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妬いても気がつかない

 応接室を準備したのに、側近ニールはいつまで経っても帰ってこない。


 応接室に本を持ち込み、医学知識を頭に叩き込む。政治や哲学書も読みたいが、医者の彼女と話して「知識不足で相手にならない」なんて思われたら困る。


 窓の向こう側で、太陽が昼を告げるくらいの高さになってもニールは戻ってこなかった。


 僕はパタン、と本を閉じて立ち上がった。


 広い城下街で、たった一人の観光客を一人で探すのは大変。よし、自分も探しに行こう。初めから、そうすれば良かった。


 ただ、問題が一つある。城下街へ一人で出掛けることは許されない。門番に捕まる。


 よし、と王座の間へと向かう。この時間なら、午前中の政務終わりの父親と話せるだろう。父といえど、国王陛下。多忙な父と、好きな時に話すことは出来ない。


 応接室を出て、王座の間へと向かう。廊下の向こうから、兄のエリニスが歩いてきた。365日、約18年近く、大半の時間を大蛇に巻きつかれている。頭の上には、何も知らないと冠に見える小蛇。


 素性一切不明であるこの謎の蛇は、エリニス曰く「海蛇」らしい。両親は「蛇神の遣い」と称している。


 かつて、この2匹の蛇と同じ種族の大蛇が現れ、この国に蔓延した病を治したらしい。そんな創作物みたいな話、嘘のようだが、目撃者は大勢いる。その際に、父は王だと告げられ、冠を与えられた。母は、生まれつきの重い難病が治癒したそう。


 母、コーディアルが蛇神の寵愛を受けるドメキア王族の血筋だからだというが……それなら何故あの海蛇は自分の側に居ない。ドメキア王族頂点、本家本筋の王族達もそう。傍流のエリニスだけ特別なのはどうしてなのか?


 そもそも、蛇神とは何者で何故ドメキア王族の血筋を愛する。調べていても、何も手掛かりはない。父や母もそう言っている。


 流星国の海蛇王子エリニス。大蛇連合国において、その名を知らない者は居ないに違いない。今日も、威風堂々とした姿で輝いて見える。歩くだけで絵になる男。僕の自慢の兄にして、目の上のたんこぶ。


「レクス! 探したぞ。シャルルが間もなく到着する。共に迎えよう」


「シャルル王子が? 明日の予定だよな?」


 来週、この流星国は18回目の建国記念日を迎える。祝いの式典は流星祭りという名で、大蛇連合国各地から要人が集まる。


 シャルル王子はその最たる人物。32カ国ある大蛇連合国の頂点、ドメキア王国ドメキア王の孫。僕達の従兄弟でもある。


「明日から天気が崩れる。よって、急げと遣いを出した」


 廊下の窓の向こうは晴天。点在する雲に、澄んだ青空。明日の天気が崩れる? しかし、エリニスの天気予報は当たる。外れたことがない。


「なあ、エリニス。何をどう判断して天候を予測しているんだ?」


「お前には無理。いや、誰にも無理。嘆くなレクス。世は不公平で不平等なのさ」


「嘆いていない。僕は質問をしたんだ」


「俺が目の上のたんこぶ。そういう顔をしていたぞ。仕方がないんだレクス。俺には特別な才能が数多くある。それで天候くらい詠める。様々な能力による総合判断。説明しても無駄なので話さん」


 些細な表情の変化も、エリニスは見抜いてしまう。行こうぜと言うように、エリニスが僕の肩に腕を乗せて歩き出した。


「いつもそれ。自分は特別、特別。まあ、その通りだけど、謙虚さを覚えろエリニス」


「忠告ありがとう。必要な時には、しおらしく振る舞うさ」


 エリニスは途中で足を止めて、廊下の窓を開け放った。冷たい風が吹き抜ける。


「寒い。何故、いきなり窓を開けたんだ」


「分かるか? レクス。湿気の匂いに、風向きや雲の流れ。それから、この地には俺にあれこれ教えてくれる者がいる」


 エリニスが窓の向こうを掌で示した。自分には、よく晴れた秋空にしか見えないし、湿気の匂いどころか乾燥していると感じる。雨の気配は全くしない。


 僕が首を横に振ると、エリニスは「ほら、やはり無駄だろう」と口にした。無駄なので話さん、そう言ったのに説明してくれたのは嬉しい。エリニスは天邪鬼なところがある。


「嵐が近づいている。血塗れジョンは隣国で足止め。暴風で馬車が横転すれば良いのにな。まあ、それこそ無駄な願望。ターラはこんな田舎は嫌だと招待を拒否したそうだ」


「大嵐? ジョン王子かジョン王太子。それからターラ王子だエリニス。血塗れとか、ましてや馬車の横転を願うなんて言うのも止めろ」


「先程は礼を言ったが、レクスよ、顔を合わせれば説教ばかり。それこそ止めてくれ」


 そう言いながら、エリニスは何処と無く嬉しそう。


「ふーん。ニヤニヤしているのは気のせいかエリニス」


「喧しいレクス。俺にズケズケとものを言えるのはごく僅か。目の上のたんこぶとか思っていないで、堂々と俺の隣に並べ」


 バシンバシンバシンと背中を叩かれ、次は髪をぐしゃぐしゃにされた。3回叩く、髪を撫で回す仕草を、エリニスはごく親しい人間にしかしない。僕はこれをされると、かなり嬉しい。絶対に口にしないけど。


 エリニスは、この仕草の理由を口にしたことはない。けれども、僕は知っている。だから、毎度胸が熱くなる。


「それで、レクス。何処に行く予定だったんだ?」


 問いかけられて、直ぐに話そうと思ったのに、言葉が喉につっかかった。


 あの彼女をエリニスと探しに行って、見つけられたとして、彼女と話せなくなるのではないか?


 威風凛々としたエリニスと並ぶと、自分の存在感は消えてしまう。


 輝く黄金稲穂色の肩まである髪。獅子の鬣に似せているようで、品良く整えてある美しい艶やかな髪だ。それに、夏の澄んだ空を閉じ込めたような瞳。醸し出す雰囲気だけではなく、端麗な容姿に目立つ髪や瞳の色で、エリニスはとても目立つ。


 一方、自分には花がない。地味な黒い髪に黒い目。


「ニールを探しに行こうとしていた」


「ニール? ニールは……街をうろついているらしい。医者の勉強もせず、何をしているんだか」


 何で、ニールが城下街にいることが分かった? 僕は質問を飲み込んだ。


「何故、ニールの場所が分かったのでしょう? 聞けよレクス」


「話しても無駄とか言うんだろう?」


「まあな。しかし、何もせずに諦めるのは良くない。諦める時というのは、あらゆる手を出し尽くした場合にのみ許される」


「面倒だから聞かない。とにかく、僕はニールの所へ行くところだったから、失礼するエリニス」


 僕がスタスタ歩くと、エリニスは付いてきた。別に良いのだが……また先程と同じ事を思った。エリニスがいると、彼女はエリニスとばかり話すのではないか?


 というより、エリニスの隣に立つ僕の存在を認識してくれるのか?


 慈愛溢れる微笑み浮かべる彼女と、太陽のように輝く笑みを見せる、爽やか好青年を装うエリニス。想像したら素晴らしい光景なのだが……気持ち悪い。心臓ではなく、胃腸の病気か?


 僕は歩きながら、自分に処方すべき薬が何なのか考え続けた。

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