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番外編 舞踏会での出来事

【少し前のエリニス】


 昼間は城下街で行われる流星祭りに参加。公務で挨拶などをしたが、ルタ皇子に祭りを案内したひと割と自由だった。夜は他国の年が近い王族、貴族と交流を深める舞踏会。今度は政治的な駆け引きや派閥形成が必要。昼間より楽しいかは自分次第。


 壇上に並ぶ主役である3つ子。ティアを中央にして横並び。俺達はいつもの晩餐会と同じ服を着ている。貧乏国と陰口を叩かれるが、倹約は両親の方針。この国の美徳。服や宝飾で飾らなくとも、自分達3つ子には稀有な容姿がある。


 黒と金、それに赤で統一している俺の衣装。純白に銀、そして青を基調としているのはレクス。ティアは白と真紅のドレス。ザッと広間を見渡しても、着飾っている招待客の誰よりも輝いているのは自分達。


 俺、レクス、ティアと順番に挨拶。各々に送られる拍手の数は徐々に小さくなっている。レクスやティアの味方と敵が丸わかり。俺の時は「あいつに逆らうのはマズイ」という思惑が働いているのに、気が緩むとはこのこと。


 俺が注意深く広間の招待客を観察し、敵味方の顔や名前を記憶しているというのに、ティアは相変わらずポヤヤンとした空気。


 レクスは笑顔で何もかもを隠すので、何を考えているか計りかねる。多分、あのお転婆で喧しいセレーネの事でも考えているのだろう。レクスは演技力が高いのに、セレーネに関しては緩くなる。


 自分達の前に父である流星国の王フィズが立ち、挨拶を始めた。


「なあ、エリニス。ティアの様子、変じゃないか?」


 唇を殆ど動かさないでレクスが囁いてきた。この話し方は兄弟共に得意としている。間にいるのに、ぼーっとしているティアの耳には入っていない様子。


 ティアの視線の先を追う。後方の窓際近くに立っているルタ皇子を熱心な目付きで見つめている。頬を赤らめたぼんやり顔。国王である父が招待客へ謝辞を述べる間、ヘラヘラしていたり、つまらなそうな表情の来賓は多い。そんな中、ルタ皇子は背筋をピンと伸ばして、精悍な表情で父を見つめている。


 なかなか感心な態度のルタ皇子の隣には、ティアに見惚れて締まりのない顔をしたリシュリ。側近が主のかなり格下とは、岩窟龍国というのは大丈夫なのか? まあ、弱小かつ傾国気味なのは知っている。まさに、その通り。そんな国の皇子にティアが熱を上げている。これは、どうしたものか。


「何だティア。その熱視線は」


 俺の問いかけに、ティアは扇で口元を隠しながら、歓喜というように微笑んだ。


「エリニスお兄様。ティアはついに、運命の方と知り合いました。勇猛果敢な騎士様かと思っていましたが、東にある岩窟龍国の皇子ルタ様でした」


 俺は再度ルタ皇子を確認した。観光案内にて、頭の良さに政治への意欲的な態度や自己向上の塊なのは短時間でも感じた。で、本能人間のティアが「運命の方」か。父がティアの婿候補を何人か招待しているというのを盗み聞きしている。ルタ皇子はその1人かもしれない。


 とりあえず、ルタ皇子をティアで完全に確保するか。


「はあ? 何だティア。恋人を作っていたとは知らなかった。そんな素振りや暇はあったか? まあ良い。ルタか。流星祭りで会ったが、あれは中々良い男。我が直下にしても良さそうだった。それなら、この後俺がティアの為に一肌脱いでやろう」


 間違いなく恋人ではないだろうが、こういう言い方をしておけば、ティアは「運命の相手なのだから恋人だ」などと思い込む。思い込みが激しいのはティアの悪癖。分かっていて利用するのは愉快かつ、役にも立つ。なにせ愛嬌がたっぷりなので、ニコニコ言い寄られた相手は大抵断れない。時に脅迫よりも有効な手段。


 俺はレクスに目配せした。なのに、そのレクスもポヤヤンとした表情をしている。心ここにあらず。この後舞踏会を抜け出して、セレーネとイチャイチャ食事会らしい。父上に頼まれてしぶしぶ協力を了承したが、解せない。弟の癖に兄の先を行こうとは腹立たしい。後で邪魔してやろう。


 兄妹揃って阿呆め。社交場は戦場だというのに始まる前に戦線離脱。まあ、そもそもティアは毎回逃亡している役立たず。


 父の挨拶が終わって、本心からというものと嘘と偽りが混じった拍手が巻き起こる。壇上から降りる時に、レクスがぼんやりとした顔で俺とティアに軽く頭を下げた。


「エリニス、ティア。すまない。僕は風邪を引いたらしい。昼頃から熱が出たり、息苦しくなったりするんだ。今は大丈夫そうだが、明日は大切な会議がある」


 ちっとも、すまなそうな顔に見えない。レクスはどうみても血色の良さそうな顔をしている。嘘が巧みなレクスを、こうも演技下手にするとはセレーネは珍獣中の珍獣だな。俺より腕っ節が強いし、変な女。なのにレクスは猫可愛がり。弟の趣味は理解不能。


「ふーん。そうかレクス。この舞踏会を取り仕切るのに加えて、あれこれしていたから疲れたのだろう。医者に診てもらって、休むといい。挨拶回りは兄であり、一応王太子である俺がしておく」


 俺が、()()王太子と発言するたびにレクスは渋い顔をする。なのに、反応なし。心はもう屋上に行っているのだろう。


「ありがとうエリニス。甘えさせてもらうよ」


 爽やかで嬉しそうな笑顔を残して、去っていくレクス。スキップしそうな程、ウキウキして見える。ホールから去るレクスを目ざとく見つけた招待客の多くの姫は落胆している。相変わらずモテる男。セレーネの存在がバレたら暴動が起こるかもな。


「阿呆レクスは放っておけ。昔から妙ちくりんだと思っていたが、本当に奇人変人。関わると疲れるから無視していろ」


「エリニスお兄様、何の話です?」


 ティアは何も知らない。教えていない。蚊帳の外。うっかり屋でお喋りなので、姫君達にレクスとセレーネの様子を話しそうだからだ。アンリエッタとカールが上手く誤魔化している。長年レクスに片想いしているアンリエッタは可哀想。まあ、仕方ない。アンリエッタも多くの男を袖にしている。世の中、上手くいかないことだらけだ。エリニスは肩を竦めた。


「そのうち嫌でも分かるさ。さて、ティア。行こうではないか」


 右手を差し出して、ティアをエスコート。ティアの右手を掲げて、広間の中央へと移動。一瞬、広間から去る父と目が合ったが何も言われなかった。この晩餐会を信頼されて任されたということ。


〈また悪知恵かエリニス〉


〈悪知恵ではなく知恵だろうバシレウス〉


 もちろん、とエリニスは二匹の友に小さく頷いた。左手で腰に下げている装飾用の剣を鞘から抜く。刃は研いでない、虹色がかった刀身にシャンデリアの光が乱反射するように動かす。


「本日は余興として、まず私が華麗に舞って皆様を楽しませます」


 広間中の注目が俺とティアに集まる。


「剣術を嗜む方に是非相方を、おお、そちらのルタ皇子! 昼間は世話になりました。どうぞ宜しくお願い致します」


 蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと。さあ、出てこいルタ皇子。逃げ場はない。剣の切っ先をルタ皇子が居る方へ向ける。背が高い同士、間に人がいても目を合わせられる。ルタ皇子は驚いた表情。俺はニコリと笑いかけた。


「軽く切り掛かってきて欲しいです。折角の社交場ですので、自己紹介も兼ねて。初めましての方が多いでしょう?」


 挑発を声に込める。さあ? どう出る。それ次第で囲い方を変える。俺とルタ皇子までの間に立つ招待客達が、自然と左右に分かれて道を作った。


「岩窟龍国、第3皇子ルタ・エリニースです。皆様、以後お見知りおきを。偶然にも同じ名という事で、このように誘われるとは有り難いです」


 悠然とした態度に柔らかな物腰。剣の抜き方も目を惹くような動作だった。これは合格。一方、怯んでいるような側近リシュリは本当に使い物にならなそう。ルタ皇子は俺の直下の部下に決定。あの側近は追い出して、他の使える人材を充てがおう。


 ティアの手を離して、ルタ皇子の方へとそっと背中を押す。ティアは何故かルタ皇子の側近リシュリの隣へと移動した。


 まあ良い、とルタ皇子と相対する。華麗な会釈をして剣を構える。さあ、来いとルタ皇子に目で訴えた。演舞だと伝えたので、大袈裟かつ舞うようにルタ皇子が切り掛かってきた。身のこなしも合格。小国にこんな逸材がいるとは、世界は広い。セレーネもそうだ。自分みたいな存在がいるとは思ってもいなかった。


 ルタ皇子は中々の手練れなようだが、俺の足元にも及ばない。しかし、大蛇連合国内にここまでの腕前の同年代の者は少ない。


〈龍の皇子を気に入ったのかエリニス〉


〈我等もまあこれは気に入る。姫に相応しいと思うぞ〉


 角蛇バシレウスと鷲蛇ココトリスの言葉に、俺はルタ皇子の扱いを決めた。直下の部下ではなく直下だ。シャルルと横並び。正しい速断即決が出来なければ、壮大な野望持つ自分は生き残れない。


 俺とルタ皇子の実力や存在感を見せつけるには、今のままの演舞では不足。俺はルタ皇子の剣を慎重に弾いた。使える材料は、昼間ルタ皇子の側近リシュリから仕入れたもの。それから、以前岩窟龍国の使えない皇子から入手した話。


 俺の意図に気がついたルタ皇子が目を丸めた。


 剣と剣のぶつかる金属音を旋律にする。岩窟龍国に伝わるという曲。音楽だと気がつくものはいるか? そいつもなるべく囲おう。ルタ皇子は気がついたらしい。驚愕が隠れていない。全神経を注いでだが、成せている。


 さすが俺! 神の名を与えられたこのエリニスは神の申し子だ! この世の頂点に君臨するべき男!


〈自画自賛かエリニス。謙虚になれ〉


〈人の教育係が悪い。あのアクイラとかいうのがそもそも悪い〉


 そうか? とエリニスは2匹の海蛇に目配せした。自信は大切。実力を出し切るのには己を信じることが不可欠。


〈それも一理あるな〉


〈あの教育係は骨があるので嫌いではないぞ〉


 嫌いではないではなく、好んでいると知っている! 楽しい。少なくとも、今の状態はルタ皇子の実力があって作れるもの。これまで俺に何とかついて来れるのはレクスしかいなかった。世界は何て広い。胸が踊る。


「龍が現れ、岩を砕き、ひらけた大地へ雨がそそがれ、命を育む!」


 剣で奏でる音に乗せて伸びやかに歌う。


 俺はルタ皇子の剣を弾いた。ついでなので氷姫(コキュートス)にルタ皇子の剣が床を滑っていくようにした。


 1番近い招待客から赤葡萄酒の注がれたグラスを奪う。


 以心伝心、側近ヴァルは葡萄酒が注がれたグラスを広間内の招待客に配り終えている。そして、俺の踏み台となってくれた角蛇バシレウス。常に俺の考えを見抜いて協力してくれる偉大な友。


 高く跳んでシャンデリアを掴む。鍛えた腕で、体を軽く持ち上げて反対側の腕にて高々とグラスを掲げた。


「龍が現れ、宝に満ちた穂を揺らし、命を繋ぐ! 岩窟龍国には骨がある皇子がいるのだな! 第三皇子ルタよ、ようこそ大蛇連合国、流星国へ!」


 ルタ皇子は益々驚いていた様子。角蛇バシレウスがティアをルタ皇子の隣へと移動させた。この広間で最も親しい王族、大蛇の国本国第3王子シャルルに軽く目配せ。シャルル——エリニス派閥から大きな歓声と拍手が巻き起こる。


 シャルルはエリニスが家族以外で最も信頼し尊敬する男。お前の為に新しい人材を手に入れたぞと、俺はさり気なくシャルルにウインクをした。なのに、シャルルは軽くため息を吐いて、苦笑いしている。シャルルは派手なことが嫌いなので仕方ないか。


 シャルルの兄、血塗れジョンは不機嫌。あんな人でなしが本国王太子など最悪。もう間も無く、蹴落とす時が来る。首を洗って待っていろ。


「この俺と舞えるなど良い男だルタ皇子! 我等の宝石、ティアを手に入れるとは暗闇照らす星の光になれる器だろう! 我が妹とルタ皇子、 全ての国、全ての民に幸あらんことを! 食事は明日への活力。歌と踊りは祈りと願い! 今宵は楽しめ!」


 これでこの場の全員、俺がルタ皇子を懐に入れたと、ティアの相手だと認識しただろう。俺はシャンデリアから手を離して、回転しながら床に着地した。


 ティアがルタ皇子の腕にそっと腕を絡めて、甘えるようにもたれかかっている。


 ティアの脳内お花畑な脳みそなら、この状況をこう判断した筈。


——ルタ皇子がティアを手に入れたなんて婚約? 恥ずかしいけど嬉しい♡


 極上美少女で愛嬌たっぷりな性格良しのティアから逃れられる男など居る筈がない。ルタ皇子はこれで俺の義弟も同然。後は煌国の名を使って脅迫すれば捕獲完了。ルタ皇子が手駒として不必要になったら……ティアが恋から冷めたら……その時に考えよう。


 俺はこれでもかという程、魅惑的だろう笑顔を浮かべた。広間をぐるりと見渡す。


「乾杯!」


 グラスとグラスがぶつかる、小気味好いガラスの音がホール中に響き渡った。

この世は因縁因果、生き様こそがすべて也。


裏切りには反目。


信頼すれば背中を預ける。


——蛇鷲神話より

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