二月三日(月)4: 雲川さんがお怒りのご様子です
ホームルームで担任の野村先生から三日後の修学旅行に浮かれて怪我や病気のないように注意され、教室の清掃を済ませて、放課となった。
俺と宮田は科学部の部室に向かう。白蕗さんに呼び出されているからだ。
金属製の扉の前に立つと、電子音が鳴ってガチャリと解錠する音が聞こえた。白蕗さんが中から解錠してくれたらしい。
なぜ俺達の到着に白蕗さんが気づいたか、それは風に聞いておくれよ。
「うわ、相変わらず寒いなここ」
宮田が両腕で自分を抱くようにして震える。科学部の部室にはサーバーラックが32台あり、冷却のために冷房ががんがんに効いているのだ。
うん、寒いからアイスという気分にはならないな。前周までは宮田の認識改変によって「寒いからアイス」と思い込まされていたが、解除した今となっては熱いお茶が一杯ほしい。
そう言えば、雲川さんのことをクールビューティーだと思っていたのも、宮田による認識改変だったな。
雲川さんは前周の今日は弓道部の練習に参加して、能力を使わずに全射で正鵠を射るというとんでもない結果を出したんだっけ。宮田が口を滑らせたせいで雲川さんが俺が言ってしまった「不思議な力を使って矢をコントロールするなんて、とても卑怯だと思うわ。恥ずかしくないの?」という台詞を思い出してしまい、それを否定するためにやり遂げてしまったわけで、クールというよりはものすごく熱いものを感じるわけだが。
そんな雲川さんだが、今周は科学部の部室にすでに来ていた。腕を組んで険しい表情で立っている。気のせいか雲川さんから発する熱で背景が揺らいでいるようにも見える。
「あら、私を助けてくださったヒーローのご登場ね」
うっ、雲川さんがお怒りのご様子です。誰だよ雲川さんを怒らせたの。
「おう、おかげで今日の昼飯は満腹だったぜ」
宮田は雲川さんの怒りに気づかないのか、火に油を注ぐようなことを言っている。
よく見ると、雲川さんのへの字に結ばれた口元がぴくぴくと痙攣しているようにも見える。そう思う間もなく、雲川さんは大笑いした。
「あっははは、宮田くんが私の命を救ったことになってて、今日は笑いをこらえるので大変だったわ」
「そういう話になってしまって、すまんな」
宮田は素直に謝っているが、そういう話にしてしまったのは俺なわけで。いや、言い訳を許してもらえるなら、雲川さんが「無事だったのね」などと意味不明の台詞を言ったのがそもそもの発端だったわけで。
雲川さんはひとしきり笑ったあと、妙に神妙な表情になった。
「でも、宮田くんが異世界に転生しなくてよかった」
「お、おう」
そうだ、宮田はダンプカーに撥ねられたわけではなく、どういう風に能力を使ったのか分からないが、命を落としかけたんだったな。俺がクラスメイト全員に対して能力を使ったときは気絶するくらいで済んだが、宮田は何をやって多臓器不全に陥ったのだろうか。
まあ、そのあたりのことは、今日の会合で明らかになるのだろう。
「ところで雲川さん、弓道部の練習はいいの?」
俺は聞かなくてもいいようなことを聞いてみた。すでに雲川さんの弓道は極限とも言えるレベルに達しているから、練習なんかしなくてもいいのかも知れないけど。
「弓道の練習は何よりも大切よ。でも、もっと大切なものがあるならそれを優先するわ」
えっと、分かったような、分からないような。
「そうよね。私も剣道よりも大切なものが今はあると思う」
そう言いながら部室の奥から出てきたのは日向さんだ。ハンカチで手を拭いているところからすると、今日もまた先に来てご飯を炊いているのだろう。聞きようによっては剣道よりもご飯が大切だと言っているようでもある。
「みなさんお揃いのようですので、報告会を始めましょう。議事進行は不肖この私白蕗空が務めさせていただきます」
白蕗さんの開会の言葉により、報告会が始まった。
白蕗さんが手元のノートパソコンを操作すると、プロジェクターで表示されていた「召喚の門に関する報告会」というスライドが切り替わり、「本日のアジェンダ」という題のスライドが表示された。「本日のアジェンダ」には三つの項目が並んでいる。
- 前周の記憶の回復(全員)
- 能力の多重使用の危険性(報告者: 宮田)
- 召喚の門との意思疎通(報告者: 小林)
えっ、ちょっと待って。召喚の門との意思疎通って何だ?
しかもそれ、俺が報告することになっているみたいだけど。




