まだ気がつかない
本日二度目の王の間。玉座の裏にある、会議室にある円卓。国王である父、宰相とその側近がずらり。
僕は明瞭簡潔、かつ正確に父へセレーネの事を報告。それから、彼女が家族に会えるまで、ラスティニアン秘書と共に城に宿泊して良いかのお伺い。
「オルゴ、息子がついに花嫁候補を選んだのか。今夜は祝いだ。身分差など気にするなレクス。むしろ、新しい風になる」
父フィズが、僕の両手を握り、満面の笑顔。
「父上、花嫁候補? 違います。僕の話を聞いていました?」
「いやあ、良かった。私の若い頃と同じだと思っていたが、その後も同じだ。運命の女性を見つけられたとは果報者。よし、その婚約者のセレーネさんに挨拶へ行こう」
はい? 花嫁候補ではないと告げたのに、何故婚約者になった? 僕の婚約者の決定権は、父とこの場にいる政治家達にある。
あっと思ったら、父は僕から手を離し、王の間を出て行ってしまった。
「久々にフィズ様の勘違いが出てきたのか。いつまで目付け監視役をさせるつもりだ」
父の宰相アクイラが、ぼやいた。慌てて立ち上がり、後を追いかけて行く。
「面倒な事になる前に頼むぞアクイラ。バース様も頼みます」
オルゴに声を掛けられた、第一宰相バースも嘆きながら歩き出した。
「フィズ様は優秀なのに、どうしてこう、急に妙な思い込みと勘違いをする。隠居してのんびりしたいのになあ」
円卓に座る政治家一同も、深いため息を吐いた。
「父親として、レクス王子の相談というか……話をしてもらおうと思っただけだったのですが……。追いかけますよレクス王子」
オルゴに背を叩かれ、僕は頷いた。玉座の間に出たら、父はこちらに向かって戻ってきた。
「レクス、よく考えたら婚約話なんて聞いていない」
バース、アクイラが父の後ろで、うんうんと頷いた。
「はい、父上。あの、先程の話を聞いていました?」
「たった一人の女性を選び、交流、会食、会談とは……いつの間に恋人を作っていたんだ?」
「恋人? ですから、僕はセレーネさんを介して新しい文化や医療知識を得ようと考えているだけです」
「まさか。褒めちぎった挙句に、あれを贈りたい。これを与えたい。ああ……そういう事か。気が早かったのか。まあ、自慢の息子のお眼鏡に叶う娘さんとは、さぞや素晴らしいのだろう。挨拶しないとならない」
ニヤニヤ笑われて、僕はムカッと腹が立った。
「ティアの恋愛脳が移ったのですか父上! 今日会ったばかりの女性です。僕は純粋に学ぼうと……。それに、新しい交易についても考えたのです! 大体、僕なんかの婚約者だとか、恋人だなんて聞かされたら、気分を害されます!」
全く、あの子供にしてこの親ありだ。父親がこんな風だから、ティアは思い込みの激しい女性になった。
「そう怒るなレクス。別に恥ずべき事ではない。僕なんか、その口癖は止めなさい。懐かしいなあ、私もかつてコーディアルを見つけ……」
「その話は何万回も聞きました。誰にも渡すものかと、無理矢理結婚して、この国の前身であった領地に乗り込んできた話。全く、違うと言っているのに、話になりません」
僕は父を無視して、母の所へ行く事にした。この国で、父よりも権力を有するのは妃の母だ。父は母に何一つ逆らえない。
可愛い、可愛いとデレデレだから。
要らない、不必要、贅沢と母が言っても、父は母にあれこれ贈り物を買ってくる。仕事以外では母にまとわりついて、愛を囁き、男という男に嫉妬。
母は、そういう父に対して苦労している。
大変尊敬している国王だが、そういう私生活面は反面教師。
「レクス、何処へ行く」
「父上では話になりませんので、母上の所です」
建国18年、父は貧しい領地を国にまで発展させた。豊かで平和な土地へと育てている。素晴らしい人だが、この件では役立たず。無視だ無視。
ちょうどそこに、母コーディアルが現れた。年齢不詳に見える、絶世の美女。まあ、父の骨抜き振りも分からなくもない。息子でなかったら、きっと惚れる。
美しく、温和で優しい人柄が滲んだ……セレーネの空気は、少し母に似ている気がする。同じなのは……目に宿る温かな光だ。母の気品溢れる所作は、誰にも真似出来ない。未だ、数多くの男性から求愛を受けているとか、いないとか。
母の隣には秘書ラスティニアン。
「母上。ラスティニアンから聞いたと思うのですが、迷子の観光客を城へ泊めたいです」
僕は父に話した内容と、寸分違わず同じ説明をした。
「ラスからも、同じ内容の事を聞きましたよレクス。ハンナに話しをして、アンリエッタを世話役にしようとしたら、ハンナの知人の娘さんだったの。好きなだけ滞在してもらいなさい」
自分達の元子守役、今は侍女の取りまとめ役を勉強しているハンナ。彼女の知人の娘。奇妙な縁もあるものだ。
「ハンナの知人の娘さん? 夫のオルゴは何も知らなそうでしたけど。好きなだけ滞在してもらいなさい?」
「そうなの? ハンナからは、そう聞いたわ。ええ、好きなだけ。その方が良さそうよ」
この感じ、母とセレーネは何か話したらしい。何だろう?
「世話役はレクス、ラス。それからアンリエッタではなくカールにしました。カールの補佐はニール。貴方の初めての個人的なお客様ねレクス。異国文化を学ぶ。それはとても良い事よ。立場の違いというのも、視野を広めてくれるでしょう。良い縁で、明るい未来が待っていると思うわ」
微笑むと、母に頬を撫でられた。もう、来週には成人扱いとなる18歳。なので止めて欲しい。しかし、嬉しい。
「ありがとうございます母上! このレクスは今よりもより良い人間になれるように、学び、励みます!」
「ええ、私もです。レクス、貴方はいつも勤勉家で、自己改善に勤しんで偉いわ」
母に軽く抱きしめられ、背中を強めに叩かれる。
「フィズ様、お話があります。勝手に色々と指示を出してしまったのでご報告です。それから、貴方様との可愛い子供達のお祝いについてです」
母が父の隣に移動して、そっと腕に手を添えた。父は、今日も飽きずに母にボーッと見惚れている。
「アクイラ、貴方の娘カールには私から少し話をしました。共通認識を持つべきでしょう」
母に呼ばれたアクイラは移動して、父の背中をバシンッと叩いた。
「フィズ様、行きますよ」
「え? ああ、コーディアル。今日も君は私を支えてくれるのか。息子も立派に育ち、私は大陸一の幸せ者だな」
ほら、行くぞというように、アクイラに引きずられていく父。よく見る光景。
やはり、この姿は反面教師である。
「その前に、レクスに招かれたお嬢様がご挨拶をします」
母が父をさり気なく、玉座へと促す。玉座の間の出入り口、扉をくぐった所にあるアーチのカーテン影から、セレーネとニールが現れた。セレーネは流星国のドレスに着替えていた。
鮮やかな海色のドレス。髪型は今日のティアと同じ、三つ編みの横流し。そこに、花が飾られている。
「今夜一晩、お世話になります。た、た、大変、夢みたいな国やお城に、王子様やお姫様に……王様にお妃様で……夢のようです……。こ、こんなに親切にしていただきありがとうございます」
お世辞にも、美しい所作や挨拶ではない。
しかし、白い歯を見せて、満開の花というように、笑うセレーネは綺麗——……。心の底から、嬉しくて幸せだという笑顔。それに、歓喜の涙が一雫。
また心臓発作。僕は胸を押さえ、蹲った。激しい頻脈に倦怠感。やけにぼんやりする。セレーネの姿だけ、浮かんでいて、他は霞んでいる。海色のドレスがあまりにも似合うからか。
「うへっ、おいオルゴ。これは……フィズ様と同じでは……」
「多分。きっと至極、面倒になるぞ」
「お前の担当だから励めオルゴ」
「娘を指名されたのだから励めアクイラ」
オルゴとアクイラに腕を掴まれ、僕は玉座の間から部屋へと運ばれた。僕には、二人のぼやきの意味が、理解出来なかった。僕の部屋まで来て、病状を診てくれたニールの、大きな溜息。
僕の心臓病は、あまり芳しくないらしい。