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流星の夜の2人 1

 舞踏会での挨拶後、僕は私室へ戻った。体調不良で一時的に退がった、ということになっている。舞踏会はエリニスが取り仕切ってくれるので、安心……か? エリニスはまた色々と引っ掻き回すのだろうな。エリニスはいつもそうだ。


 エリニスはもう何年も前から、良くない噂ばかりの本国王太子ジョンに対抗すると、息巻いている。親友シャルル王子こそが次期本国国王に相応しい。それが、エリニスの主張。


 穏やかで慈愛溢れるシャルル王子と、気に入らないとすぐ処罰や体罰をする血塗れジョンを天秤にかけると、それが至極当然だと僕も思う。シャルル王子を応援する先頭に立つ統率力や実力は僕にはない。


「ニール、色々手配をしてくれたのだろう? ありがとう」


 身嗜みの確認をしていると、ニールは僕の上着の埃を取ってくれた。


「国王命令ですからね。屋上の準備は母やハンナさん、侍女達がしてくれたそうです」


 セレーネとはもう何度か二人きりになっているのに、やたらと緊張する。心臓が爆発しそう。それにしても、この服で大丈夫なのか? それに髪型。こんなに服や髪が気になったことはない。


「レクス王子、どこからどう見ても完璧です。女性を待たせるものではありません」


「ああ。なあ、ニール。君はどうやってアンリエッタを口説き落とした? 参考にしたい」


「口説き落としてません。俺とアンリエッタは単なる幼馴染です。俺には恋人も好きな女性もいませんよ。参考になるかは分かりませんが、父は母にひたすら突撃したそうです。この間までのレクス王子みたいに」


「この間までの僕? ……そうだ、まず謝罪だ。淑女にベタベタ触っていたことを謝らないとならない」


「他の女性に対するよりは過剰でしたけど、レクス王子の一歩引いた品のある所作なら問題視されません。本人も嫌がってないので謝らない方が良いですよ。それより、楽しい話とか、褒めるとか、また贈り物をするとかですね」


「そうか? 君はあれこれと素晴らしい意見をくれる側近だな。いつもありがとう」


 僕は上着の内ポケットに手を入れた。小さな箱を出す。


「ああ、流星祭りで首飾りを買っていましたね」


「それはセレーネへの品。これはニール、君へだ。流星祭りは親しい者へ感謝する日。屋上へは一人で行く。君は舞踏会を楽しんでくれ」


 ニールと向かい合い、箱を差し出す。中身は貴重品である腕時計。正直、自分が欲しい。ニールが箱を開ける。案の定、ニールは目を丸めて固まった。


「おい、これ……これか! フィズ様に頼んで、今年から太陽国と交易交渉していたのは! その儲けで買ったんだな! レクス……レクス! いつもこうだ。忙しくても、他の事に夢中でも、絶対に俺の事も覚えていてくれる」


「当たり前だろう。友こそ大切にしなさい。それが父上や母上からの教えだ」


 喜んで貰えて良かった。僕は胸を張り、背筋を伸ばした。次はニールの髪をぐちゃぐちゃにする。父やエリニスの真似。ニールが嬉しそうでホッとした。


「では、行ってくる」


 予想よりニールが感激していて、恥ずかしいので逃亡。それに、ニールの指摘通り女性を待たせるものではない。


 廊下を歩き、階段を登る。セレーネは夜の礼拝の鐘が鳴る時間にハンナが屋上に連れてきてくれると聞いている。足取りは軽いが、息がしにくい。恋とは不思議だ。次々と身体症状が出る。


 屋上へ続く扉前まで来た。鐘の音はまだ聞こえない。僕はそっと扉を開いた。


「これは……中々派手に飾り付けてくれたみたいだな……」


 オイルランプの照明に囲まれるテーブルとソファ。その下には赤い絨毯。ソファの側には簡易式の暖炉。灰色のソファの上には裏地が羊毛の白いブランケット。銀装飾にガラス張りのテーブルは両親の私室で使用しているものだ。テーブルの上のランタンも同じく、三年前に父が母に贈ったもの。


「蓄音機まである……」


 城にある蓄音機は一台。これも父から母への贈り物。確か……買ってきたのは五年前だ。


「父上は過保護だな。母上もか?」


 息子の初恋に、ここまで根回ししてくれるとは有り難い。それに、こそばゆいし恥ずかしい。僕は蓄音機のハンドルを回して、曲を流してみることにした。流れてきたのはヴィオラの演奏による、流星の祈り唄。


「まあ、綺麗……」


 この声はセレーネ。ボンッと心臓が大きな音を立てた。全身の血液が勢い良く流れたのが分かる。


 振り返ると、ハンナが扉を開いていて、出入り口の中央にセレーネが立っていた。黄色いドレスの裾が風でふわふわと揺れている。ただ、肩の露出が激しい。胸元まで見えそうだし、かなり短い半袖。闇夜に浮かぶ、雪のように白い肌。艶かしいくて、目のやり場に困るし、何より寒そう。


「ハンナ、案内をありがとう。ただ、彼女は少々寒そうだ」


 セレーネに着させてあげられるものは、自分の上着くらいしかない。僕はセレーネに近寄りながら、上着を脱いだ。左腕が抜きにくい。


「レクス王子、大丈夫です。セレーネさん、こちらをどうぞ」


 扉の陰から侍女コルネットが現れて、セレーネに白いケープを羽織らせた。あれは、コルネットの娘カールのもの。昨年コルネットが何処かで買ってきて、カールは一度も着ていない。こんな甘ったるい服は着れません! とカールが怒り、可愛い娘には可愛い服を着て欲しいのよ! とコルネットも怒っている。


 白いケープはティアやアンリエッタにはサイズが少し大きい。セレーネには丁度良さそう。僕は上着を着直した。


「レクス王子、食事の準備を致します。ごゆっくりどうぞ」


 ハンナが会釈をすると、お盆を持つ侍女エミリーが現れた。その後ろには侍女シェリ。古参の侍女達が協力者なのは、母が頼んでくれたのだろう。全員、母ととても親しい侍女だ。あと、見張りかもしれない。


 若い未婚の男女を夜に二人だけにするのは良くない。僕は両親や侍女達の信頼に応えるべきだ。過剰な接触、口説きは禁止。セレーネに楽しく過ごしてもらうのが優先。


「セレーネ、今晩は。素敵な装いだ。良く似合っているよ。こちらへどうぞ」


 膝をついて、手を取って、手の甲にキスという一般的な挨拶をしたいところ。しかし、僕は手を取って会釈だけにしておいた。恥ずかしくて無理。目も合わせられない。チラリと見ると、セレーネはボーッとしていた。祭りではしゃいで疲れたか、空腹だろう。セレーネの手を腕に誘い、テーブルへと向かう。


「あの……レクス……ありがとう……。こ、こんなに良くしてもらって……」


 セレーネがソファに座りやすいように、ソファを少し動かす。着席を促して、ブランケットは彼女の膝の上。日頃から学んできて良かった。緊張激しくても、体が自然と動く。


「こちらこそ、貴重な贈り物をありがとう。昼間は祭りを楽しめたかい?」


 セレーネは僕を見ないで、手元を見つめている。困り笑いをしているので、何か気に入らないようだ。何だ? 何が足りない? テーブルには花もあるし……防寒対策もされている。


 頭上には雲一つ無い満天の星空。薄銀色の月はまもなく満月。普段よりも美麗な夜だ。


 僕か? 僕自身か?


「あ、あのね。あのですね? お祭りは、た、大変……楽しくお過ごし致しました……」


「セレーネ、ここは社交場では無いから気にしなくて良い。丁寧に話すというのは疲れるものだ。僕は君に楽しんで欲しくてこういう場を用意した」


 ん? 違う。用意したのは両親だ。まあ良い。僕は断らなかった。つまり、僕の意思だ。セレーネがこの屋上の準備が気に入らなかったら、全部僕の手配だと謝ろう。


「で、でも……レクスは……レクス王子は王子様です。私、つい……。私に楽しんで? 疲れるのはレクスよ。間違えた。レクス王子ですよ。今日、こういう事を沢山しているのでしょう?」


「レクスで良い。こういう事を沢山? 僕は君だけだ。セレーネ、君だけが特別」


 ……。あっ。これか。僕がセレーネに対して明け透けないというのは、今のような台詞の事だ。


「へっ?」


 セレーネがポカンと口を開き、目を丸めた。

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