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大狼王子は愛を告げる

 セレーネの手を取った時、体が浮いた。アピスの子達が僕とセレーネをあちこちから掴んで飛び始める。


「ここは違うって、何処に行くのよ⁈ バピス! 離して! だから大切な話をしているんだから遊ばないってば!」


 セレーネは叫んだが、僕達二人は成すすべがない。


「セレーネ、君は遊べって要求されているのか?」


「そうよ。アピスの子って赤ちゃんみたいなものだから、遊べってそればっかり」


 頬を膨らませると、セレーネは呆れたようなため息を吐いた。


「そうか。僕は君が羨ましい。皆が君のようなら誤解や軋轢も生まれにくくなるのにな……」


 リュカントロプルとは何者なのだろう? ティダも知らないと言っていた。


——この世界は謎に満ちている


 まさにその通り。この地に伝わる蛇鷲神話は、ティダのような者が作った偽りなのだろう。ティダやエリニス、それにティダの妻シュナが多くの人を騙したように、かつて、誰かが何かを演じた。その結果。しかし、伝わっているのは道徳を説くようなものばかり。


「迫害を恐れ歴史の裏側に……そんなところか? 神の遣いみたいに騙ったようなエリニスはもう普通には生きていけないだろうし……。掟や誓いはいつ……どうやって……」


 このまま、何も言わずに表舞台を去ろう。その決意は揺るがない。聞こえてくる歓声に、新たな時代は鮮やかそうな気配。あの中に混じって、一国の王として社交界を渡り歩くよりも、価値のある人生を見つけた。この世の謎を解く。失われつつある絆を取り戻す。きっと、古い時代は今よりももっと人と異生物の距離は近かったに違いない。


 あれこれと考え、気がついたら丘の上に立っていた。近くは森。それから小さな泉。天空城はまだ割と近くに見える。大蛇連合国の地図を思い浮かべて、場所の検討をつける。僕達以外には誰も居ない。アピスの子達も消えている。


「レクスって難しい事を考えているのね。飛びながら、ずっと色々言っていたけど、私にはチンプンカンプンだったわ。神話証明? とか系譜確認? とか……。それにしても、やっと皆が黙ってくれて良かった。煩いと頭が痛くなってくるのよね」


 手を繋いで歩き出そうとするセレーネを、僕は思わず引き止めた。


「セレーネ、何処へ行くつもりだい? それに皆は何処へ消えた?」


「何処? あら、そうね。むしろ、ここは何処? アピスの子達、なかむしと隠れんぼだそうよ。多分、教育係が迎えに来たのね」


 キョロキョロと周りを見渡すと、セレーネはクスクスと笑った。相変わらず可愛い笑顔。随分と心が疲弊していたので和むなと眺めていたら、突然セレーネに白い布が被さった。


「きゃあ!」


「セレーネ、大丈夫か?」


 布に絡まるセレーネを救出。手にした布は見覚えのあるものだった。背を預け合う双頭蛇の銀刺繍、あしらわれた白真珠、それに繊細なレース。


「これ……ドメキア王妃が式典で使うヴェール……」


 見上げると鳥のような黒い影。


「っ痛!」


 額に何かがぶつかり、鋭い痛み。足元に落ちたのはドングリだった。ドングリ……つまり……。


「ヴェール? まあ……綺麗……。王妃様が使うって……大変! 返さないと!」


「あー、いや。セレーネ、君が使える。多分、そういう事だ」


 王が僕なら、セレーネが王妃だ。この大蛇連合国中の誰も知らない地位。僕はそっとヴェールをセレーネの頭にかけた。出会った時と同じ服なので、その服と豪奢なヴェールは全く合わない。そして僕。袖の破れた白い法衣。裾は土で汚れているし、多分髪もぐじゃぐじゃだろう。


「私? 何を言っているの? 何で笑っているの? 似合わないからね!」


 頬を膨らませると、セレーネはヴェールを取ろうとした。その手を掴み、引き寄せる。反対側の手は法衣の内側、いつもの服の上着のポケットへ入れた。


「実に良く似合っている。綺麗だ」


 真っ直ぐ目を見つめると、セレーネの視線が泳いだ。顔はみるみる真っ赤。もうセレーネの目は赤ではなく、落ち葉色。僕が気に入った、夜空の満天の星を閉じ込めたような光を帯びて見える。これだ。この目が好きだ。そして、僕を見知らぬ世界に誘ってくれた。普通なら知ることの出来ない関係性を築かせてくれる。


「き、綺麗? あ、あり、ありがとう……レクスは何でも褒めてくれるわね……」


「何でも? まさか。君だからだ」


 片膝をついて、ポケットから指輪を取り出す。戴冠式の夜に、誓いの丘で渡せと言われた代物。ドングリで攻撃されたってことは、誓いの丘はここなのだろう。まだ夜ではないけれど、もう夕暮れ時。間も無く夜だ。薄く月は見えるし、二つ並びの北極星も輝き始めている。


 決意は良いが、緊張してきた。素晴らしい女性なので、いの一番に求婚しておきたい。断られたら……倒れた後に励もう。セレーネの父親も認めてくれたから、とにかく誰よりも先にだ。


「セレーネ、僕と生き続けて欲しい。王子では無くなるし、これから先の予定も未定。一先ず君の父上から学ぼうと思っている。君達の世界に歩み寄れば、人は今よりも幸福になれる。逆も然り。僕はその仲介をしたい。それには君が必要だ。必ず幸せにするので隣で支えて欲しい」


 セレーネに指輪を差し出す。白銀の指輪がキラリと輝いた。セレーネは目を丸めて指輪を見つめているだけ。返事は無い。言葉不足か?


「セレーネ、僕は君の事が大好きで愛してる。心の底から。なので妻になって下さい。必ず幸せにする」


 セレーネの目が益々大きくなった。茫然、というように見える。まだ返事がない。直球で伝えたのに伝わらないのなら、後はどうしたら良いんだ?


「私? 王子では無くなる? お父さんから学ぶ?」


 パチパチ、パチパチ、セレーネが瞬きを繰り返す。


「ウォン!」


 この吠えはフェンリス。セレーネの背後、丘の下にフェンリスがいた。口に何かを咥えている。フェンリスがゆっくりと丘を登ってきた。口に咥えているのはニールだ。正確にはニールの上着の部分。


「おいレクス! 岩窟龍国から巨大なプチラに運ばれた! その次はフェンリス様だ! 蛇神様が現れてシャルル王子への奇跡が起こった! 血塗れジョンは消えちまった! 訳が分からない! それにエリニス王子は人の子の振りをしていた蛇神の化身エリニース様だって! 訳が分からない! 大変なんだ!」


 フェンリスの口から離されたニールが立った。 僕達に駆け寄ってきたが、途中で足を止める。それからニールは小首を傾げた。


「ん? 指輪? 何だセレーネ、その格好……えええええ! フェンリス様! 俺をこんな良い場面へ連れて来てくれたなんて、側近として認めてくれているんですね! あっ、悪いレクス、セレーネ、コホン、続きをどうぞ。よく分からないけど、まあどうぞ」


 愉快そうなフェンリス。ニールも生真面目な表情になったが、口元がピクピクして笑い出しそう。なんだか脱力感。それにしても訳が分からないと言いながら、怯えているようには見えない。ニールは僕を尊敬してくれているので、この先の人生にも付き合ってくれるかもしれない。フェンリスがニールを連れてきたのはそれだな。後で知っていることをニールとも分かち合おう。


「どうぞってやり難いな。まあ、僕はセレーネの返事を待っている。黙って見ていてくれ。決して邪魔しないように」


 あの二人、というか一匹と一人は無視しよう。僕はセレーネをもう一度見上げた。セレーネはまだ瞬きを繰り返している。


「妻に……なって……下さい? あ、あ、あい、あいして……」


 ボボボボボッとセレーネの青白い肌が火を噴くように紅葉色に変わった。これは……悪くない反応。よし、これは押そう。その方が良い。そんな気がする。僕は意を決してセレーネの左手を取り、薬指に指輪を嵌めた。あつらえたようにピッタリ。当然か。彼女の義父が用意した。信頼され任されたと、身が引き締まる。それにしても、まだ伝わらないとは困った。セレーネは鈍感過ぎる。


「この指輪をもって心臓に誓う。幸福を与えられるように最大限善処し、常に真心を込めて接する。燃え上がり続けて星になる程熱くて、長い、永遠のような唯一無二の愛を誓います。愛しています」


 立ち上がり、セレーネの左手の掌にもう一つの指輪を置く。それから、自分の左手を差し出した。指輪を抜かれて、突っ返されたらどうしよう? 慄いた時、セレーネの手がそろそろと動いた。震えている。


「わ、私……。夢みたいで……な、何を……言って……」


 大粒の涙を零しながら、セレーネは掌の上の指輪を摘んだ。これだけでもう返事が何なのか分かる。湧き上がる歓喜に軽い目眩がした。パチパチパチパチと拍手がした。ニールだろう。嬉しいが早過ぎる。僕の指にはまだセレーネからの愛の告白である指輪は……。


「何だこれ……」


 ニールの感嘆の声と、ふわりと目の前を横切った虹色に僕も思わず「何だ?」と呟いていた。トラーティオだ。七色の光が降り注いでいる。あっ、と思ったら指に金属の感触。視線を落とすと、僕の左手薬指に指輪が嵌められていた。セレーネは真っ赤で、俯いて、震えている。


「わた、私……私も……愛……し……」


 小さな甘ったるい声。と、思ったらドザドサ、ドザドサという音が次々とした。落下してきたのは魚。それから貝類。


「痛っ!」


 また額に痛みが走った。またドングリ。ティダは南へ行ったんじゃないのか? ひらり、と舞い落ちてきた白い紙。思わず掴んだ。


【二人への祝福が、飾りの王への奇跡だと捻れるだろう。神話はこうやって作る。義息よ、ロトワで過酷な修行をさせるからな】


 署名は無いけれど、誰からかは明白。素敵な伴侶を手に入れたら、恐しい義父が出来た。一生振り回される気がする。僕はセレーネと手を繋いで、フェンリスとニールの近くへと移動した。


「フェンリス、僕達は岩窟龍国にいる事になっている。連れて行って欲しい。もしくはアピスにお願いしたい」


 フェンリスは高らかに三回吠えて、頭部を縦に揺らしてくれた。程なくして上空からアピスが降りてきて、僕とセレーネ、それからニールを背に乗せてくれた。フェンリスはヴェールを咥えて天空城の方へと去っていった。

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