「雲川の能力があまりにもすばらしすぎて、気を失っていたぜ」
意識を取り戻した宮田は、状況を理解するとそう言った。それはいいのだが、どうか入院だけは勘弁していただきたい。
雲川さんの能力は、物理法則や因果関係を無視するものだ。しかもそれは、矢が必ず的に命中するということだけに留まらず、任意の『結果』に変えることができるらしい。
「雲川さん、それって、白蕗さんの『等価交換』から思いついたの?」
「そうよ。疲れを元気に交換できるんだから、結果だって別のものに交換できると思ったのよ」
思ったのよって、雲川さんの能力もとんでもないな。いや、矢が必ず的に命中するという時点でとんでもないのだが。
「改めて確認だけど、何でもありってわけじゃないんだよね?」
「ええ。元々の結果からかけ離れた結果に変えようとすると、意識が飛ぶくらい疲れるわ」
なるほど。歯止めのない能力ってわけでもないのか。
「さて、雲川さんの能力にも危険はあるということが理解できたところで、宮田さんの話に戻りましょう」
ここで議事進行の白蕗さんの発言により、改めて宮田がやったことを確認する流れとなった。そうか、雲川さんの能力のお披露目を白蕗さんが止めなかったのは、誰の能力にもどこかしら制限や危険性があるということを説明するためだったのかも知れない。
「俺としては、『時間の繰り返しが始まってからのことを全て思い出せ俺』って言った瞬間に気を失ったってことしか分からねーけどな」
宮田はそれで生死の境を彷徨う羽目になった。宮田としてはそれ以上説明できることもないようなので、白蕗さんの解説を聞くことにする。
「宮田さんの症状は大きく分けて二つ、多臓器不全と筋肉痛でした。多臓器不全は能力の多重使用によるものです。小林さんはクラスメイト全員に能力を使いましたが、多臓器不全に至るほどの損害は受けませんでした。宮田さんは周回の全ての記憶を思い出すという過大な負荷を掛けたことで、多臓器不全という甚大な損害を受けたのでしょう。雲川さんの能力で本来あるべき結果からかけ離れた結果に変えようとした場合も、同様に損害を受ける危険があると思われます」
「なるほど、神様にはなれないってことか」
宮田がぼそりと言う。能力自体は神がかっているけど、使用に制限があるなら神にはなれなさそうだ。
「はい。むしろ私などはあまりの自分の力の及ばなさに忸怩たる思いですが」
「いちじくタルトがどうしたんだ?」
「いいえ。忸怩たる思いというのは、力及ばず不甲斐ないということです」
白蕗さんは宮田の妙なツッコミに、にこりともせずに訂正する。宮田を治せなかったことをかなり悔しがっていたし、しょうもないボケに付き合っている気分になれないのだろう。
俺は悟暁高校の女子のことを思い出す。
「そういえば、悟暁高校に触れるだけで病気を治せる人がいたよね。鰺ヶ沢香さん。俺も宮田ほどではないにしろ内臓が弱っていたらしいんだけど、それを治したって言ってた。正直、自覚症状もなかったから実感はないんだけど。あと、代償は特にないって言ってたな」
「鰺ヶ沢香って、あの巨乳か。背は小さいけどナイスバディ、痛てぇ!」
宮田は妙なことを口走っている途中で額を押さえて前屈みになった。そのあと、上体を起こして何があったのか不思議そうに辺りを見回していたが、原因は分からないようだった。
えっと、うん、宮田は気づいていないようだが、雲川さんの体がぼんやりと光っていたし、よく見ると雲川さんの右手におはじきがいくつか握られていて、雲川さんが手を動かすたびにガラスが触れ合う音がするね。このおはじきのうちの一つがなぜか宮田の額にぶつかったんだろう。なぜかは分からないが。
それはさておき、宮田の能力は便利だな。忘れてしまったことを今さっき聞いた以上にはっきり思い出せる。逆に言えば、宮田は今までの周回のことを全て思い出して、よくまあ脳がパンクしないものだ。
「正直、彼女の能力は羨ましいです」
白蕗さんが伏し目がちに呟いた。そして、目線を上げて続ける。
「ですが、何の代償もないということには懐疑的です。私達の能力に少なからず危険があるにも関わらず、悟暁高校の生徒の能力にはなんら危険がないとしたら、考えられる可能性としては、私達とは別系統の能力であるか、あるいは本人が気づかないところで代償を支払わされているということです」
「その場ですぐに気づけるならいいけど、三日後に筋肉痛になるとかだったら気づけないよね」
筋肉痛に詳しい日向さんの言葉に、俺はなるほどと頷く。
「私達は三日くらいを繰り返しているから三日後だと気づけないとは思うけど、能力を使うたびに髪の毛が抜けていくとかだったら、気づくのも難しいし、気づいたときには手遅れかも知れないわね」
髪に詳しい雲川さんの言葉に、俺は思わず頭髪を押さえる。
「はい。医者の不養生という言葉がありますが、人に健康に気をつけろと勧める医者が、自分自身の健康に無頓着で、病に倒れるということはしばしばある話です。しばしばあってはいけないのですが。能力を使うたびに余命が縮んでいくという代償を支払わされているなら、気づくのは難しいでしょうね」
医療に詳しい白蕗さんの言葉に、俺は心の底まで寒くなる気がした。