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騙されたり、お節介を焼かれる

 ティアとエリニスが流星国を去った翌日、セレーネの義姉アフロディテと侍女アルセが帰国した。母親が迎えが来たらしい。彼女達とは殆ど喋れていなかったので残念。セレーネの好みなど、色々教えてもらいそびれた。


 なのに、ティアに帯同したアンリエッタとカールの代わりに、セレーネは城の侍女として雇用された。ハンナから両親への依頼らしい。ハンナは恩人に頼み込まれたという。恩人とはエリニースの事だろう。


 セレーネは僕と一つ屋根の下で暮らす事になった。期限は無期限。僕の初恋には追い風が吹いているらしい。


 三つ子がバラバラになって、早くも一ヶ月。公務とジョン王子の悪い噂を検証するという、忙しい日々の隙間時間を上手く利用し、僕はついにセレーネに求婚する準備を整えた。セレーネは侍女として働くことに、とても勤しんでいる。邪魔はしたくないし、うっかり無計画に口説いては困るので、毎日挨拶くらいにしている。本当はお茶をしたり、出掛けたり、西の森やその先にいる生物達の話をしたいけれど我慢中。


 人生設計と提案内容に問題がないか、早速ニールに相談しよう。もう窓の外はどっぷり暗くなっている。迷惑かと悩むけど、昼間は二人とも忙しい。まだ真夜中では無い。僕はニールの私室を訪れた。


 ニールは僕の来訪を快く受け入れ、ソファで話を聞いてくれた。しかし、確認して欲しい書類は受け取ってくれなかった。


「レクス、君はバカか?」


 僕の話が終わると、ニールは開口一番にそう告げた。


「それはどういう意味だい?」


「恋人になる前に、それもこんな分厚い資料を持って求婚しようなんてバカだって意味だ。それに何だよこの内容。君は何を目指している。エリニス王の宰相、医療福祉分野の担い手。それが口癖だったのに、煌国で医者になるとか、領主になるとか、この色々な提案は何だ?」


「彼女を幸福にするという、具体的な提案だ。何がおかしい。真剣に考え抜いたのに、バカとは酷いじゃないか」


 自然としかめっ面になったのが、自分でも分かる。


「僕の人生はエリニスと共に中々波乱万丈になる予定。それを告げないで求婚するなんて不誠実だろう? 想定される暮らしを考えられるだけ書き出して、その暮らしにおけるセレーネへの負担のなさや特典を列挙した」


 あー、と呻くと、ニールは目に右の掌を当てた。


「そんなの、恋人になってから二人で話し合えよ。っていうか、セレーネさんは日に日に騎士達と親しくなっている。なのに君はセレーネさんと全然接触しない。このままだと、上手くいくものもいかなくなるぞ」


「え? 騎士達と親しく?」


「その顔、見てないのか。明日、見に行こう」


 深いため息を吐くと、ニールは立ち上がった。


「これはフィズ様に渡します。再来月の連合国会議でフィズ様は君を伴わせる予定です。この意味、分かりますね?」


 急にニールの口調が仕事モードに変化した。


「え? 連合国会議に? あの席には王と王太子しか……」


「そう、王太子です。この城の誰もがエリニス王子を繋ぎ止める事を諦めました。よってレクス王子が王太子になります。まだ非公式ですけれど、共通認識です。てっきり、ご自身も分かっていると思っていました」


「まさか。父は僕がこの国に留まらない事を理解してくれている」


 僕も立ち上がった。ニールは僕を見て、ニヤリと笑った。


「フィズ様は宰相達に、母上は侍女達にこう告げていますよ。セレーネさんがずっとこの国に居たい。そう思うようにするように。あと、コーディアル様の付き添いをするのに、相応しい礼儀作法を教えるように」


 何だって⁈ そんな話、耳にした事はない。しかし、セレーネは流星国を大変気に入ってくれている。そういえば、セレーネには、日に日に淑やかさというか、優雅さが身に付いている。城の侍女という仕事に、セレーネがやる気を出しているから、皆が親切に教えていると思っていた。違うのか。


「つまり、セレーネで僕をこの国に縛り付けるのか!」


「初恋が上手くいくように応援するぜ、レクス」


 ニールが走り出し、部屋を出ていった。慌てて追いかける。セレーネへの提案書に記した人生設計を父が読んだら、全部の芽を潰される気がする。まずい。


「待てニール! 君は僕の味方だと信じていたのに!」


 ニールの足は遅いので、すぐ追いつける。ニールが振り返った。眉間に深い皺。


「セレーネさん! 寝巻きで廊下を歩くなんてダメです! ほらっ! 向こうから来る従者に見られてしまいます!」


 セレーネが寝巻き姿⁈ 今すぐ上着を羽織らせて隠さないと。淑女のあられもない……振り返ったら誰もいなかった。


 騙された!


 もうニールの姿がない。もう廊下の角を曲がったようだ。そのすぐ先は両親の私室。


「ニール! この嘘つきが!」


 両親の私室の前まで走り続ける。扉前で一旦深呼吸をして、扉をノック。返事は待たない。


「父上、母上、失礼しま……す……」


 扉を開いて、飛び込んできた光景に言葉を失う。可愛らしい寝巻き姿のセレーネが、ソファで母と談笑していた。二人とも編み物をしている。父とニールの姿はない。


 淡い青色の寝巻きは、母とお揃いのティアのもの。


「あら、こんばんはレクス。セレーネちゃんに編み物を教えていたの。覚えが早いのよ。とっても器用なの」


 母がにこやかに笑う。含み笑いだと感じる。


「レクス! 毎日忙しそうで、あんまり会えていなかったから会えて良かった。ティア姫とアンリエッタ、それからカールさんに手袋を送るのよ。私もこっそりお揃いにするの」


 元気いっぱいというように立ち上がったセレーネが、僕に近寄ってきた。髪を横流しにしていて、何だか色っぽく見える。襟ぐりが少し広めだからかもしれない。足首より下も丸見えだし、目のやり場に困る。


「ティア姫とアンリエッタがね、絵葉書と押し花のしおりを送ってくれたの。あのね、レクス。この間までコーディアル様に刺繍を教わっていたの。料理は私も得意よ。コーディアル様って、お妃様なのに何でも出来るのね。私、すっごく尊敬しているわ」


 この様子だと、母もセレーネを囲う作戦に参加している。というか、最初からかもしれない。セレーネが母と会って、僕の様子を知って、その時にはあれこれ根回ししたのかも。そんな風な事を言っていたような気がする。


 それにしてもセレーネが近い。


 近い、近い、近い! あられもないし、可愛らしいし、キラキラ光って見えて眩しい。直視出来ない!


「あ、あの……ごめんなさい。忙しくて疲れているわよね。会えたからつい……」


「ティアが服を貸していったから、こうして一緒に過ごしてくれると、少しは寂しさも薄れるわ。娘が増えたみたいで嬉しいの。レクス、貴方もたまには(わたくし)に構ってくれない?」


 母に手招きされる。母はセレーネに「紅茶をお願い」と命じた。


「はい、コーディアル様。私、今夜こそ美味しい紅茶を淹れる自信があります!」


 会釈をすると、セレーネは机に編み物を置いて、部屋を出ていった。


「さて、(わたくし)はフィズ様と夜の散歩に行きます」


 クスクス笑いながら、母が立ち上がる。


「ニール、二人きりは緊張するだろうから三人でゆっくりすると良い」


 隣の部屋から父が現れる。父の脇で、ニールが澄まし顔。


「いえ、お邪魔虫は馬に蹴られて死んでしまいます。私はまだまだ死にたくありません」


「それもそうだ。それにまあ、レクスなら問題ないか。いやあ、セレーネさんは良い子だ。妃教育にも精力的に励んでくれている」


 衝撃的発言に、激しい咳が出た。


「き、妃……妃教育⁈」


 うんうん、と母が頷く。刺繍、編み物、料理などなど、妃教育とはそれか? セレーネには「親切」として行っているのだろう。


「ああ、だから早く整えなさい。仕事、仕事では上手くいくものもいかないぞ。それに彼女は元気で働き者で、愛嬌もあるから人気者だ。何もしないと他の男性と良い仲になってしまう。なあ? ニール」


 うんうん、とニールが首を縦に振る。


「そうですね。良い男に熱心に口説かれたら、恋人同士になるでしょう。セレーネさんは、この国の騎士団と随分と親しくなっていますし」


 これは……逃亡しよう。寝巻き姿のセレーネと密室で二人きりなんて、そんな破廉恥行為は無理。正式に婚姻しないと、そんな事はしてはいけない。両親の貞操観念は固いと思っていたのに、どういう事だ!


 何が「なるべく子供達には幸福や自由を与えたい」だ。縛り付ける気満々じゃないか!


「知っての通り、大蛇連合国には少々不穏な問題が発生している。レクス、精神的に支えてくれる女性というのは本当に助けになる」


「まあ、フィズ様。支えになり、助けになっているとは光栄で幸せです」


 母が父に寄り添うと、父はデレッとした表情になった。ニールはいつものように、見ないフリをしている。


「婚姻前に淑女と密室で二人きりなど言語道断。そう言うべきです! 至極当然な貞操観念なのに、僕を国に縛る為にセレーネに非道な仕打ち……」


 口を塞がれた。この感触、フェンリスの尻尾。


「んー」


 声が出せない。鼻は空いているので息は可能。しかし、毛でくすぐったい。


「非道? 私の自慢の息子の妃候補として手厚く歓迎している。彼女が君を好きになったら、非道とは真逆ではないか。君は理性的だし、セレーネさんに手酷いことなんてしない。それにしても君はレクスの誠の友だなフェンリス。息子の応援と見張りを宜しく頼みます」


 父は母とニールを連れて、鼻歌交じりで部屋を出ていった。母が僕に向かってウインク。ニールには肩を叩かれて「頑張って下さい」と応援された。


 僕はセレーネがティーセットを持ってくるまで、フェンリスの尻尾の毛で鼻先をくすぐられ続け、何度もくしゃみを出した。

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