二月三日(月)2: ヒーローじゃん
12時40分、昼休みになった。宮田が声をかけてくる。
「光夫、おはよう」
宮田はさっき授業中に「こんにちは」と声を掛けたから、たっぷり睡眠をとったみたいな健康そうな顔をしている。
「こんにちは」
もう必要ないとは思うが、何も言わないのもどうかと思うので、俺はそう応えた。
ともあれ、俺が「こんにちは」と言ったことで宮田の体内時計は昼にセットされたはずだ。
廊下を見ると、A組の雲川さんが生徒ホールのほうに歩いて行くのが見える。雲川さんが記憶を持ち越す疲労感を解消するために教室に入ってきて騒ぎを起こすのを阻止しなければ。
「こんにちは」
俺は宮田にも聞こえないくらいの小声で言った。俺の体がぼんやり光っているはずだから、能力を使ったことは宮田には分かるんだろうけど。
雲川さんはそのままこのC組の前を通り過ぎるのかと思ったら、ドアを開けて教室に入ってきた。教室が一瞬で静まり返る。雲川さんはずかずかと近づいてきて立ち止まった。えっと、もう「こんにちは」って言ったから、俺には用はないはずだよね。
確かに雲川さんは俺には用はなかった。
「宮田くん、無事だったのね!」
雲川さんは宮田の手を取り、切れ長の目を潤ませながら飛び跳ねんばかりの歓喜を見せた。
「えっ」
宮田は事態を把握できず、気を失いそうになっている。前周の病室で雲川さんがこうやって励ましてくれていたの、宮田は知らないよな。
それはそうと、教室が大騒ぎになっているのですけど。
「ええ、何?」
「雲川さんが?」
「宮田くんが?」
前周どころの騒ぎではない。男子も女子も騒然としている。
「無事も何も、宮田はピンピンしてるよ」
俺がそう告げると、雲川さんははっと我に返り、教室が大騒ぎになっていることに気づいたようだ。
「あらそう。ならいいわ」
雲川さんは踵を返すと、颯爽と教室から出ていった。相変わらず雲川さんは俺に対してはクールビューティーだな。
一瞬の間を置いて、再び教室が騒然となった。
「おい宮田、今のは何だよ」
「何で宮田なんかにこの学校一の美女が声をかけてるんだよ」
「無事って、何かあったの?」
ああ、前周と同じようなことを言ってる男子がいるな。もっと工夫しろよ。
「いや、あれは、こないだ雲川がハンカチを落として」
宮田は前周の俺と同じ言い訳をしようとしている。しかし、雲川さんが「無事だったのね」と口走っていたのを聞かれているから、ハンカチを拾ったお礼という言い訳は無理だ。
言い淀んだ宮田が目で俺に助けを求めてくる。俺にどうしろと。
俺はとりあえず宮田に助け舟を出すことにした。助け舟が沈んでも恨みっこなしだ。
「えっと、こないだ雲川さんがハンカチを落としたんだけど、えっと、雲川さんが拾い上げようとしたところに、ダンプカーが走ってきたんだよ」
おい大丈夫か、変なことを言っているぞ俺。
「それを宮田がとっさに庇って、雲川さんは無事だったんだけど、宮田はダンプカーに接触してしまって、幸いにも軽い打ち身だけで済んだんだけど、下手すれば宮田は異世界に転生していたかも知れない」
言ってしまってから気づいたが、ダンプカーに撥ねられて異世界に転生するとか、一般人にも通じるんだろうか。いや、俺は普通の高校生だから一般人のつもりではあるのだが。
俺の無茶苦茶な説明を聞いたクラスメイト達は、一瞬無言になり、そのあと大騒ぎとなった。騒ぎを聞きつけて近隣のクラスからも人が集まってきた。
「マジかよ、ヒーローじゃん」
「かっこいい」
宮田はというと、両手を上げて歓声に応えている。満更でもないようだ。宮田がチャラい性格でよかった。
しかし、ふと俺は気づく。こんなチャラい宮田ではあるが、俺を召喚の門に突き飛ばして粉々にしたことを気に病んで、何十回も自殺を繰り返したのだ。
俺はそんな宮田の背中を見つめるのだった。




