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流星の夜の2人 2

「あー、セレーネ、君は僕にとって初めての個人的な招待客だからだ。それで特別。気さくに話してくれた方が嬉しい」


 変な汗が出てきた。この言い訳は通じるのか? クスクス笑いは侍女コルネットで、ニヤニヤ笑いは侍女エミリー。母親世代の侍女達が、僕達に配膳しながら、笑いを堪えている。


 セレーネは不審そうだ。背中に嫌な汗が噴き出てくる。しかし、セレーネが俯いて、微笑み、スプーンを手にしたので一安心。僕の言い訳は通じたようだ。


「レクスは異文化や医学に興味津々って、ニール君に聞いたの。私、役に立てているかしら? 腕はどう? 数日以内には良くなると思うの」


「ああ、勿論。君は役にしか立っていない。腕の調子も良い。ありがとう」


 僕は嘘つきだ。左腕は朝からサッパリ変化がない。しかし、セレーネに心配されたくない。男たるもの、簡単に弱音を吐くべきではない。


「本当に? それなら良かった」


 ふんわりとした柔らかで可憐な笑顔を向けられて、僕は視線を落とした。


 可愛い……。


 こんな風に屈託無く笑う女性というのは好ましい。セレーネだと特にそう。


 瞳だ。奥底まで見えそうな程透き通っている落ち葉色の瞳の吸引力。多分、僕がセレーネに惹かれた理由はこれ。セレーネと母との共通点。


 ……。僕はマザコンか? 母は好きだが、マザーコンプレックスなんて困る。断固拒否。尊敬と依存は違う。マザコン男は女性に嫌われると何かで読んだ。それか何処かで聞いた。侍女達の噂話かもしれない。


 セレーネに嫌われたら絶対に倒れる。失恋したと思い込んで、無意識に引きこもったが、その比ではない筈。今夜はセレーネを楽しませることが最優先。


 なら、明日以降、僕はどうやってセレーネを口説けば良いんだ?


「……クス? レクス?」


「ん? ああ、少し考え事をしていた。僕は少々自分の内側にこもるという、悪い癖がある。すまない。君からの大切な言葉を受け取り損ねた」


 キョトンと目を丸めてから、セレーネは「大切な言葉? 大袈裟ね」と小さく笑い出した。そこに侍女達の笑い声も重なる。


 またやらかした!


 僕は口を噤んでいるべきなのかもしれない。


「セレーネさん、そちらはトマトリゾットと言います。確かにお粥に似てますよね」


 コルネットの説明に対して、セレーネが感謝を述べる。僕はセレーネに料理について質問されたのか。テーブルに並べられているのは、サラダ、トマトリゾット。僕とセレーネの間に置かれた大皿にローストビーフ。


「お粥はお祖父さまの国でよく食す。セレーネは煌国を知っているかい?」


 僕の問いかけに、セレーネがふるふると首を横に振った。


「私、外界の事はまだよく知らないの。あの……村の外の事よ。お父さん、初めて私をこんな大きな人里に連れてきてくれたわ。本では読んでいたわよ。絵本もね。この国は知らないもので溢れていて、とても楽しいわ」


 トマトリゾットをスプーンですくい、口へ運びながらニコニコ笑顔。僕はセレーネから視線を逸らした。


 可愛い……。


 無邪気なのも、嘘偽りのない笑顔を浮かべることが出来るのも素敵だ。


 向かい合って食事とは難しい。目のやり場に困る。瞬く星空を背負ったセレーネはキラキラと眩しい。新雪に朝陽が当たったように輝いている。


 ぼんやりしていたら、ハンナに肩を叩かれた。


「レクス王子、私達はこれで失礼します」


「ごゆっくりどうぞ」


「楽しい夕食を」


 侍女達が会釈をして去っていく。ハンナが僕の耳元に顔を近づけた。


「頑張って下さいレクス王子。足元の鞄に保温水筒とマグカップが入っています。紅茶です。それからチョコレートの箱。食後にどうぞ」


 囁くと、ハンナは僕から離れ、実に優雅で品のある会釈をした。長年、彼女は僕達三つ子の世話係をしてくれていたからか、母そっくりな温かい目をしている。もう一人の母は、僕達に背中を向けて、屋上から城へ入る扉をくぐり、扉を閉めてしまった。


 セレーネが立ち上がって、しきりにお礼を述べている。ハンナ達は扉が閉まるまで彼女に笑顔で手を振り続けていた。


 え?


 見張りは?


 僕が極悪非道な男になったらどうする。手の甲に挨拶のキス、頬に顔を寄せる挨拶、無自覚な時にしていたことをまたしてしまうかも。


 自己制御の為に、セレーネの半径1メートル以内に近寄るのは止めよう。いや、30センチ……いやいや1メートルだ。


 あれ? しかし今夜僕とセレーネは踊るんだよな? セレーネが楽しみにしているから、叶えないとならない。よしっ、理性を総動員しよう。


「……好きよ」

 

「へっ?」


 好きよ。


 好きよ——……。


 セレーネが僕を好き?


 脳内にセレーネの「好きよ」が延々と流れる。繰り返し、繰り返し、好きよ………好きよ……好きよ……と甘ったるい響きが僕を酔わす。


「レクスも好き?」


「ああ、もちろん大好きだ」


 目と目が合って、体温が急上昇。何もしていないのに、僕はセレーネと想いを通じ合わせられたらしい。今夜、この瞬間から僕とセレーネは恋人。婚約者。夫婦になれ……そんな訳あるか!


 歩けば女性が振り返り、少し話せば女性が赤面したり見惚れるエリニスとは違う! 自分の思考に自分で指摘訂正するとは僕はアホだ。


 ハッと我に返ると、セレーネがとても美味しいというようにパンを齧っていた。


「ふわふわして、ほんのり甘くて、パンって何で出来ているの? この料理は村に持ち帰るべきだわ」


「あー……パンか……。君が好きなのは……僕ではなくて……パン……。し、至極当然だ」


 働き者だと示す豆のある手に掴まれているパンが恨めしい。場所を代わりたい。セレーネに「好きよ」と言われる位置とは羨まし過ぎる。


「僕ではなく? 私、レクスも好きよ」


 セレーネは歯を見せて、肩を揺らして笑った。


 レクスも好きよ。


 レクス()好きよ。


 好きよ⁈


 あまりにも衝撃的な発言に、僕はソファから落ちそうになった。今のも、前後の会話を聞き逃しているだけで、僕を愛しているという意味ではない筈。


「むしろ、レクスを嫌いな人なんているのかしら? まあ、レクス! 大丈夫⁈ 目眩? 座っていても目眩なんて……」

「いや、平気だ。僕はとて、とても、とても元気だ! 食欲も旺盛」


 慌てて手を横に振って否定。セレーネは怪訝そう。気遣わしげ。


 レクスを嫌いな人なんているのかしら? 素晴らしい評価をしてもらっているようだが、やはり異性として好ましいという意味では無かった。落胆で額をテーブルにぶつけそうになる。


 駄目だ。僕は平静を保てない。何とか態勢を立て直し、背筋を伸ばした。笑顔を浮かべる。胸がいっぱいで食が進んでいなかったけど、トマトリゾットを冷静を装って口に運ぶ。


「そう? 暗くて分かりにくいけど、確かに元気そう。そんなに食べられるなら大丈夫ね」


「ああ、見ての通り大丈夫」


 慌ててトマトリゾットを食べていたららスプーンが歯に当たった。痛い。格好悪い! セレーネに呆れられ……見られていなかったようだ。彼女は僕を心配しているのか、俯いて何かを考えている様子。


 せっかくの二人きりの食事会が中止になるは嫌だ。僕はまだ、セレーネを楽しませていない。取り繕わないと。


「足元の鞄の中にある、食後のデザートを確認しようとしただけだ。気にしないでくれ」


「デザート? こんなに沢山料理があるのにデザートまであるの? ああ、レクス達の誕生日だから、そのお裾分けってことね! ふふっ、夢みたいな事ばっかり」


 セレーネは両手を握りしめて、左右に小さく揺れた。幸せ、という表情。可愛い……。このまま時間が止まれば良いのに。


 その時、目の前に七色の輝きが横切った。セレーネが空を見上げる。僕もつられた。


 粉雪のように舞ってくる色とりどりの輝き。赤、青、緑、黄、紫、橙、まるで虹を分解したような光だ。徐々に増えていく。


「なんだこれ……。美しいけれど、何だ?」


「トラーティオよ! 私達からのお礼と誕生日のお祝い。良かった。嫌じゃなさそうで」


 セレーネが満面の笑顔を浮かべた瞬間、僕はソファから落っこちた。

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