コウボウセン3
「衛兵長の指示で建物を破壊するようです」
ギルド長であるゼファーは執務室で職員から報告を聞いていた。
状況は遠視の魔法で把握されている。これは魔術的なラインで繋がれた場所であればあらゆるところの映像が見れるというものだ。五年前に開発された魔法である。
非常に有用で、町の治安維持はもちろん戦争の様も一変させた。まさに技術革命といっていいほどの発明だ。
一方でラインがつながっていなければ見れないこと、音声は入らないこと、使い手が限られること、理論のみで共通の規格が確立しておらず他の町との連絡にはつかえないこと、加えて映像は術者にのみ見えること、といった欠点もある。
そのため映像の詳細は口頭で伝える必要があるのだ。
「全く、破壊許可が出ているとはいえ壊していいものではないだろうに。攻撃したものをあとでリストアップしておけ、特別指導を課す」
「はっ」
ゼファーはため息をつくと深々と椅子に身を沈めた。整えられたカイゼルひげを撫でる。
ひげを撫でるのは彼の癖というか占いのようなものだ。
「今日は痛いな……」
ひげが痛い時は決まって悪いことが起こる。あのボンボンが関与している時点で嫌な予感はしていたが、それを補強するような結果が出たことにゼファーは頭痛がし始めていた。
「た、大変です。衛兵長が突然!」
ほら来た。ゼファーはむくりと上体を起こすと、机の上で手を組んだ。
「どうした、落ち着け」
「あっ、え?少女が…まさか」
職員は相当動揺しているようだ。魔獣の大群が発生した時並に冷静さを欠いている。
遠視の魔法はこのように術者から正確に情報を伝える理性がなくなってしまうと途端に使い物にならなくなる。ゼファーは内心舌打ちをしながら、落ち着かせるようにゆっくりと尋ねる。
「少女がどうしたんだ」
「す、すみません取り乱しました。おそらく依頼にあった少女とおぼしき人物が衛兵長を気絶させました」
「ほう」
衛兵の練度ははっきり言って低い。訓練など一度もしたことがないものがいたり、一日中賭け事に興じている姿も見られるほど腐敗していた。それは残念ながら冒険者ギルドが大きな力を持ち、街の防衛を任されるようになったことが大きな原因ではあるのだが。
さて、衛兵長も実力よりもコネ、ゴマスリで今の地位にいるような男だ。戦闘力は一般人に毛が生えた程度だろう。そこら辺にいる冒険者なら駆け出しでも衛兵長をのしてしまえるはずだ。
ゼファーはそう理解していた。そのため職員の反応に違和感を覚えたのだ。
職員になぜそこまで取り乱すか尋ねようとするが、職員の驚愕の声で遮られた。
「まさか…!そんな!!」
わなわなと遠視をするために目を閉じている職員が震え出す。ただならぬ様子にゼファーは何が起こっているのか気になった。明らかに不測の事態が起きている。
「……大鎚使いサークもやられました」
ぼそりと吐き出された言葉にゼファーは戦慄した。大鎚使いサークはこの町の冒険者のなかでも屈指の実力者。それが倒された?しかも衛兵長との戦闘報告からそんなに時間はたっていない。つまり衛兵長が倒されたのを見て突撃したサークをこのわずかな時間で戦闘不能にしたというのか。
「敵の数は」
「少女一人です」
「馬鹿な!!」
ゼファーは立ち上がると机を拳で叩いた。あまりの衝撃に職員が体を震わせる。
「わ、私だって信じられません。今も幻覚魔法かなにかにかかっているのかもしれないと思いたいですよ!でもこの部屋でそれはないってご存じでしょ!!」
「わかってる。わかってるからこそ訳がわからないんだ」
少女が一人でサークを。酒屋でそんな話をすれば酔っぱらいの戯れ言と思われるのが関の山。そんな信じられないような冗談を冗談としてこの職員がいうなんてあり得ないことも知っていた。
だが、それが真実だとは信じられない。
「あっ……ザッシュも…」
戦況を詳細に伝えることも忘れ、無意識に職員は口走っていた。ザッシュ。大剣使いの名だ。フォレストパンサー出現の前にこの町に立ち寄った冒険者だが、冒険者登録を参照すると相当な実力者だった。ゼファーも実際にあっており、その強者のオーラを確かに感じ取っていた。
その名が今職員の口から出た。
「やられたというのか……」
「はい……」
その後も、職員の口からはゼファーが実力者と認めたものたちの名前が次々と出てくる。それは短時間でそれらの者たちが倒されたことを意味していた。
ゼファーは眉間を押さえた。
「こ、これは…!」
職員が驚愕のあまり目を見開いた。さっきまでの反応とはわずかに違うことにゼファーは気づいた。
「どうした」
職員は冷や汗をたらしながら口を開いた。
「まちがいありません。あの少女はギフトもちです。それもコモンじゃない。ユニークです!!魔法を消すという!!」
「あのヤロウッ、やっぱり隠してやがったか!!」
もたらされた情報にゼファーは声をあらげた。鍛えられた肉体の表面に怒りのあまり血管が浮かぶ。
バイツェルが奴隷商と接触していたのはこれを知っていたからだ。
「俺たちを、リリナの死を利用しやがって!!!!」
ゼファーはそう言うや否や、ハンガーにかけてあったコートを手に取る。
「な、何を?」
「俺が出る。こんな馬鹿げた茶番、終わらせなければ」
「しかしギルド長がA級災害以外で現場に関わるなんて聞いたことないですよ」
「そんなもの自主規制に過ぎない。それにこの状況こそがまさにA級災害だとは思わないか」
職員は黙り込んだ。ゼファーはそれを見ると無言で出ていったのだった。
◇
戦況は次第に少女が押され始めていた。
攻撃を横に跳ぶことで避けようとする。が、その攻撃はブラフで相手は何もしてこない。フェイントかと思った一瞬の間を突いて魔法が飛んでくる。
これもかわそうと身をそらすが、そもそもその魔法は少女のいる場所とは見当違いの場所へ着弾する。
あえてカーブするように打たれたものだ。
不自然な体勢になったところで本命の攻撃が襲いかかる。矢が足を狙って飛んできた。
少女は慌てずに手ではたき落とすと姿勢をもとに戻した。
「これもダメかぁ〜」
矢を射た男がつぶやく。その声色は戦場にいるもののそれではなかった。子供がなにか試行錯誤をしているときの喜びと悔しさが入り混じったそれだった。
彼は今、心の底からこの依頼を受けてよかったと思っていた。
向上心。自分からはとうの昔に欠けていたと思っていたものがまだ残っていた。
世の中に揉まれ、トゲがなくなってしまった自分。安全な依頼をこなし、報酬金を酒に変えていた毎日。
それがぶっ壊された。
たった一人の少女。人形のような顔で人形のように顔色一つ変えずに、この人数と渡り合っているあの少女が、この自分の心に火をつけた。
貴族の依頼、報酬金、リリナの敵、すべてを忘れてただぶつかりたいという衝動が彼を支配する。
工夫をこらし、格上の相手を倒す。これぞ冒険者ってやつよ。
ニヤリと笑うと高らかに宣言する。
「お嬢ちゃん、あんた強いね!でもさ。俺たちが勝つよ」
周りの観衆は何を言っているんだという顔をした。まだ彼女に傷らしい傷をつけていないのになにを。それに人数は最初より減っている。勝ち目なんてないんだと。
だが冒険者たちは違う反応を示した。
当たり前だろとうなずいたのだ。
彼らも最初は諦めた。戦闘能力を数値で表すことができれば、その差は歴然。反応速度、瞬発力、判断能力、どれをとっても勝てない。
しかし自分たちにはちっぽけだが、無駄に重ねてきた時間がある。
「伊達に何年も冒険者やってないんだ!!」
その根拠のない自信が彼らに勝利を確信させていた。その気持ちは尖っていた新人の頃の自分たちと全く同じだった。
普段なら疲労困憊で動けないはずの体に、どこから湧いたのか力がみなぎってくる。
この感覚忘れていた。
同時に自分の体力も次の一撃で完全に尽きることもわかった。
それは彼以外のものもそうであった。
しかし、その一発で十分。
少女は戦闘慣れしていない。そこに賭ける。
まず冒険者二人が前に出てくる。得物はどちらも剣。接近戦を仕掛ける気なのか。しかし奥にいる射手と魔法使いが気になる。また何かを仕掛けてくることは明白。
経験の乏しい彼女は何を狙っているのかがわからない。その代わり、油断なく全員の挙動を把握する。
何気なくやっているが、場を把握するというのは魔法を使わないとなると人外の感知能力と相当な情報処理能力が必要になる。
そこからも彼女の異常さが垣間見える。
ばっと前に出た二人が二手に分かれる。
挟撃。
彼女から見て右の方へと駆け出した男の肩に力がこもったのを感じた。彼は剣を投げ捨てた例の冒険者だ。少女は感覚を研ぎ澄ませる。視線、肩の張り。一瞬投擲かと思うが、これはフェイク。
戦闘経験がないといっても、学習スピードが凡人と同じだとは限らない。数回の戦闘で彼女はわずかながら対応し始めていた。
「あらよっと!」
右の冒険者は投擲の動作を行うと、彼女の推察通り、投げることはせず流れるように右手から左手へと剣を移した。
少女はわざとフェイントに釣られるフリをしてみせた。
投擲されるであろう剣を追うように視線を冒険者からはずす。
かかった!
冒険者の男はそう思った。いくら強敵とはいえ少女を殺す趣味はない。機動力さえ奪えればそれでいい。姿勢を低くして駆ける。こうすればフェイントに気づき視線をこちらに戻したとしてもさっき位置に自分は居ない。さらに数瞬の隙を稼げるはずだ。
下段から太ももを狙う。
パシィィィッ!!
「ば!?」
馬鹿な。手首に衝撃が加えられた冒険者はそう言おうとした。剣が思わぬ力により手から吹っ飛ぶ。
少女の攻撃に自分の策が失敗したことを悟る。
(ぐぉぉぉ!もう対応してんのかよ!)
次に少女の攻撃が来たら自分の意識はぶっ飛ぶ。その前に次に繋げるのだ。
自分のほうが位置的に低い。少女から見て露出している急所は……この体勢なら狙われるのは顎だ。
直感を信じて右手でガードする。
冒険者の右腕に鉄球が追突したかのような衝撃が走る。彼は初めて自分の骨が粉々になる音を聞いた。不思議なことに痛みは感じない。痛みの許容量を超えてしまったか。
しかしそのおかげで男は少女の殴った腕を捕まえることができた。
少女は振りほどこうとするが、男はニィっと笑った。
「つーかまーえたー!」
少女が捕まえられていない方の手で男の腕をはたき落とそうとする。その瞬間魔法が飛んできた。仕方なく少女は魔法を殴って消し飛ばす。
「!」
矢が飛来していた。魔法を盾に放たれていたのだ。少女は避けるために体を斜めにした。
「今だ!!やれ!」
男が掴んだまま叫ぶ。少女が男が呼びかけた方向へと視線を向けると、二手に別れたもう一方の剣士が迫っていた。両手にはいつの間にか剣が二振り握られていた。片方は男が持っていたものだった。少女によって弾かれたときに仲間へと飛ばしていたのだ。
剣士は双剣をハサミのようにクロスさせて迫る。
少女は男を振りほどくのを諦めて、まずは避けるべく足に力を込めた。腕を掴んでいた男にはその力みが伝わった。
男は膝カックンをするように膝の裏を蹴った。いくら超人的身体能力があろうと体の構造はおなじ。見事に決まった蹴りが少女をカクンと沈み込ませる。
自分の仕事に満足した男は手を放すと同時に意識も手放した。
腕を捕まれ、魔法と矢を防ぎ、膝カックンをされた。
この時間は剣士を少女の元へ運ぶのに十分な時間だった。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
ガッと剣の腹で少女の体を挟み込むように剣を突っ込むと、剣士は駆ける。少女がこらえようとして足をふんばろうとするが、姿勢を崩されたまま押し出されているため上手く行かない。
「捕らえた、捕らえたぞ!!」
剣士は身体強化を自分の限界ギリギリまで掛けていた。筋肉の筋がブチブチと切れるのを感じる。凄まじい痛みが剣士の体を蝕んだ。だが剣士は止まらない。手加減はしない。
俺は、俺達は、コイツに勝つんだ!!
ドンと少女と剣士は建物の壁にぶつかる。剣が壁に突き刺さり少女を逃さない。
「今だ。俺ごとやれー!!」
剣士が叫ぶと、矢が降り注ぐ。少女は逃れようとするが、剣士は最後の力を振り絞って剣を押し込む。
「いくらなんでもこの量の矢なら避けられないだろ」
剣士が少女を睨みつけた。観衆はごくりとつばを飲んだ。勝敗が決した。皆がそう思った。観衆の中には少女一人に対してあんまりだと目をそむけ始めるものもいた。
ただ一人少女を除いて。
剣は少女の脇の下を通っていた。そのため少女の両手は空いていた。しかし剣の長さは彼女の腕の二倍はある。そのため少女が手を振り上げても剣士は動じなかった。
「殴ろうってか?それとも矢をはたき落とそうってか?そんなの無駄だ。不可能だ!」
少女は剣士の剣幕に動じず、両手を頭の上までふりかぶる。
「?」
少女の行動に剣士は不信感を抱く。しかしこの状況から脱出する術などないはず。そう思ったとき、少女は勢いよく肘を剣の刃に振り下ろしていた。
「は?」
剣の刃に肘打ち?そんなことしたら腕がまっぷたつになってしまうというのに。両手を犠牲に何かをするつもりか?怪訝に思った剣士の目の前に破片が飛び散った。
それは剣士の持っていた剣の破片。少女の肘打ちによって粉々に砕けたのだ。
思考の空白。
理解できなかった。
「魔力の発動は感じなかったぞ!まさか単純な身体能力だけで!?」
剣が破壊されたことで剣士は前に倒れ込む。少女の拳が迫る。空気を切り裂くほどのスピード。
不思議なことにゆっくりとなった世界で剣士はこれからの展開が読めた。自分はこれから殴られる。そしておそらく気絶した自分は矢を防ぐための盾として使われる。
自分が倒れれば、まともに闘える前衛は居なくなる。彼女のスピードとパワーに後衛の奴らは絶対に勝てない。
この闘い、少女の勝ちで終わってしまう。
敵わないのかよ
少女の拳が迫る。
しかし。
「コイツはヤバイな」
突然自分の前に立った影。それが少女の拳を止めていた。
引き締まった筋肉と溢れ出す魔力。白髪の混じった髪。それは。
「ギ、ギルド長!」
「!」
剣士は現れた救世主に、少女は自分の拳を受け止めた相手にそれぞれ驚いた。