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無意識にまた口説く

 応接室をノックする際、また激しい動悸に襲われた。やはり、心臓の病気なのか? あとで医師カインに診てもらおう。


 ノックを三回して、声を掛ける。


「レクスです。失礼します」


 扉を開くと、セレーネとニールがソファに座り、実に楽しそうに話をしていた。


「レクス王子! セレーネさん、やはり医者というか薬師だそうです! ……あー、レクス王子? 何かありました?」


「レクス王子様、とても険しい表情ですけれど……」


 とととっと近寄ってきたセレーネが、僕の顔を覗き込む。


「険しい? ああ、妹が目付け役の注意を聞かなくて、僕からも注意しないとなと考えていたせいかもしれません」


「妹? 妹ならお姫様ですか?」


 パァァァと表情を明るくしたセレーネに、僕は和んだ。とても可愛い笑い方だ。


「ええ。ティアという名前です。後で紹介します」


「王子様がいて、お姫様がいて、騎士もいて、それにアングイスにセルペンス。大狼もいるし、大きな国で皆がニコニコしていて、とっても素敵な国ですね」


 セレーネが両手を握り、体を左右に揺らして、はちきれんばかりの笑顔を浮かべた。


 僕は少しよろめいた。目眩に熱感とは、やはり風邪の超初期症状? 動悸もその一環?


 しかし、今とても気になる名称を聞いた。大狼は恐らくフェンリスの事だろう。父の故郷では、時折見かけるらしい。


 かつて、父にも友と呼ぶ程親しい大狼がいたという。父の血族は大狼と親しくなれるのかもしれないとは、母談。でも、アングイスにセルペンス?


 風邪疑惑くらいで退室する訳にはいかない。


「アングイス、セルペンスとはもしや、エリニスと共にいた海蛇の事ですか?」


「ええ。あら、ご存知ではなかったのですね。変なの。エリニス王子様、アングイスやセルペンスとお喋りしていたのに」


 何だって⁈


「喋る?」

 

「いけない、怒られるわ。今のは聞かなかった事にして下さい。んー、レクス王子様になら話しても良いみたいです」


 ぼんやりと遠くを見ながら、セレーネが呟いた。


「ニール、ご苦労様。勉学の邪魔をしてしまってすまない。後は僕と彼女で会談をする」


 秘密話みたいなので、僕はニールを退室させる事にした。ニールは……納得いかないという表情。


「セレーネさん、私はとても口が固いです」


「あの、いえ、でも怒られてしまいます。すみません……」


 セレーネは心底申し訳なさそうに、萎れてしまった。僕はニールを追い出す事にした。ニールは流石に諦めた様子。渋々、というように応接室から出ていった。きちんとセレーネに会釈をしたのは感心。


 僕はセレーネをエスコートして、ソファへと座らせた。立ち話ではなく、腰を据えてじっくりと話をしたい。


「改めましてセレーネさん。レクスと申します。この流星国の第2王子です。異国から、流星祭りの観光ですか? 異国文化や医療にとても興味があるので、色々と教えて欲しいです」


 二度目だが、僕は敬意を示したかったので、膝をついて彼女の手の甲に挨拶のキスをした。それから、彼女の向かい側のソファに腰掛ける。


「……」


 セレーネは目を丸めて、ぼーっとしている。顔が赤らんでいる。緊張?


「セレーネさん?」


「は、はい! 東にある村から来ました! ニールさんにもそう聞きました! 私で良ければ、役に立ちたいです!」


 元気一杯という声色と笑い方に、僕は安堵し、それからついクスリと笑い声を出した。


 それで、ふと気がついた。ニールは彼女に紅茶とシュークリームを出してくれている。紅茶は分からないが、シュークリームはきちんと僕が買った品物。気が利く側近だ。


 しかし、セレーネは全く手を付けていない。やはり緊張しているのだろう。


「それは嬉しいです。あの、紅茶や甘いものは苦手ですか?」


 僕はそっと、ティーカップとシュークリームを、揃えた指で示した。


「紅茶という飲み物なんですね。とても良い香りです。甘いものも好きです」


「なら、是非どうぞ。貴女にこの国を気に入って貰いたくて用意しました」


 セレーネは遠慮がちに、紅茶に口を付けた。次はシュークリーム。目を大きく見開き、瞳を煌めかせ、美味しいと微笑む。感嘆、という様子に嬉しくなる。


 ほぼ同時に、ぎゅううううと胸が痛んだ。風邪の初期症状ではなく、やはり心臓の病気なのか? 痛いし苦しいが、嫌な気分では無い。むしろ、非常に喜ばしい。


 今日の僕は何だか妙だ。流星祭りの催事の一つ、同年代の王族を招く舞踏会、その準備疲れか?


 紅茶とシュークリームは、喜んでもらえた。服屋で買った、流星国自慢の染物で作ったショールはどこだ? 窓際のテーブルに包みを置いて……あった、あった。


 僕は立ち上がり、水色のリボンをかけてもらった包みを手に取った。セレーネへ渡す。


「あの……」


「この国自慢の染物を、観光土産にと思いまして。是非、故郷で自慢して……故郷はどちらです? 東と言っていましたね。あの、直ぐに帰ってしまうのですか?」


 どうぞ、と促すと、セレーネは包みを開けてくれた。アイボリーに深い青の花柄のショール。セレーネが広げたが、彼女の肌の色に良く似合う。我ながら良い物を買った。


「素敵……。あの、でも困ります。このような高級そうな品物……」


「この流星国は交易で栄えてきました。故郷で自慢して貰えると、交易先が増えるかもしれません。なので、気に入ったのでしたら使って、あちこちで褒めて欲しいです」


 僕はセレーネが返そうとしたショールをそっと受け取り、彼女の肩にかけた。折りたたんで膝の上に乗せてある、彼女のショールを掌で示す。


「こちらも大変似合っていて素敵です。飾らなくても、可愛らしい方ですが、女性はやはり華やかに飾りたいですよね」


「あの、本当にありがとうございます。えっと、あの、故郷は……東の……何だっけ。覚えなさいって言われたのに……。私、薬や植物の事は覚えるのが得意なんですけれど……。あ、あの、来た道のおおよその絵なら書けます!」


 セレーネは先程、村と口にしたので、教育が行き届いていない土地なのかもしれない。それにしては、礼儀や言葉遣いはしっかりしている。


 心配なのは、セレーネの頬が桃色な事。そうだ、彼女も風邪かもしれないからホットミルクに蜂蜜を入れて出そうと思っていた。忘れていた。


「新しい飲み物を持ってくるので、その間に書いてみて下さい」


 僕は内ポケットからメモ用の羊皮紙、胸元から万年筆を取り出した。セレーネの前に並ぶ、ティーセットとシュークリームが乗っていた空の皿をどかして、彼女の前へ置く。


 セレーネは万年筆を不思議そうに眺めたので、僕は手を伸ばして、彼女の手から万年筆を取った。蓋を外す。


「不思議な形。毛も無いし、墨は要らないのですか?」


「毛? 墨? ああ、東とは流星国より東、大陸中央辺りですね。僕も、たまに筆を使います。ここより東の国で暮らす、祖父からの贈り物で気に入っています。これほ万年筆といって、中にインクが入っているので、そのまま書けます」


「噂で聞く、仕込み筆みたいな代物なんですね。王子様だから、そんな高級品を……。立派で豪華なお城に、ほっぺたが落ちるようなお菓子……」


 セレーネはぼーっとして見える。それに、先程よりも顔が赤い。熱が出たのかもしれない。大陸中央辺りから流星国はかなり遠方。


「顔が真っ赤ですセレーネさん。長旅で疲れて熱とは可哀想に。医者に診てもらいましょう。部屋を用意します。ご家族はどちらの宿に?」


「熱? 通りで熱いと思いました。咳は出てないし、喉の痛みや寒気もありません。大丈夫です」


「いや、困る。僕は君から色々学びたい。大切な国賓ですから、体を労ってもらわないと困ります。ご家族はどちらに?」


「あ、あの。すみません。私……巣にお世話になろうかと……それで、(あね)様達がお世話になる場所を覚えていなくて……。お父さんは……二週間くらいしたら帰ってくると……」


 それは……どういう事だ? 巣?


「巣? 巣って何です?」


「珍しいことに、この街の向こうの森に……巣があるみたいなので……。海にも行ってみたくて……お父さんが戻って来たら、探しに来てくれるからと、ついプラプラ……」


 サッパリ分からないので、僕はセレーネに一つ一つ質問をしてみた。


 村長の娘である義理の姉アフロディテ、彼女の侍女アルセ、アフロディテの父親ティダ。そしてセレーネの四人で流星国を訪れたという。


 ティダは流星国の偉い人と知り合いらしく、その人物に娘達を任せた。流星国に到着し、ティダが去ったすぐ直後、その偉い人が現れる前にセレーネは単独行動に出たという。


 理由は、珍しい巣がある。海にいるアングイスやセルペンスがセレーネを呼んでくれているから。森で色々な植物も探したいから。


 巣に泊まらせてもらうつもりと言うが、その巣が何なのかセレーネは語らない。


 セレーネはとんだお転婆にして、珍妙怪奇な娘らしい。

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