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インモータル/セクステット  作者: はいろく
9/11

コウボウセン2

 体が動く。自分に襲いかかってきた魔法を避けると、頭の中で次に何をすべきかはっきりとわかる。


 妙な感覚。動いているのは自分なのに、意識はそんな自分をどこか遠くから眺めているよう。しかしそんなことは気にならなかった。彼を守れるならそれでいい。その思いだけが彼女の中で渦巻く。


「こ、このっ」


 剣が振り下ろされる。はっきりと込められた殺気と戸惑いと恐怖。そのような正確さを欠いた太刀筋など彼女の敵ではなかった。握った手の甲で剣の腹を叩くと容易に弾けた。

 驚く顔に膝蹴りを入れると敵はぐったりとして動かなくなる。

 

 また魔法が飛んでくる。拘束系ではない攻撃系の魔法。龍を象った水流が襲いかかってきた。

 少女は初めて見る魔法だというのになんの驚異も感じなかった。彼女の脳裏で誰かがささやく。


 さぁ手をかざして


 言われたように手を前に向け、羽虫にするように気怠げに手を払う。すると。


「あ」


 彼女の手に触れた魔法はあっけなく霧散した。形状を失い飛び散った水の奥に口をあんぐりと開けた魔法使いが見えた。その隙を逃さず距離を詰める。


(右…弓矢)


 魔法使いへ迫る彼女の死角を突いたはずの矢を彼女はしっかりと捉えていた。足のギアを一段階上に上げる。加速した彼女の肩スレスレを矢が飛んでいった。少女は振り向かずに左肩を上げる。そして、はしっと小さな手が過ぎ去ろうとしていた矢を掴んだ。


「嘘だろ!」


 弓を放った男が叫ぶ。飛んできた矢を躱すことさえ困難なのにそれをあまつさえ掴むなんて人間業ではない。

 

 少女はそのままアンダースローで矢を投擲する。その矢は彼女の右斜めで呪文を唱えていた別の男の肩に突き刺さった。悲鳴が聞こえた。

 

 真正面から突っ込んでくる少女に魔法使いは構える。圧倒的な速度と魔法への謎の耐性。不利な状況であったが魔法使いには勝機があった。それはトラップ魔法。爆発系の魔法が彼女の足元に仕込んである。彼女が軽く魔力を込めれば爆発するようになっている。

 

 魔法を消すトリックはわからない。だが彼女はきっとその能力を使うには「接触すること」が必要だと睨んでいた。そこで指向性をもたせた魔法ではなく、この地雷のような爆発系であれば効くと踏んだのだ。

 

 魔法発動と着弾がほぼ同時であれば消せはしないはず。


 一か八かの賭けのようなものだったが、魔法使いはそこに賭けるしかなかった。少女に罠を悟らせないため身の丈ほどもある杖を握りしめると魔法を唱えるふりをする。ひどく手汗が出ているのが自分でもわかった。


 だが。

 

 少女は魔法使いが無防備だというのに前衛が出てこないことに気づく。それは仲間として手の内を知っているがゆえの不自然な行動。

 迷う素振りもなくすかさず彼女はスライディングするかのように体を斜めに傾けた。手を地面に突き刺すとそれを軸に最小の半径で回転する。その結果僅かな距離で方向転換を可能にした。

 ふわりと彼女のワンピースのすそが慣性で揺れた。

 急な方向転換によって彼女の手足にかかる負荷は一般人であれば骨折レベルであるが、少女の顔に苦痛の二文字はない。

 

 一瞬で自分の策が見破られた魔法使いが悔しげに顔を歪ませて苦し紛れに新たな魔法を放とうとするが、少女はすでに新たな相手と間合いに入っていた。同士討ちの危険性があるため打つに打てない。


「なんて子なの!!」


 気がついてみればすでに冒険者の半分が減っていた。

 簡単な依頼?どこが?

 この場にいるすべてのものの感想だった。


 遠距離も近距離も悉くかわされる。触れることさえ出来ない。また一人また一人と人数が減っていく。

 肩を砕かれ、足を砕かれ。

 徒手空拳で大の大人が枯れ葉のように軽々と吹き飛ぶ。

 

 野次馬たちは夢でも見ているようだった。ときに頼りにし、ときにその横暴さから嫌悪していた荒くれ者たちの経験が、チームワークが、勇猛さがたった一人の少女に通じない。

 


「がはっ!!」


 回し蹴りがヒットしまた一人が倒れた。彼はこの町の冒険者の中では一番のやりの使い手と言われていた。彼自慢の槍は長く、硬く、どんなものでも突き通すと謳われていた。それはいまや中程で折られ、彼の足元に転がっている。

 なんということはない。ただの蹴りでこうなったのだ。


 少女は恐ろしいことに魔法をまだ使っていない。それがそもそも使えないかどうかは別として、この惨状は彼女の身体能力のみで引き起こされたのだ。


 冒険者や衛兵たちも馬鹿ではない。もうとっくに気がついていた。

 

 勝ってこないと。


 そう思い剣を握る力が一瞬でもゆるめば、意識が飛ぶ。隙と見て攻撃されるのだ。もっとも闘いに最初から参加していない衛兵たちはもはや見向きもされていなかったのだが。

 しかしおそらく彼らが一番苦しむのはこの騒動が終わったあとだろう。町を守るべく税によってかき集められた者たちがなんの役にも立っていない事実をこの場にいる者たちが目撃してしまっている。

 市民の視線が突き刺さる。が、無理なのだ。体が動くことを拒否している。衛兵たちはあの意味不明な存在に恐怖を感じずには居られなかった。


 一方で実際に剣を交わらせている冒険者たちは次第に違和感を感じていた。

 理不尽なほどに強い彼女によって仲間はこてんぱんにやられている。だがそのどれもが死に至っていないのだ。彼女が本気を出せば、自分たちなどひねり殺されるだろう。しかし実際のダメージはというと、皆が皆「現在戦闘に参加できない」程度なのだ。後遺症が残るような怪我も負っていなさそうだ。


 つまり彼女は手加減をしているのかもしれない。


 それを裏付けるようにここには戦闘のひりつきが全くない。驚異は感じる。恐怖は感じる。だが命と命の取り合いで生じる何かが欠けている。それも彼女が手加減をしていると仮定すれば、当たり前なのである。

 一方に殺気がない以上、命の「取り合い」など発生しないのだ。

 

 彼らもプロであるから、依頼をこなすことが第一目標である。どんな困難な状況でもそれを目指す。しかし流石に依頼金と命を天秤に掛けることはある。今回の報酬は命を賭けるには安すぎるし、依頼者があの貴族であれば尚更命を捨てるのは馬鹿らしい。

 少女という驚異は正直撤退に値するレベルであったが、この殺気のなさがイマイチ彼らを撤退へ駆り立てない。

 だから戦ってしまう。


「いててて……たいした嬢ちゃんだよ、まったく。依頼じゃなきゃ、俺らのパーティーに引き入れているところだ」

「そうだなぁ!あのお貴族様も人がワリぃぜ。これだけの玉を黙ってたんだからなぁ!俺はてっきりゲスな思惑で所望したのかと思ったぜ」

「まぁ結局、僕たちを利用して捕らえようとしているんですから、ゲスなのは変わりないんじゃないですか?」

「がははは。ちげぇねぇ」


 のされていた冒険者たちが目を覚ます。声を上げると体中がひどく傷んだが、浮かべる表情に悲壮感はなかった。

 同じようにいまだ戦っている者たちも次第に口角が上がっていた。


 個としての圧倒的な戦闘力にあてられたのだ。


 それは羨望に近いものでもあった。昔、世界を知らない自分たちが目指した「最強」。それに近い存在。そいつとやり合える。

 おまけにどうやら殺されないようだ。


「……こんな機会、逃すはずはないよなぁ」


 誰かがつぶやいた。その言葉を聞いて冒険者たちは不敵な笑みを深める。壁を前にして萎えていた気持ちが、壁に思いっきりぶつかりたいという感情に上書きされる。

 剣を握る力が蘇る。

 

 突如目を爛々と輝かせはじめた冒険者たちを少女は無表情で眺める。

 たとえ敵の態度が変わろうとも、彼女はそれを排除するのみ。


 剣士が迫ってくる。速い突撃、だが彼女にとっては。


(上段振り下ろし……)


 躱して、空いた腹にパンチを食らわせる。それでこの敵はダウンするはず。

 まずは躱すために少女は体をわずかに傾けようとする。


「なんてなぁ!」


 しかし剣士はあろうことか剣を振り下ろす途中で手放す。

 少女の顔に初めて困惑という感情が浮かんだ。

 

 剣士はそのまま少女に体当たりをかます。躱してパンチ。その一連の流れを準備していた少女はそれをまともに受けてしまった。幼い体が剣士の全体重を載せた衝撃で吹き飛ぶ。


「あれ、やった?」


 しかし少女は空中で姿勢を変えると地面に足がつくや否や、剣士に突っ込む。蹴り出しの衝撃で地面が割れた。


「おわっ!!」


 自分に向かってくる彼女をみて、剣士が驚く。


(周囲…居ない…魔法、なし。今度は蹴り)


 剣士の懐に入り込んだ少女は足払いを狙う。剣士の反応速度では防げない完璧な一撃。


「エアーショット!!」

「ぶべ!」


 剣士の体が後ろから襲ってきた風圧に吹き飛ばされる。剣士は地面に叩きつけられた。


「お前ぇ!確か紅のっ!」

「邪魔なのよ」


 魔法を放ったのはまさかの冒険者だった。


「なんのつもりだ!」

「あら?あなたを救ってあげたのよ」


 そうなのだ。過程はどうであれ、少女の蹴りは空振りで終わったのだ。

 一度ならず二度までも攻撃をかわされた。

 身体能力には決定的な差があるはず。現に先程まで彼女の攻撃を躱したものは居なかった。

 なのに


(どうして…)


 戸惑いを振り切るように彼女は次のターゲットを定めると跳ぶ。

 今度は邪魔をした魔法使い。

 接近戦に弱い魔法使いなら確実に倒せる。


 視界の端で何かが動いた。気配で探る。

 

(魔法使い?)


 どうやら地雷魔法を少女に避けられたあの魔法使いだったようだ。しかし、魔法使いなど恐れるに足りない。構わず少女は標的に向かっていく。


 ボガァァァァン!!!!!


 突然の爆発。爆心地はあの地雷の魔法使いの居た場所。

 まさか自爆?

 なにが……


「魔法使い。舐めないでよね」


 耳元で声が聞こえた。頭の中の声とはまったく異なる声。はっとして横を見るとあの魔法使いがいた。

 体中に煤がつき、高そうなローブに至ってはところどころ焦げている。本来武器としては使わない杖を振りかぶり、少女に迫っていた。


 とっさに腕を横に出しガードをする。軽い衝撃。大したダメージではない。おまけに相手側の杖のほうが折れた。

 少女はそのまま走り去ろうとする。しかし魔法使いから魔力が溢れ出しているのを感じ取り、思わず振り返ってしまう。


「多重障壁なんて高等な魔法、私は使えないけど根性だけはあるから。……『起動』」

「!!」


 まさしく捨て身の攻撃。魔法障壁を張らずに魔法使いは自身に刻んだ魔法陣を発動させた。閃光と熱と衝撃が少女を吹き飛ばすと、彼女はまりのように地面をはねる。世界がぐわんぐわんと揺れる。

 地面を二回転ほどしたあと、少女はフラフラと立ち上がる。

 

「ははは!あいつ馬鹿だなぁ。自爆しやがったぜ。でもそこまでしたってのに無傷って、本当にヤバイな」


 剣を投げ飛ばした男が笑っていた。

 確かに少女は無傷だった。服は若干ほつれていたが、爆発を食らったにしては破けていない。それは彼女が魔法使いの自爆にいち早く気がついて、魔法使いを蹴り飛ばしていたためだった。

 その魔法使いはというと蹴りと自爆のダメージで倒れていたが息はあった。


 ここにきて少女は異変に気がついた。

 段々と自分の攻撃が当たらなくなっている。その原因に少女は検討がつかなかった。相変わらず自分と相手には絶対的な差がある。それなのに、なぜ。


 だが、答えは剣士が言っていた。彼らは馬鹿をやりだしたのだ。撤退やこれからのことを考えた戦術をやめ、一回しか通じない手や後先考えない手、ぱっと思いついたような浅はかな手を試し始めたのだった。

 それは彼女がなまじ強いばかりに、自分の全力を出したい、可能性を引き出したいという思いを奮起させてしまったからに他ならない。

 

 少女のうちから語りかけてくる声は、その場その場の最適解を示す。しかしそれは相手が最適解をとることを前提としている。であるから、彼らがやりはじめた奇想天外な手には通用しないのだ。

 本来、彼女並みに戦闘力のある人間はそれなりに戦闘経験があり、このような手にもすぐさま対応できる。だが彼女は戦闘など今と合わせて二回しか記憶の上では行なっていないのだ。


 このままだと対応する前に、負けてしまう可能性だってある。


 少女は無意識ながらそれを悟った。


 


 

 

 


 

 


 


 



 


 


 


 

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