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大狼王子と蛇鷲神話 8

 天空城の庭園にある蛇鷲神殿にて、ジョン王子がドメキア王に戴冠する。神官が王冠と宝剣を授けるのが儀式。居並ぶ各国の王に、ドメキア王族と親しい貴族達。父の姿は無し。僕がジョン王子に父の生首を持っていく、ということになっているので父には国で大人しくしてもらっている。祭壇前には入場が終わったジョン王子と大神官。


「さて、エリニスは正しく人の世を導けるか? お手並み拝見だ」


 神殿の屋根から侵入して、祭壇の真裏にいる僕とティダ。僕も彼も、白い法衣に全身を隠している。白い神殿と同化する色という事で渡された。


「蛇神の御前での戴冠の儀。ジョン・ドメキア王子に……」


 大神官が宝剣を恭しいというように掲げた瞬間、列席者から一人飛び出した。


「異議あり! 大蛇連合国会議にて可決致しました。ジョン王子の戴冠式の取り止めを要求致します!」


 双頭蛇の銀刺繍があしらわれた紅の外套(マント)を翻し、威風凛々と告げたのはルイ・メルダエルダ。ドメキア王国王位継承位第四位であり、エリニスがシャルル王子が無理ならこいつが王だと選んだ男。シャルル王子が王なら宰相はあいつ、とエリニスが常日頃言いふらしていた相手。僕達の親戚。


「いや、我が国は連合国から四日前に抜けた。利益が無いからである。ドメキア王国の領地を任されているメルダエルダ公爵ルイが知らぬ訳無いな? 他国と手を結んで国家転覆を目論むとはこの強欲め! 反逆者を捕らえよ!」


 愉快そうに笑うジョン王子。ドメキア王国騎士がルイを取り囲む者達と、ルイに剣を向ける者に別れた。ジョン王子の眉間に皺が出来る。ルイを守ろうとする騎士がいるのが予想外だったのだろう。その時、神殿の扉が開いた。現れたのは純白礼装に身を包んだエリニス。腕の中には息も絶え絶えに見えるシャルル王子。毒消しはまだ使っていないらしく、悲惨な見た目のままだ。


 いつもエリニスの体に巻きついているバシレウスが、エリニスの真横にいる。ジョン王子が大きく目を丸め、シャルル王子を見つめた。殺した筈の男が現れたので、驚くのは当然だ。


「強欲は兄上です……。連合国は平和の象徴と誓いです。戴冠前に……宰相達の意見も無視して脱退など……許されない……。王座はルイに渡して下さい。親と弟殺しの罪にて、貴方こそ裁かれないとなりません……」


 シャルル王子の声は辛そうだが、力強さも感じさせる。エリニスが無言でシャルル王子を立たせた。よろめいたシャルル王子をバシレウスが支える。


「さて、大勢の前でシャルル王子を治し、自らを蛇神だと騙るつもりだな。しかし、それだと地味だ。青二才め」


 ティダが僕の体を抱えて飛び降りた。次の瞬間、轟音がして、神殿の屋根が破壊された。何かに薙ぎ払われたというのが正しい。僕はティダに抱えられたまま、神殿に落下した瓦礫の影から空を見上げた。頭上に晴天と巨大な蛇。角を有する巨大海蛇は、アングイスの王バジリスコス。それから鷲のような頭部の巨大海蛇は、セルペンスの王ココトリス。砦の上に並ぶ二匹の海蛇の王が、巨大な咆哮をすると、空から虹色が降ってきた。これは、セレーネと踊った夜に見たトラーティオ。シャルル王子に降り注がれる。


 いつの間にか、祭壇前に母がいた。何故母? トラーティオにより、七色の輝きをつけた黄金稲穂色の髪が風に靡いている。背中には透明な羽根。神々しい姿。まるで天使だ。手に水瓶を持っている。


「ふむ、我が妻は美しいな」


 よくよく見れば、巻き髪だし目の色や目鼻立ちも母とは違う。


「妻?」


「シュナだ。我儘な私の手伝いをしてくれる良い伴侶。君の母親の遠縁に当たる。コーディアルは存在すら知らないがな」


 ティダの発言に驚く。シュナは柔らかく微笑みながら、シャルル王子へと近寄っていった。


「選ばれし王は貴殿か? 汝、名と背負う国名を述べよ。我らと生きるというのならば、安息を与えよう」


 先日の巨大海蛇の再来に、突如現れた美しい女性。誰もが言葉を失っている。


「安息とは、悪魔さえ恐れないで暮らせる昼と夜である。雄大で美しい世界である。穏やかで鮮やかな未来への道である。良くぞ勇気を出して悪を非難し、民を守ろうとしました」


 優しい響きの美声。シュナが手に持つ水瓶をシャルル王子に向かって動かした。シャルル王子の体が水で濡れる。エリニスはシャルル王子の隣で微動だにしない。


「エリニス、我が兄。監視者にして守護騎士。たまには帰って来て下さい。シュナはいつでも兄上を歓迎致します。死後、真の王が我等と天で暮らす事も望みます。民よ、何を信じ、守るのか己で見定めなさい。世は因縁因果。生き様こそが全てです」


 煙幕と共に、シュナの姿は消えた。良く良く見れば足元が先程より荒れている。海蛇に穴を掘らせて、そこに引っ込んだ? しかし、誰もがおそらく光苔で輝くシャルル王子に夢中。シャルル王子の身体から斑点が消失し、おまけに腎臓が悪くて浮腫んでいたことさえ治っている。ティダが法衣の袖から何かを出して放り投げた。白銀の輪がシャルル王子の頭に嵌る。


「よし、これなら派手だし実に神秘的。後はエリニスが上手くまとめる。計画通り。行くぞオルゴー。君にも仕事がある。それから、これでは足りないので追加をする」


 え? ティダは僕を抱えたまま神殿の外へと飛び降りた。地面に着地する寸前、黒い大狼が現れてた。ルタ皇子と共に現れ、エリニスがヴィトニルと呼んだ黒い大狼とは違う。彼の体格の倍くらいある。ティダはその背に乗り、僕を前に座らせた。


「仕事? それに追加? 仕事や追加とは何ですか?」


 黒大狼はみるみる天空城を登り、一番高い塔、大蛇の間の上に着いた。ティダの手で黒大狼の背から放り投げられる。着地をした時、ティダの背後にレークスが現れた。三つ目は唐紅。激しい憎悪を感じる。


「化物! 何だこの化物は! ひいっ! 離せ!」


 この悲鳴の声はジョン王子。蝿に似たインセクトュムがジョン王子を脚で抱えている。


「さて私は通訳だ。新たな王よ、我等への賠償は何だ? 脅迫を非難されたのでこちらから赴いた。我が民は、貴殿の誓いをそこそこ気に入ったが、賠償問題はまた別の話である」


「新たな王? ドメキア王はシャルル王子が……」


 王? 僕が。いや、確かに高らかに名乗り上げた。ティダが小さく首を横に振る。それから化物と騒ぎ、ヴォランの脚の中で暴れるジョン王子を冷ややかな視線で見た。


「飾りの王になど興味ない。全てを背負いたいという強欲王よ、罪には罰。牙には牙だ」


 静かながら鋭く突き刺すような、怒りの滲んだ声。


「巣を荒らした分は毒の霧。子殺しの分は親。彼に子は居ないからですね。それに親の監督不行き届きという意味でもあります。後は本人への罰のみ。それ以上は過剰です」


 返事は無い。


「何が賠償になるかはこれから学びます。私が失われてかけている絆を、もう一度結ぶ架け橋になります。互いの意思疎通を図ってくれる方がいますから」


 セレーネを思い浮かべながら胸を張り、拳を握る。真っ直ぐレークスを見据えた。


「離せ! 助けろレクス! 何を訳が分からない事を言っているのだ! 化物に殺される!」


 化物、ジョンがそう告げた時にレークスが羽を広げて威嚇のように震わせた。


「化物とは罪もなき命を楽しげに奪う者を言う。恩に恩を返したり、仲間を想うような生物は化物とは呼ばない」


 ジョンと向かい合い、深呼吸。化物か……。人はすぐ見てくれに騙される。彼に相応しい罰は何だ?


「その目は何だ? 朕にそのような目を向けるな! 化物狼だけではなくこの化物も飼っていたのか! それで王座を簒奪しようと考えていたんだな! この裏切り者!」


「裏切りではなく、初めから反目している。貴方は誰の忠告にも聞く耳を持たなかった。それどころか罰し、時に首を刎ねてきた」


 今、ここにはもう、ジョン王子からの権威を得るために脅迫に加担する者は居ない。眼下では新たな権力者、シャルル王子が誕生。僕が何もせずに地上に返しても、彼はこれまでの何もかもで裁かれる。


「いや……。ジョン・ドメキア、殺害罪にてこのレクスが裁く。悲しみ、打ちひしがれ、怒りを抑えようとする者達には背負わせない。ヴォランよ、その者を離し、帰りなさい。その身が穢れます」


 正解は分からない。しかし、ジョンを不問には出来ない。彼等に殺させてはならない。インセクトュムもだが、人もだ。これ以上、報復なんてさせてはならない。報復は報復を起こし、憎しみは連鎖し続ける。彼が許しを乞うなら、それに相応しい賠償の提示と、ジョン自身を変えないとならない。


「やはり我等側に立つというのか。貴殿がいる限り、問題勃発時は貴殿との交渉からにする。会談時にサングリアルの誰かが仲介するというのなら飲むしかない。人里荒らしを止めきれずすまなかった」


 ジョン王子を開放したヴォランを連れていくように、レークスは飛び去っていった。


「はあ? 殺害罪?」


 座り込むジョンは不審者を見る目で僕を見つめている。僕はもう一度大きく深呼吸をして、腰に下げてある剣の柄に手を伸ばした。

 迫害される彼等はこう思いました。


——守っても守っても殺される。どんどん暮らせる場所が無くなっていく。


——共に生きようとしてくれてる家族ばかり滅ぼされてしまう。逃げて欲しいのに逃げない


——憎い。


——憎い。


——なんて憎い。


——熱い


——苦しい


——痛い


——破壊神! 悪魔! 神が鉄鎚を下す! 化物を滅ぼす!


——私の愛する人を奪おうとする憎い相手。滅べ。滅べ。滅べ。


——絶対に許さない!


 人は化物が怒り狂い、自分達を滅ぼすと慄きました。化物を操る男を火炙りにすれば救いが訪れる。そうして、一人の男を磔にして、火をくべました。


 しかし、彼は言いました。


「炎の向こうへ届け。燃えるならば美しい炎に焼かれよ」


「憎しみを断ち切るために許せ。命の尊さを愛せ。人も愛でろ」


 助けでも、憎悪でもなく、彼は他のことを望みました。より良い世界、鮮やかな世界。


 その結果……


 ★★★は紅蓮の炎に燃やされ炭となりました。詐欺師や化物の遣いではないかもしれない。争うな、と伝え続けていた男の末路を見て、そう気がついた多くの者が涙を流し、胸を痛めました。中には彼の遺体を取り囲み、恭しいと布を掛けら者もいます。


 しかし、全身煤だらけの、先程まで遺体だった★★★は、なんとよろよろと立ち上がりました。


「争うな!」


「血を流すな! 必ずやこの★★★が誓いを果たす!」


「★★★・サングリアルが告げる! 誓いを守る限り仲立ちし続ける! 両者手を出すな!」


 男は繰り返し叫びました。争うな、血を流すな。無意味な殺生をするな。叫び続け、ついには地に膝をつき、祈るような姿勢になりました。絶叫は悲痛な呟きに変わっています。


 こうして、★★★は多くの人の胸を打ちました。死の淵から蘇るとは聖人。そうも認識されます。一方、彼を愛する「化物」と呼ばれた者達は理解しました。★★★は化物さえ許し、導こうとする。愛する自分達、家族の為に……。


 こうして聖人は、「化物」の女王と誓いを立てました。それは、不可侵の誓い。女王は化物の国、悪魔の国から離れ、氷の大地へと民を導き、王と共に逞しく生きました。★★★の祈りと願いは叶わず、似たような事が繰り返され、やがて家族はバラバラになり、溝が出来て、別々の里を築きました。


 北西の地アシタバ。現、大蛇連合国。そこには、かつて共和国と呼ばれる理想郷が存在していた。


——手を取り合って共に生きましょう。きっと、鮮やかで美しい世界が待っているわ。


——蛇鷲神話の失われた物語より


——歴史は形を変えて繰り返す

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