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大狼王子と蛇鷲神話 3

 アシタバ半島に、自然災害が襲いました。地震と大嵐、それに霧です。そんな中、アシタバ半島の国々の頂点、ドメキア王が奇病にかかりました。発熱、嘔吐、紫色の発疹という症状の、見たことも聞いたこともない病。城下街にも、軽傷ながら、似たような病が流行り始めます。


 ドメキア王の座は、王太子へと引き継がれました。ドメキア王が回復するまでの、仮初めの王座です。第一王子、ジョン王子はこう命じました。


「国王陛下の病を治す為には、神へ最上の祈祷を与えなければならない。それが、神託である」


 ドメキア王の名の元に、ジョン王子は大蛇連合国の各国の王へこう命じました。簡単に言うと「国一番の美少女を神へ祈る祈祷師にするから連れて来い」という内容です。流星国には「ティア姫」と名指しでした。祈祷師という名の生贄。血を捧げるなどの噂が立っています。


 他にも、ジョン王子は各国へ難癖をつけ始めました。逆らうならば協定破棄。ドメキア王国の総戦力で叩き潰す。遠回しに、そういう脅しをかけ、金や女を要求します。逆らえる国はありません。大蛇連合国は、ドメキア王国の一強。残りの国は全ての国が束になって同等。そのくらい、力関係に差があるのです。それがドメキア王国が、本国と呼ばれる所以。


 本国に最も影響力を持つ王は、ジョン王子の義理の叔父である、フィズ国王。ドメキア王国とかつて戦争し、引き分けに持ち込んだ煌国皇子でもあります。フィズ国王は、大蛇連合国各国の王を代表して、ジョン王子に謁見しに行きました。しかし、反逆罪の烙印を押され、捕縛されてしまいました。


 フィズ国王の逮捕。そして、ジョン王子を見張るようだった、エリニス王子も突如姿を消している。彼は暗殺されたのではないか? 各国にそういう噂が駆け巡りました。第二王子ターラと第三王子シャルル。その二人も消えています。


 元々、反ジョン王子にしてエリニス派という各国の王子達は互いに連絡を取り合い始めました。


 本国の蛮行を止め、正しき王を選ばないと、共和国は滅びる。ドメキア王国もろとも破滅する。


 正義は我らにあり。


 連合国として、共和を目指し、手を取り合って約百年。アシタバ半島は、血みどろの戦争を繰り返していた頃に、また戻りそうな気配です。


 流星国で丸一日眠りについた後、エリニスは目を覚まし、セレーネと共に姿を消してしまった。


 エリニスが残していった手紙の内容はこうである。セレーネは使えるので連れて行く。見張りも兼ねる。


 ジョン王子が巣を荒らし、子蟲を攫い、挙げ句の果てに殺した。怒り狂った巣の住民「インセクトゥム」は、ドメキア王の管理不足と判断し、ドメキア王に報復。海蛇一族も協力している。


 子蟲殺しは重罪。おまけに愚かなドメキア王を選んで、長年従ってきた民にも不信感。おまけに次に選ばれそうなドメキア王は、子蟲殺しの張本人。このような国は滅びるべき。


 我らの王は殺戮を好まない。罪に相応しい賠償を提示する、真の王がいる。しばし耐え、渋々だが、猶予を与える。どうせ愚かな王の元に人は殺し合い、自滅する。手を汚す必要はない。それが「インセクトゥム」の主張。


 アシタバ半島の人間は全て自分の民。共食いさせないし、むしろ今より鮮やかな未来へ導く。恐らく、父はジョン王子に蹴落とされかける。自分と父の代わりに、流星国という、大切な家族を守っておいてくれ。それから、シャルル王子を匿う。事を成すまで、常にシャルル王子に寄り添え。


 手紙を何度も読み、僕はエリニスの作戦をいくつか考察した。エリニスは多分、今まで敷いてきた、シャルル王戴冠を実行するに違いない。各国に作ってきたシャルル派と共に、ジョン王子のドメキア王戴冠への異議申し立て。必要があれば各国と本国内の協力者を束ねて武力行使。その中での僕の立ち位置は、流星国の保護。


 二週間が過ぎた頃には、大蛇連合国はすっかり不穏な空気に包まれた。ドメキア王国から各国への圧力。急に増えた地震。それに噂によれば、妙な病も流行りだしたという。


 やがてドメキア王の病気の噂、ジョン王子からの奇妙な命令、そして父へジョン王子や各国からの使者が訪れるなど、流星国は慌ただしくなっていった。父は何かを決意したというように、僕と母に国を託し、宰相バースと共に本国へ向かっていった。


 更に一週間が過ぎた。


 僕は父の代わりに、母と共に公務に追われている。自分が平凡な人間なのが、これほど悔しいと思った事はない。しかし、一方で誇らしい。エリニスが守りたいものの一端を、僕は全幅の信頼を寄せられ任された。


「コーディアル様! レクス様! フィズ様が!」


 玉座の間の奥、円卓会議室に飛び込んできたのは、白銀月国国王、アルフォンス王だった。後ろには騎士団。騎士達の服に返り血がついている。


「アルフォンス王陛下?」


 よろめくアルフォンス王を、駆け寄って支えた。アルフォンス王は真っ青。


「本国から命からがら逃げてきました。息子に国を託し、フィズ様と共に、決死の覚悟でジョン王子の説得と、連合国会議の開催を告げに行ったのですが……」


 父は捕縛され、アルフォンス王は殺されかけた。にわかには信じられない蛮行。騎士達が次々とドメキア王国の政権と、ジョン王子への悪態をついた。


「コーディアル様、レクス様、本国からの使者です」


 このタイミングで? 僕が動き出す前に、母が素早く会議室の扉に手を掛けた。追っ手か?


「レクス。隠し通路を通り、アルフォンス王と騎士達を匿いなさい。オルゴ、ニール、頼みます。アクイラ、ルイ、(わたくし)の横を頼みます。残りの者は隠し通路から騎士宿舎へ向かい、待機命令を」


 イエス。それしか許さないというような気迫。温厚な母から、初めて激しさと威圧感を感じた。母は僕達の返事を待たずに、会議室から出て行った。アクイラが慌てたように後ろに続く。


「アルフォンス王、こちらへどうぞ」


 オルゴと共に、アルフォンス王を誘導。そうしようとしたら、騎士達に囲まれた。


「レクス王子、どうかルイ様と共に我らの先頭に立って下さい」


「ターラ王子とシャルル王子、それにエリニス王子が消された今、ドメキア王族を血を引き、民衆の上に立てるのはレクス様やルイ様です!」


「ドメキア王がご存命のうちに、メルダエルダ公爵ルイ様と共に名乗り上げて下さい!」


 よく見ると、白銀月国の騎士の中にシャルル王子の従者が混じっている。


「消された?」


「本国は神の加護を失いました! 日に何度も地震が起こり、呪いのような病が……」


「このままでは我らの国も滅びます!」


「大蛇連合国に必要なのは、真の王です!」


 騎士達に詰め寄られ、オルゴが僕と騎士達の間に入った。


「状況が読めん! 今は避難だ!」


 オルゴが叫んだ時、会議室の窓が割れた。飛び込んできたのは、黒い法衣。


「だーれが消されたって?」


 法衣を脱ぎ、机に投げる。突如現れたエリニスに対して、会議室内の者達は全員固まった。エリニスはさり気なく僕に耳打ちしてきた。


「騎士達を匿ったら直ぐにカインと地下牢へ。シャルルがいる。助けてくれ」


 背中を軽く三回叩かれ、僕は即座に頷いた。


「我に従うのならば、鮮やかな未来を授けん! 強欲蛇王(アバリーティア)は蛇神には愛されぬ。しかし、準備が整うまでは、犬のように従う。アルフォンス王、演じてもらうぞ」


 小さいが、唸るような声を出すと、エリニスはアルフォンス王を羽交い締めにした。騎士達に動揺が走る。


「不信には不信、義には義、そして信頼と尊敬には救いを返す。これまでの我が生き様で判断せよ! 見てくれに騙され、目を曇らせるな!」


 腰に下げた剣を鞘から抜くと、エリニスは狡猾な笑みを浮かべて、アルフォンス王の首に刃を突き立てた。エリニスに巻きつく大蛇バシレウスが、牙を向けて全員を威嚇。アルフォンス王も、騎士達も狼狽している。


「エリニス頼む。背中は任せろ。騎士は半分、私と共に来い! 状況説明や伝令役をしてもらう!」


 口にするとすぐに、僕は騎士の何名かに目配せした。


「手足が足りん。任せたレクス。よし、半分は頃合いを見て俺に斬りかかってこい。本気で良い。俺が加減してやる。少し倒れた振りをして、レクスを追え。もうしばらく下僕犬の役をせねばならん」


 そう言うと、エリニスは騎士達に剣の切っ先を向け、後退し、会議室の扉に手を掛けた。来い、というように剣で騎士達へ合図。生唾を飲み、意を決した騎士達が、エリニスに斬りかかった。瞬間、エリニスは木製の扉を引き千切り、右側の壁に投げつけた。けたたましい音が鳴り響く。


 騎士達がエリニスの剣の柄で腹を殴られ、床に転がる。


 行け、というエリニスの視線に対して、僕は小さく頷いて、エリニスに背を向けた。エリニスがアルフォンス王を連れて会議室を出て行く。会議室内を隠すように、バサリと外套(マント)を翻して。


「血の繋がりがあろうと、同盟を結んでいようと、白銀大蛇王(ベーレス)への反目は許されない! 偉大なる王を穢す謀反に訪れるのは死である! コーディアル! 夫とは違い、従うというのならば、このエリニスが仲立ちしよう!」


 僕はオルゴと共に、玉座の間から騎士達が見えないように、彼等を誘導した。本棚の裏にある隠し階段へ、先に騎士達を行かせる。


「オルゴ、騎士達を頼む。僕はエリニスに任された事がある」


 オルゴは僕に何も問いかけなかった。無言で首を縦に振っただけ。父の幼少時からの従者が、僕達兄弟を完全に信頼してくれている。胸が熱い。オルゴとは二階の高さの廊下で別れた。ニールは目配せに気がついて、付いてきてくれている。


「ニール、カインを地下牢へ呼んできて欲しい。シャルル王子が居るらしいんだ。多分、アルフォンス王も連れてくる」


「その後、母に地下牢へ寝具の手配ですね」


「頼もしいな、何もかも任せる」


 ニールの胸に拳を軽く突きつけ、僕は地下、ニールは一階中庭へと廊下を進んだ。


 流星国城の地下牢は、建国してから一度も使用されていない。まだこの国が国ではなく、ドメキア王国直轄の領地だった頃、かなり昔には使われていたらしい。拷問器具などが残り、薄暗く、湿気の強い場所。正直、そんなところに入りたくない。


 地下牢に着き、見張り部屋を過ぎると、白い影が見えた。


「レクス!」


 白影が近寄ってきて、最後に会った時の寝巻き姿だと分かった。目が赤い。頭の上には、小蛇のセルペンスが(ティアラ)のように乗っている。


「セレーネ!」

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