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大狼王子、血塗れ王子と対立する 4

 途中で消えたセレーネとヴァルは別の荷馬車を追いかけていたらしい。一つ向こうの丘の下に、全壊した馬車、縄で捕縛された男達、それから身を寄せ合う女性が三人。丘の上から様子を確認した時、ヴァルと目が合った。女性達を連れて、ゆっくりと丘を登ってくる。


 彼女達はセレーネを見て、ビクリと怯えた。


「私、怖がらせちゃったみたい」


 萎れ声を出すと、セレーネは僕の背中に回った。


「そうかもしれないが、きっと感謝するだろう。違かったら、僕が代わりに褒め称えてお礼を言う。君は正しい事をしたのだから、堂々としていれば良い」


 不意に背中に温もりを感じ、僕の体温は急上昇。チラリと振り返ると、セレーネが僕にもたれかかっていた。触れ合う背中が熱い。セレーネは少し唇を尖らせ、俯いている。


「うん。ありがとう。私、レクスが分かってくれるからそれで良い」


 それで良い、そう言いながら、やはり寂しげな声。胸が痛む。セレーネは自分の村でどういう扱いをされてきたのだろうか。


「レクス王子! 聖女様は大変強かったです! エリニス王子と同じで!」


 ヴァルが感嘆の声を出す。途端に女性達はセレーネへの目の色を変えた。畏怖と同時に尊敬という様子。


「エリニス同様、彼女は特別だから蛇神様が力を貸してくれるそうだ!」


 大袈裟くらいで良いだろう。僕は振り返り、セレーネと向き合った。手を取って恭しいというように会釈をする。


「我が国の大切な民を守る手助けをしてくれて、ありがとうございます」


 セレーネはポカン、としてしまった。あと、演技が恥ずかしいのか顔が赤い。ヴァルや女性達の雰囲気が更に良くなる。嘘も方便だ。


「ヴァル! パーズが応援を呼んでいる! 彼女達を頼む!」


 僕はセレーネの手を引いて、ビアーの所へと戻る事にした。誘拐犯達や助けた女達は彼等とこれから来る騎士団に任せて、エリニスと話をしたい。


「協力には感謝するけど、大切な君の尊い体に傷でもついたら困る。僕がいる時は僕が前に出て君を守るので、後ろにいて欲しい。あと、危ないところでは見えるところにいて欲しい。セレーネ、怪我は無いか?」


 顔、手、足、とセレーネの体を確認。傷一つ無くてホッとする。髪や服についている木屑をハンカチで払う。目が合うと、セレーネは赤い顔で固まっていた。


「セレーネ?」


「……。っは! ゆ、夢ね!」


 何故かセレーネは自分の頬を抓り、痛くないわと呟いた。


「夢?」


「そうよ。夢の中のレクス。いつから夢なのかしら。レクスと踊った時? そうよね。あんな素敵な事が私に起こるなんて、よく考えたら夢よ」


 何故かセレーネは自分の頬を抓り「痛くないわ」と呟いた。誘拐犯を捕まえて、緊張の糸が切れたのか?


「いや、セレーネ。君は起きている。昨夜、この僕と踊ってくれた。君のような素敵な女性と過ごせて人生で最も素晴らしい誕生日の夜だった。ありがとう」


「へっ?」


 セレーネは紅葉した楓みたいになって、ぼーっとしてしまった。急にどうしたのだろう? この、ぼんやりしたセレーネをこれからの事に付き合わせる訳にはいかない。ぼんやりしていなくても、勿論ダメ。


 僕のセレーネを任せられる……間違えた。僕のものではない。女性はものではない。僕の愛しいセレーネを任せられる人材は……アンリエッタだ。カールでもいいか。男は却下。街に戻って、セレーネを預けて、エリニスのところ。


「セレーネ、本当にありがとう。しかし、君に万が一の事があると僕は死ぬ程辛い。この事件は僕と騎士団で処理する。街へ戻ろう。ビアー! ここは任せた! 僕は各所へ報告に行く!」


 セレーネを抱き上げて、馬に乗る。セレーネを馬に横座りにして、落下しないように後ろからしっかりと支えつつ、手綱を握った。


「レクス王子! お任せ下さい! 聖女様、是非とも今度、部下の騎士団員にご指南をお願いします。この度はご協力ありがとうございました」


 敬礼したビアーに、セレーネは戸惑いを見せた。


「レクス……私、聖女とか……そんな嘘は……」


 少し後ろを向いたセレーネが僕に小さく囁く。


「別に悪事を働く訳では無い。お互い、気分が良い方がいい。世の中には必要な嘘もある」


 僕はセレーネに囁き返した。馬を蹴り、ビアーに軽く手を振る。さて、問題はここから。ジョン王太子には詰め寄れない。何せ証拠が無い。捕縛した者が自白しても、ジョン王太子は認めたりしないだろう。そもそも、若い女性や、ましてや子供まで攫って何をするつもりだった。


 ジョン王太子の嗜虐的な性的趣味。社交場で時折耳にする。エリニスが彼に付けている渾名は「血塗れジョン」で、ティアも「血の匂いがする」と毛嫌いしている。ティアは自分の親しい姫や令嬢を決してジョン王太子に近寄らせない。ティアの人の本質を見抜く勘は並外れている。それでもティアは、国や家族の為ならばと、ジョン王太子との政略結婚に応じるだろう。


 僕もジョン王太子に良い印象はない。彼の目の奥には、暗闇が蠢き、常に人を嘲っているように感じる。大蛇連合国の次の王があれでは、この西の地はいつか絶対に荒れる。エリニスは彼をどう蹴落とすつもりだ?


 エリニスは僕に何も語ってくれない。僕はエリニスが失敗した時の流星国の盾であり、尻拭い役。だから、仲間には入れてもらえない。言われたことはないけれど、僕の認識は合っているだろう。


「レクス、大丈夫? 酷い顔色よ……」


 ポツリ、と雫が額に当たる。セレーネが僕の額をハンカチで拭ってくれた。次第に雨脚が強くなっていく。僕は外套(マント)を外して、セレーネに掛けた。セレーネが僕の頭に外套(マント)を掛け直す。


「街にオーガが侵入しているなんて不安よね。でも、匂いを覚えたから大丈夫よ。私が街中を探し出して退治するわ」


 凛々しい顔つきのセレーネに、僕は眉をひそめた。


「セレーネ、オーガとは化物とか怪物という意味だろう? 君は匂いで分かるのか?」


「嫌な匂いがする人は、みんな人の皮を被ったオーガよ。ロトワアピスから教わっているから分かるわ。律しているなら見逃すけど、やられたらやり返さないと。二度と悪さを出来ないように叩き潰さないと、害されるわ」


 淡々と告げたセレーネに対し、僕の背中にゾクリとした悪寒が走る。セレーネの常識は僕達とは異なる。彼女はアピスに育ててもらったと言っていた。そのせいだ。


「みんな怒っているわ。お世話になっているから私も戦う。オーガは絶対に許さない」


 馬の背に立ち上がったセレーネが、僕を見下ろす。彼女の目が真紅になっている。まるで、憎悪と怒りの炎を閉じ込めたような色。表情が急に乏しくなった。


 全身に鳥肌が立つ。慈愛に満ちた微笑みに、燃え滾るような瞳。作り物のような無表情。僕は慄いた。セレーネでは無い。確信はないけれど、そう感じる。


「貴方は誰です?」


「御名答、王子様。娘は感化されやすいので寝てもらう。私の愛娘を西の森へ連れて来い。間も無く、猶予は終わり。裁きの時が始まる」


 かなり低い声で、セレーネの話し方とは異なる。彼女はフッと意識を失い、倒れた。慌てて受け止める。


 愛娘。そう言った。今のはセレーネの義父? どういう原理だ?


 僕はセレーネを抱え直し、馬から落とさないようにしっかりと抱き締めた。進路を変えて、西の森へと向かう。全身の鳥肌が止まらない。この国の、いやこの西の地の何かが変わっている。そう強く感じた。


——王達と会談をして、お祭りの日には帰るって 言っていた


——お父さん、いつも忙しいのよね


 セレーネの義父はどういう存在だ?


 ついに会える。


——娘に手を出す前に挨拶に来い。先に手を出したり、娘に相応しくない男の場合、頭蓋骨を粉砕する


 手紙の内容を思い出し、僕は背筋を伸ばした。やましい事は何もないし、父やエリニス、大勢の従者を見習って励んできた。落第点はつけられない筈。


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