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王子、呼び出される

 廊下を歩きながら思案。父から教わった、愛する女性が現れた時の励み方は三つ。楽をさせ、褒め称え、愛おしむ。


 楽をさせ……。セレーネが何か苦労しているのか調査しないとならないな。そもそも、彼女達がこの国を訪れた理由は何だ?


 褒め称え……。緊張と照れさえどうにかすれば出来そう。この短期間で、僕はセレーネの良いところを幾つも発見している。


 愛おしむ……。


 ゴンッ! 僕は壁に激突していた。額への衝撃のせいか、目の前がチカチカする。廊下の曲がり角になっていたのに、気がつかなかったらしい。僕は額を押さえて、蹲った。


「レクス! 話の途中で居なくなるので探したぞ」


 父の声。見上げると、やはりそうだった。


「どうした、レクス」


 父はしゃがみ、僕の頭を軽く撫でた。


「注意力散漫で、壁に突っ込みました」


「そうか。君は本当に私の若い頃に似ているな」


 柔らかく微笑むと、父は僕の額にそっと触れた。


「コブは出来てない。少し赤いくらいで、問題無さそうだ」


 父はサッと立ち上がり、僕の腕を掴んだ。


「話の続きだレクス。ニールから少し聞いた」


 肩に腕を回され、促される。こうして、父と二人きりなのは珍しい。家族水入らずは良くあるけれど、僕と父だけなんて、何年振りだ? これは、かなり嬉しい。


 行き先は、両親の私室だった。母は不在。やはり、二人きりで話すようだ。ソファに並んで座ると、父は苦笑いを浮かべた。


「レクス。君が心に決めた女性は居ない。そういう話をしたので、私があちこちに断りを入れた縁談話が少し拗れている」


 ポンポン、と背中を叩かれる。


「あの、すみません父上……」


「自覚したというか、指摘されたそうだな。で、レクス。君と外交したいという話が幾つか来ている。まあ、単に縁談の言い直しだ。しかし、外交と言われると私としては断り辛い」


 黒曜石のような瞳が、ジッと僕の目を見据えている。恐らく、父は僕がどのような解決策を口にするか、試している。


「我が国に有益な国の要人を中心に、男女関係なく選ぶ。どうでしょう?」


 不正解なのか、返事は無い。父は上着の内ポケットから何かを出した。折りたたまれた羊皮紙。受け取り、開いてみる。内容は名前の羅列。男名が5名。国名やどのような人物なのか、数行書いてある。


「ティアの婿候補だ。レクス、本国からのティアへの縁談を私がのらくら避けているのは知っているな? 煌国からもだ」


 婿候補。僕はしげしげと手元の羊皮紙を眺めた。五人というが、父はこの中の一人に決めているのではないか? 勘だが、何となくそう思う。


「ええ。ジョン王太子が第三妃としてティアを望んでいる。煌国皇太子は後妻。その件ですよね?」


 大蛇連合国の頂点、ドメキア王国王太子ジョンといえば、嗜虐性の強い男。ティアは「血の匂いがする」と毛嫌いしている。


 大陸中央にある、父の祖国、煌国皇太子は前正妃を病で亡くした。その原因は、父曰く、側室妃や寵姫達による陰湿な虐めらしい。


 はっきり言って、どちらも断りたい相手だが、流星国の立場的に断るのは困難。


「煌国は祖父に頼めばどうにかなるのだが、本国が厄介。で、大陸中央部の国から何人か婿候補を招いた。煌国が後ろ盾になっても良い相手だ。本国も煌国とはぶつかれない。私は婿。本国の意向に真っ向から逆らう訳にはいかない」


「父上、そのような事を考えていたのですね」


「ああ。ティアは恋愛結婚に憧れている。招いた相手とどうにかなるかは分からないが、まあティアが好きそうな相手を選んだ」


 選んだ。その響きからしても、やはり五人の候補ではなく一人ではないかという気がした。


 突然話が変わった理由は何だろう? 父は僕に微笑みかけた。


「で、君だ。レクス、私はこのようになるべく子供達には幸福や自由を与えたい」


 父は立ち上がり、僕の髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。エリニスと同じ動作。この世で僕にこれは、父と兄しかしない。胸がじんわりと熱くなっていく。


「流星祭りの間、この五名……いや何人かでも良い。彼等の相手をして人柄などを見て欲しい。セレーネさんを一緒に観光に連れてで構わない。ニールやカールを伴わせれば良い。彼等に協力を頼みなさい」


 僕は立ち上がり、お礼を告げた。


「過剰では無ければ良いと言うことですね」


「自覚したなら、演技も出来るなら。自分の為だけには動けないと信頼している。だから、ある程度の自由は与える」


 歯を見せて笑うと、父は僕を抱き締めてくれた。


「父上……ありがとうございます」


「エリニスはもう間も無く、この国から去ってしまうだろう。それを許すのに、レクスやティアをこの国に縛る事などしない。まあ、エリニスの場合は止められないが正しいけどな……」


 寂しげな声色と、告げられた内容に、僕は息を飲んだ。父から離れる。父もごく自然に僕の体から腕を外した。


 エリニスが去る?


「父上、エリニスが去るとはどういう事です?」


「なんだ、レクス。何度も聞いているだろう? 流星国の王にはならない。エリニスは本国に乗り込むつもりなのだろう」


 父は僕から離れた。


「あの子が何を考えているのか、分からない時が多い。それに、エリニスに寄り添う蛇神の化身……。レクス、君も以前から他国で医学を学びたい、世界を知りたいと言っているな。私は娘くらいは手元に残したい」


 遠い目の父は、とても悲しそう。その視線が、窓の方へ向けられた。激しい雨が窓ガラスを打ち鳴らしている。


「君達は、少し前まであんなに小さかったのにな……。なのに、私が国を飛び出し、この地に乗り込んできた年齢。父はこういう気持ちだったのだろうな……」


 しばらく、父は物思いにふけるように、黙って窓の向こうの雨を眺めていた。


 その後、不意に僕を見て、ニヤリと笑った。こういう、悪戯っぽい表情は殆ど見た事が無い。幼い頃はよく見た気がする。父がニヤニヤし始めた。


「明日の夜、セレーネさんと二人で会えるように手配しておく。晩餐会や舞踏会には参加させられない」


「父上、息子が好きな女性に相手にされないからと、面白がってます?」


「……」


 返事無し。ニヤつきは終わらない。


「で、レクス。セレーネさんはいつまでこの国にいる? それに、君が目を付けるような女性だ。他の者より遅れを取ると、奪われるぞ」


 指摘され、少し憂鬱になった。そうだ、セレーネはいつか故郷に帰る人。想い合う仲になり、色々な国を見てみたいという自分に付き合ってくれる。そんな途方もない、夢みたいな事は、ある訳がない。


「奪われる? 父上、女性は物ではありません。誰を選ぶかは彼女の自由。僕は僕なりに、誠実に励むだけです……」


 全く自信がない。父が苦笑いを浮かべ、肩を揺らした。僕とセレーネは知り合ったばかり。セレーネが帰宅するのはいつなのだろう? まずはそこからだ。


「こういうところは私には似ていないな。まあ、頑張れ。相談があればいつでも来なさい。遠慮しなくて良い」


 背中を押され、僕は大きく頷いた。


「父上は母上に結婚を無理強いしたそうですからね。父上の事は尊敬していますが、反面教師にしているところもあります」


 あはは、と呑気そうに笑うと、父はもう一度僕の髪をぐちゃぐちゃに撫でてくれた。

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