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インモータル/セクステット  作者: はいろく
6/11

ジーク

 さすがは冒険者。リリナがてきぱきと指示を出してくれたおかげで、日がくれるまでには終わった。


「助かったよ二ーナ。あの想像以上に大変だった」

「ん」

「ビックリしたわ。二ーナちゃんがあんなに力持ちだなんて」

「ん」


 二ーナは二人から誉められても顔色ひとつ変えず、リリナからもらった保存食を食べていた。


「それにくらべ、あんたは……」

「疲れてたんだ、そう責めないでくれよ」


 正直二ーナが手伝ってくれて助かった。シオンは以前として彼女に魔力を吸われている。そのため今回の解体作業は結構な重労働に感じられた。まぁその吸われた分、彼女が働いてくれたのだが。

 リリナにはやはり影響は無さそうだ。いやただの体力バカなのかも……。


「なによ」

「い、いやなんでもないよ」


 女の勘は自分が対象の場合は働かないんじゃなかったのか?


 解体部位は一番金になるか、足の早いものを選んでとってある。具体的には牙、首の皮、内蔵などだ。

 しかしあそこが一番価値があるとはな。

 シオンは行商とはいっても名ばかりで、そこら辺の知識には疎いのだ。

 理由を聞いたら納得できた。


 世継ぎを作るのは一番大切だからよ


 そういうことだ。


「血なまぐさいな。早く帰りたい」

「そうね。めぼしいところは取り終えたし、夜になる前に帰りましょう」


 じゃあ背負って。とシオンは内蔵の乗った背負子を任された。


「無理だ。とてもじゃないが運べない」

「あんた働いてなかったじゃない。運ぶ位しなさいよ」

「牙なら運ぶ」

「アタシにナニを背負わせたいの?」


 そういうつもりではないが。シオンがため息をつくと、ポケットに忍ばせていたコインをこっそりと握る。とたんに体に生気がみなぎった。


「わかったよ。運ぶ。少し疲れもとれたみたいだし、大丈夫そうだ」

「さっきまでぜーぜーいってたのにそんなに早く回復するわけ……はっ!!あんた、本当にそんな趣味が……」

「そんなわけあるか!」


 あまりにもすぐに了承したために体調不良が嘘だと思われてあらぬ誤解を受けてしまった。

 

「運ぶと、シオン喜ぶ?」

「らしいわよ。最低ね」

「まてまてまて」


 誤解を拡大させるな。二ーナを巻き込むな。


「なんで?」

「変態だから?」

「変態……?」

「勘弁してくれよ……」


 どっと疲れが押し寄せてくる。これ帰りの道中もやられるのか。先を想像してシオンはゲンナリとした。


「しかし妙ねぇ」

「なにがだよ」


 どうせしょうもないことだろうと思いながらシオンは背負子を背負う。ずっしりと重く、気のせいか生暖かい。おかげで気分が悪くなる。

 一方でリリナは辺りを見回した。


「モンスターがいない」

「まぁ確かにな」


 シオンがどこか他人事のように言うのがリリナには引っ掛かった。


「気がついてた?道中も今もモンスターの気配がない。ボスが倒されたのだから、小さいモンスターはもっと活発になるはずなのに。それに昨日だって。一回も遭遇していない」

「なんらかの異常がおきているってか?」


 嵐の前の静けさかしら。とリリナは考えた。どちみち早いとこ撤収するのに越したことはない。リリナは念のためピンと耳をたたせ、いざというときに備えておく。

 

「警戒のしすぎだと思うがな」

「備えあれば憂いなしよ。あんたもちょっとはシャキッとしなさいよ」

「はいはい」

「はい、は一回」


 先生みたいなこと言ってら。あんまり細かいと婚期を逃すぞ。

 

 ここでシオンはじろりとにらまれた。


「余計なこと考えてない?」

「い、いいや。とにかくさっさといこう。こうして話していると日がくれるぞ」

「確かにね。じゃあ行きましょうか」

「二ーナいくぞ」


 シオンはもごもごと口に何かものをいれている二ーナを呼ぶ。一瞬まさかフォレストパンサーの肉でも食ってるんじゃないかと疑ったが、手に持っていた保存食でその疑いは晴れた。

 

「仕事は?」

「ない……いや二ーナには周囲の警戒をしてもらおうか」

「ん」


 こうでもいっておかないと彼女が納得しない。索敵など飾りにすぎない。警戒はリリナがするし、なにより敵などいるはずもないのだから。

 しかし仕事をもらえた彼女はきょろきょろと辺りを見回す。

 

 二ーナは仕事を求めるが教えは乞わない。どういった理由なのかは推し量ることしかできないが、奴隷時代の癖なのだろうか。


 こういったところも段々と変わっていけばいい。とシオンは思う。普通の生活を経験して、普通の考えを身に付けて、その小さな体に似合わない呪いの届かない場所で生きてほしい。

 わずかな期間でシオンにそう思わせるほど彼女の本質は純真で優しい。

 

 でき損ないの自分が彼女を導けるか心配だが何とかなるだろう。まずはこのフォレストパンサーをうっぱらって金を手にいれることからだ。


「よし、準備OKだ」

「二ーナちゃんはアタシとシオンの間に来てね。あぶないから」

「ん」


 二ーナがてくてくと歩いてくる。

 なるべく汚れないような作業をお願いしたが、やっぱり汚れてしまったようだ。新しい服でも買ってやるか。シオンがそうおもって素材の売値の皮算用を始めたとき


 いきなりバッと二ーナの服が真っ赤に染まった。

 ワインとは違う、深紅の光沢。ぬらぬらと独特の光を放つそれは見覚えがあった。そして錆びた鉄の臭い。


 まさか、血。


 二ーナ!


 そう叫ぼうとして気がついた。

 声が出ない。

 空気が固まりにならない。喉に力が入らない。


「シオン!」


 二ーナが叫ぶ。珍しい。そんな声が出せるのか。


「なによ、これ」


 二ーナの声で異変に気がついたリリナが振り向く。その目には恐怖と驚愕が混在していた。


 安心しろ二ーナは無事だ。そう伝えようとしたがやはりうまくいかない。

 熱いのだ。胸に焼きごてを押しあてられたかのように燃えるように熱い。

 なんだよ。なにが……。

 

 視線を自分の胸に移すと、自分のシャツが真っ赤に染まっているのが見えた。そして心臓を貫くように槍の穂先が飛び出していた。


 視覚で状況を認識した途端、熱さが痛みへと変わる。脳内が点滅で埋め尽くされる。


「シオン!シオン!」


 二ーナが駆け寄ってくるがそれをすんでのところでリリナが阻止した。


「ダメ!」

「放して!」


 リリナのうでの中で二ーナが暴れる。


「不用意に近づいたら危ないの!」


 リリナは辺りを睨み付ける。だが常人より優れた目や耳、鼻にはなんの気配も引っ掛からなかった。リリナの知覚範囲を越える距離から攻撃を加えてくる敵。道具を使ったことから恐らくは人。

 狙いは?手段は?反撃するか?シオンを見捨てて逃げる?

 思考がまとまらない。ただ自分のうでのなかにある小さい命を抱き締めることしかできない。


 ガフッとシオンが血の固まりを吐き出す。


「に……げろ」


 弱々しくかすれた声。静かな森ではよく聞こえた。

 彼の胸に貫通した槍の直径から確実に助かりはしない。逃げることが最善の策なのは明らかだった。


「いわれなくてもっ……」


 だができない。見捨てるなんて。頭ではわかっていても、心が拒否している。


「狙い…は俺だ。逃げれば助かる……」

「わかってる、わかってるけど」

「……二ーナを頼む」

 

 その言葉にリリナははっとした。二ーナはいまだ彼女の手から逃れようともがいている。


「逃げろ、逃げてくれ」


 リリナは奥歯を噛み締めると、意を決して二ーナを抱き締める腕に力を込めた。その意図するところに気がついたのか二ーナはリリナの腕に噛みついた。


「痛っ」


 しかしリリナは力を緩めることはせず、立ち尽くす彼から視線をはずし、走り出す。

 

 シオンはそれを見守ると、からだの力を抜く。ガクリと膝から崩れ落ちると、その衝撃で血が吹き出した。


(わずかに焼けているな)


 痛みの中で驚くほど冷静にシオンは状態を把握する。 

 彼の胸は目を凝らすとわずかに煙が上がっていた。人肉が焼ける嫌な臭いが微かにする。


(これは明らかに俺を狙ってのものだ)


 この手口、知っている。

 

 シオンは胸に刺さった槍に手をかける。ぐっと力をいれて引っ張ると血がどぼどぼとこぼれ落ちる。嫌な脂汗が大量に吹き出す。槍の穂先を握ったところから煙が上がる。

 痛みに耐え、歯を食いしばると歯の隙間から粘度の高い血が溢れだす。

 流れ出した血は彼のシャツを真っ赤に染め上げた。


「がっあぁぁぁぁぁあぁ!!」


 ずるり。

 槍が抜ける。


 シオンは肩で息をしていた。彼が息を吸い込む度、ゴボッと泡のたつような音がする。力の入らない震える手でポケットのコインを握る。すると途端に呼吸が落ち着いてきた。


(金で落ち着く、か。我ながらひどい体質だ)


 自嘲ぎみに笑うと胸に痛みが走る。

 だが胸の出血は止まっていた。呼吸音も正常になり、顔には赤みが戻っていた。


 シオンはからだの調子を確かめるようにゆっくりと息を吐くと、立ち上がる。先程の一撃がまるでなかったかのように。

 異常。あきらかな異常がそこにはあった。

 

 膝のほこりを軽くはたく。そしてリリナが走り去っていた方向にむけて問いかける。


「でてこいよ」


 すると、今までそこには何もなかったはずなのにゆらりと景色がゆがむ。光が不自然に曲げられ、不確かながら人の輪郭を浮かび上がらせる。


「本当にお前は俺しか見えていないのな」


 呆れたようにシオンが言うと、「ゆがみ」が動く。

 

 急速に接近。光の不自然さで辛うじて動いたと認識できるが、その見えにくさ、そして速度も相まって並みの人間にはとらえられない。

 シオンはそれを確かに目でおう。

 

 「ゆがみ」がさらに踏み込んだ。先程までが準備運動であったかのように加速する。もはや不可視の矢。

 だがこれもシオンはとらえていた。


 シオンはホルダーからフォレストパンサーを葬った例の金属の固まりを取り出すと、構える。直後衝撃がシオンを襲った。

 

「相変わらず化け物じみた動体視力ですね」


 声が聞こえた。落ち着いた青年の声。柔らかな音質はそこらの町娘を虜にするほどの魅力と、背骨から貫かれたような冷たさを覚える殺意を感じさせた。


「いえ、化け物そのものですか」


 歪みが消える。突如として現れた青年はその声にたがわず美形であった。

 そして微笑んでいた。旧友との再会をよろこぶ少年のようでもあったが、整った目だけが唯一彼の本心はそうではないことを示していた。

 彼はレイピアと呼ばれる剣をつきだしていた。目標は心臓。明確な殺意がそこにはあった。


 彼の言葉にシオンの瞳がゆれる。

 その隙を彼は感じ取ったのか剣に力を込めた。


「力くらべか?分が悪いぞ」

「いいえ。あなたは確かに強いですがそれに甘えている」

「なに?」

「こういうことですよ!」


 彼のつきだしている剣に異変が起こる。今度は剣を中心に空気の歪みが発生していた。しかし剣を透明にするのではなく、剣を軸として高速で回転している。


「!?」


 竜巻のようになったそれはピッとシオンのほほを切り裂く。

 まさか。

 シオンが逃れようと一歩下がるが一足遅かった。わずかな時間で魔法として完成した刃の風はドリルのようにシオンを貫く。とっさに膝をついたが、右肩の一部が抉られてしまう。


「ぐっ!」


 痛みにシオンが顔をしかめると視界に蹴りが迫っていた。ご丁寧に爪先には仕込み刀が飛び出している。

 シオンはそれを左に飛ぶことでよける。

 だが


「予測済みです」


 ドシュッという音と共に回りの木に隠されてあった罠が作動する。鎖に繋がれた銛が四方八方から放たれる。空中で移動する術を持たないシオンはそれをまともにくらってしまう。


(これだけの物体に術式を!)


 最初の一撃は左脇腹。柔らかい肉が切り裂かれ、貫通させられ、血が吹き出す。次に左足の甲。無慈悲な罠は骨を易々と砕いて突き抜ける。骨一本一本が破壊されていく度激痛が絶え間なくシオンを襲った。

 そして腕、肩、太もも。首と胸を避けたのは不幸中の幸いといったところだが、これすら青年の計算通りかもしれない。

 手足の至るところに銛を刺され、シオンは動けなくなっていた。

 青年がぱちんと指をならすと鎖がひっぱられ、シオンはつり上げられる。

 引っ張られたことで銛のかえしが肉に食い込み、シオンはたまらずうなり声をあげた。


 つり上げられたシオンの足元には血の水溜まりができていた。

 

「素敵な姿ですよ」

「そりゃぁ…どうも」


 弱々しい声。それでも彼は生きていた。おびただしい傷と出血がありながら彼は意識をはっきりと保っていた。青年もそのことには気づいていた。


「これぐらいじゃ、死にませんよね。いや死んでもらったら困るんです」


 そういうと青年は持っていたレイピアでシオンの体を貫いた。


「僕がこの瞬間をどれだけ待ちわびたかわかりますか?あなたには精一杯苦しんでもらって、そして」


 ゆっくりと青年はシオンの耳に口を寄せるとただ一言


 死ね


 先程までの声とはうって変わった、なにも混ざっていない純粋な殺意が研ぎ澄まされた音。


「このまま、さっきの魔法を発動させたらなにが起こると思います?」


 実験わくわくする子供のように声を弾ませながら青年は問いかける。ただしその実験は墨をこぼしたような暗い感情に支配されているに違いない。

 青年はぐいっと確実に固定するため剣をシオンのからだに深く埋め込んだ。

 腹部から血が溢れだし、口もとも昇ってきた血で真っ赤にそまっていた。


「あぁ姉さん」


 青年がそう呟いて、剣の柄に力を込めた。

 そのとき。

 

 彼の視界にはシオンしか映っていなかった。だから突如自分の足に起こった衝撃に思わずよろめいてしまう。


「ぐあっ!!」


 そして激痛。

 彼の足には少女が突き立てたナイフが深々と刺さっていた。


「この!」


 青年が裏拳で少女を殴り飛ばす。か細いからだが紙のように宙を舞った。


「二ー…ナ」

「二ーナちゃん!!」


 森の奥からリリナがかけてくる。息を切らしているところを見ると、全力でかけてきたに違いない。……彼女は獣人だ。それが全速力で二ーナを追いかけてきた。


 倒れ伏した彼女は弱々しく手をつくと、ゆっくりと起き上がった。


 それを見て青年は二つの理由で動揺した。


 とっさのこととはいえ、子供を殴ってしまったこと。それと、少女の得体のしれなさに。

 

 殴ったとき彼は無意識に魔力を込めてしまっていた。完全に戦闘モードに入っている彼の本気の裏拳は岩をも易々と砕く。それを食らったというのに、なぜ動ける。

 

 青年は少女から視線をはずさず、太ももに刺さったナイフを抜く。なんの変哲もないナイフ。魔道具の類いではない。だというのにこのナイフは彼に刺さった。常に風の防御魔法を身に纏いガードしていた彼の太ももに。


 彼が油断していたのは確かだが、魔力の放出があれば気づけるはずだった。しかし彼は自分が刺されるまで彼女の存在に気がつかなかった。

 魔力の放出を隠蔽できるのか?

 彼女がそこまでの使い手だとは思えない。だが事実彼はダメージを受けた。


 青年は突如現れたイレギュラーに戸惑いながらも、纏わせていた風の鎧を操作し締め付けることで太ももの止血を行う。


「二ーナ、なぜ来たんだ」


 シオンが問いかける。


「させない」


 彼女はシオンを一瞥しそれだけ呟くと、青年の視界から。


 消えた。


「!!」


 青年は素早く周囲に視線を巡らす。だが発見できない。魔力の反応もない。

 

「なんてレディーなんだ!!」


 青年は手をつくと自分を中心に竜巻を作り出す。巻き起こった旋風は近くにいたシオンの肌を浅く切り裂いた。この風の切れ味は中心に行けばいくほど鋭くなっていく。ここに切り込むことはミキサーに体を突っ込むことと同義である。

 遠距離攻撃もこの風圧ならある程度防ぐことも可能。この絶対の防御魔法に青年は自信があった。弱点と言えば、動けないことと外の様子が砂ぼこりで見えないということぐらいだった。


 消えたのが自分と同じ透明化によるものか、圧倒的スピードによるものかはわからない。

 だがこれで少女は自分に攻撃を加えられない。

 少女の狙いがシオンならば自分に攻撃できない彼女は必ずシオンに近づく。そこをとらえる。

 

 感覚を研ぎ澄ませシオンに近づく気配を探る。だがそれは意味がなかった。彼女が姿を表したからだ。しかも狙いはシオンではなく青年。

 青年の防御魔法に真っ正面から突っ込むという、無謀でしかない戦法。

 

 少女の柔肌は風の刃で切り裂かれるはずだった。


「魔法が維持できない!?」


 少女が突っ込んでくると同時に彼の魔法が狂い始める。まるで少女がいるところに穴が開いたかのように風が流れ出ていく。その速度は彼の供給できる風の量を遥かに上回っていた。青年は焦って魔力の供給を増やし、抵抗するがそれを嘲笑うかのように風の流出はとまらない。結果彼の魔法はあえなく霧散する。

 

 無防備な青年に少女が迫る。そしてまた消えた。


 魔力反応も魔法発動の予備動作もない。間違いない。彼女は純粋なスピードで自分の視界から消えたのだ。

 青年は底知れぬ恐怖に襲われた。彼自身の実力は折り紙つきである。冒険者のランクでいうとAランク以上は確実にあるはずだ。

 

 それが。


 シオンと一緒にいた華奢な少女にここまで追い詰められている。


(どうして魔法が…いや今はそんなことじゃない。どこにいるんだ。直線で突っ込んでくるのか、後ろに回り込むのか、あるいは上?)


 予想外の事態に頭が追い付かない。


(どこを狙う。急所?武器は…持っていなかった。なら素手でダメージを確実に与えられる急所は……)


 とっさに青年は腕を顔の前に持ってくる。


 ブシュッ!!!


 目を狙った少女の手刀による突きは青年の腕に刺さっていた。腕の隙間から見える少女の顔にはなにも浮かんでいなかった。青年に対する憎しみもシオンへの行いに対する憤りも、戦闘を行う興奮も。なにもそこには存在していなかった。

 ただ目の前の目標を破壊するだけの兵器のようだった。


(この威力なら心臓を狙われていてもおかしくはなかった)


 自分の勘があっていたことによろこぶ暇は彼になかった。

 急激な倦怠感が彼を襲ったからである。

 酩酊状態にも似た、めまい、動悸、息切れ。それらはどんどんとひどくなり、ついには立っていられないほどまでになる。敵を前にして青年は膝をついた。


 彼にはこの症状に心当たりがあった。

 

(魔力の枯渇?そんなはず……)


 しかし現に彼を襲っているのは魔力枯渇の症状そのものであった。自身の魔力が急激になくなっていくのを感じる。


 強い疲労感にあえぐ青年を少女はただ黙って見下ろしていた。それから獲物が弱るのを待ったカマキリのように、青年に抵抗する体力がなくなったことを確認すると、ゆっくりと空いている方の腕を振り上げる。

 

 狙いはうなだれている首元。


 青年もそれはわかっていた。朦朧とする意識のなか最後の力を振り絞って少女を突き飛ばす。少女は意外にもあっけなく青年から離れていった。ずるりと腕に刺さっていた手刀が抜かれ、血の線を青年と少女の間に描く。


 すると青年から今まで流れ出していた魔力がピタリと止まる。


 しかし魔力はそう簡単に回復はしない。症状の悪化が止まっただけで、症状のひどさは変わらない。

 圧倒的実力差がありながら、満身創痍。完全に打つ手なしであった。


「ちょ、ちょっと待って!!」


 ここで戦闘についてこれなかったリリナが声をあげた。おもわぬ声の主に青年は戦闘中ということも忘れて視線を動かす。


「なんなのよ…シオンは血だらけだし、変な男は出てくるし、二ーナちゃんはそいつと戦って…」 


 もう訳がわかんない!!とキレながらリリナは頭をかきむしった。


「誰なの!?アンタ!急に襲ってきて、シオンをこんなにして!!シオンになんの恨みがあるの!?」


 吐き出すようにリリナは叫ぶ。


「僕かい?僕は…」

「あ。話長いの嫌だから三十文字以内で」

「……僕はジーク。そしてシオンは僕の敵だ」


 リリナのあんまりな要求に青年は目が点になったが、律儀にも短めで答えてやる。


「だから殺す」


 青年の一言に少女が動く。が、その肩はリリナに止められていた。

 機械仕掛けの人形のように無機質に少女は振り替える。


「邪魔、するの?」


 その声にリリナは背筋が冷えるのを感じた。完全に感情が抜け落ちている。こんな目をしていい子じゃない。こんなの二ーナちゃんじゃない。

 じゃあ一体何?


「邪魔しないで」

「無理よ。アタシはシオンに二ーナちゃんをよろしく頼まれているんだから」


 無理に気力を奮い立たせてリリナは答える。


「だから危ないことはさせられない」

 

 ましてや殺人なんか。


「シオンを守らなきゃ」

「大丈夫、それはアタシがやるから。こう見えても、交渉は得意なのよ?」


 本当にできるか自信はない。だがここで自分がしっかりしないと、この子に一生消えない十字架を背負わせてしまう。だから精一杯頼れるお姉さんを演じる。


「少しだけ待って」


 静かに言い聞かせるようつぶやくとリリナは一歩踏み出す。

 荒い息をついている青年、ジークは近づく彼女を見て微笑んだ。


「次はあなたが相手ですか?幼女に獣人のお嬢さん。やつも隅に置けないな」


 ジークの茶化しに動じず、リリナは彼の目の前に立つ。


「待って、アタシはアンタと戦いたいわけじゃない」


 にこやかに笑いながらも策をねっていたジークをその一言で制する。


「じゃあ何をしに?」

「アタシの目的はシオンを返してもらうこと。殺し合いをしたいわけじゃない」

「はははっ!!これは傑作ですね。はい、そうですかと渡すとでも?」

「アタシはアンタとシオンの間に何があったかは知らない。でも!何かしたのならちゃんとした手続きを踏んで……」


 リリナの言葉はジークの強い視線で止められた。


「何も知らないのに口を出すな」


 強い語気。リリナはそれだけでジークのうちに秘められた憎しみの強さを思い知る。


「それに彼は法ではさばけない」

「どういうこと?証拠がないってことなら、もしかしたらあなたのいう敵がシオンじゃないことだって」

「違う」

「だからどういう……」

「や…めろ」


 ジークの後ろからシオンが割って入ってくる。彼の体からは未だ血が滴っていた。足元の苔は血を吸いすぎて黒く変色していた。

 彼の声から知られたくないという気持ちが伝わってくる。痛みをこらえて発言したのが何よりの証拠。

 

「うるさい」


 ジークがそう言うとシオンに刺さっている銛から銀色の液体が滲み出す。新たな仕掛けが作動したのだ。


(水銀?)


 リリナが予想した通り、それは水銀だった。


 水銀が生き物のように銛をつたい、シオンの傷口に触れる。


「う゛ぁ゛ぁぁぁぁああぁぁ!!」


 シオンが悲鳴を上げる。それはジークとの戦闘が始まってから一番大きい悲鳴だった。

 水銀に触れた彼の体から猛烈な勢いで煙が上がる。酸に侵されたように皮膚が焼けただれていく。ただの水銀のはず、その証拠に彼の着る服にはなんの変化もなかった。

 シオンは水銀から逃れようと四肢を滅茶苦茶に振り回すが、結果として更に銛が食い込んでしまう。

 血しぶきと得体のしれない煙が彼を取り巻く。


「やめて!!何をしたの!?」


 もがき苦しむシオンを見てリリナが叫ぶ。


「何ってこれが彼の秘密。おっと…それ以上動かないでくださいね」


 ジークはリリナの後ろで動こうとするニーナを牽制する。

 ニーナは無表情ながらも、彼の発言の意図を汲み取って体から力を抜く。


 確実に動けば自分を殺しにくるだろうに、殺気を一切感じさせない少女にジークは冷や汗を流す。


「あなたも、そこの彼女も薄々気がついているんでしょう?」


 流れを掌握したジークは呼吸を整え、立ち上がる。魔力は順調に回復しているようだった。だが、一度枯渇寸前まで減ってしまったために激しい戦闘は不可能である。

 あえて余裕を見せるようにジークは笑った。

 

「なんで生きてるんでしょうね」

「なんでって……」

「こんなに刺されて、こんなに血が出て……」


 その言葉にリリナはシオンの足元にある血溜まりを見た。致死量などとっくに超えている量だということは一目してわかった。わかっていた。


「なんで水銀でこんなにも苦しむんでしょうか」


 ジークはシオンに近づくと、髪を掴んで頭を上げさせる。彼はうつろな目でジークを見上げる。


「まだわかりませんか?なら」


 そう言うとジークは手に風の刃をまとわせると、スパッとシオンの首を掻き切った。血が冗談みたいに吹き出す。

 

「えっ」


 あまりにあっけなく、シオンの死が目の前に現れた。いくら血を流そうがまだ希望はあった。現に彼は生きている。だがあんなに深く頸動脈を切られれば人は死ぬ。それが常識。リリナは絶句する。


「いや…うそよ…そんな」


 よろよろと後ろに下がる。目の前の光景が信じられない。

 いくら出会ってから日が浅いとはいえ、その死に何も感じないわけではなかった。


「いやーーーっ!!」


 気がついたら叫んでいた。遅れて足が震える。フォレストパンサーと対峙したときよりも体が言うことを聞いてくれない。

 こんなにも簡単に殺人を犯すなんてイカれてる。そして次は、アタシを?ニーナちゃんは?


 ジークは笑う。


 リリナの不安を煽るように。いや、この笑いはそうではない。

 

「ハハッ!顔を上げて見てあげなよ。この化物をさ」


 何を。何を言っているの。

 死体を見せて何を求めているの?

 ジークの笑いの違和感。なぜだかそれが気になって。その違和感を確かめるように顔を覆った指の間から恐る恐る覗き見る。

 

 息が自然と止まる。

 

 目の前の光景が、その衝撃が、生存に必要な動作を忘れさせる。


「もう訳がわからない…なんなのよそれ……」


 ようやく吐き出した息はかすれていた。ザラリとした感触が喉を撫でる。


「これを見て、まだこれがまともな人間だとでも?」


 首元がよく見えるようにジークはシオンの頭をさらに持ち上げる。

 

 シオンの首の傷口は人ならざるスピードで再生していた。肉が盛り上がり、皮膚と皮膚が引き寄せられるように瞬時にくっつく。リリナたちの目の前でシオンの傷はあっという間になくなっていた。

 再生の代償か、シオンの漆黒の髪はところどころ白く変色していた。

 

「もうわかったでしょう?コレは僕たちとは似て非なるもの。魔に属するもの」


 リリナたちを見るシオンの瞳が紅く光る。半開きの口からは発達した犬歯が顔をのぞかせていた。


「いわゆる吸血鬼というやつですよ」


 



 


 



 


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