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大狼王子は加減を知らない

 闇夜に浮かぶ星の数は、流れ星が叶えた幸福の数と等しい。幼い頃、母が読み聞かせてくれたおとぎ話を思い出していたら、二種類の靴音が聞こえてきた。セレーネとニールだろう。広間の方角から人影が二つ分近寄ってくる。


 シャツの襟を正し、深呼吸。それにしても寒い。セレーネに上着を羽織らせて、少し踊ったら広間に帰そう。セレーネとニールの表情が見える距離まできた。セレーネは俯いている。両手を胸の前で合わせて、弄り回している。あれが緊張や照れではなくて、嫌悪感ならどうしよう。丸まりそうな背筋を伸ばして、二人に近寄る。


「ニール、ありがとう。セレーネ、寒い所に呼び出してすまない。広間だとかなり目立ってしまうからさ」

 

 一先ず、僕は上着を脱いでセレーネの肩に掛けた。ニールが無言で会釈をして、そのまま僕達から離れる。セレーネの背後、彼女からは見えないところでウインクを投げてくれた。


「あの……話って何かしら……。うんと練習したけれど……粗相をしていたかしら……」


 僕を見上げると、セレーネはまたすぐに下を向いてしまった。


「いや、全く。会釈の仕方なんて完璧。礼儀作法の練習をかなり重ねたんだなと感心しているよ。話というのは、僕とも踊って下さい。それです」


 片膝をついて、セレーネの左手を取る。手袋越しに感じるセレーネの体温に緊張感が増す。そんなものに負けてたまるか。笑顔を浮かべて、セレーネの顔を見上げる。満天の星空を閉じ込めたような、深くて煌めく瞳を見据える。この目の奥の光だ。僕が彼女に惹かれる理由。


 返事が無い。手を離して、軽く会釈。拒否とは崖から突き落とされた気分。情けないので、表情に出してはいけない。


「外交関係などで、このような寒い場所での誘いになってしまった。代わりに美しさは用意出来たと思うけど……。すまない、広間へ送るよ。途中からはニールがエスコートする」


「え? あ、あの……レクス王子?」


 セレーネは両手を握りしめて、祈るような仕草。僕に何か頼み事か?


「二人きりの時はレクスで良い。ニールも割とそうだ。なんだい? セレーネ」


 さあ、何でも頼んでくれ。それが他の男への橋渡しでも、笑顔で対応する。愛というのは注ぐもの。与えるもの。欲しいとねだり、要求するものではない。後で倒れたり引きこもりそうだけど、セレーネの幸せは僕よりも優先。


「私と踊ってくれるの?」


 パチパチと瞬きを繰り返し、セレーネは小首を傾げた。


 踊ってくれる、という言葉から推測するに、拒否された訳ではない。単に返事を待つ時間が短かっただけらしい。踊りの誘いを受け入れて貰えるとは、嬉しいことこの上ない。僕は両掌を上に向けて、セレーネの前に差し出した。


「踊ってくれる? それは僕の台詞だ。暖かい広間で君を誘いたかったけど、そうすると相手をしたくない者とまで踊らないとならなくなる。僕は君としか踊りたくない。良かった」


「へっ? 私としか?」


 視線がぶつかり合い、見つめ合えると思ったら、セレーネは俯いてしまった。行き場のない手を引っ込めるか悩む。手を動かす前に、セレーネの手が動いた。


「は、は、はい。はい、レクス王子。あの、よろ、よろしくお願いしましゅっ……っ!」


 語尾を噛んだのが、やたらと可愛く感じられた。セレーネの手は、僕の手に重なる前に宙に止まっている。彼女は困り笑いを浮かべて、ボーッと僕を眺め続けている。ニールやエルリックの発言が、ストン、と腑に落ちた。セレーネは僕に照れてくれている。これか。つまり、嫌悪とは真逆。よって、押しても良い。フェンリスからの叱責もないので大丈夫。


「良かった。断られるのかと思って辛かった。君が冷えると困るのですぐ帰すよ」


「ま、まさか……。こ、断らないわ……。レクス王子……レクスは寒くない?」


 セレーネの手を取り、踊りの態勢になるように促す。微かに聞こえてくる音楽に合わせて、少し揺れるくらいのステップ。体の距離は社交場と同じなので、問題ない筈。


「君と二人きりでいられるなら、凍っても良いよ」


 反応が無い。それに、セレーネと全然目が合わない。嫌悪と照れ。セレーネの反応はどちらなのか気になる。さり気なく、顔を覗く。困り笑い改め照れ笑いだった。よし、それなら大丈夫。次は褒めよう。褒め称えたいところはうんとある。何から褒めよう?


 ふわりと香ってきたのは、多分ピオニーの匂い。ピオニーから連想される女性像は、可憐で優美な、奥ゆかしい……奥ゆかしい? セレーネはどちらかというとお転婆。勝手に考察して、勝手に笑いが込み上げてくる。


「レクス? あの、私……間違えた?」


「間違え? いや、別に間違えたっていい。誰も見てない。香水がピオニーだなと思ってさ」


「ピオニー? ピオニーだとおかしかった? 可愛い花で、良い香りだからハンナさんが貸してくれたのだけど……」


「いや、可憐で優美な君に良く似合う。それにこの香りはとても好きだ。ただ、奥ゆかしいという花言葉は違うなと。君は溌剌としていて元気だから」


 そんなにおかしい事ではないのに、つい笑ってしまう。多分、僕は酔っている。それに浮かれている。セレーネが僕の言葉に対して、いちいち照れ笑いをするから。


「か、可憐で優美? あ、あり、ありがとうレクス。レクスは褒め上手よね……」


 どう見ても嬉しそうに見えるので、褒め続けるべきだ。


——触って褒めれば良いじゃないですか。それが口説くという行為です。


 ニールの進言を思い出す。僕はセレーネの顔の横で揺れる巻き髪を手に取った。非常識、極悪非道な接触の場合はフェンリスが止めてくれるから大丈夫。


「社交場や仕事ではないから、本心しか言わない。日に日に艶やかになっていくなと思ったけど、触り心地が良いな。綺麗な髪だ」


 驚きで開かれるセレーネの唇。誘われているような錯覚がしてしまう。願望なのでこれには耐える。


「ありがとう……。あのね、ラスさんが手入れしてくれたり、色々教えてくれるの……。コーディアル様やハンナさんも……。お母さんが増えたみたいで嬉しい……。こんなに褒めて貰えるなんてそれも嬉しいわ……」


 潤んだ瞳に満面の笑顔。その後、すぐに照れ笑いをして、僕から目を背けてしまった。思わず顔を覗き込む。くるくる変化する表情を見逃すのは勿体ない。再度、褒めよう。また屈託無い笑顔を見せてくれる筈だ。


 髪が常識の範囲なら、頬はどうなんだ? 僕はセレーネの頬に手を添えた。フェンリスからの吠えはない。まだ良いのか。それにしても、彼女の頬は冷えている。


「幸せで、つい長居させてしまった。延々、君のその煌めく星空を閉じ込めたような瞳を見つめていたいけれど、送るよ。風邪を引かせたら最悪最低だ」


 セレーネの頬から手を離して、背中に腕を回す。実に名残惜しい。このまま二人きりでいたい。広間へ戻りたくない。しかし、セレーネの体調が第一。僕はセレーネを連れて歩き出した。


 それにしても、ここまで明け透けなく好意を語っているのに、セレーネは照れしか見せない。僕への好意を示す言動は今のところゼロ。それに気がついたら、急に落ち込んできた。顔に笑顔を貼り付ける。拒否はされていないし、照れられているのだから、脈無しではない……のか……? ニールとエルリックに相談しよう。僕より二人の方が的確な状況判断が出来る。


 好きですとか、愛おしいですと言う勇気がポキリと折れてしまった。この続きは明日か? 褒め続けて、好意を伝え続けたら、セレーネの中に恋は芽生えてくれるのか?


「さ、さむ、寒くないわ! 私、頑丈なの。風邪なんて引いた事ない。あの、広間に戻ったらもうレクスとは踊れないのよね……。私なんかは王子様と堂々と……ああ、でもエルリック王子は踊ってくれたわ……」


 セレーネが足を止めたので、僕も止まった。今の困惑の混じった笑みは、これまでの照れ笑いとは違って見える。


「私なんか? 血筋の話なら、僕は何も気にしない。流星国としてもそう。単に僕が君としか踊りたくないだけだ。広間でそういう行動をすると、君は僕の恋人や婚約者だとか噂される可能性が高い」


 ポカン、と口を開いたあと、セレーネはオロオロし始めた。


「婚約者⁈ それは困るわ! 私なんかと変な噂が立つなんて、それこそ最低最悪よ!」


 頭を殴られたような衝撃。僕の婚約者だと誤解されたら困るとは、泣きたいほど辛い。脈無しだ。これこそ引きこもり案件。笑顔を取り繕おうにも頬が引きつる。


 失恋確定なら、きちんと告白をしておこう。セレーネが何か言いかけたが、僕は先に喋り出した。


「私なんか? セレーネ、僕は一目で心奪われた。その目だ。澄み渡っているその瞳。それから目の前の弱者に直ぐに手を差し伸べられる優しさと行動力。君はとても素晴らしい女性だ。そのような人を、困らせたりしない。立ち振る舞いには十分気をつける。君が僕なんかの婚約者と間違えられる事がないように努める」


 明日の観光は中止だな。残念を通り過ぎて悪夢。とりあえずエルリックを捕まえて、白銀月国の王族教育を教えてもらおう。全部実行してより良い男にならないとならない。セレーネに恋人が出来るまでに、脈無し男から脱却しないと恥晒しだ。


 そう、こんなの大恥晒しだ。セレーネのような女性に好まれないなんて、僕は十八年間何をして生きてきたんだ! チヤホヤされて、褒められて、知らないうちに尊大になっていたに違いない。


 セレーネの両手を取って軽く握る。僕なんかに告白されるなんてあり得ないと感じているのか、セレーネの目は大きく見開かれている。驚愕という様子に益々凹んできた。


「その上可愛らしい。いつも可愛いけれど、今夜なんて特に。つい見過ぎた。君がちっとも僕を好んでくれないのは、そういう自己抑制出来ないところか。それに謙虚とか、自己評価が低いなんて言われているのに、実際は真逆。君はそれを見抜いているんだな」


 僕はセレーネから手を離した。我慢したいのに深いため息が出てしまった。


「セレーネ、僕は自分を磨いて出直す。諦めがつかないので、申し訳ないけれど、成長したらもう一度見定めて欲しい」


 頭を掻いて、ついまたため息。それも特大。背中が丸まる。しかし、落ち込んでいる場合ではない。セレーネを広間へ送り届けないと。ニールが居るところまでセレーネを……。


「セレーネ?」


 セレーネは突然、ぺたんと座り込んでしまった。

少し離れて見守るニール

「うへっ。またレクスの勘違いが始まった。途中まで良かったのに」



少し離れて見守るフェンリス

〈見てられん〉

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