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王子達、少し語り合う

 市街地へ向かう道を、エリニスと並んで歩く。風は冷たいが、秋晴れの太陽は温かい。昼になればもっと気温が上がるだろう。


「レクス、今日は忙しいぞ。俺の派閥は相変わらずなので、新しい者を取り込む。で、ついでにティアの婿探し。俺達よりも王に相応しい者を見つけねばならん」


 鼻歌交じりのエリニスの台詞に、僕は驚いた。


「お前が王太子は嫌だ嫌だとゴネるし、おまけに東の妙ちくりんな女を気に入るから計画変更だ。お前こそが父上の後継だと思うが、予備は必要。弟が好きに生きれる道は用意しておくべきだ」


 僕にはエリニスが一瞬父と同じ目をしたように見えた。期待と落胆。自由に生きて欲しいという祈りと願い。期待に応えてくれないのかという悲しみ。相反する気持ちを含んだ瞳と微笑。


 父はエリニスの考えが分からない時が多いと嘆いたが、エリニスは父の背を見て育ったのだ。エリニスは父と似たような考えをしていると、後で父に教えよう。


「なあ、エリニス。君は本国に乗り込むつもりなのか? 父上がとても心配している」


「んー、どうだろうな。ついこの間までそう思っていたが、世界は広かった。東の荒れようの方が気になる。ジョンを蹴落として、シャルルを配置すれば大蛇連合国は大丈夫だろう」


 遠い目をして、エリニスは小さなため息をついた。エリニスの憂いを帯びた瞳やため息など珍事。


「あのお転婆お気楽娘にこの国の妃は無理。品も教養も足りない。よって、レクス。お前は俺と東へ来るべきだな。そうしたら俺はセレーネも使える」


 高らかに笑いながら、エリニスはまた鼻歌を始めた。


「つまり、僕に付き合って欲しいということか。素直じゃないなエリニス」


「いいか、レクス。俺がいくら偉大でも一人では足りない。よって、信頼できる手足が必要だ。裏切らず、優秀な、いざとなれば何もかもを任せられる駒。付き合って欲しい? 付き合えだ。この世の何もかもを俺が決める。それこそが、より良い世界へ続く道だ」


 エリニスが僕に向かって殴りかかってきた。避けて反撃。エリニスは楽々と避けた。次は足を払われそうになる。この次はお決まりのスタートダッシュ。10歳の時から始まった、毎年恒例の流星祭りの朝に行う鬼ごっこ。僕がエリニスに摑みかかる前に、エリニスが走り出す。


「今年で終わりだ! 一度くらい俺に勝ってみろ!」


 エリニスが丘を駆け降りていく。セレーネの身体能力からして、このエリニスの走りはかなりの手加減。


「エリニス、どれだけ加減しているんだ!」


 追いつきそうで追いつけない絶妙な速さ。エリニスが振り返り、嬉しそうに歯を見せて笑った。


「常軌を逸すると迫害されるからな! 人らしい限界の所までだ! ようやく気がついたのか阿呆!」


 笑顔の裏にあるのはエリニスの秘密と苦悩に孤独ではないか? それが、僕に対しては減った。そう感じる。水臭いと言うには、エリニスはあまりにも大きな秘密を抱えていた。


「なら最後くらいもっと手加減しろ! 僕が勝ったら……」


 ん? 人が集まっている。前方、もうすぐ街という所に女性が何人もいる。服装からして街娘。手を振られたので、思わず振り返した。


 エリニスが止まった。僕も足を止める。ついでにエリニスの腕を軽く掴んだ。これで勝ちだと、後で言ってやろう。文句を言いながら、仕方ないから僕の勝ちだと言う筈。


「毎年毎年、朝から寒さに耐えて俺達を待っているとは可愛いことこの上ないな。レクス、今年は相手をしてやるのか?」


「毎年? そうだったか?」


「お前の目は時と場合によって節穴だからな」


 エリニスに髪をぐしゃぐしゃと撫でられる。止めろとエリニスの腕を払う。


「僕達に嘆願か? 風邪を引いたらどうする。それに若い娘達ばかりが人気の無い所に集まって、一気に誘拐されたらどうする」


「レクス、レクス、レクス。嘆願な訳あるか。この鈍感男」


 鈍感? エリニスと二人で彼女達に近寄る。


「おはよう。かわ……」


 エリニスがサッと手を挙げた時、女の子達はワッと集まってきた。


「おはようござますエリニス様、レクス様! 私達、開会式の前の行事を案内しようと思って待っていました!」


「エリニス様、レクス様、おはようございます。 あの、これ、差し入れです」


「是非読んでくださいレクス様!」


 娘達が僕達を囲う。一度に話しかけられて、紙袋も差し出されて混乱。彼女達だけかと思ったら、増えていく。


「エリニス王、おはようございます」


「エリニス王子、巡回や公務ですよね? いつもありがとうございます」


 次々と街娘が現れ、あちこちから差し入れや封筒を渡されて、両手が塞がる。エリニスは何も受け取っていない。一人一人の手を取って、手の甲にキスをする挨拶をしている。このエリニスはよく見るが、僕もというのは無い。


 女性と油を売るエリニスを発見して、仕事をサボるなと指摘するのがいつもの僕の役目。しかし、ここまで囲まれると大声を出し辛い。


「すまない君達。僕達は街でやるべき事がある。エリニス、行くぞ。困ったな、この有り難い品の数々を何処かに預けないとならない。君達、急ぎの嘆願書はあるかい?」


 僕は全員を見渡した。一番近くの女の子に嘆願書? と問いかけられる。


「レクス。それは嘆願書ではない」


 エリニスに右腕を掴まれ、引っ張られた。エリニスの周りの娘達はもれなくボーッとしている。


「嘆願書では無いならなんだ? エリニス、彼女達を街まで送らないと。大切な民が攫われたら困る。熱があるような者もいるようだ……痛っ」


「俺に見惚れているだけだ、この阿呆。嘆願書ではないのは読めば分かる。急ぎのものは何もないから後回しにしろ。バシレウス、レクスが心配性過ぎるので可愛い国民達の護衛を頼む」


「ああ、そういうことか。読めば分かる? なら、まあ良いか」


 エリニスが告げると、エリニスの体に巻きついている角蛇バシレウスがシュルシュルと離れた。


「バシレウス、よろしく頼む。君達、俺達は大事な用があるのですまないが先に行く」


 そう言うと、エリニスは僕の体に腕を回し、持ち上げた。それからサッと走り出す。そのまま市街地へ一直線。街の入り口のところで、僕を下ろすと、エリニスは近くにいた巡回騎士に僕の荷物を押し付けた。


「行くぞレクス。今日は忙しいから、可愛くても女性達に構うな。いつものように無視かと思ったのに、先程は珍しかったな」


「無視? いや、単に気がついていなかった。あのなあ、エリニス。僕は君とは違う。挨拶にかこつけて若い女性にベタベタ触ったり……」


 言いかけて、僕は我が身を振り返った。ここ数日、セレーネにベタベタ触っていた気がする。


「俺は分け隔てなく愛でる。愛嬌のある女性、素敵な笑顔の女性は全員平等にだ。俺を巡って争わせるとか、期待させて突き落とすとか、そういうことはしない。俺はお前とは違う」


 エリニスは僕の背中をバシンと叩いてから、歩き出した。慌てて追いかける。


「エリニス、大変だ。セレーネに可及的速やかに謝罪しないとならない」


「後だ後。セレーネ、セレーネ、セレーネと喧しい奴め。応援してやりたいが、今日は夜があるし後回しだ。煌国周辺からの招待客の確認をする」


「いや、エリニス。みだりに触っていた事を即座に謝らないとならない。無意識だったとはいえ……恥だ。僕はあまりにも恥晒しだった」


「はあ? 恥晒し? 今夜、二人だけで夕食会なんだろう? 突き進むのかと思った。控えても、セレーネは落とせないぞ。レクスにあれだけ熱心に口説かれて、気がつかないで、ボケってしている。まあ、変人同士で似合いだな」


 ()()()()()()()()


——レクスみたいな、おとぎ話に出て来るような王子様と踊れるなんて、夢みたい!


 父が手配すると言ってくれていたのは、それだ。セレーネは踊る練習をしたと言っていたので……僕とセレーネは踊るのか。


「ね、熱心に口説いていた⁈」


 全身から汗が吹き出してくる。


「本当におかしな奴だな。仕事が先だ。行くぞ、レクス」


 僕はとりあえずセレーネとの事は頭の中から追い出した。エリニスの言う通り、確かに今日は仕事を優先するべき日。


 開会式まで僕はエリニスに連れ回された。次々と東からの招待客に、それとなく接近して、気さくかつ親切さで仲良くなる。毎度の事ながら、エリニスの猫被りは完璧だ。


 その中に、僕が会いたかったルタ皇子もいた。エリニスが「大駒候補だ」と僕に囁いたので、やはり父の目的の人物は彼だと思った。確かに、他の皇子とは空気が違う。祭りに浮かれる気配はなく、自己向上の塊。質問責めされて、朝から疲れた。おまけに、彼は僕達と窃盗団の逮捕に協力。


 エリニスと行動していたら、あっという間に開会式。それで、決められた公務に集中していたら、太陽はもう西へと沈み始めていた。

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