王子様は早く話しをしたい
国賓シャルル王子の出迎えは、サプライズだと、エリニスは関所手前で消えた。また妙な事を考えているに違いない。
良く晴れた空にドメキア王族が使用する、飛行船が見える。馬車で来るのかと思ったら、飛行船使用の許可が下りたのか。戦争の証のようは存在なので、連合国法で使用制限をされているので実に珍しい。
飛行船に飾られる、背中を剣で貫かれる双頭龍の紋様は、ドメキア王国王族しか使用出来ない。
僕は至って普通に、関所を抜けた場所で、騎士達と白狼フェンリスと待機。
飛行船を停泊させ、馬車へ乗り換え。その後、入国審査なので少し時間がかかる。シャルル王子の入国審査はほぼ素通りだが、一応家臣達の手荷物検査などはされる。
国の関所を馬車が通り抜けてきた。馬車の窓が開く。
「レクス! わざわざ出迎えに来てくれたのか!」
シャルル王子が窓から顔を出して、手を振ってくれた。小柄で丸い顔。優しい笑みには、温和さが滲んでいる。見るとホッとする、人に安心感を与える王子様。僕はエリニスよりも、シャルル王子の雰囲気に憧れてるいる。彼のようになりたい。
風雅に見えるだろう、敬意を込めた会釈をしてから、僕は手を振り返した。馬車が止まる。扉が開き、シャルル王子は僕を手招きしてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、シャルル王子!」
その時、ひらひら、ひらひらと花びらが舞い落ちてきた。
トランペットの音色で、高らかなファンファーレが鳴り響く。次は城下街の教会の鐘の音。
見上げたら、関所の一番高い塔に人影。太陽を背にしているので、黒い影にしか見えない。しかし、翻る外套と蛇のシルエットで誰だか一目瞭然。
「シャルル・ドメキア王子! 再会を楽しみにしていた! さあ、民よ! 歌い、踊り、もてなせ!」
再度、トランペットの音色が響き渡る。その後にもう一度。合計三回。エリニスは敬意を示す際に、三回に拘る。
花びらの数が更に増えた。色とりどりの花びらで、流星国が美しく飾られていく。どうやって撒いた? いつ用意した? エリニスには謎が多過ぎる。
影が塔から落ちた。シャルル王子の乗る馬車の前にエリニスが着地。サッと馬車に乗り、シャルル王子を引っ張り出した。
「また肥えたか? シャルル。難儀な病気だが、晩餐会では特別な食事を用意してある。安心しろ」
シャルル王子を抱きしめ、持ち上げ、頬を寄せる挨拶をすると、エリニスはシャルル王子から少し離れた。エリニスの足が少し浮いて見えるような錯覚。大親友と呼ぶだけあって、シャルル王子との半年振りの再会にウキウキしているようだ。
「エリニス、ありがとう。僕の食事などはきっとレクスの手配なんだろう? ありがとう、レクス」
「まあな。俺はあれこれ忙しい。よし、シャルル行くぞ。軽度の運動は、腎臓の病に良いらしいが、その時間は夜の散策用に取っておけ」
鼻歌交じりで、エリニスはシャルル王子の両足を掴み、持ち上げた。シャルル王子を肩に乗せて、くるりと一回転。
「大蛇連合国を守護する、蛇神様の祝福を受けるシャルル王子に祈れば、今年も息災かつ幸福に暮らせるだろう!」
エリニスがシャルル王子を担いだまま、歩き出した。
「エリニス、恥ずかしいから下ろしてくれ。一緒に馬車で城へ向かおう」
「いいや、手を振れシャルル。お前は俺の特別だと国中に示さねばならん。何度でもだ。手を振れ」
満面の笑顔で手を振りながら、エリニスは歩き続ける。恥ずかしそうに、困り笑いで小さく手を振るシャルル王子。レクスはエリニスの左側に移動した。エリニスがシャルル王子を担いでいない方。
城下街の大通りを、エリニスが歌いながら歩く。
「きらめく星よ、叶えて欲しい」
エリニスお気に入りの、流星の祈り唄。幼少時からエリニスが口ずさむので、最早国歌みたいになっている曲。
上機嫌なエリニスは街中の国民に手を振り、歌い、小躍りしながら城へと進む。
「エリニス、あまり揺らすと酔いそうだ」
「ふはははは! 三半規管くらい鍛えろシャルル!」
僕達はシャルル王子と従兄弟。時折、エリニスと兄弟なのはシャルル王子なのではないかと感じる。見た目は全く似ていないが、二人の髪の色と目の色は同じ。
「シャルル王子! ようこそいらっしゃいました!」
この声……ティア。見上げたら、謎の生物蜜蜂もどきプチラに掴まれたティアが飛んでいた。プチラの姿が見えず、透明な羽だけ見えると、まるで天使。この国で最も美しい、いや大蛇連合国一の美貌とまで言われる、美少女である。
市民がティアの名を呼び、手を振り、若い男は一様に惚ける。愛くるしい笑みで手を振りながら、ティアが降下してくる。
「ようこそいらっしゃいましたシャルル王子」
地面に降りると、ティアは真紅のドレスの裾を広げて優雅な会釈をした。ふわふわの蜂蜜色の髪に、大きな目には大空色の瞳。シャルル王子と同じ。
三つ子の中で、一人だけ黒髪で黒い瞳なので、何となく疎外感。背後に気配がして振り向くと、ベシリと白狼の尻尾に頬を叩かれた。
「痛い。いきなり何をするフェンリス」
あっと思ったら、尻尾で掴まれて、白狼フェンリスの背中の上に座らされていた。
「蛇、狼、蜜蜂。本当に、君達兄弟は派手だな」
愉快そうにシャルル王子が笑う。兄弟、三つ子と纏められると素直に嬉しい。
「神の遣いに愛される俺達が囲うのはお前だシャルル。胸を張り、誰よりも励め。サボると蹴り上げるからな。ふはははは!」
スキップで歩き出したエリニスを、ティアが小走りで追いかける。その途中で、フィンリスの尻尾がティアの体を持ち上げ、彼女を僕の膝に乗せた。蜜蜂もどきプチラは、ティアの背中から離れて、シャルル王子の頭に乗っている。
プチラは鉛色の体を、まるで冠だと言わんばかりに、シャルル王子の頭に張り付いている。あれ、少し気持ち悪い感触なんだよな。僕が苦笑いすると、ティアに顔を覗き込まれた。
「ねえレクス。ニールが城に恋人を連れてきたそうなの。後で、会いに行かない?」
「ん? ティア。ニールに恋人はいない。ああ、誤解されたままなのか。セレーネさんは異国の医者で、僕が城に招待した。色々と話を聞いて、この国の生活に役立てたい」
「あら、そうなの? 応接室をうんと飾り付けていると聞いたから、てっきり」
「僕が応接室を整えた。大切な国賓なのだから、もてなすのは当然だろう?」
「レクスのお客様なのね。大切な国賓なら、後で紹介してね」
「分かった。城に到着したら直ぐに紹介するよ」
シャルル王子はあのまま国王である父上の所へ連れていかれ、その後はエリニスの部屋だろう。チェス、世間話、エリニスはシャルル王子を離さないに違いない。
案の定、エリニスはシャルル王子を玉座の間へ案内した。もとい、連行。僕とティアは「国賓の出迎えご苦労」と追い払われた。想定通り。
僕はティアを連れて、セレーネを招く準備をした応接室を目指した。その途中で、ティアは目付け侍女のアンリエッタとカールに捕まった。
また勝手に飛んで、と怒る二人に、説教だと引き摺られていく。
「レクス! ティアは大事なお客様と会うのよね! 二人を止めて!」
少し考えて、僕はまだセレーネと殆ど話せていないので、ティアは「邪魔」だと気がついた。
ティアはすぐ恋愛の話をする。お喋りで、場の空気も持っていくので、居ない方が良い。
僕はセレーネと、うんと話さないとならない。質問したいことが山積みである。
「後で紹介する! 目付けの忠告は真摯に受け止めないとならないから励め!」
「え? 嘘! レクス! いつもは助けてくれるのに! ティアを見捨てたことなんて無いのに! レクス!」
それは……妹を甘やかし過ぎていたな。僕はティアに手を振った。