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大狼王子は愛を囁きたい 3

 エルリックと共に並んでワインを飲みながら、挨拶に来てくれる者達と順番に歓談。僕の視界の端には、常にセレーネとニール、ラスティニアンの姿がある。既に舞踏会が始まってかなりの時間が経つけれど、セレーネは誰とも踊っていない。


 あらかた挨拶が終わると、エルリックは小さく肩を揺らした。


「毎度毎度、疲れる。これでようやく私達も食べたり踊れるな。レクス王子と親しいのは君だエルリック、と兄上と姉上が逃げたのもよく分かる」


「逃げた? 見当たらないなとは思っていた」


「まあ、兄上は逃亡というより突撃だ。父上にベッタリくっついている。フィズ様と話をしたいと張り切っていた。姉上は恋人といちゃついている」


 後半の発言に、僕は白ワインを吹き出しそうになった。


「よ、嫁入り前に何をしているんだ。ケイティー姫は」


「エリニス王子にフラれ続けて諦めたらしい。近衛兵と良い仲だ。まあ、見張られているけど、割とベタベタしている。父上は王族が増えると面倒だから、このまま降嫁させてしまいたいらしい」


 愉快そうに笑うと、エルリックは僕の体に軽く体当たりしてきた。


「父上は心底ホッとしている。あのエリニス王子は、いつか姉上を誑かして、白銀月国に乗り込んで来ると慄いていたからな」


「まさか。嘘だろう?」


 しかし、エリニスは大蛇連合国内の全ての国に妃を持つとか、訳の分からない話をしていた事もある。ケイティー姫がエリニスにフラれ、という話は多分そのせいだ。エリニスは女性を横一列、同じように扱う。差をほぼつけない。男の場合は真逆。


「いや、どこの国の王もそうだ。エリニス王子に目を付けられたら厄介だからな。まあ、本国にいったのだろう? 直接乗り込むとはエリニス王子は豪胆だな。各国の王達の心配は杞憂だったって訳だ」


 そういえば、エリニスは二年くらい前に「どこの王を蹴り上げて、本国と相対させるか……」とか呟いていた。言動が派手で、天邪鬼なところもあるし、何が本心なのか分からない。東へ行くという予定も、再会したら変わっているかもしれない。


「それで、レクス王子。広間中の若い女性が物欲しそうに君を見ている。君は誰と踊るんだ?」


 エルリックはニヤニヤ笑い、僕を肘で小突いた。


「物欲しそうに? そんな女性は何処にもいないじゃないか」


 ため息混じりに広間を見渡す。僕と目が合う若い女性は皆無。目が合った者達には笑顔を投げた。社交場で愛想良くするのは基本中の基本。視線が合う相手はほぼ男。女性なら年長者。セレーネとも目は合わない。


「誰とも目が合わない」


「その爽やか笑顔に照れて、目を背けているだけだ」


 そうなのか? 自分も中々セレーネと目を合わせられない。かなり努力が必要。それと同じということか? そうなると、僕はかなりの女性に照れられているということになる。俄かには信じ難い。


「そのうち、彼女達はこちらへ来るぞ。で、君に誘って欲しいと尻尾を振る。いつもの通りだ。君がずっと気がつかなかった事だが、ここまで言えば今夜は自覚出来るな」


「有り難い事だけど、僕は彼女としか踊らない。今夜、流星国として機嫌を取らないといけない女性はいないから、彼女しか誘わない。誤解を招きたくない」


 ニールを凝視し、気がつくまで待つ。セレーネと談笑しているようで、中々気がつかない。先に僕の視線に気がついてくれたのはラスティニアン。彼女は息子のニールに声を掛けて、僕を見るように促してくれた。ニールが僕達の方へと向かってくる。


「へえ、見せびらかすつもりなのか。それにしても、怖い怖い。彼女がちょこちょこ睨まれているのには、気がついているか? 流星国から謎の女性が招かれたと、かなり噂になっている」


「見せびらかすつもりはない。彼女の為にならない。嫌な視線は流星国に思うところがあると思っていたが……そうか……嫉妬か……。気持ちは有り難いけど、それはかなり迷惑だな……」


 確かに言われてみれば、刺々しい目線はセレーネに向けられている。チラホラと散見される、セレーネを睨む女性。いくら着飾っても、あれでは美しさは半減。むしろ醜く歪んで見える。他国の事なので、放置するしかないけれど、自国の者なら軽く注意するだろう。


 僕はセレーネを注目の的にせずに、踊りに誘う方法を考え始めた。セレーネを睨む女性への軽蔑は、決して悟られてはいけない。ここは社交場。僕の言動は流星国の評価に繋がる。


 ワイングラスに口をつけながら、広間中に笑顔を振りまく。僕に好意がある、とエルリックが教えてくれた者へ適度に手を振りつつ、エルリックと歓談中という態度を作る。


 頬を染めたり、はにかみ笑いを浮かべたりと、照れのような態度を取られた。僕はこれまで何故こういう女性達の態度に気がつかなかったのか? 少し思案してみて、無関心だったからだな、と結論づけた。今もそう。セレーネ以外の誰にも興味が湧かない。彼女だけが、浮かび上がって見える。


「自覚したらどうなるかと思ったら、嫌いな王子や貴族に対する態度と同じか。よくもまあ、そこまで隠せる。前から思っていたが、私は君を敵に回したくない。爽やかで親しみのある笑顔の裏で軽蔑していたり、怖い男だからな」


「褒めだと思っておくよ、エルリック王子。政治は駆け引き。流星国は特殊な立ち位置の国だけど、小さくて歴史も浅い。常に下手に出るべきだ。特に父上やエリニスが強気だから、僕は大人しくしておくと便利。皆、操りやすそうな僕に擦り寄ろうとしてくれる」


「それで懐柔するから恐ろしい。この腹黒め。しかし、つまらないな。君の慌てようを見たかったのに、自覚したらとても冷静だな。やあ、ニール卿。今、レクス王子と政治論を語り合っていた」


 ニールが僕達の前に到着。エルリックがさっと手を挙げた。


「エルリック王子、レクス王子、お呼びでしょうか?」


 会釈をしたニールの向こう側で、セレーネとラスティニアンが男性に話しかけられているのが見えた。


「ニール卿、楽しんでいるかい? 君を呼んだのはレクス王子だ」


「ニール、これからエルリック王子は何人かと踊る。それで、その後にセレーネをエルリックへエスコートして欲しい。エルリックと彼女が踊り終わったら、君とセレーネが踊ってくれ」


 エルリックとニールがほぼ同時に目を丸めた。


「おい、私を隠れ蓑にするつもりか。命令するな」


「このまま僕と歓談して終わりたくないだろう? それに親友だろう? 命令ではない。エルリック王子、頼み事だ。宜しく頼む」


「へえ、その顔。見返りはなんだ? 前回の協力分もまだ消費していないぜ」


「アンリエッタ令嬢の近況を聞きたいだろう? 彼女への贈り物があれば送る」


「それに今夜の成果の報告で手を打とう。あと、チェスの相手」


 交渉成立。僕とエルリックはワイングラスを鳴らした。ニールに耳打ちする。


「適当に広間内を回って、さり気なくベランダから散歩に出る。この城の東側の庭はとても素敵だ。セレーネと踊り終わったら、彼女を連れてきて欲しい。悪いけど、僕とセレーネが踊り終わるまで待機。彼女と広間に戻って欲しい」


 ニールは小さく頷いた。おずおずとした様子のセレーネが、貴族青年と踊り出したのが目に入る。心臓を鷲掴みにされたように胸が痛い。それにかなり苛々する。しかし、セレーネは僕の婚約者や恋人ではないから仕方ない。僕は彼女に選ばれないとならない。


「了解しました。喜んで協力します。でも、何故庭へ出るんです? 何人もと踊って、セレーネも混ぜるのではなく」


 ニールはかなりニヤニヤしているので、見抜かれている。


「人と同じ事をしても響かない。特別感を演出しないと。それに君やエルリックに色々と指摘してもらって、僕は中々女性に注目されていると分かった。セレーネを嫉妬や嫌悪の目に晒してはいけない。あと、今夜ご機嫌を取らないといけない相手はいない。だから彼女以外とは踊らない」


「彼女以外とは踊りたくない、ですよね? エルリック王子には大感謝しないとなりませんね。良かった、私の手間がいくつか省けました。けど、あの、良いんですか? ほら、あれとか……」


 ニールの視線はセレーネに向けられている。「あれ」とはセレーネが他の男と踊っている事だ。舞踏会に憧れていたセレーネが、練習の成果を見せている。勿論、セレーネを誘った青年に対して、ベタベタ触るな、デレデレするな、と怒りたいが飲み込むしかない。


「非常に不愉快だ。部屋に連れ込もうとか、そういうのなら話は別だが……社交場なのだからあのくらい当たり前。不埒な男の気配があって、僕がもう庭へ行っていたら呼び戻してくれ」


 視界に入ると心底腹が立って仕方がないので、セレーネの姿を見ないように努める。ニールと共にラスティニアンの所へ移動。


「へえ、自覚してない時は嫉妬心剥き出しって感じだったのに、実に涼しい顔ですね」


「顔に出てないなら良かった。僕の言動は国や父上の評判に関わる。実際のところ、情けなさと嫉妬でおかしくなりそうだ」


 僕はニールの背中を三回叩いて、彼から離れた。顔見知りの貴族男性達へ近寄る。適当に談笑。あまりお酒に慣れていないので飲まないようにしているのに、ついつい新しい白ワインのグラスに手が伸びる。会話の内容が頭に入ってこない。


 セレーネが誰かと恋に落ちないかヒヤヒヤする。僕はこの場の男達の誰よりも先にセレーネと知り合った。なのに、二人の仲は遠ざかるばかり。


——自己向上ではなくて、セレーネに近寄る努力をしろ


 ニールの忠告が蘇る。そうだ、僕はセレーネの心を掴む努力をしないとならない。羞恥心に負けている場合ではない。


——君が目を付けるような女性だ。他の者より遅れを取ると、奪われるぞ


 父の言葉も思い出す。二人の言葉が、今現実になろうとしている。


 僕は恋愛に関しては間違いばかりするようなので、求婚提案書の事は忘れることにする。まずは恋人にならないといけないというアドバイスを素直に受け入れて、今夜は絶対にセレーネと踊る。緊張と照れを抑えて、常識の範囲内で彼女を口説く。いや、いっそ愛を囁くべきだ。


 そういえば、エルリックはセレーネは僕に対して好意的みたいな事を言っていた。よし、蒔かぬ種は生えぬ。失敗しても、僕には支えてくれる者がいる。お酒の力なのか、かなり気が大きくなっている。


「レクス王子、今夜は随分と飲まれていますね」


 エルリックの従兄弟ピピン卿からの問いかけに、僕は小さく頷いた。


「ええ、とても良い味でつい。しかし、飲み過ぎたようなので、少し夜風に当たってきます」


 会釈をして広間から退散。なるべく目立たないようにベランダに出る。それから階段を降りて、東側にある庭へ向かう。あそこには三角屋根のガゼボがある。踊れるくらいの広さなので、僕の戦場はそこ。城から離れていないので、音楽や灯りも届くはず。


「ウォン」


 上からフェンリスの吠えがした。見上げる前に、フェンリスがほぼ音も無く僕の目の前に現れた。


「やあ、フェンリス。白銀月国を満喫しているかい?」


「ウォン」


 ついてこい、というようにフェンリスは僕の先を歩いていく。行き先は僕の目的地、東側の庭園にある三角屋根のガゼボだった。やはり音楽も灯りも割と届いている。ガゼボが薔薇だろう、白と赤の花弁で彩られていた。


「中庭での会食を勧めてくれた時と同じか。君は誠の友だなフェンリス。少々酔っているから、僕がセレーネに過剰な接触をしたらとめてくれ」


「ウォン」


 僕の頭を尻尾で撫でると、フェンリスは一足飛びで城の塔の一つへ登った。僕を監視出来る位置。これなら安心。人道外れそうなら止めてもらえる。止められないなら、大丈夫という判断材料にもなる。僕は夜空を見上げた。雲一つない美しい星空。


 星が一筋、闇夜を横切る。僕は流星の祈り唄を口ずさみながら、遠く離れてしまったエリニスとティアが元気でありますように、と祈った。

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