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インモータル/セクステット  作者: はいろく
2/11

シュッパツ

 ニーナと名付けた子供、もとい少女は一度しゃべれるようになると忘れていた感覚がよみがえったのか長い単語でも話せるようになっていた。ただし流暢に長文をしゃべることはまだ難しいらしい。


「なるほど、奴隷だったことまでしかわからないと…」

「そう」


 あれからニーナとお互いの状況を理解するために話し合っていた。とはいうが実際はシオンが話しかけ、それにニーナが答えるという話し「合い」とはまた違うものだった。

 話をきく限り、彼女は記憶の大半を失っている。名前も出自も、下手すれば昨日の記憶もないようだ。


「なら運ばれていた理由もわからないわけか」

「…売られる?」

「奴隷一人をあの馬車で?信じ難いな。しかも馬車はサンテ商会のものだ。あの商会が奴隷を扱っているという話は聞いたことがない」


 もっと気がかりなのはあの「黒い触手」だ。それがサンテ商会とニーナとをつなげるものだとしたら。どうもきな臭い。当初の予定では最寄りの町に孤児院があればそこにあずるはずだったが、そう簡単な話ではないようだ。何かしらの陰謀があるとすれば追手がくるかもしれない。あまり長居はよくなさそうだ。さっさと撤収の準備をすることにする。

 シオンは焚火の灰を食べ終わった食器にこすりつけると、汚れを洗い落とすため近くの小川へと歩いていく。何気なく後ろを見ると、ちょこちょことニーナがついてきていた 

 歩みは、問題ないか。食事をして気力が回復したみたいでよかった。しかしわざわざついてこなくてもいいのに。回復したとはいえ体力が低下しているのは変わりない。目が届く位置にいることは助かることには助かるが。


「休んでたら?」

「…いや」


 立ち退く気配はない。シオンは小川にしゃがみこんで食器を洗う。汚れを取り込んだプカプカと水面に浮かんでいく。シオンは背中にむずがゆさを感じていた。なぜならずっと視線を感じているからだ。その視線から早く逃れようとぱぱっと洗い物を済ませる。

 焚火の跡をどうしようかと考えたが、馬車がここにある以上小細工をしたってここで何かがあったのは明白である。気にしすぎかもしれないが、もし仮に追手がいたとしたら逆に小細工のせいで追手にいらぬ警戒心を与える可能性もある。なので適当に蹴っ飛ばして崩しておいた。

 荷物をまとめ、最後に馬車の中身を念のため検める。ニーナに関する何か手掛かりがあればと思ったが、とくに何もなかった。隠し引き出しがあるか調べられる自信はなかったし、時間もなかった。シオンは実体もない影に焦らされるってのは妙なもんだと、自嘲気味に思った。

 

 発つ準備ができたので荷物を背負いながらシオンはニーナに行くぞと声をかけてから気が付いた。


「あ、裸足…」


 そうニーナの足は裸足だったのである。薬のおかげで外傷がなくなっていた足も、この短時間で鋭い木の枝などによってつけられた浅い傷がいくつもできてしまっていた。少女を裸足でこれから一週間近く歩かせる?モラル的にもまずいが、体力の低下しているニーナは抵抗力も弱まっている。傷が化のうした場合、医者もいない森の中では死に直結するといっても過言ではない。おんぶすることも頭の中で考えはした。体力的にはがんばればなんとかなるが、問題が一つ。おんぶによって両手がふさがればとっさの状況に対応しにくいということだ。

 すると解決策として当然にシオンの靴を彼女に貸すことが出てくる。

 シオンは荷物を下ろしてしゃがみこむと靴を脱いで、その中に柔らく、そしてできるだけ乾いている落ち葉を少し詰め込んだ。それをニーナに渡す。


「?」


 どうしろというのだ、そうニーナの心のつぶやきが聞こえてくるようだった。シオンは苦笑する。


「履いてくれ」


 差し出された靴をおずおずと受け取り、彼女はその小さい脚に履く。その時ニーナは貫頭衣のような簡素な服を着ていたため、足を上げた拍子に中身が見えそうになる。しゃがんでいたシオンは慌てて目をそらした。


「……」


 どうやら履いてくれていたようだ。小さい足がぶかぶかの靴に包まれていた。シオンはなるべく視線を地面と靴に固定したまま、しゃがみ歩きでニーナに近づく。わずかにニーナがびくっと体を硬直させるがすぐに弛緩した。


「このままじゃサイズが合わないだろうから落ち葉を詰めて調整する」


 シオンは今からすることを説明する。そうでもしないとニーナが怖がるかもしれないと考えたからだ。しかし先ほどのニーナの反応、それはシオンに心を許しかけている証左なのでは?そういう考えをすることもできなくはない。が、女性の足を一つの断りもいれずに触るほど無思慮ではない。

 割れ物を扱うような遠慮がちで丁寧な手で落ち葉を詰めていく。時折指で押し込み、隙間を調整する。落ち葉に覆われた彼女の足はやはり細かった。シオンの手で両足首ごと握れるんじゃないかと思うほどだった。


「少し動かしてみてくれ」


 ニーナの足がぐりぐりと地面に押し付けられる。もう少し固めでよさそうだ。追加の落ち葉を足して完成した。かなりの時間をとったが仕方ないと思うしかない。

 ニーナは靴の感覚が可笑しいのか、何度も足踏みしてはしゃりしゃりと落ち葉を鳴らせていた。ただし仏頂面のままで。まるでありを一心不乱に潰しているようにみえて、有り体に言えば不気味だった。


「歩けるか?」

「う、ん」


 返事は賛するものだったが、ニーナの細い指がすっとシオンの足に向けられた。


「足…?」

 

 あまりにも短い単語だったので最初は脳の回路にうまく結びつかなかった。しばらくシオンがどういうことか悩んでいると、ニーナは自分の足を指さして見せる。そこでようやく合点がいった。


「もしかして靴の事か?気にするな。一応ある程度は鍛えているから多少の無理はきくはずだ……」


 鍛えるってなんだ?と思いながらもそう答えるしかない。いらぬ心配をかけたくないからだ。シオンはくるりとニーナに背を向けた。と、同時にある事実に至る。

 ――自分はいま彼女に心配されたのか?

 なにも不思議なことではないかもしれない。しかし彼女の置かれた境遇を考えてみればあまりにおかしな質問。奴隷として過酷な生活を強いられたであろう毎日。傷と飢餓で死にかけていた状況。いくら回復したからと言って、そこに人情が顔を出す余地があるのか?それもさっき会ったばかりの得体のしれない男を心配する余裕など?

 シオンは少し考え込んだがそれを中断してひとまずこちらを見ているままの彼女に向かって、ほらと言ってジャンプをして問題がないことを示す。

 その際細い木の枝がチクチクと足の裏を刺し弱いが鋭い痛みを感じた。その痛みは今後の道のりが険しくなることを彼に予感させるようだ。それでも青空は逆に旅路を祝っているようであり、シオンは空に向けて苦い笑みを浮かべた。


「じゃ、行くか!」


 シオンは空元気でわざと張りのある声を出すと歩き始めた。それを見てニーナはさっきシオンがしていたように空を見上げる。表情こそ平板であったが、その目はどこまでも続く空の果ての果てまで見ているようだった。その無限に思える世界の広がりは、そのままニーナを待ち受けるこれからの可能性のように彼女は思った。

 自分の前に立つ、自分に生きる力をくれた、名前をくれた、シオンという聞きなれない名前を持つ彼が生きる世界に自分も居たいと思った。

 その意思を現実の形ある事実として残すために、彼女は前を行く背中を追って一歩を踏み出した。



 旅をするというのは真疲れるものだ。方角の確認、日差しとの戦い、疲労、傷、虫、食料の計算、索敵、靴擦れ……あげればきりがない。こと二人旅で相棒が少女ともなればその負担はすさまじいものになる。それでも泣き言一つ言えないのは正直に言ってつらかった。

 なぜ言えないのか。それは男のプライドである。歩いて二分ほどで靴を手放したことを後悔したことなどだれが言える。それでニーナに向かって言うのか「足が痛いから交互に履かない?」と。バカ言え!シオンは己を叱咤する。そんな恥ずかしいことを言えるものか、それに。


「ニーナ辛くないか?休憩しようか?」

「…大丈夫」

「…………。あ、でも俺は少し休憩したいな」

「……」


 この調子である。彼女はシオンが言い出さない限り決して休もうとはしない。それは気遣いからくる我慢なのか。シオンは先ほど素足を心配されたとき彼女を優しい子だと思った。しかし本当にそうかという疑問が歩き始めて膨らんできていた。

 なぜそこまで細かいところに拘っていたかというと、そうでもしないと足の痛みで気がめいってしまいそうだったからでもある。もちろん一番の目的は彼女を理解し、この旅においてお互いの負担をできるだけ減らすためである。どちらかが無理をする旅は成功しないことを彼は知っていた。

 彼女の「やさしさ」に見える気遣い、その本質はどこにある。彼女の境遇を思うなら大人への恐怖、か。シオンはちらりと後ろを振り返る。先ほど休憩したばかりだが、ぬかるむ足場と雨の日の後独特のむわっとする熱気でニーナはすでに汗だくになっており、息も荒い。

 突発的危機が起きた時のリスクとこのままニーナを歩かせることのリスク。どちらが重いかシオンには判断しかねた。正直に言うとニーナを背負ってあげるほうに気持ちは傾いていたが、彼女の中に大人への恐怖が強くあったとするとその行為はマイナスに働いてしまう。

 彼女に「背負おうか」などはきけない。彼女が自分の提案を断るイメージが浮かばなかった。そんな肯定で恐怖の有無など判断できるわけもないし、なおかつそれが恐怖による服従だったとすると彼は立派な悪人になってしまう。


 彼はそうやってあれこれ悩みながら道を歩く。ここは森の中だが主要な街道の一部でもあるので森のど真ん中を突っ切るように大きな道が舗装されてあるのだ。森の中を移動しないのは体力の消耗を考えてのことだ。確かに追手から逃れる経路として森の中は正解に近いだろう。

 だがそもそも追手がいる、かもしれないという大変不明確な情報で最初から全力で逃げる馬鹿などいるものか。


「ニーナ休憩しよう。俺が休憩したいんだ」


 そういって道端の木陰に行き、軽い休憩をとる。それを短い間に何度も繰り返している。


「馬車とか通らんもんかね…」


 座りながらシオンはつぶやいた。ここは街道であることは先ほど述べたとおりである。それならば馬車が通ることも自明ではあるかもしれない。しかしいつまでたっても蹄の音の一つも聞こえはしなかった。

 頬をなぶる風も生ぬるく湿っていて不快感を感じる。背負った荷物に熱がこもり、背中はすでにぐっしょりになっていた。荷物を下ろしたことで風が吹き抜けて気持ちがいい。


「妙だ……」


 しかしやけに体がだるい。たかが雨上がり。湿度が高いのは重々承知だが、ここまで暑いものだっただろうか。荷物も重く、一歩一歩進むごとにその重さが増していっているようだった。

昨夜の雨で体力が低下しているというのか?

 そんなやわな体ではないはずだ、だというならこの症状は。


「ニーナきつくないか?」


 同意を求めるように尋ねる。少し離れたところで座っていた彼女はシオンの問いにフルフルと首を横に振った。またか。こっちが気遣われるのは居心地が悪い。彼女の顔を横目で見る。


「?」


 その細い顔は汗に濡れていたが息は整っており疲労の色が少なくなっていた。心なしか瞳にも生気がみなぎっているようだ。休憩するたびにますます元気になっている。それがいま明確に感じられた。シオンはそれについて深くは考えなかった。まぁ体が動くことに慣れたのだろう。そういう風に考えた。

 彼女の疲労が抜けたのなら行動を再開しよう。

 二人はまた歩き出す。シオンの方はまたも疲労感に襲われる。それもだんだんとひどくなっていく。めまいもしてきた。症状が熱中症に酷似していたため休憩中、川で汲んだ水をこまめに補給していた。塩分も調味用のものをたっぷりなめている。頭もぼろ布でターバンのように巻いている。それなのにだ。

 ニーナはどうだ。心配になってシオンが後ろをやっとこさ振り返るとしっかりとした足取りでついてきていた。汗一つかかず。


「どういう、ことだ?」

 

 ニーナにくらべ体力に自信があるはずの自分がへばってしまう一方で先ほどまで歩くのさえ辛そうだった彼女の歩みは今や健康なそれと変わりなかった。

 ――これじゃまるで彼女に生気を吸われているみたいじゃないか

 そんなことあるのか半ば疑わしかったが、シオンは疲れで思考が鈍っていたため、頭の中で思い浮かんだその仮説を証明する行動を無意識のうちに取っていた。シオンは腰につけた小さい金属板を手にとり立ち止まった。

 急に立ち止まったシオンにニーナは何事かとその背中を見上げる。そこで彼女は自分の体調がすこぶる良いこと。そして前に立つ青年の状態が芳しくないことに気が付いた。

 しかし自分が彼にしてあげられることが何か全く分からない。彼が何を必要としているか、それを自分の中で検索をしてみても虚空をつかむよりもはるかに手ごたえが皆無だった。それでも彼が何かを求めているサインを見逃さないように、彼の行動を見守る。

 

 浮かされて頭の回らない彼はそんなことなどつゆ知らず、手に持った板を眺めた。長方形のその板は一見何の変哲もない板であったが、よく見るとその表面に小さな宝石のようなものが縦一列に十個ほど埋め込まれている。加えてその板の根本、宝石達が形作るラインの始点には円形にマークが彫られていた。そのマークから延びる線が宝石同士をつないでいた。

 シオンは円形のマークに親指を置く。すると円形のマークがわずかではあったが確かに光り輝き、次いでその光はマークから延びるラインを通って一個目、二個目の宝石に到達する。光が達するたびに宝石は異なる色で光り輝いた。光は三個目まで到達した途端勢いを失い四個目に到達することはなかった。到達できない光は宝石の間のラインでシオンの呼吸に合わせているかのようにこまめに上下を繰り返していた。しかし下る力のほうが強いのか緩やかに下降していた。


「参ったなぁ、そういうことか」


 板の結果を確認してシオンはぼやいた。ニーナはそこに彼の求める助けがあるかもしれないと聞き耳を立てたが、続く言葉はなかった。代わりにシオンは背負っていた荷物を下ろすと、その中に手を入れて何かを探し始める。その額には汗が大量に浮かんでいて息は、言葉は悪いかもしれないが犬のように荒い。


「あ。あったあった」


 シオンは目的のものを探し当てたようで力の入らない腕をなんとか引き抜く。その手にはきんちゃく袋が握られていた。


「背に腹は代えられない。いざ!」

 

彼は残り少ない気力をかき集めて意気込むとえいやっときんちゃく袋の口を開けて一枚の銅貨を取り出し頭上に掲げる。それを見つめる彼の目は非常に惜しいものを見る目だった。だが、その迷いを振り切るように目をつむると銅貨を握ってすっぽりとその手のひらの中にしまい込む。

 ニーナはそれをみていた。が、頭の中は混乱でいっぱいだった。おそらくあれは硬貨であろう。ならばなぜそれを今?

 一応お金というものがどういう役割を果たすものか知っていた彼女だったがシオンの奇態をみて自分の知識に疑いを持った。

 自分はまだ世界をよく知らない。記憶を失った彼女の知識がどこからきたか彼女自身にもわからない以上、その知識に信ぴょう性など持ちようもない。彼女の知らないお金の使い方があるのかもしれない。

 するとニーナは異変に気が付いた。シオンの顔色がよくなっているのだ。お金には薬としての効能があるのか?

 シオンがぱっと目を開く。と同時に握っていたこぶしをゆっくりと開いた。


「…!?」


 そこには何もなかった。ニーナは目を疑った。確かに手のひらにあったはず。それが消えている。そのことと彼の体調の変化になにか関係はあるのだろうか。

 シオンはそのニーナの疑問を知ってか知らずか吹き飛ばすようにニカッと笑う。


「驚いたか?」


 少し喜色を混ぜた声色でシオンが尋ねる。ニーナがなぜ急に笑ったのか戸惑いながら頷くと、シオンはうんうんと頷き返して見せた。


「少しは普通の反応もできるんだな」


 ニーナにはいっている意味がよくわからなかったが、何はともあれシオンが元気になってよかった。ニーナは心の底からそう思う。彼は光。それが消えてしまうことは何よりも恐ろしいことだった。しかし、死後の世界にもお金があるとは。現実世界とは別の世界ゆえにお金に特別な力があるのだろう。


「ニーナ」


 シオンが呼びかけてきた。彼女はその名を聞くたびに何とも言えない心のうごきを感じる。それは自分がここにいるんだ。居ていいんだ。ということを確約してもらえるような安心感かもしれない。記憶にない感情である。


「離れるなよ」


 彼女にとってそれは約束するまでもないことだった。彼と離れる。それは孤独への回帰を意味するものだ。


「……」

「君は……いや、何でもない」


 シオンは何か言いかけたが喉の奥でそれを飲み込む。ごまかすように金属板を再び取り出し、またそれとにらめっこする。そうしながら何故かニーナに近づいたり離れたりする。離れるといっても目が届く位置なので彼女は気にしない。


「ふむ」


 なにか意味ありげにシオンは首をひねる。その学者然とした態度にニーナは何かを調べているのだと直感した。しかし何を調べているかまではわかるはずもなかった。


「ま、これくらいの誤差じゃわからんか」


 思う結果は得られなかったようでお手上げだとシオンは肩をすくめて見せる。ついでに顔の近くにあった肩で汗をぬぐう。発熱が収まったた時のような頭がはっきりとなる爽快感を味わいつつ、手の板を確認する。先ほどは三個目の宝石が光っていたが今は四個目とちょっとまで光っている。


「よし、それじゃあ行くか」


 だいぶ軽くなった足取りでシオンは歩き出す、未だ何が起こったのかわからないでいるニーナは一瞬の間をおいて追いかけだした。少し小走りをしてシオンの後ろではなく右横に並ぶ。


「ん?」


 シオンはさっきまで後ろを歩いていた彼女が急に並走を始めたことに疑問を持つ。ニーナは横にいるだけで何もしてこない。二人で歩くには広い道なので横に広がっても何ら問題はない。

 ただ妙に近いことが気になった。肩が触れる、なんてことは身長差があるので現実それは不可能だが、それから半歩開いた距離を付かず離れずニーナは歩く。何を考えているのやら。顔を見ようにも俯き加減なのでよく見えない。

 おそらく先ほどの「離れるな」という言いつけを守っているのだろうか。だとしたら悪いことをしたとシオンは思った。図らずも結局は彼女に命令をし行動を強いているということになる。それでもシオンが思う彼女という存在のイレギュラーさを鑑みれば、そういわざるを得なかったことは確かだ。

 彼女のためを思う行動は彼女の心にとってどのように映るのだろうか。なにが彼女にとって最適なのかわからない。知らない。いや増す不合理さに微かな苛立ちを覚える。



 ニーナは横目で彼の腕が歩調に合わせてぶらぶらと前後に揺れるさまを見ていた。ニーナにはそれが男の腕だとは思えなかった。すらりと伸びた腕。鍛えてはいるようである程度の筋肉はあった。それでも彼女の知る男性の腕ではなかった。彼女を殴り、張り倒し、つかみ上げ、そしてまた殴る腕ではなかった。

 テンポよく動く腕を凝視しているとなんだか思考があやふやになる。すると猛烈に心の奥底で願望が沸き上がってきた。

 それにニーナは驚愕する。自分の中に「孤独から逃れたい」という願いとはほかの欲があった。もちろんそのことは一切顔に出しはしないが、ニーナの頭はかつてない勢いで回転を始めていた。


 その願いをかなえようと行動を移したらどうなる?

 彼が拒絶したら?

 きっとその時は同時に孤独を手に入れてしまう。

 それでも叶えたいの?

 どうして?


 ニーナにはなぜそこまで自分がそのことに拘っているのかわからない。孤独じゃない、彼といるそのことだけで満足しないの?

 僅かに乾き、より粘度を増した足元の泥のように思考は深みへとはまっていく。いや、ことはそう複雑じゃない。彼女自身はわかっていなかったが願いは絶対なのだ。一度芽吹いたそれは摘むことはできない。それでも彼女が躊躇し行動に移せないでいるのは恐怖から「行動に移さない理由」を探しているからだ。

 彼女の知らぬうちに欲望がとめどなく沸き上がる。その流れはこの生まれたばかりの願いをかなえたが最後、堰を切ったようにあふれて止まらないだろう。そしてそれを実現することを狂おしいほど切望する。その時隣に彼はいるのだろうか。

 ようはわがままを言うようになった彼女を彼が横においてくれるのか。

 そのことが喉に引っかかった小骨のようにニーナを苛む。

 おかしい。安らぎを手に入れたはずのニーナは微かに眉を寄せた。

 身体的苦痛から解放された彼女は、どうしてか今苦しい。すぐにでも苦悶の表情を浮かべ喚き散らしたい。だができない。そうして欲望が内へ内へと溜まっていき淀み溢れて自分を無数の断片に引きちぎりそうだ。だができない。したいことをできないというのがこんなにも辛いのか。

 それまで何かを乞う時、断られることなんて当たり前だった。だから失うものなんてなかった。無意識に生への渇望に隷属し地べたを這いつくばって今日を乗り越えてきた。

 それが彼という存在にあった途端訳が分からなくなった。断られることを前提に行動ができなくなった。拒絶されるという可能性が鋭い牙の中から灼熱の舌をチロチロと出しながらこちらを怯えさせる。

 それが実体のある怪物なら石でもなんでも投げてやることができるのに。脳が苛立ちでチリチリとむず痒くなる。


 ニーナは痛みともどかしさで奥歯を噛みしめた。


だがそれでどうなるものではない。結局は答えを出さなければならない。


「……」


 そんなことを彼女が考えているなど知る由もない彼。シオンは黙りこくったまま横を歩くニーナをちらりと観察する。

 彼女の正体……。単に奴隷というわけでもなさそう、いや絶対に違うだろう。シオンも詳しくは知らないが、サンテ商会というとまっとうな商売をしていると聞いている。そこが奴隷を運んでいた?

 現場も不可解だ。馬車にはわずかに血が付着していた。御者台と馬車の後ろのほうに点々と。ニーナの争奪戦があったと予想するのが妥当といったところ。

 しかしあそこにはニーナ以外誰もいなかった。争いが終われば勝ったほうの勢力が奪いに来るはずだ。それがないということは目的がそもそも違う、たとえば積み荷を勘違いしており誤ってニーナの馬車を襲った。とか。

 だがそれではサンテ商会が彼女を運んでいたことの説明がつかない。それと彼女の「体質」。となればやはり目的はニーナ。現場に誰もいなかったのは、おそらくは…第三の勢力が妨害したから。

 サンテ商会。「体質」。第三勢力。

 きな臭い。金属製のふたをしようがプンプン匂ってくるような臭さ。何も起こらなければいいなぁ。…何も起こらないわけないなぁ。


 参ったなぁ。ニーナに聞かれるといらぬ気遣いをされそうで心の中でつぶやく。


 風が頬を撫でていくがこの憂鬱な心を吹き飛ばせるほどではない。今や日は天高く上っており昼になっていることがわかる。日が落ちるまでには寝床を探さなければならない。これも問題だ。

 

「なぁニーナ。寝床はどこがいい?」


 唐突に声をかけたためかニーナはビクッとなってしまう。ただ驚き方が尋常ではなかった。ノミが跳ねるようにひとっ飛びでシオンの後方に着地する。体力が回復しているようでなにより…問題はそこじゃない。


「え?」


 ニーナは両手を心臓を守るように握った。半身でシオンを見つめている彼女は何かに怯えているようだった。しかしぽかんとしているシオンを見て緊張を即座に解いた。そしてうつむく。

 彼女の一連の挙動にシオンの頭は混乱していた。怖がられたのか、でもその恐怖は自分に向けられてはいてもどこか体を突き抜けて違うところにある気がする。どこに着地するのか。見極めようとする。それは単なる好奇心によるものだった。だがすぐさまより大きな恐れで拒絶される。

 ニーナは顔を下に向けたまま身をこわばらせさっきよりも固く固くこぶしを握り締めていた。


 土足で踏み込みすぎたか。なにが彼女の逆鱗に触れたかわからない。だがこれ以上の詮索は無理だ。嫌がることをできるほど彼女とは親しくない。

 この話を切り上げるべくシオンは軽く咳をした。


「コホン…えーあー、まっ寝床をどうしようかとね、ききたかったんですが、ね?」


 すこしあたふたして妙な質問になってしまった。それが功を奏したらしい。これ以上の追及はないと理解してニーナのこわばりがわずかにほぐれた。シオンはほっとすると笑顔を作った。うまく作れているか自信はなかった。が、その裏にある気遣いを読み取ってかニーナもよろよろ両手を下ろした。

 

「今は昼過ぎってとこのようだが、早めに寝床を探す必要がある。ニーナはどこがいい?」

「……どこでも」


 か細い声だったが木の葉の騒めきすらその時はなかったのでシオンの耳に確かに届いた。予測できた言葉だった。

 ま、そんなものか。汗でずり落ちてきたターバンを巻きなおし、ずっと続く長い道をシオンは見やる。

 街道として整備されてはいるが川や山の地形に沿っているため曲がりくねっている。よってその先はカーブにより見えないのであった。

 川の近くは嫌だとか、藪には虫が出るからそれより遠くがいいだとか。そういうことを言ってくれると助かるんだが。一人旅は寂しいがテキトウでいいから楽であったということをひしひしと感じる。女の子が快適に寝れる場所。その検索キーワード一つで候補は「男一人旅」の時の万分の一に絞られるに違いない。

 女性がいるパーティーはどうしているんだ。戦闘よりも気苦労で死ぬんじゃないかこれは。というか平常時でもそうなのだから色恋沙汰が出てくるともうこれは常時胃薬服用必須。

 冒険者ってのはやっぱりすごいな。シオンは変なところで感心した。

 

「じゃあ、川から少し離れたところにしよう」


 シオンが提案したのは今朝までいたあの立地条件と同じ。一晩居たんだからいいだろう。そういう単純な考え。ニーナに異論はあるはずもなく、こくりと頷く。そうと決まればこれ以上決めることもないので歩き出すしかない。シオンが歩を進めると今度は少し後ろをニーナが付いてきた。さっきは何だったんだろうか。シオンはそう疑問に思うが答えを思いつけそうにもなかった。なので深読みはやめる。それになんかそういうことを考えているとニーナが勘付きそうだ。

 彼女のこれまでの過酷な生活がそうさせたのか。あるいは素質か。こちらが踏み込む意思を見せる、いやそれよりも前の段階、意思実行の準備だけで彼女はそれを察知して壁を作る。その驚異的な洞察力と防衛本能。それはあの「体質」にかかわるものなのか。

 シオンは自分自身特殊な人間なのでそういった人々を見ても個性として受け入れる自信があった。

しかし彼女のそれらは差別するつもりはないがやはり特別だと感じる。

 自ら孤独を作りに行く。

 そうシオンは感じてしまった。


「呪いじゃないか、まるで」


 その言葉はニーナだけに向けられたのか。



 シオンは知らない。彼が来るほんの数分前。恐ろしい出来事があったことを。それはまさしくその時轟いていた雷のように、早く、強く、ただ圧倒的だった。


 馬車の積み荷は奴隷だった。それも売り物になりそうにないほどの劣悪な奴隷。それがこの仕事の結果なのか。盗賊の頭は吹きすさぶ雷雨の中呆然としていた。だが雷鳴がその思考を打ち切った。


「くそっ!!……仕方ねぇ今回は予定通り引き渡すか」


 彼の頭に占めるものは悔しさだった。子供が狸の皮算用をして、そして現実がそれよりも少なかったことに伴う悔しさそういう類のものだ。子供らしい癇癪。だがそれだけでは盗賊稼業はやっていけない。彼の頭としての素質が、癇癪の中にあるセーフティーが冷静さを取り戻す一助になった。

 その姿を見てもう殴られないだろうと手下が切った口を拭って立ち上がる。泥のせいで半身はぐっしょりと濡れて、ぽたぽたと鈍い色の水を垂らしていた。

 盗賊の頭は、おいと首をしゃくって手下達に指示を出す。手下達は細かい指示がなくともわかっていた。殴られた手下が率先して動いた。馬車の荷台の淵に足をかけ乗り込む。しかしすぐさま「うあぁぁっ!!」と情けない悲鳴を上げて転げ出てきた。盗賊の頭は何事だと警戒する。腰の抜けてしまった手下は震える指で馬車の中の闇を指さす。


「あぁん!?」


 むっとした表情で頭は闇の奥を凝視する。しかしなにもない。雨雲の向こうにある夜空と同じ黒しかなかった。腰に差したマチェットに手をやりながら首の角度を変え目を凝らしたが闇は闇だった。


「おめぇからかって…」


 その時雷鳴がとどろいた。一瞬の雷光があたりを、馬車の中身を照らし出す。闇の中にあるもの。確かに陽炎のように周りの闇とは違うなにかがゆらゆらと揺れていた。男たちはその刹那に息をのんだ。

 再び暗闇が戻り、馬車の中の闇は一色になった。


「はぁ!?なんだあれは!」


 彼は本能で危険だとわかっていた。あれはまずい。逃げるという選択肢も頭に浮かんだ。だが人数の多さと目先の欲が判断を鈍らせた。あの闇の向こうには奴隷がいる。引き渡せば報酬がもらえるがそれを取り戻せなければ前金をもらっていないため完全に損をしてしまう。

 だがどう立ち向かう?得体のしれぬ相手に剣なんて効くのか?


 考え込んだ盗賊頭の背中を緊張した面持ちで手下たちは眺める。


 盗賊頭は魔法使いを今回の編成に組み入れなかったことを悔やんだ。流れの身だったが実力は確かだった。しかし今回の件は難易度もそう高くはなさそうだったので、魔法使いは別の仕事に回していた。あいつさえ居れば…。後悔しても遅い。

 とにかく剣を抜く。すると条件反射のように力が湧いてくる。そうだ俺は幾度となくコイツで不条理を屈服させてきたんだ。こいつもなんとかしてみせる。長年の戦闘スイッチが確かに彼の中で入った。

 ふーっ、ふーっ。丹田に力を込めながらゆっくりと呼吸をする。剣を通して得た力が自分の中をリズムよく循環していく。彼の世界で存在するのは自分だけ。そう思い込む。内へ内へと意識を集中していく。次第にきこえてくる音が減り、ついには雨音がパタリとやんだ。その域に達した途端彼はこの上ないすがすがしい気持ちとこれから起こる戦いへ興奮し逸る気持ち、相反する矛盾の感情を感じていた。

 剣を腰だめに構える。腰を深くさげ地面と腿が平行になるように足を開く。これが彼の戦闘態勢。一見不格好だが、極度の自己催眠と集中力で繰り出される技は岩をも砕く豪快さがあり、やろうと思えばガラスをも傷付けぬ繊細さをもつ。一撃必殺必中を体現したような型だ。あとは爆発するだけ。

 自分に向けていた意識をいま、外野へと解き放つ。すると気が付いた。


「あ?」


 手下たちの視線を後ろから感じない。彼らの役割は彼の露払い。最高の一撃を出せる舞台を整えることだ。そのためには息の合ったコンビネーションが必須となる。新人は気に食わなかったがそこだけは実力を認めていた。それはともかく、息を合わせるには彼の一挙手一投足を目を皿のようにしてみなければならない。彼がどう位置を変え、それによって何を狙っているのか。手下たちは戦闘の合間のわずかな時間でアイコンタクトを行い読み取らなければいけない。それなのに視線が、ない。

 ただそれだけの事なのに。違う。それだけのことが起こっていた。感じないのは視線だけじゃない。息遣いも感じない。気配がない。まるで自分の後ろに誰もいないような空白。後ろを今すぐ向きたい。しかしそれはできなかった。張っていた戦いへの緊張が切れ、代わりに凍るような、首筋に刃物を突き付けられ殺すぞと脅されているような恐怖が彼の体をしばりつけていたからだ。


 なにが…。


「なにが起こっているんだと君は思っていることだろうね」


 言葉を紡ぐことができない彼の後ろから声がする。若くはない。自分と同じくらいかそれ以上の男の声だった。声は後ろからするはずなのだが気配がない。それに声自体もこの雨の中嫌にはっきりと聞こえて距離感がつかめない。


「君はこの件に関わるべきじゃなかった。といってもあいつは絶対に誰かをここに差し向けていたわけだから、君がここにいるのは必然かもしれない。だけどやっぱり運が悪いと言わざるを得ないよ」

「……あいつらは?」

「驚いた、口が利けるなんてね。君の評価を三つほど上げよう。それで質問の答えだが聞きたいかい?」


 恐怖はいまだ近くにある。口は何とか動いたが体は全く動かなかった。盗賊の頭は今まで体験したことのないような圧倒的な力を感じている。それは強い、弱いとかではない。その次元を飛び越えて抵抗する力さえ根こそぎ奪ってしまうような重圧感。吐き気がするほどのそれをはねのけて口を動かしていられるのは、謎の声がほめたように彼が盗賊ではあるが非凡な才の持ち主だからだ。

 

「……」

「沈黙を肯定と受け取ろう。答えは…気絶しているよ」


 殺されていることを予想したが意外だった。


「驚いているようだね。なに俺は殺しはしないよ」

「俺は?」


 盗賊の追及に男は乾いた笑いを送った。


「ハハッ!そうさ。何しろ彼女は弱っているからね。贄が必要なんだ。本当は俺の力も分けてあげたいところだが、彼がこのあと接触することを考えるとダメなんだ。それにそもそも俺の力を彼女が受け入れるかも疑問だしね」


 贄。その単語でこれからどうされるのか予想が付いた。彼女とやらが何かはしらない。だがどうせ殺されるならむざむざ死にはしない。一矢報いてやる。覚悟が盗賊の体を動かした。ばっと後ろを振り返る。

 そこには倒れ伏している手下以外誰もいなかった。

 しかし声は聞こえる。


「おや?すごいすごい。まさか動けるとは。盗賊になってなければ名を残せたんじゃないかい。…あーそういうことか。逆なんだね。何があったかはしらないけどさ……」


 盗賊はあたりに視線を巡らせる。どこだ?どこにいる?どこから襲い掛かってくる?話の内容など頭に入らない。常に最善の一手を出せるよう再び戦いのリズムを作り出す。だが完全に内に籠れば反応ができない。仕方なく意識を内と外、半々に割く。そのために通常より準備に時間がかかる。焦る気持ちを抑えて彼は集中した。巡る力を強く感じる。だがまだ足りない。生命の危機に体が矛盾した行動をとってしまうのだ。生きるため早くこの技を完成させたいのに、苛立ちや不安が邪魔をする。

 声の主は殺気も気配も出さず彼を見守る構えのようだ。くだらない話をべらべらとしゃべり続けている。しかし


「……というかだね。俺だけに意識を向けていいのかい」

 

 盗賊の外に向けていた意識が、不思議なことにその言葉だけを捉えた。ぐらっと体が揺れた。視界も唐突にぶれた。さっと血の気が体全体から引いていき、その分胸に熱いものがこみあげてくる。


 えっ?


 何事かと違和感を感じた胸部を見る。

 闇があった。胸を深々と貫く暗槍。不思議なことに血は出ない。痛みもない。傷口は…見えない。それなのに盗賊の脳は危険信号をこれでもかと送ってくる。


「ッッ!!」


 彼にはもう声の存在は頭になかった。なぜならここにすでに死が迫っている。胸に刺さった死を体現したものを引き抜こうと必死で手を動かす。だが闇は闇。握ることなどできず手は空を切る。そればかりか。


「は?」


 なんだこれ。闇を触った手が枯れ木のように皺くちゃになっていく。皮がしぼみ骨の形に浮き上がる。肉が落ち、闇を触る力さえ無くなった。力のなくなった手は振り子のように振り下ろされた。

 口の端から涎があふれた。闇を中心として徐々に体の力がなくなってきているのだ。このままでは脳に達してしまう。唯一まともに動く足を動かし前に進むことを試みる。ズズッと先端が胸から後退していく。

 しかしその行動をあざ笑うかのように、闇はその先端から枝のごとく分裂し盗賊の無事であった足を突き刺す、手を突き刺す、そして首までも。刺された部分は完全に感覚がなくなる。ただ途端に闇の侵食速度が目に見えて遅くなった。そして侵食を一定以上進めるとピタッと止まる。それからまた思い出したように歩みを進める。

 ――死が焦らされている。

 たとえようもない焦燥感が盗賊の頭を支配した。


 コイツ遊んでいやがるッッ!


 家畜化された猫は獲物で遊ぶという。徹底的に嬲り殺すのだ。食事には事欠かないから余裕がある。余裕があるから娯楽が生まれる。圧倒的な優位性がそうさせるのだ。しかしそのためには知性が要る。コイツには知性があるのか。そもそも生命体なのか。そこで盗賊の余裕は終わった。

 力がなくなったことで盗賊は膝から崩れ落ちた。倒れ伏し、目の前はぬかるんだ地面だけになる。泥にずぶずぶと沈み込み口がふさがる。息が苦しくなる。もがきたい。滅茶滅茶に転げまわりたい。この狂いそうなほどの死をどうにか遠ざけたい。でもそれは叶わない。もう指一本も動かせない。そしていつの間にか意識と息苦しさ以外の全てが感じられない。

 これが完全な闇。完全なる内側。真実に自分しかいない。

 頭の中がすべて一色に染められる。


 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいクルシイくるシぃくr……。


 ……あの時上手く集中できなかったのは、逃げろということだったのか……。 


「食べ物で遊ぶのは感心しないね」


 泥に顔をうずめたまま動かなくなった盗賊に声がかけられた。いや正確にはその体を包み込もうとしている闇に向かって。声は相変わらず声だけで姿を現そうとはしない。

 闇はそんなことなど気にせず動かなくなった盗賊の体を突いたりして弄んでいた。触手が同じところを突くとどんどんと生気を失い、しまいには枯れ木を通り越して砂となって消えた。体の各部位が消えるたびに盗賊の体がぴくりと震える。しかしそれは痛みを感じて反応しているのではなく、彼の命の残滓が放出される余波でそうなっているに過ぎない。もう彼に意識と呼べるものはすでにない。血中に残った酸素でどうにか生命活動を保っているだけだ。

 闇は同時に四方八方へと手を伸ばして手下をも喰らう。手下の方は瞬殺だった。闇が触れた途端急速にしぼんでいき、砂塵となった。それは彼女のおなかが空いているということもあった。が、やはりこの男に比べ生命力がなかったためだろう。

 ものの数分でその場には闇を除くすべての生命が失せていた。もっとも果たして闇が命を持つのかという疑問があるがそんな些細なことはどうでもよいことだ。生命を喰らうもの。実体がなく触れられもしない存在。そんな生きとし生けるものの天敵とも呼べる存在がこの世に存在していることが問題である。

 彼の者が姿を現さないのも、盗賊をして圧倒的と言わしめるほどの実力者であっても闇に抗えないためかもしれない。そんな命の危険にさらされているであろう声の主はそれでもなおうつろな笑いで、虚飾の喜色を含んだ声で言う。


「ハハッ!これから始まるんだ!彼女と彼との邂逅が!物語が!そして結末が!」


 その姿を見ることができたのなら、きっと彼は両手を広げ天を仰いでいたであろう。それほどまでにその言葉には彼の強い思いが詰まっていた。


 雷が一度なった。これまででひときわ大きな雷に森全体が白く染まった。

 白が去り黒が戻ってきたときにはもうそこには何も、馬車の中で眠る彼女以外、何も存在していなかった。


 

 日が沈みかけ、あたりが紅に染まるころ。シオン達はようやく本日の休憩拠点になりそうな立地を見つけていた。そこは川の本流から分岐した小川が流れていて、そばに程よい開けた平地がある。その中ほどに大きな木が一本あった。この下をキャンプ地とすることに決めた。この立地なら急な雨でも増水して大惨事となることはなさそうだ。

 シオンは座るのに邪魔な岩や草を取り除き、地面をならした。後ろでニーナが何かをしたそうに見つめていたが、シオンが命令しない限り動くことはなさそうだった。

 むろんシオンもこのような力仕事をニーナにさせるつもりは無かった。ニーナは現在すっかり元気になっており多少の肉体労働など問題なさそうだったが、シオンのちっぽけなこだわりがそれを是としないのであった。

 すでにある程度は整った土地だったので準備はほどなく終わり、今度はすぐに今夜の食事の支度を行う。

本当はほかにしなければいけないことがあったのだが……。


「ニーナ。そうソワソワしなくても飯はできるぞ」


 荷物を下ろし、何気なく鍋を取り出してからというもの、ニーナがちらちらとシオンを見てきたのだ。物欲しそうな、哀れに捨てられた生後数週間の子犬のような、とにかくシオンの心の奥底に訴えかけるような顔をするのだ。それをシオンに直接表してこないのがまたキツイ。シオンが鍋に触れると瞳の奥に喜びを浮かばせ、その手が離れると途端にしょぼくれる。

 無視できる、としたらソイツは相当な強者だろう。おそらく濡れた子犬を蹴っ飛ばし、転んだ老人に唾を吐きかけられるほどの。まあ、そんな奴はなかなか居ないだろうし、少なくともシオンはそんな奴ではなかった。

 駄々をこねるようだったら「ダメです」と言えるのだが、なにぶん無言なのだ。時折耐える表情をするのを見ていると、こっちの精神がガリガリと削れてくる。ガリガリガリガリ。

 サメ肌の何かに脳が擦り付けられている気分だ。拷問だ。シオンはすぐに音を上げた。


 というわけで飯を先に作ることの不都合はあとから考えることにせざるを得なかった。


 メニューは残念、変わらない。そこら辺の食べられる草と干し肉のスープ。川はそばにあるが魚を取る暇はなかったのだ。シオンにとってはつまらない食事。栄養を取る、空腹をごまかす作業であるのだが、彼女には特別らしい。

 無表情なのだが……涎が垂れている。キュルキュルとかわいらしい音もどこからか聞こえる。普通の女性なら顔を赤らめそっぽを向いてその気まずい空気が去るのを待つのだが、ニーナにその恥じらいという感覚はないようだ。別にシオンにとってはそこは問題にならないのだが。

 シオンは焦っていた。いつもはぱぱっと作れる料理が手がもたついて上手く作れない。観客がいるというだけでこれほどまでに居心地が悪いのか。シオンの手が干し肉を切り裂くたび、目の奥に星が見え、草をちぎるたびに食い入るように見つめてくる。

 わっすごいな目力。

 これ以上長引かせるのは双方にとって良くない。一人は肉体が、一人は精神が限界だった。


「ほい」


 我慢できなくなったシオンがニーナにぽいと投げ渡したのは干し肉だった。ニーナは本能でキャッチして両手に収まった干し肉をまじまじと見つめる。それからまじまじとシオンを見つめる。

 彼女の背景に文字が見えた。


 いいの?いいの?


 (ワクワク)という文字もうっすらと見えるような気が…。疲れているのか。

 シオンはニーナへの返事として、ついでに疲労を振り払うように首を縦に振った。


 今度は瞳に「やったー!」という文字が浮かび上がったようにシオンには見えた。


 ニーナが干し肉に注意を向けたところで、シオンはようやく視線の呪縛から解放された。不思議といつものように手際よく作業を済ませられる。自分にはあがり症なところがあったのかと意外に思うシオンであった。


 食事は一、五でシオンが食い、ニーナが食べた。シオンは食事中、食料計算を上の空で行っていた。

 こいつは予定の斜め四十五度の修正が必要だぁ。参ったなぁ。

 なにか空腹とは違う理由で涎を垂らしながらシオンは座り込んだ。ニーナはそんなシオンを見て心配に、なることはなく。実際はシオンが困っていることが分かれば心配したかもしれないが、ニーナでもそこまで気が回ることはなかった。というわけでもなくただ肉に夢中だったのである。


 単純計算でシオン一人旅の六倍のスピードで食料が無くなっていく。これは本格的に現地調達も視野に入れなければならない。今日はどうせ見張りを一晩中しなければならないし、せっかくだから魚用の罠でも作るかとシオンは考えた。

 食事が終わるとすることもないのでさっさと寝床の準備をする。といっても均した地面にシオンが羽織っていたマントを敷いただけだ。地べたにそのまま寝てもいいが、夜の地面は体温を想像以上に奪う。なによりここは川の近くだ。よりその冷却効果は高い。ニーナは未だ細いながらも元気にはなっている。それでも用心に越したことはない。

 ニーナには昨日使ったレインコートも上からかけることにする。分厚い皮製だから保温効果もそこそこ期待できる。


「さ、ニーナ。寝床の準備ができたぞ」


 ニーナは無言で寝床に入る。レインコートをかけてやると一瞬驚いたがすぐに落ち着いた。やがてすぐに寝息が聞こえ始めたのを確かめてからシオンは罠作りに取り掛かった。近くに生えていた笹の葉を使って編んでいく。

 罠と言っても単純な作りだ。笹の葉で筒を作る。筒には内部に漏斗状の機構があり、入り口は広く、奥に行けば行くほど狭くなっている。その奥にエサを、今回は干し肉のあまりを置いておくと、その匂いにつられた魚が内部に入る。しかし出ようとしても今度は出口が狭すぎるために出られないのだ。

 これに重しを付けて川に沈めておく。うまくいけば明日の朝には魚が取れるだろう。

 

 一通りの作業を終えシオンは夜空を見ていた。純粋にすることがなく、強いて言えば見張りをするぐらいなもので暇だったからである。夜空を美しいと思ったりする感性はシオンには欠けていた。あったら多分一人旅ではなく、仲間がいたかもしれないし、女性の一人ぐらい隣にいたかもしれない。いや、隣に女の子はいるがこれはノーカンとする。

 では星を見て何を思っているかというと、それこそ児戯みたいなもので、勝手に星座を作っては名付け、そのバックストーリーを考えるという益にもならないことであった。


「あれは…獄炎獣狼牙と名付けよう…フフフ」


 深夜になると思考がおかしくなるのは何も彼だけではないだろう。きっと彼はこの旅路、空を見るたびにふとこの記憶がよみがえり悶絶するのだ。それでもすることがないのでするしかないのだ。

 ではいつもなのかというとそうではない。本来であれば普通に寝ている。

 実はそれが特殊なのである。焚火だけでなくモンスターの嫌がる匂い袋や石、あるいは結界といったものがなければ安眠などもってのほかなのだが、彼に限ってはそうではない。少々変わった事情によりモンスターが寄り付かないのだ。

 しかし今回はニーナがいるためその事情もなりを潜めざるを得なかった。

 そうなるとモンスター除けの対策をしていなかったために見張りをせねばいけなくなるのだ。幸い彼は数日間不眠不休でも問題はない。敵は「退屈」である。月の形と傾きからして今は九時ごろ。行動開始を四時とすると七時間ほど暇なのだ。


「食料調達、モンスター対策考えることはいっぱいだが、なによりも……」


 シオンはさっと蚊を追い払うように首の後ろを手で払う。するとシオンの背後に忍び寄っていた黒いものがすごすごと引き下がっていく。

 シオンは手をじっと眺める。微かな違いだが意識してみると手に力が入らなくなっているのが分かった。

 

「ちょっと触れるだけで魔力が持っていかれるってわけか。それでその魔力はニーナに行くと……」


 さらにどういうわけかニーナは魔力を吸収するたびに元気になっていく。生命力と魔力は厳密には違うはずなのだが…。しかし魔力を吸いつくされると最悪死に至るのである意味同じなのかもしれない。

 吸収率は結構早い。魔力は通常時間経過で回復するものであるから吸収よりも回復が上回れば理論上問題ない。だが常人なら一日持つかどうかというレベルの吸収率。そしてシオンの魔力は自然回復しない。すなわちニーナとともに過ごすことは通常死を意味する。通常ならば。

 ここで一番の問題が出てくる。

 シオンは手に持っていた巾着袋をあけて中身を確かめる。金貨が一枚、大銅貨が十枚、銅貨二十枚、銀貨の類は無い。


「ギリギリか…?」


 この何もない街道の途中で一文無しは比喩でもなんでもなく死んでしまう。戦闘はできるだけ避け”節約”しなければならない。

 今度は腰に下げていた革製のホルダーに手を伸ばす。そこからシオンは何かを引き抜いた。焚火の舐めるような光を照り返しぞっとするほど美しい光沢を帯びていた。

 一見すると直方体の箱のようなそれは異国の武器であるトンファーによく似ていた。しかし持ち方が全く逆なのである。持ち手を下にして本体が上に来るようにシオンは持っていた。

 前方には一つだけ穴が開いており、全体はただ平らな面をしているわけではなくところどころに段差があった。装飾の類はない。握り手にはクロスボウのように引き金とトリガーガードがあった。

 シオンはこれに指を通すと器用にそれを回転させた。光が当たる角度が変わり、そのたびに異なる鈍色の光を放つ。その様をぼーっと眺めたのち、これまた器用にもともと握っていた位置に回転を止めると眼前構えた。

 しかしそれ以上は何もせず、ため息を一つつくと興味が失せたようにしまい込む。


「……使わないで済むといいが…」


 彼はそれをとても嫌悪していることだけが彼の声色から計り知れた。

 彼の独り言にこたえるものは居らず、後ろで鳴る寝息と風の音、爆ぜる焚火、頭上の月光があるばかりだった。



 ニーナは目が覚める。気が付いたら朝だった。彼女はだんだん覚醒してゆく意識と共にその事実に驚いた。彼女は今まで熟睡したことなどない。彼女の一日の始まりは極度の空腹と痛みから始まるのだ。冷たい床、凍える風、灼熱の鎖、溶けるような地面。そのすべてが彼女の休息を邪魔するために感覚に騒ぎ立てる。それがない。

 体を起こした際にふわっと落ちたレインコートを見る。これが彼女を夜の外気から守ってくれたのだ。石の床の上に寝た時のような鈍痛もない。地面が丁寧にならされ、その上からさらにマントを敷いてくれていたためだろう。彼女は昨日よりも体に生気がみなぎっているのを感じていた。


「起きたか」


 後ろから声がした。振り向くと黒い髪が目に入った。どうやら俯いて何かをしているようだ。気になってみてみるとお金の勘定をしていた。しかしすぐに終わったようで顔を上げる。


「よく眠れたか」


 ニーナはコクリと頷いた。


「そうか…体の痛みや疲労感は?すぐに出発できそうか?」

「大丈…夫」


 彼はその言葉を聞くと立ち上がった。


「でも、飯は食っとかなきゃな」


 シオンはそう言って消えていた火を付けなおす。それから後ろ手に持っていた例の罠を取り出す。中身をのぞくと小魚が数匹跳ねているのが見えた。


「大漁とは言い難いが…朝にはこれぐらいがちょうどいいだろ」


 下処理を大ぶりのナイフで器用に済ませるとシオンは皮を削り、先をとがらせた枝に波を描くように魚をさしていく。味付けは塩のみである。直火に当たらない距離にそれらを突き刺していく。

 ニーナの鼻は魚が焼けていく匂いを捉え、知らず知らずのうちに涎が出ていた。シオンはそれを見て食いしん坊めと苦笑する。ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら、立ち上っていく煙を見ながら、二人は魚が焼けるのを待った。


「頃合いか?」


 魚の表面がいい感じに焦げたところでシオンは刺していた串を引き抜く。顔の近くに持っていくと香ばしい匂いが漂ってくる。一口かじる。うまい。生焼けではなさそうだ。残りの串もシオンが引き抜く。串は合計六本あったが、当然一対五で分け合った。

 渡す直前ニーナには熱いから気を付けるようにとシオンは言った。ニーナは軽く「ん」とだけ呟くと、小さな口でこれまた小さい息を吹きかけ冷ましてから食べた。

 小魚と言っても五匹もあれば満腹になるのが常だが、ことニーナに関してはそれは当てはまらない。名残惜しそうに魚の刺さっていた串をぺろぺろと舐めていた。


「すまんが、朝はこれで終わりだ。日没までに早く進んでおきたい。もう出るぞ」


 シオンの言葉にはっと我に返りニーナは起立する。しかしとくにすることはなかったので手持ち無沙汰になってしまった。というわけでまた串を舐める。ペロペロ。

 シオンは彼女が起きる以前から発つ準備をしていたようですぐに荷物を担ぐ。


「いくぞ」


 ニーナはその言葉を聞くと串を投げ捨てシオンの後ろにぴたりとくっついていく。そして今日も二人の旅が始まった。





 シオンとニーナの旅は「特に」問題なく六日を数えていた。ここまで一度もモンスターに遭遇していないのは奇跡といってもいい。問題が一つ減った。

 しかし日ごとに軽くなっていく荷物。少女の健康さと引き換えなら安いのか。てっきり最初は絶食状態の反動だと思っていた。たくさん食べるのは今だけでだんだんと食べる量は減っていくだろうと。違った。むしろ右肩上がりになっている。

 食料調達に割ける時間は僅かなので否応なしに干し肉の使用頻度が上がっていく。節約しなければならないのはシオンだって馬鹿じゃない。わかっている。それでもきゅるきゅるとかわいらしい音がなると自然と、そう自然と干し肉を与えている自分がいるのだ。

 気が付けば備蓄はもう僅か。三週間を見越していた量が、前の町を出発してからたった二週間で底をついたのだ。

 だが安心できる事実もある。ニーナの体調が急速によくなったことで進むペースが予測よりも早いことに気が付いた。この調子なら、今日か明日中に町に着くかもしれない。

 じゃあ何が心配なのかというと町に着いてからのことである。町での滞在中の食費を想像するだけで今朝食べた干し肉が腹の奥底から口元までせりあがってきてしまう。シオンは手で口元を抑える。


「あと少しで町に着くかもしれんが、付いたらなにかしたいことや行きたい場所はないか?」


 今日は隣にいるニーナがシオンを見上げる。泥だらけだった彼女は旅中の水浴びできれいになっていた。その肌は白く透き通りシミ一つない。髪は若草のような淡い緑。手入れはされていないのであちこち伸び放題だが、細く滑らかな艶があり、そのままでも十分美しかった。

 だが例えばここにシオン以外の者がいるとして髪だけに見とれることはないだろう。髪というベールに隠された顔が各々のパーツがこうあるべしとして神に定められたかのような絶妙な形状と大きさをもって適正な位置に配置されていたからである。ぷっくりとした唇、すっと通った鼻、アーモンド形の大きな目…。

 はっきりいうと美少女だ。

 シオンが彼女の鳴き声に抵抗できないのもそれがあるかもしれない。いや、大いにある。

 

 しかしここまでだとはなぁ…。



 シオンが何気なしに体を洗えといったのはニーナが目覚めてから三日目だった。ニーナは血や泥やあるいは、その、それ以外のもので汚れ切っていた。髪の色も肌もそのときはまだ泥で隠されていた。

 体を浴びろといったが、「わからない」と返されシオンは肩を落とした。仕方ないので説明をする。説明と言っても足場が安定していて流れが急でないところに身を沈めて体の汚れを落とすんだとそれぐらいである。さっそくニーナはうなずき、そのまま川に入ろうとした。


「ちょっとまて」

「?」

「服を脱げ、服を」


 シオンが言ってから「あっ」と思うまでが短かったのが幸いだった。視界にニーナが思いっきり貫頭衣のスカート部分を持ち上げようと手をかけたのが見えた瞬間、人間の限界を超える速さでシオンはさっと目をそらした。


「…脱いだ」

「知ってるよ!!」



 下ろした視線の先にニーナが脱ぎ捨てた衣服の端が見えた。あーやっぱり下着の類は無いのね…。


「…靴は?」

「靴もだ」


 ナルホド今、靴だけ履いているのかって何を考えているんだ俺は!危うくまずい方向に足を踏み外しかけた。

 ちゃぷっという入水音がする。もう大丈夫そうだと逃げるようにシオンが踵を返そうとすると


 ―バシャバシャバシャッッ


 と水の中で激しく動く音が聞こえたかと思うとシオンの袖をつかむものがあった。


「…ダメ」


 チョットこれはまずい。

 

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