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恋に気がつかない大狼王子

「セレーネ? 寒さで具合が悪くなってしまったかい?」


 呼んでも呼んでもセレーネは無反応。触るのは躊躇われる。先程反省したばかりだ。触診しなくても、熱がありそうに見えるし、視点も定まっていない。


「ニール!」


 近くで待機しているニールを呼ぶ。彼はすぐに現れた。


「はい、レクス王子」


「ニール、見ての通りだ。セレーネの具合が悪い。彼女を部屋まで連れて行って欲しい。彼女と似たような時間に、舞踏会から消える訳にはいかない」


「具合は悪くないと思います。でも、まあ、分かりました。セレーネ、行くぞ。しっかりしろ。現実を受け入れろ」


 現実を受け入れろ? しゃがむと、ニールはセレーネの肩を軽く叩いた。その後、彼女の腕を掴む。ニールは割と無理矢理セレーネを立たせた。


「具合は悪くない? どう見たって熱っぽいではないか。ニール、医者の端くれなら病人にそのような扱いをするな」


「病人ではありません。レクス王子の熱愛っぷりに動揺しているだけです」


「ねつ、熱愛⁈ まさ、まさか! ニ、ニール! レ、レクスが……レクスは……」


 えっ? まさかって、僕の気持ちは何も伝わっていないのか?


「はいはい。とりあえず行こうセレーネ」


 ニールがセレーネをエスコートし始める。丁寧ではなく、背中を押して無理矢理という感じだ。雑な扱いをするなとニールに文句を言いたくなる。しかし、セレーネ本人は気にしていなさそうなので、黙っておいた。ふと、思い立つ。伝わっていないなら、はっきり言っておかないと誤解の元だ。


「セレーネ、僕は君が好きで、とても愛おしい。君は僕にまるで興味が無いようだけど……。その、諦めたくない。寒い中呼び出して、いきなりこういう話をしてすまなかった。ゆっくり休んでくれ」


 振り返ったセレーネが目を丸めて僕を見つめる。正直泣きたいけれど、笑顔を心掛けた。


「ほら、これは現実だセレーネ。まあ、一先ず行くぞ。レクス王子、彼女には心の準備というか整理が必要です。では、後ほど」


 そう言うと、ニールはセレーネを引きずるように連れて行った。遠ざかっていく二人を眺めていたら、急に足の力が抜けた。先程のセレーネとは逆で、今度は僕がしゃがみ込む。


「僕が婚約者だと困るとは……何から励めば良いんだ……。とりあえずしばらく白銀月国に滞在して……」


 胸があまりにも痛い。無自覚だった時、心臓の病気だと勘違いしたのも頷ける。世の中、皆してこんな気持ちに耐えているのか? 有り難いことに僕を慕ってくれているらしい女性達に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。しかし、応えられないのだから仕方ない。セレーネもこういう、いたたまれない気持ちを感じているだろう。


 気配がして、顔を上げて振り返る。


「ウォン」


「フェンリス。ああ、見守っていてくれて、慰めに来てくれたのか。ありがとう」


 フェンリスは何故か呆れ顔。


「ん? なんだ? 僕はあまりにも情けなかったか? 痛っ!」


 前足で脛を蹴られた。


「何をするんだフェンリス!」


 文句を告げた時には、フェンリスはもう駆け出して闇夜に溶けるように消えてしまった。軽く痛む足を引きずりながら、僕は広間へと向かった。セレーネとニールにすぐ続く訳にはいかないので、ベランダで時間稼ぎ。傷心が癒えるかもと、美しく煌めく星を数えてみる。


「きらめく星よ、叶えて欲しい……」


 エリニスとティアは今頃何をしているだろう? こういう侘しい時に、二人と話せたらどれだけ気が紛れるだろうか。誰かが近寄ってきたと感じて、僕は振り返った。若い女性、貴族令嬢だろうけど、見知らぬ人。


「あの、今晩はレクス王子様。素敵な歌声ですね」


 微笑と会釈をされ、僕も愛想笑いを浮かべた。一人でいたいとか、外交は面倒臭いな、などという本心を悟られてはいけない。名乗れ、それが挨拶の基本だ、という気持ちも噛み潰す。


「今晩は。ありがとうございます。夜風に当たりに? ここからの景色は美しいです。どうぞ」


 そろそろ広間へ戻っても問題無い。エルリックに話を聞いてもらおう。僕は令嬢の隣を通り過ぎた。


「あの、レクス王子様。邪魔をするつもりはございません。その、なので、よろしければご一緒に……どうでしょうか?」


 これはもしや僕に好意? それにしては名前を告げないし、照れ笑いもない。堂々としていて、満面の笑顔。ということは、政治的な擦り寄りか。


「申し訳無いですけれど、僕は誤解を招く行動を控えています。この寒さですから、程々にして体調を崩さないように御自愛下さい。麗しいお嬢様」


 名前を知らないので、こう言っておくのが無難。僕が覚えていない相手ということは、流星国にとって利益のある相手ではない筈。若い貴族令嬢という時点で、まあそうだろう。ハフルパフ公爵やメルダエルダ公爵一族くらいなら覚えている。彼女は違う。丁寧に会釈をして、ベランダを去り、広間へと入った。


 会場を見渡してエルリックを探す。いた。踊ってない。適当に挨拶をしながら、エルリックの所へと向かう。途中でハンカチを拾い、令嬢に渡した。何故か始まった世間話を上手く打ち切るのに苦労した。貧血なのかよろめいた女性を少し診て、他の者へ託す。僕でないと不安だという、謎の要求から逃げるのに苦慮した。


 エルリックと話をしたいのに、ちっとも進まない。そうこうしていたら、エルリックから近寄ってきてくれた。メルダエルダ公爵の長男ルイと一緒にいる。彼もセレーネと踊っていたなと思い出し、少し苛立つ。エルリックは途中でルイと別れて一人になり、僕の前まで来た。


「お帰りなさいレクス王子。散歩はどうでした?」


「ああ、それなんだが良くなかった」


 エルリックと並んで歩き、広間の端へと向かう。


「良くなかった?」


 エルリックの問いかけに頷き、歩きながら何があったのかを簡潔明瞭に説明。エルリックは興味深そうに聞いてくれた。なのに、途中で扇を拾って持ち主の令嬢へ渡したら、世間話をされた。


 その後、見知らぬ令嬢に政治的な話題を持ちかけられた。礼儀正しく、かつ遠回しに断るのは疲れる。その後、また貧血を起こした者を軽く介抱。しかも二人。エルリックと話をしたいのにちっとも落ち着かない。


「エルリック、出来れば二人で話をしたい。邪魔ばかり入る。先程からやたらと落し物を拾うし、貧血を起こす者も多い。この国の食生活は大丈夫か?」


 社交場はいつもこう。大切な外交や友人と世間話をしたいのに、良く邪魔される。


「いや、全部、全員、君の気を引きたいだけだレクス王子」


「気を引く?」


 まさか? そんなに何人も僕に好意を抱いてくれてるなんてあり得な……くないのか? そういう指摘をされた。今もそう。僕よりエルリックの認識が正しいのは、もう理解している。


「そう。自分に自信があって、勇気のあるお嬢様の突撃だ。指を咥えて君を眺めている者はもっといる」


「もっと? まさか」


 思わず広間を見渡す。若い女性と次々と目が合う。微笑まれたり、はにかみ笑いを浮かべられ、少し納得。僕に向かって歩き出した者もいるので、より納得。何故、僕は今までこういうことに気がつかなかったのだろう? 恋愛や女性に興味が無かったからか。あと、セレーネと出会うまで、僕の心を掻っ攫う女性もいなかった。


「そんな君に靡かないとは、彼女は愉快な人だな。というか、信じられない。まあ、話なら明日聞くから、今夜は休むといい。ここに居ても君は気を遣って疲れるだけだ」


 じゃあな、と言わんばかりにエルリックに背中を押された。今夜はもう僕の話を聞きたく無いのかもしれない。素直に受け止める。僕自身も女性達の視線がいたたまれないので、逃げるように広間を出た。応えられないのだから、接触しないのが一番。


 広間を後にして、客室へと向かう。部屋に入ると、僕は固まった。


 ソファに何故かセレーネがちょこん、と座っていた。

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