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インモータル/セクステット  作者: はいろく
11/11

コウボウセン4

 ぐっとゼファーが掴んだ拳に力を入れると、それを察知して少女は飛び退く。


「やるなぁ。普通に強い上に実力に奢らず、相手との力量さを瞬時に見極める……お前らじゃ勝てないわけだ」

「ひ、ひでぇや」


 剣を叩き折られた冒険者はゼファーの後ろでへなへなと座り込んだ。

 

 少女は突然現れたぜファーに戸惑っていた。わからなかった。この男が近づいているのを今の今まで気が付かなかった。感知能力は動物のそれ以上。魔法由来ではないため制限があるが、それでも気づかないということがあるのだろうか。

 それにこの男から溢れ出る何か。少女はそれが魔力であることを知らなかったがなんだか危険そうだということはわかった。


 ゼファーは笑みをこぼすと体から力を抜いて自然体になる。感じていた魔力もいつの間にか霧散していた。


「?」


 攻撃してくださいと言わんばかりの隙だらけの格好に少女はさらに戸惑った。罠、であることはもはや疑いようがないだろう。

 しかし彼女の中に攻撃中止命令はなかった。たとえ男が自分より強かろうと弛緩した状態では自分のスピードに反応できるはずがない。そしてコイツが現れてから場の空気が変わった。

 冒険者たちのギスギスした緊張感。絶対に勝つという信念。それらは今はもうない。代わりにあるのは、悔しさと…安心感。この男ならなんとかしてくれるという期待が溢れていた。

 衛兵たちは実力をわかりやすく示すことでたやすく折れた。ならこの男を倒せばより戦意をなくすことができるはず。

 少女は決心した。一瞬で終わらせる。


「おzy……」


 ゼファーが口を開く。その瞬間を少女は逃さなかった。話しかける瞬間、人の意識はかすかだがそっちに持っていかれる。それすなわち隙。

 驚異的な脚力で飛び出した少女は飛び蹴りをゼファーの首に食らわせた。

 完璧に入った。これでもうこいつは動けない。そして冒険者ももう向かってこないはず。

 彼らの反応を見るため、蹴りを入れたまま視線を動かす。


(?)


 冒険者の顔に変化はなかった。驚愕している様子はない。実はそれほど強くないやつだったのだろうか。少女は予定を変更することを考えた。だが。


「おいおい痛いじゃないか。人が話している途中に蹴るとはどういう教育を受けているんだ」


 聞こえないはずの声が聞こえた。少女は慌てて飛び退く。地面を数度蹴り、十分に距離をとる。そして鋭い眼光で前を見つめた。


「さっきからビビリすぎじゃないか?流石に傷つくぞ」


 彼女の視線の先、ゼファーはピンピンしていた。首という人体の急所に必殺の一撃を受けていながら平然としている。ふらついた様子もない。

 魔法か何かで防御されたのか。しかし彼女の足に異物を捉えた感覚はない。

 

「不思議なようだな。決まったと思ったはずの一撃が効いていない。おかしい。ってな。だがな、単純な話だ。すこぶる」


 ゼファーは軽くその場でジャンプをする。まるで運動前の準備体操のようだった。念入りに体を温めていく。

 少女は悟った。ゼファーは今から戦闘態勢に入るのだ。あの時、自分の拳を受け止めたときでさえ彼は本気ではなかったのだ。体格はさっきまで自分が戦ってきた連中より数歩劣る。殺気も、あまりない。しかし彼には余裕があった。自分を驚異と感じていないのだ。


「俺は魔法をまだ使っていない。それでもなぜ攻撃が効かないのか…そいつは…」


 ゼファーはそう言うと、消えた。

 少女は驚いてあたりを見回す。


「お嬢ちゃんより強いからさ」


 その瞬間彼女を凄まじい衝撃が襲った。肩を殴られたことに気づくのはその数瞬あとだった。全身が粉々になりそうな衝撃に弾き飛ばされ彼女はピンポン玉のように地面を跳ねる。地面の小石や戦闘によって発生した瓦礫に小さくない傷をつけられながら転がっていく。


「うわあ、手加減してくださいよ。あれじゃ死んじゃいますって」


 転がる少女を見て冒険者の一人がつぶやいた。


「あれが手加減できる相手か。本当に面白いやつだ。殴った瞬間、後ろに飛びやがった」


 ゼファーは感心したようにひげを撫でた。


「ほれみろ、たったぞ」


 ゼファーが指さした先には立ち上がる少女がいた。全身から血を出している。前髪から除く瞳にはかつてない闘志が宿っていた。

 それをみて一撃で意識を奪わなかった選択肢は間違っていたかもしれないとゼファーは思った。


「……さない」


 少女が何事かをつぶやいた。聞き取れなかったゼファーは耳に手をあて聞き返す。


「んー?なんだって?」

「…るさない」

「?」

「絶対、許さない」


 その言葉が聞こえたと同時にゼファーはブワリと脂汗をかいた。


「こいつはッ!!」


 ゼファーには少女から恐ろしい密度の魔力が溢れ出しているのが見えた。野次馬からも「あれはなんだ?」という疑問の答えがあがった。

 魔力は見える人、見えない人がいる。訓練すればそれなりに見えるようにはなるが、市民の大半は生まれながらにして魔力が見えず、また見える必要もないため訓練もしない。すなわち一般市民に本来魔力というものは見えないはずなのだ。それが可視化されるほど濃密に垂れ流されているのだ。


「とんだじゃじゃ馬が出てきたもんだ」


 そういうゼファーの後ろで冒険者たちもそのことに気がついた。そしてあれと戦ってよく死ななかったなとぼんやりと思うのだった。取り乱すことはしなかった。なぜならそれでもゼファーのほうが強いからだ。そこまで彼は隔絶した実力をもつ。だからこそ国境沿いの町でギルド長をやっているのだ。


 少女は怒っていた。傷をつけられたことではない。傷は見た目こそ派手だが深くはない。彼女が怒っているのは自分の記憶では二番目にもらった服、リリナという獣人の女の人にもらった大切な服、シオンに似合っているといわれた服をあの男がぼろぼろにした、その一点のみである。

 その怒りは冷静だった彼女の心を塗りつぶすほどに濃く、それをガソリンにして少女の四肢に力がみなぎる。あの男にスピードでは勝てなかった。しかしジークとの闘いで彼女はさっきよりも高速に動けていた。その理由が、自分を包むこの魔力だとするならば。

 少女は先程までの冒険者たちとの闘いを思い返す。彼らの内、前衛に分類されるものは皆一様に魔力を鎧のように纏っていた。それが彼らの防御力と攻撃力を高めていたのだとすればどうだろうか。

 また頭のなかで声が聞こえる。


(任せて)


 少女を中心にして溢れ出した魔力が収束する。より密度が大きくなった魔力は紫色の閃光を放つ。あたりに居たものはあまりの眩しさに目をつぶる。

 しかしそれは短い間でやがて光が収まる。光が引いていく感覚をまぶたの裏で感じ取った人々は両目を開けた。

 __そこにはすでに殴り合っているゼファーと少女が居た。


「うわぁギルド長、おっかねぇー」


 ◇



 ゼファーは少女が急速に成長していくことを報告から知っていた。魔力の放出の時点でヤバイと思っていたために、魔力が次第にコントロールされているのをみて待つという考えはなかった。

 最初の一撃は純粋に興味本位であった。少女の実力を知るためだった。だから手加減なしといいつつ気絶まで追い込まなかった。しかしそれは余裕があったからで、このまま少女が成長していけば本当に手加減なしで勝てる気がしない。


 だから成長する前に叩く。閃光が放たれはじめた時ゼファーは殴りかかっていた。魔力無しで自分の身体能力の限界の速さ。そこから繰り出される攻撃はおよそ年端もいかない少女が受け止めていいものではない。が、ギルド長として罪の真偽はおいておいて町の驚異になりそうな彼女を殴って止めることに一切の逡巡はなかった。

 ゼファーの全力、その拳を少女を取り巻く魔力が意思を持っているかのように防ぐ。防御壁のように淡い紫の壁となってゼファーの拳を止めるのだ。すぐさまゼファーはラッシュに移行するがびくともしない。壁の後ろでは少女の魔力がより洗練されていく。無駄が省かれ、必要ではない魔力が体のうちに戻っていく。


 ゼファーは仕方なく身体強化魔法を使い、壁を殴る。身体強化魔法は体を魔力で外骨格のように覆い、曲げ伸ばしの運動に補助を加えることによって通常の数倍の威力をもたらすものである。ゼファーは魔力のコントロールにすぐれ、軽く魔法を掛けただけでも10倍の力が出せる。そんなパンチで殴ったのだ、流石に壁も壊れるだろう。しかし壁はゼファーのパンチが到達するよりも早く消えていた。


 ゼファーの拳は壁がなくなったことによって、少女へと向かってしまう。今のパンチの威力は通常の軽く二十倍はいっている。これをくらえば間違いなく死んでしまう。

 __やっちまった!

 そんな彼の拳にぶつかるものがあった。比べることも気が引けるほど小さな拳。シオンのエリクサーにより治った白魚のような華奢な手が、元SSランクのパンチに真っ向から激突する。軽い衝撃波が放たれ、群衆の髪をかき上げる。

 あまりのパワー差にへし折れるかに思えた少女の腕はゼファーと押し合いながらもなお健在だった。


「嘘だろ……」

「許さないといった」


 少女の拳がゼファーを押し返す。ゼファーはここで張り合うことはしなかった。肩を抜くように後ろに引く。つられて少女が前に出る。

 手押しずもうを想像してほしい。押し続ける相手にゼファーがやったような技を使うと相手はバランスを崩す。彼はそれを狙った。だがそれは足腰が固定されているときのはなし。いや通常殴るという行為はインパクトを高めるため足腰を固定させて行うのでこの場合でも適切な方法だ。

 しかし少女は自ら足を動かして前に出た。

 支えをなくしたというのに踏ん張ることはせず、流れに身を任せて前に飛び出す。意識すればできることだが、戦闘中に無意識でコレができるだろうか。

 本来決まるはずだった搦手は想像の二三歩先を行く少女によって壊され、さらに肩を引いているため押されたが最後自力で押し戻すことが不可能になってしまった。

 

「おお!!」


 形成が逆転したことをゼファーはどこか喜んでいた。押し返すことのできない彼は故意に膝をおることで力の向きを変えた。少女の体がゼファーの横を通過する。その無防備な腹に裏拳を叩き込む。

 少女の目がキラリと光ったかと思うと、彼女の体は宙に浮いていた。裏拳が空振りに終わる。着地した少女は振り返ってすぐさま攻撃に移る。まずは右フック。少女の腕はすでに魔力によって覆われていた。この短期間で身体強化魔法を習得したのだ。

 

 それを確認したゼファーは改めて少女の底知れなさを知った。魔力をかき消すギフト、恵まれた身体能力、そして学習能力。


「舐めてかかる余裕もないな」


 ゼファーも応戦する。少女の拳に拳をぶつける。負けじと少女が次のパンチを繰り出す。ゼファーもこれにすぐさま反応する。ゼファーと少女のパンチの応酬は次第に早くなっていく。

 群衆が目を開けたのはこのときだった。


「み、みえねぇ…」

「ギルド長とまともにやりやってるってのかぁ!?」


 ラッシュの雨の中、突如少女の腕がムチのようにしなった。しなった腕はゼファーの拳をすり抜け、ゼファーの肩に一撃をくらわす。ゼファーは苦悶の表情を浮かべ後ずさった。攻撃が効いている。


「やるな…」

「……」


 少女が走り出す。ゼファーはどういうわけか構えることはせず、だらりと腕を下げた。少女の攻撃をあえて受けたときのように無防備な姿だ。

 少女はとまらない。罠やカウンターは当然警戒している。そのために彼女は小石を隠し持っていた。これを殴る直前に投げつける。そしてさっさと終わらせるのだ。


「やる気だ…ギルド長は…いや『瞬爆のゼファー』は!!」


 ゼファーの棒立ちを見た冒険者の一人がつぶやいた。


 少女がゼファーに接近する。すでに距離は十分縮まっていた。


 __小石を


 投げるモーションに入った少女の目に虚空に向かって拳を突き出すゼファーの姿が見えた。

 その瞬間ゼファーの手に魔力が高まる。魔法が来る。そう思った少女は投げようとしていた腕をそのまま前に出す。

 

「『瞬爆』」

 

 ゼファーが魔法を唱える。あまりにも短い呪文がもたらしたものは、あまりにも大きかった。

 魔法をかき消せるはずの少女の体がぶっ飛ぶ。まるで近距離で爆弾が爆発したかのようだ。全身が圧迫されるような痛みをおぼえる。腹部がものすごい力で押され、吐き気がしてきた。突き出していた腕が変な方向へと曲がる。

 そのまま勢いよく少女は転がった。転がるたびに折れた腕が痛みを伝えてくる。

 


「……!?」


 地雷魔法はなかったはずだ。だというのに少女は現にふっとばされた。魔法が消せなかったのだろうか。

 違う。彼女は根拠こそないが、自分の特異体質になぜか絶対の自信を持っていた。


「やっぱりな。サリーが地雷魔法を狙ってたもんでイケるかと思ったが…大丈夫だったようだな。お嬢ちゃんは魔法は消せるが、魔法によって生じた結果は消せない」


 立ち上がる少女に向けて、またゼファーは拳を突き出した。そして先程と同じように少女がふっとばされる。


「俺はもともとまともな魔法なんてつかえなかった。もっとも今も二つしか魔法を使えないんだがな」


 少女の体はそろそろ限界を迎えていた。いくら身体能力が高いとはいえ、幼い体である。骨をおるほどの威力の攻撃を二度受けて無事でいられるはずがないのだ。

 倒れた少女にゼファーはゆっくりと歩み寄っていく。


「ただ万の魔法を使えるやつよりも、俺は強い自信がある」

「……風と火」

「ほう?もう見破ったか」


 ゼファーは興味深そうにひげを撫でた。


「だがなお嬢ちゃん、もう終わらせよう。あんたは暴れすぎた」


 ゼファーは拳に魔力を込める。少女の手足を砕いて動きを止めるつもりだ。少女はそれを知ってか知らずか、再び立ち上がった。これにはゼファーも驚きを隠せなかった。


「まだ立ち上がるってのか…いい根性だ。お嬢ちゃん名前は?」

「…ニーナ」

「いい名だ」


 ゼファーの言葉に少女、ニーナはかすかに笑った。そのあどけない笑顔を見届けるとゼファーは拳を振りかぶった。

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