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大狼王子、血塗れ王子と対立する 6

 誘拐事件の日の夜、僕はエリニスと話し合いを重ねた。エリニスの私室は相変わらず物が少ない。いつでも居なくなれる、そう言わんばかりに物がない。


「血塗れ野郎の見張りついでに、本国まで行ってくる。知りたいこともあるし、ちょっと王と遊んでくる」


 ワイングラス片手に、エリニスは遠い目をした。ソファにしなだれかかっているだけなのに、本当に絵になる。ただ、肩まである長髪だった時の方が優雅さがあった。今は猛々しさが増して、口調もあって品位が少し薄れている。


「ドメキア王を脅すのか。知りたいこと?」


「まあな。シャルルを押し上げたら東へ去る。ついてくるなら別れ話をしたり、準備をしておけ」


 生後以来、人生で最も短くなった髪を撫でながら、エリニスはワイングラスに唇をつけた。憂いを帯びた瞳はゆらゆらと揺れている。


「東の何処へ行くつもりなんだ?」


「まあ、拠点が無いと困るので煌国だな。皇居にでも住む。お前はお爺様の手伝いや医者でもしろ。あの妙ちくりんセレーネと暮らすのなら皇居から離れていた方が良いかもな」


 ぶほっ。僕は飲みかけの白ワインを吹き出した。


「汚ねえなレクス!」


 エリニスの顔がワインで濡れる。エリニスはしかめっ面でハンカチを取り出し、顔を拭いた。


「く、く、く、く、く、暮らす⁈」


「見ていてアホ臭いので、とっとと口説き落とせ。お爺様に頼めば田舎領地くらいくれるだろう。父上がこの地に来て、国を興したようなことでもしろ。この新しくて小さな流星国に必要なのは後ろ盾だ」


 それは、途方も無い話。とりあえず、揶揄われたくないのでセレーネとの件は無視する事にした。


「いや、僕は君の支えになろうと思っている」


 ほんの少し嬉しそうな表情を見せた後、エリニスは僕から顔を背けた。


「場所によっては俺とお前は行動を共に出来ない」


「まあな。でも離れていたって支援は出来る。頼まれ事だってされたい。勿論、内容による。だから、東へ行く目的を教えてくれ」


 こっちを見るまで、エリニスを見据える。沈黙が続き、しばらくしてからエリニスは顔をこちらに向けた。


「いいか、レクス。この西の地は連合国とは名ばかり。まだまだ小競り合いが多いし、不安定な面もある。しかし、大規模戦争はない」


 ワイングラスを机に置くと、エリニスは小さなため息を吐いた。


「東はどうだ? 大陸中央の統合をするとかしないとか、あれこれと戦争続き。俺はそれを終わらせる。俺には神にも等しい力がある。他の者より多くを救える。不幸を傍観するような男にはなりたくない」


 立ち上がると、エリニスは窓の方へと歩き出した。


「父上は母上に惚れて、この地へ乗り込んできた。ドメキア王とお爺様を取り持ち、以前より強い休戦協定を締結。国交の回復もした。平凡な男である父上がそこまで出来る。なら、俺はこのアシタバ半島や大陸中央を裏から牛耳るくらい出来る筈だ」


 窓の外を見つめながら、エリニスは低い声を出した。このように語るエリニスは珍しい。喋らせておこう。


「俺の直下、最たる駒はシャルルだ。大蛇連合国を束ねられる器がある。俺でも良いけれど、それだと大陸中央の争いを放置する事になる。代わりがいるなら、任せるべきだ」


 エリニスがゆっくりと振り返った。楽しげに笑っている。


「偉大な王がいたって、広すぎる土地の管理はしきれない。人の寿命も短い。だから有能な管理者を選ぶ。祭り上げる。必要なら育てる。そいつらが自分の下を育てるだろう。俺はそうやって、この世の全てを掌に乗せたい。特別な存在である俺なら成せる」


 自信に満ち溢れた瞳。三つ子の兄が、そこまで壮大な野心を抱いているとは思っていなかった。


「争わないようにと考えるの何が悪い。血が流れないようにと願う事が悪い筈がない。俺は今よりもより良い、鮮やかな世界を作る。流星は幸福を作る存在。流星国の王子なのだから、俺はこの世で最も多くの幸せを作るんだ」


 悪戯っぽく笑うと、エリニスは胸を張った。


「エリニス、それは素晴らしい考えだ。けれども……」


「俺は手段は問わない。取捨選択もする。父上の背中から学んでいる。常識や正義、善行が必ずしも平和や共存を生まないことも理解している。時に、俺は手を染めるだろう」


 笑みを引っ込めると、エリニスは小さなため息をついた。ほんの少し、不安げである。


「人道外れたらブン殴れ。そんなところか」


「御名答! 俺の監視役には、バジリスコスやココトリスもいる。だから偉大な俺に気後れしたりするなよレクス」


 エリニスの右腕が頭に向かって伸びてくる。僕はひょいっと避けた。


「了解。ドメキア王を脅すなら、何をするのか父上に話をしてからにしろ。僕にもだ。流星国の盾や尻拭い役をさせられるのは構わないが、根回ししてくれ」


 またエリニスの腕が伸びてくる。今度は素早くて避けられなかった。僕が避けたので、ムキになったのだろう。


「信頼すれば無防備に背中を任せる。俺はそういう男だ。宜しく」


 髪をぐちゃぐちゃにされた。


「父上がジョン王子の側近騎士に、この国の重罪人証を焼きつけた。二度とこの国に入れないようにな。それから、ドメキア王に挨拶をするようにも伝えたそうだ。父上からドメキア王への文を持たせている」


「早っ! 俺よりも先に脅迫か。あの狸親父め。父上はいつも行動や判断が早い」


「君か僕が似たようなことをするだろうから、先回り。そう言っていた。父上からの僕達への伝言。後押ししてくれても良い。だってさ」


 感心したようなエリニスの髪を、仕返しとばかりにぐしゃぐしゃにする。エリニスは成すがままだ。思案中という様子。


「父上は怒らせると怖いからな……。お爺様や叔父上の権威を傘に着てやり大放題。ジョンを王太子から蹴落とせとは言っていないだろうけど……で、俺にやらせるのか! 何て奴だ!」


 確かにその通り。父は政治面だとズル賢いし計算高い。プライベートだと真逆なのに。


「だろうな。父上は亡命を兼ねて、ティアを岩窟龍国送りにする。そんなに惚れたならルタ皇子を口説き落とせ。さもなきゃ煌国に嫁入りさせる。嫌なら残念だがジョンの側室妃。そうティアを煽った。ルタ皇子は、僕やエリニスが去った時の為の後継者候補みたいだ」


「ああ、らしいな。アクイラと話しているのを盗み聞きした。それに自慢の娘がルタ皇子に嫌われたから腹を立てていた。ティアを岩窟龍国で暮らさせて、もっと見ろって事らしい。父上はルタ皇子をティアで釣って、この国でこき使う気だ」


 エリニスと顔を見合わせる。


「ルタ皇子とチェスでもするか」


「ルタ皇子をチェスに誘おう」

 

 父上にそこまで好かれるとは気になる。確かに好ましい雰囲気の男で、よく鍛えていて、気立ても良かった。しかし、本質はまだよく知らない。


「血塗れジョンのライバルとは不運な男だな」


「知らないうちにジョン王太子と対立なんて、大変な男だな」


 流石、三つ子。意見が一致すると言動が同じになる。


「ティアに陥落して父上に頼み込んでくるのに、銀貨五枚とシャルルから貰った一昨年のワイン一本」


「ティアに惚れて父上の所へ来るのに、銀貨五枚とエルリックから貰ったワインを一本」


 これでは賭けにならない。


「真似するなレクス」


「真似するなエリニス」


 ……。引いたらこの賭けは負ける。そういう予感がする。この件は白紙にしよう。


「そうだ。参考までに聞きたい。お前はあのチンチクリンをどうやってデートに誘った?」


「そうだ。参考までに聞き……エリニス、君に恋人が出来たのか? それこそ、聞きたい。波乱万丈な人生についてきてもらう為に、君は何を……」


 というか、相手は誰だ? エリニスは不機嫌そうにそっぽを向いた。


「やはりいい。俺は忙しい。お前のように男らしさが出るように、髪も切った」


 え? 断髪したのはそういう理由? エリニスが僕のように、なんて発言をするのは初めて。いきなりエリニスに睨まれた。顔が赤い。こういうエリニスも見たことがない。


「何も聞くな。黙れ。チェスだチェス。行くぞ」


 ニヤニヤしてしまったら、エリニスに背中を叩かれた。これは……楽しい。エリニスがセレーネの事で僕を揶揄う理由はこれか。余裕綽々で堂々としたエリニスの、意外な一面。


 それにしても、初恋の時期が同じとは、三つ子とは不思議なものだ。



 ☆★


 翌日、父はジョン王子と側近達を巧みな嘘で流星国から追い出した。おまけに「娘はジョン王子に気がある」という雰囲気を醸し出していた。父は食わせ者である。そしてエリニスも「学びたい」などと建前を作って、ジョン王子の金魚の糞を演じ、ついていった。離れるものかと、ヴァルも帯同していった。


 その翌日、ティアはルタ皇子と共に岩窟龍国へ発った。表向きは「王族として、見識を広げる為。煌国へ嫁入りする前に、大陸中央部の文化に触れてもらう為」である。アンリエッタとカールが「ティア様の護衛騎士隊長だから」と主張してついていった。二人ともティアの目付け監視役なのに、おまけに存在しない護衛騎士の隊長とは謎。変な二人。

 

 僕達三つ子は生まれて初めて、バラバラになった。エリニスとティアの生活は一気に激変。


 僕達は一心同体。三位一体。だから、間も無く僕の世界も激変するだろう。

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