二月三日(月)3: 落ち着けよ宮田
一躍学校のヒーローとなった宮田は、その代償として焼きそばパンを買いに行くのに間に合わなかった。
12時40分に昼休みが始まり、43分20秒に宮田は焼きそばパンを買いに行かなければならなかったのだが、宮田が開放されたのは50分を回ってからだった。
「うお、もう50分じゃねーか、焼きそばパン間に合わねー」
宮田はそう嘆いたのだが、宮田が昼食を食い逸れることはなかった。おそらく雲川さんのファンである男子や女子が、自分の弁当から一品ずつ宮田のために食べ物を供与したのだ。
「宮田くん、よかったら私の卵焼きを食べて」
「俺の唐揚げも食ってくれ」
それら善意のなすところにより、宮田の前には、おそらく男子のものであろう弁当箱の蓋を皿代わりにして、まるでホテルのビュッフェで欲張りすぎたみたいな食べ物の山が置かれる結果となった。
かつて昼休みに学校の屋上で日向茜さんを泣かせて女子から正義執行された俺だが、正義や善意を行使する人達は、結果はどうあれ、行動力には目を見張るものがあるなあ。いや、肯定も批判もしないけど。炎上は怖いし。
俺達が食事をしようとしても、まだ数人の生徒は俺達を取り囲んでいたが、宮田の一言で蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「飯くらいゆっくり食わせてくれ」
うん、宮田の体がぼんやりと光っていたから、彼らはそれに従わざるを得なかったのだろう。やはり宮田の能力、便利だし恐ろしいな。
俺は自分の弁当を取り出す。俺の弁当は保温弁当箱とかランチジャーなどと呼ばれるものだ。今日のおかずは、ソーセージに卵焼き、ブロッコリー、ポテトサラダ、ミニトマトだ。保温弁当箱の蓋を開けると、湯気が立つ。
宮田は誰かからもらった割箸で、みんなからの供物をもしゃもしゃと食べている。やっぱり焼きそばパンだけでは足りなかったんだろう。
「ああ、みんなからの心が温けーぜ。今日ばかりは光夫の弁当より俺のほうが温かいだろうな」
いや、まあ、それはそうなんだろうけど、宮田がダンプカーから雲川さんを救ったってのは口からでまかせだからな。雲川さんにも口裏合わせをしておかないと、バレたときにどうなるか分かったもんじゃないな。
さて、落ち着いたところで、食事をしながらでも構いませんので前周の話をしたい。
「ところで、前周は病院のところまでしか覚えてないんだけど」
俺がそう言うと、聞き耳を立てていた男子が「病院?」とか言っている。
「おい、人の話を聞いてるんじゃねーよ」
宮田がそう言うと、その男子は最初から興味がなかったとばかりに俺達への興味をなくして自分の弁当を食べ始めた。いや、宮田の能力、本当に便利だし、本当に恐ろしいな。
「記憶を戻すのは、白蕗から止められてる」
「そうなのか」
「ああ。白蕗からの伝言で、今日の放課後に科学部に集まって、そこで一人ずつ記憶を戻すことになってる」
「伝言って、このタイミングでどうやって。ああ、前周のうちに聞かされてたのか」
宮田の箸が止まった。宮田は険しい顔をして天井を睨みつけた。俺も宮田の視線の先を追うが、白い天井には特に何もない。
「いや、あれは伝言なんて生易しいもんじゃねーな。どっちかつーと警告だったな」
「どういうことだよ」
「白い天井とか壁を見ると、文字が見えるんだぜ。『能力について語るな。次の周の月曜日の放課後に科学部に集まってから記憶を回復しろ』という文字が、ずっと見えるんだ。さすがに月曜日に戻って消えてくれたが」
なんだそれ。一体何をどうすればそんなことに。そう思った瞬間、俺の頭に前周の白蕗さんの台詞が蘇った。
『はい。宮田さんの病室で私達と宮田さんだけになる好機があるか不明でしたので、伝言を伝える方法を待合椅子に座りながら考えたのですが、宮田さんにだけ見える形で伝えればよいと気づいたのです。メモなどを渡す方法も考えましたが、全身筋肉痛の宮田さんは受け取っても読むのが困難でしょうし、第三者に知られるところとなる可能性もあります。そこで、目の角膜と網膜に直接伝言を記すことを思いついたのです。私自身の目で三度ほど練習しましたが、少しばかり視界が遮られるだけですので特に生命維持の支障になることはないはずです』
そうだ、思い出した。
「うお、白蕗さんが言ってた。角膜と網膜に直接メッセージを書き込んだって。自分の目で練習したけど、少し視界が遮られるだけだから命に問題はないだろって」
「いや、ずっとそのメッセージを見させられる俺の身にもなってくれよ」
「ずっと消えなかったのか?」
「ああ、あのタイミングまでな」
あのタイミングとは、言うまでもない、召喚の門によって俺が粉々になって時間が巻き戻るときのことだ。
「ということは、白蕗さんは自分の目で練習して、そのメッセージもずっと消えてなかったということか」
「白蕗って、ちょっとやりすぎなところがあるよな」
「弓道部に通うために千周もしたお前が言うなよ」
「それもそうか」
宮田が俺に告げずに同じ時間を千周も繰り返したのは、弓道部に通うのが目的だったわけではないことを俺は雲川さんから聞いて知っているわけだが、どうやってその話を宮田に切り出したものやら。
それはそうと、この会話はもうやめたほうがいいだろう。
「宮田、この話をしていると、俺は前周のことをいろいろ思い出してしまう。白蕗さんが放課後まで待てって言ってたのは、宮田がうっかり口を滑らせて余計なことを思い出させないようにってことだと思う」
「そうか、まずいな」
「何しろお前は雲川さん相手にすでにやらかした前科があるからな」
「えっ、ちょ、待てよ、雲川からどれくらい聞いたんだ?」
「おおむね全部」
宮田がパニック状態に陥った。
「落ち着けよ宮田」
俺がそう言っても、宮田が落ち着くことはなかった。




