年生は1クラスが40人。それがA組〜E組の5組ある。200人だ。
とはいえ、俺と宮田のクラスはC組だし、名簿順に行くなら、A組とB組の80人と、C組の7番の俺までで済むはずだ。
いや、宮田はやっと俺を見つけたと言っていた。なぜだ。もしかして、俺を飛ばしたのか?
「最初は一人ずつ呼び出してたんだけど、途中で効率のいい方法を思いついてさ。男子と女子を一人ずつ選んで、それぞれに話があるから来てくれって言ってたぜ、って伝えた」
「なるほど、それなら二人ずつ避難させられるな」
「だろ。それで調べる速度が倍になったけど、やっぱり大変だった」
宮田も遊んでばかりいたわけではなく、いろいろと考えて行動していたらしい。
しかし、男子と女子を呼び出して話があるって伝えるとか、当人たちはめちゃめちゃドキドキしただろうに、嘘とかひどすぎるな。時間が巻き戻ったらなかったことになるとはいえ。
あと、選んだ相手によっては呼び出しに応じなかったりとか、あまり効率はよくなかったんじゃないだろうか。
そもそも、効率というなら、そんな一人二人を順に調べるのは効率が悪すぎるわけだが。
「でもさ、それってまずクラス単位で避難させて、どこのクラスにいるのか先に調べれば早かったんじゃないのか」
「えっ」
「エレベーターに乗る前に点呼しただろ。それを妨害するなりして、そのクラス全員をここに来させなければ、一気に候補が絞れるじゃん」
「バカ光夫、何でもっと早く教えてくんねーんだよ」
「お前こそバカじゃねーの。教えれるわけないじゃん」
宮田ががっくりと項垂れる。
宮田が立ち直るまで、しばらくドアを観察する。相変わらずドアの向こう側は白い光に包まれていて何も見えない。目が慣れたら何か見えるのかとも思ったが、そういうものでもないらしい。
「宮田、今度は押すなよ」
「ああ、すまん。あれは確認したいことがあったからな」
「俺がきっかけだったってことをはっきりさせるためだな」
「ああ」
宮田の話からすると、どうやら時間が戻るきっかけは俺、ということらしい。
俺がこのドアの中に入ることで発動するのか、俺がこのドアの奥の白い光に包まれると発動するのか、それとも。
あれ。このドアの中に入ると、どうなるんだっけ。
「実はさ、光夫は違うと思ってたから、名簿順に調べてたのに、光夫は飛ばしてしまったんだよな」
「何で飛ばしたんだよ」
やっぱり俺を飛ばしたのか。ということは、約200人を二人ずつ、100回かけて調べたのか。
ちょっぴり宮田が気の毒な気がした。
「光夫の能力は、おはようって言ったら目が覚めるもんだって思ってたからさ。アニメ一気見して徹夜したあと、死ぬほど眠かったのがバシッと目が冴えて、マジ助かったんだぜ」
「俺はエナジードリンクかよ」
アニメのマラソン視聴に便利に使われてたよ。
「時間が巻き戻ると三日くらい寝てないみたいになってキツいんだけど、月曜日の昼休み、俺がおはようって言うと光夫もおはようって言うだろ。それで目が覚めて、マジ助かってた」
「俺がおはようって言う前は死にそうな顔をしてたのはそのせいか」
「失敗続きのショックもあったけどな。だから光夫はそういう能力で、違うと思ってたんだ」
別に能力は一人につきひとつと決まっているわけでもないと思うが。いや、俺も、不思議な力をいくつも持っているということはあまり想定していなかったかも知れない。こんな力をひとつ持ってるだけでもとんでもないのに、複数持っているなんてありえないと思い込んでしまったのか。
「それと、光夫は気づいてないようだけど、おはようって言ってるとき、体が光ってるんだぜ」
「なんだと」
「で、雲川が昼飯を食べに生徒ホールに向かってて、うちのクラスの前を通りかかって光夫が能力を使ってるところを見てる」
「そうなのか」
なんてこった。俺の体も光ってるのか。しかも、それを弓道部の雲川潤さんに見られてたのか。
あれっ、そういえば、第7話で雲川さんにきついことを言われた気がする。
『不思議な力を使って他人をコントロールするなんて、とても卑怯だと思うわ。恥ずかしくないの?』
思い出した。前回の火曜日だ。
そうか、俺が宮田に対して体内時計をリセットする力を使っているのを見て、何か卑怯なことをしていると勘違いされてしまったのか。いや、あれは別に宮田をコントロールしてたわけじゃないだろ。眠気はコントロールしてたかも知れないけど。
しかし、わざわざ弓道部の練習を抜け出してまでして、俺に卑怯だの恥ずかしいだの言いに来ますかね。正義感にあふれているのかも知れないけど、勘弁してほしい。
正義感といえば、今回の火曜日は女子の正義執行で弓道部の練習を見に行くのが遅れて、おかげで雲川さんに会わずに済んだわけだ。その代わり、宮田が弓道部に誘われて、宮田がポンコツになってしまったが。
雲川さんは元々、俺を非難するために近づいてきたんだろう。しかし今回は宮田しかいなかった。空振りだったわけだ。とはいえ、用もなく話しかけたと言うわけにいかず、宮田を弓道部に誘ってお茶を濁したのかも知れない。うん、ただの予想だし、宮田に言う必要はないよな。
また話が逸れているな。プロジェクトの軌道が逸れているとき、的確なマイルストーンを示して正しい方向に導くのも大切な仕事だ。
って、どこの会社員だよ。
「で、二年生を全員調べて、どうしたんだ」
「ああ、うちの二年を、光夫以外みんな調べ尽くして、それから悟暁高校のヤツらも調べたんだが、全部ハズレだった」
ハズレとか言うなよ。
やはりあれは悟暁高校か。悟暁高校の制服は、丸の中に悟という文字の書かれたロゴが入っているから近くで見ればすぐ分かる。
「さすがに違う高校のヤツを呼び出すとか、めっちゃ苦労した」
「どうやったんだ」
「下で集まって点呼する前に、男子だったら因縁ふっかけて喧嘩したり」
「大迷惑だな」
「女子の場合はナンパしてみたり」
「なにやってんだよ」
「五所川原瞳って女子が、けっこう美人でな」
「知らねーよ」
「十和田春香って女子は、可愛かった」
「もういいよ」
また話が明後日のほうに行っている。
まあ、時間が経てばドアに変化があるのかどうか確認する意味もあるから、こうやって無駄話をしていることも無駄ではないわけだが。
「で、どうしても見つかんなくて行き詰まってたんだけど、アイスを買うときに妙なことに気づいた」
「妙なことって、俺がアイスの当たりを引く能力か」
なぜ時間を戻すきっかけになっているヤツを探す話から、アイスの話になるんだ。
「俺って同じ時間を何周もしてるだろ。だからあのアイスの当たりがどれなのか覚えてる」
「そりゃそうか」
「最初の頃は普通に選んでハズレも引いたけど、当たりがどれか分かってからは、正直つまらなかった」
「だろうな」
「だけど、光夫がなんだか妙なことをしているんだよ」
「俺が?」
「先にアイスを選ばせても、わざとハズレのアイスを選ぶんだよ」
何でだよ。何でわざわざハズレのアイスを選ぶんだ。そんなヤツいないだろ。
いや。そうでもない、のか。
俺は中二病を脱して以来、どこにでもいる普通の高校生として生きようと強く願ってきた。もしかして、アイスの当たりを引いて喜ぶなどという、普通じゃないことを無意識に避けてしまったのだろうか。
って、アイスの当たりを引くくらい、普通の高校生でも普通にあるだろ普通。
「しかも、光夫がアイスのハズレを選ぶってのは、袋を透視しているとか、そんな能力じゃない」
言われてみれば、そうか。俺はアイスの当たりやハズレを、見て選んでいるわけではない。なにしろ、アイスを食べて芯棒を確認するまで結果が分からないんだから。そもそも、俺の意思で選んでいるのかどうかも疑わしい。
じゃあ、俺がアイスの当たりを引く能力ってのは、なんなんだ。運命を改変しているとでもいうのか。
アイスの当たりを引く能力って、なんてつまらないんだと思っていたが、意外にすごい能力だったのか?
「光夫、お前はアイスの当たりを引いちゃいけないと思ってるのか、当たりを引いたあと、ハズレを引き直す」
「何だそりゃ。返品なんてしてないぞ」
「返品じゃない。アイスを買って、食べて、当たりって分かったら、アイスを買うところからやり直す」
「いやいや、俺はアイスは一個しか買ってないぞ」
「違う、二個めを買うんでもない。一個めを買うところをやり直すんだ」
宮田は何を言っとるんだ?
「最初は見間違いか勘違いと思ったよ。アイスを買うとき、光夫が当たりを引いちゃったと言ってるのを見たような気がするんだけど、気がつくとまだこれからアイスを買うところだったりする」
「予知能力的なものじゃなくて?」
「いや、実際にはそのあと光夫が買ったアイスはハズレだった」
「じゃあ、気のせいだったんじゃ」
「違げーよ。俺の能力を思い出せ。俺は時間が戻っても、前の記憶を持ってる。お前はアイスの当たりを引いてしまうと、何が気に入らないのか、時間を戻してハズレのアイスを選び直すんだよ」
いや、いやいや。時間を戻すって。なんじゃそりゃ。
しかし、ああそうだ、前回の月曜日、第6話で宮田が俺にアイスの当たりを引いてくれと言って、俺はハズレを引いたんだ。すると宮田は「何でハズレを引くんだよ」と怒っていた。
俺はあの時、当たりを引いたのに、時間を戻してハズレを引き直した、というのか。
いや、いやいや。改めて言うけど、なんじゃそりゃ。
「いや、火曜日には、宮田に言われたとおり、俺は当たりを引いたじゃん。あれは何でやり直さなかったんだよ」
「あの時か。光夫はハズレを引いたあと、やり直して当たりを引いてたぞ」
「何でだよ」
「俺に聞かれても困るが。光夫は偶然って言ってたけど、俺にはそうじゃなかった」
確かあの時、俺にそんな不思議な力があればいいなと、ちょっぴり思ったような気がする。
しかし、ハズレを引いたあと、わざわざ時間を戻してやり直して当たりを引いたというのか。どこにでもいる普通の高校生の俺が。そして、これは偶然だと、心の中でものすごい勢いで言い訳をしたのか。そうやって自分を納得させたのか。
あのとき宮田は「マジですげーな」と言っていた。そりゃ、マジですげーよ。
「アイスの当たりを引くために時間を戻すって、マジすげーんだな、俺」
「そんな無駄遣いするヤツ、たぶん光夫以外この世のどこにもいねーんじゃねーの」
なんてこった。俺には時間を戻す力がある。
体内時計をリセットする能力とアイスの当たりを引く能力かと思ってたら、そんなすごい能力を持っていたなんて。しかも、時間を戻すというとんでもない力を、アイスの当たりを選ぶのに使っているなんて。
いや、ちょっと待て、体内時計だと。
俺の能力って、つまり、時間を操る能力なのか。なんてすごいんだ。なんてすごいんだ。
「俺、何でこんな能力の無駄遣いしてんだよ」
俺は膝から崩れ落ちた。




