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大狼王子は愛を囁きたい 2


 白銀月国の城は白い崖に寄り添うに作られている。湖畔を囲うように造られた城下街。丘陵にある流星国とは大きく異なる。崖から切り出される岩石と近くの森から伐採した木材を組み合わせた建造物。


「うわあ、白いお城! それに素敵な街並み……。大きな泉……」


 馬車の窓に張り付くように外を眺めるセレーネが、感嘆の声を漏らした。


「エレイン湖は大蛇連合国一、澄んでいると言われている。この時期だと、凍りついていているんだが、見た目では分からない程だろう?」


「凍っているのですか? 嘘! でもレクスは……レクス王子は嘘なんてつきませんね」


 チラリと僕を見ると、セレーネはプイッと顔を背けてまた窓の向こうに視線を戻した。これは気のせいではないだろう。僕はニールに耳打ちした。


「なあ、ニール。やはり僕は避けられていないか? ここ最近、僕はセレーネに何か嫌がらせでもしたか?」


 半月前、熱を出したセレーネを看病した。距離が離れた事を反省して、僕は毎日セレーネに会いに行き、労い、仕事の質を褒め、花かお菓子を贈るようにしている。エルリックが小さな舞踏会を開催すると教えてくれたので、練習台にもなった。しかし、セレーネはぼんやりしたり、困り笑いを浮かべる事が多い。


「照れだと思いますけど。レクス王子に言い寄られて、照れない女性はカールのような変人くらいです」


 それなら心底嬉しい。名前を耳にして、カールの事を思い出した。女性の格好を嫌がり、いつも男装。女の子が好むものには一切興味を示さなかった幼馴染従者。確かに、彼女は個性的。


「それは朗報だ。しかし困り笑いの理由は何だ?」


「なんとなく予想はつきますけど、ご自分で確かめて下さい。目付け監視役に頼り過ぎないように」


 咎められて反省。しかし、ニールの視野は広過ぎる。割と多くの時間を共にして成長したはずなのに、どうしてこうも差があるんだ? ニールは肘で僕を小突いた。それからセレーネの方へ目配せ。


「コホン。セレーネ、明日の観光だけど、久しぶりに夫と会えることになったので、私は夫と息子と三人で出掛けることにしました」


 セレーネの隣で読書をしているラスティニアンが、楽しそうに肩を揺らした。愉快そうな目で僕を見つめている。


「家族でお出掛けですか? それは胸いっぱいに幸せな事です。楽しんで下さい」


 窓から顔を話して、振り返ったセレーネがラスティニアンに向かって微笑む。その次はニールに笑顔。二人とも、可愛らしい笑みを投げられるなんて、羨ましい。


「ええー、母上。俺はレクス王子とセレーネと観光の方が楽しいです。まあ……たまには親孝行をします。父上、公務日を合わせられたのですね」


 ニールはラスティニアンと違って酷い棒読み。この流れはあらかじめ用意された台本。ラスティニアンの夫、太陽国の国務補佐官ルミエールは最初から公務日を合わせている。別々の国で働くこの夫婦は、お互いの国を行ったり来たりという、不思議な生活をしている。しかし、大変仲が良い。


 セレーネは何も不審に思っていないような雰囲気。馬車の外の景色に夢中になっている。


「それなら、観光は僕とセレーネの二人でだな」


 但し、僕達を影から見守るだろうフェンリスと、護衛の騎士を除いて。セレーネがバッと僕を見た。気のせいかもしれないが、彼女の頬は桃色。照れてる? しかし、やはり困り笑い。


「あー、セレーネ。この誘いは嫌かい? 用意された部屋でゆっくりしたいとか……それなら……とても残念だけど、僕はエルリックに図書室の使用許可を貰う」


 こういう言い方は、遠回しの嘆願なので、あまり好きではない。それに、セレーネはまた困り笑いをしている。言い直そう。


「いや、単に僕が君と出掛けたいだけ。だから、ラスティニアンやニールに頼んだ。しかし、君の時間は君のものだ。無理をしなくて良い。調べ物をして、エルリックとチェスをして過ごすよ」


 断られるのはこれで二度目。僕は傷ついていないという表情を取り繕い、窓の向こうに目を向けた。前回の訪国は半年少し前。エルリックの誕生式典の時。エリニスとティア、それに幼馴染従者達とエレイン湖の上を滑った。あのスケートは中々楽しかった。セレーネは美しい氷に感動するだろうし、華麗に滑りそうなので、見てみたかった。


「おい、レクス。押せよ」


「相手が困っているのに、何故押す。そんな非道な事はしない」


 ニールに耳打ちされて、言い返す。


「あの、い、いや、嫌だなんてとんでもありません……」


 少し震え声。僕は視線をセレーネに戻した。俯いて、膝の上でギュッっと手を握っている。


「遠慮はいらない。ラスティニアン、ニール、明日は彼女も頼む」


 それきり、馬車内は沈黙。急に気まずい雰囲気になってしまった。酷く胸が痛い。この日に日に深まる溝は中々堪える。


 馬車が城に到着すると、父上を先頭に白銀月国王へ挨拶。その後、客室に案内され、そんなに休む間も無く晩餐会。この会には、ニールやセレーネは参加しない。晩餐会の後に、エルリックが僕を迎えに来て、僕とラスティニアン秘書は舞踏会へ移動。そこにニールとセレーネが合流予定。父上、宰相バース、アクイラは引き続き白銀月国王や補佐官達と会合。


 舞踏会の会場へ案内される途中、エルリックに「調子はどうだ?」と問いかけられた。


「調子? とても健康だ。ありがとう」


「いや、そうではなくて、片想いの方だ」


 耳打ちされた内容が予想外で、僕の全身に熱が駆け巡る。


「いやあ……。あまり……。というか……脈が無いかもしれない……」


 掻い摘んで、今のセレーネとの関係を説明した。明日、二人で観光したいと誘ったけれど、困らせただけだったということも話す。


「彼女は本当に珍獣娘だな。君に靡かないない年頃の女性なんて、滅多にいない。余程君が好みではないのだろう」


「高評価をありがとうエルリック。しかし、多分君やニールの評価が間違っているんだ。女性視点では、僕は良い男じゃないのだろう……」


 舞踏会なんで気が重い。社交場の踊りを覚えたセレーネが、誰かと踊るのを眺めるなんて針で心臓を刺されるようなもの。廊下を進む足取りが重い。


「レクス、おいレクスあれ……」


 ぼんやり歩いていたら、エルリックに背中を軽く叩かれた。あれ? あれとは何だ? 視線をあげると、大きな扉の前、壁際に空色のドレスに身を包んだセレーネが立っていた。隣にラスティニアン、ニールがいる。あのドレスは、ティアのものだ。ティアはドレスや寝巻きを侍女達に使って欲しいと母に頼んで去ったので、母がセレーネに貸したのだろう。


 編み込まれた髪に、僕が以前彼女に贈った髪飾りが飾られている。それに首飾りも僕が贈ったもの。使ってくれているところを初めて見た。薄化粧だけど、唇は目立つ赤。艶々していて果実みたい。セレーネは緊張しているのか、憂いを帯びた瞳。そこに長い睫毛がかかって影を作っている。こんな姿のセレーネは初めて見た。


「へえ……いやあ……あんなに可愛かったか? というか色っぽいな……」


 感心というより、少し見惚れているようなエルリックの足を軽く蹴る。不埒な目で眺めるな。腹立たしい。確かに大人びた化粧や髪型。扉前の王国騎士のうち、若い方の男もセレーネをチラチラと見ている。


「エルリック王子、この度は舞踏会にお招きいただきありがとうございます。レクス王子、お待ちしておりました」


 ニールが僕達に会釈をした。


「エルリック王子、お招きいただきありがとうございます。レクス王子、お待ちしておりました」


 セレーネもニールと同じように会釈。母と良く似た所作。相当練習したのだろう。


「ニール君、久し振り。セレーネ嬢、随分と見た目や物腰が変わられて驚きました。今夜は楽しんで下さい」


 エルリックはニールには会釈。セレーネには手を取り、手の甲に唇を寄せる挨拶。柔らかく微笑むと、セレーネは優雅にドレスを広げた。


「このような身分ですのに、私までお招きいただき、ありがとうございます」


 次は僕がセレーネに挨拶をする番。エルリックがアンリエッタからセレーネに心変わりしたら強敵なので、僕はさり気なくエルリックを押した。彼と同じ挨拶なら許されるだろう。僕はセレーネの手を取った。手袋越しのセレーネの体温は熱い。いや、自分の体温かもしれない。僕はセレーネの手の甲に唇を寄せた。触れないところで止めるのが礼儀(マナー)


「セレーネ、普段も可愛らしいが今夜の装いだと、とても麗しい。そのドレスは君にとても似合っている。それに贈った品もだ。少々君の可憐さに霞んでいるけれど……」


 顔を上げたら、セレーネは困り笑いだった。衝撃的というより、痛撃的。エルリックは良くて、僕はダメらしい。


「あ、あの……レクス王子、ありがとうございます」


 触れていた手が離される。おまけに手を引っ込められてしまった。


「すまない。あー……次からは触らないように挨拶する……」


 セレーネの困惑顔が棘になって、僕の心臓に突き刺さる。痛い。痛すぎる。


「すまない? 何故、レクス王子が謝るのです?」


 セレーネの問いかけに答えようとしたら、エルリックに腕を引っ張られた。


「なんだエルリック」


「おいレクス。何が溝が深まっているだ。あれは困り笑いじゃなくて、照れ笑いとかはにかみ笑いだ。嬉しいけど恥ずかしくてならないって顔に描いてある。君はやはりおかしい。珍妙過ぎる。触らないは撤回しろ」


 ……。


 ……?


 ……⁈


 僕はチラッとセレーネを見た。


 ラスティニアンとニールに愛くるしい笑顔を振りまいている。


「どう見たって、今の方が可愛いし、楽しそうな様子だ。僕に対しては困惑していた」


「鈍感を通り過ぎて罪だな。まあ、話は後だ。私達が行かないと舞踏会は始まらない」


 エルリックと僕が横並びで、セレーネ達は後ろ。確認したら、セレーネのエスコートはニールではなく、ラスティニアンだった。それは、少し安堵。セレーネとニールは僕とは真逆で日に日に親しくなっている。

「ねえ、ニール。褒められたわ。褒められたわ! 聞いた? 麗しいなんて生まれて初めて言われた。こんな幸せな事ってあるのね。最近の私、幸運過ぎて怖いわ」


「良かったな、セレーネ」


「でも、困ったわね。私、ちっとも穴から出てない気がするの。レクスが今夜、素敵なお姫様かお嬢様と踊るのを見たら、恋心はパッと消えるわよね?」


ニールは笑いを堪えて、至って真面目な表情を取り繕った。


「いや、パッとは消えない。それは仕方ない。皆、そんなものだ。辛くて悲しくてならないだろう。それに耐えるために、レクスと踊っておくと良い。楽しい思い出は、時に自分を支えてくれる」


 そんな話を、誰からか聞いた。誰だ? まあ、良い。ニールはセレーネに向かって歯を見せて笑った。彼女は単純だから、これでレクスと踊るな。誤解し合っているのに、ちっともすれ違わない二人には、こんな小細工いらない気もする。

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