無自覚は罪、本人は照れ照れ
エルリック王子と共にエリニス探し。エリニスは案の定、シャルル王子へ用意した客間にいた。堂々と入れば良いのに、エルリック王子は扉を少し開けて、覗き見。
エリニスはシャルル王子と並んでソファに座り、向かい側にセレーネとアンリエッタが腰掛けている。四人とも手にトランプを持っている。
「はあ、今日も美しいなルビーは……」
突然、エルリック王子がため息交じりの声を出した。
「ルビー?」
「アンリエッタ令嬢に決まっているだろう? 私は彼女に踏まれたい」
絶句。とはこの事。割と真面目なエルリック王子から、こんな台詞が飛び出すとは意外である。
「おい、エルリック! 君は何を言っているんだ!」
思わず、大きな声を上げてしまった。
「おい、レクス。そんな大きな声を出したら……」
人の気配と影。顔を上げると、扉のすぐ近くにエリニスが立っていた。
「レクス、それに変態エルリック。覗きとは悪趣味だな」
エルリックが背筋を伸ばし、爽やかな笑顔を浮かべた。
「変態? まさか。紳士と呼んでくれエリニス」
「妹の従者に踏まれたい奴を、紳士とは呼ばん」
ジト目のエリニスが、小さな声を出した。アンリエッタに聞こえないように配慮だろう。これは、エリニスに賛同せざるを得ない。僕はうんうんと首を縦に振った。エルリックはエリニスを無視して、部屋に入っていく。
「ご機嫌麗しゅうございます、アンリエッタ令嬢。このエルリック、貴女様にお会い出来る日を待ち焦がれておりました」
優雅な会釈をしたエルリックを、エリニスは肘で小突いた。
「おい、先にシャルルに挨拶をしろ。エルリック、大蛇連合国の頂点たる男だぞ」
エリニスの発言には、少し語弊がある。シャルル王子には上に二人の兄がいる。
「シャルル王子と私は大親友なので、目と目で挨拶か、やあシャルル王子、で十分だエリニス」
あはは、と呑気に笑いながらエリニスと小突き合うエルリック王子。シャルル王子はどちらかというと嬉しそう。天上人だと、遠巻きにされる方が寂しいと、良く言っている。
見た目は似ていないが、話し方や仕草など、エルリックはエリニスに似ている。というか、大蛇連合国内の王子達の多くはエリニスの真似をしている気がする。
「エルリック王子、遠路遥々、ようこそいらっしゃいました。積もる話があるでしょうから、私達は失礼します」
アンリエッタはサッと立ち上がり、セレーネの肩に軽く触れた。
「お隣のお嬢様がセレーネさんでしょうか? 初めまして、白銀月国のエルリックと申します」
エルリックがセレーネの前に立ち、手を取り……僕はついエルリックの腕を掴んでいた。エルリックは僕にウインクして、セレーネから少し離れた。
これって……僕は嫉妬した?
「あの、はい……セレーネです。お嬢様ではありません。あら、レクス! お仕事はもう終わったの? あのね、トランプって面白いのよ!」
エルリックに軽く会釈をすると、セレーネは僕を見て、ニッコリと笑ってくれた。全身、ぶわっと熱くなる。セレーネの周りがキラキラ光って見える。
発熱じゃなくて照れ。激しい動悸、息切れもそういう事なのだろう。病気ではなくて恋……。こんな事初めてなので、指摘されるまで知らなかった。
それにしてもセレーネは眩しい。僕は思わず、エルリックの背中に隠れていた。
「レクス?」
「い、い、い、いや。ま、まだ仕事……。エルリックと外交……」
「レクス?」
お湯が沸騰したように熱い。目が覚めて、一番初めに太陽を見た時よりも眩しい。セレーネの瞳って、どうしてこう、宝石のように輝いているんだ? ああ、女神だからだ。そうだ。
僕は後退りした。このままでは、僕は倒れる。それか、セレーネの光で発火するかも。
「ア、アンリエッタ! 君も付き合ってくれ。呼びに来たんだ!」
セレーネに全く相手にされていない理由は、女性に聞くべき。それにエルリックはアンリエッタと親しくなりたいらしい。踏まれたい、はどうかと思うがその他は良い男。僕はアンリエッタの手首を掴み、エルリックの腕を掴み、歩き出した。
エリニスとセレーネが婚約する前に、僕はセレーネと親しくなりたい。しかし、エリニスとのトランプが楽しいという、セレーネの邪魔をしてはいけない。
可及的速やかな対策が必要。
「レクス、真っ赤だな」
あはは、とエルリック王子は大笑い。
「し、仕方ない。め、女神のような女性と知り合ったんだ」
「女神? あの子が? 少し胸があるくらいで、他は並じゃないか。ああ、手足も少し長いか。女神というのはティア姫のような方を言う」
僕は立ち止まり、エルリック王子を見下ろした。ほんの少し、彼の方が背が低い。
「胸⁈ 君は女性のそんな所を見ているのか! 見るな! 並とはなんだ! エルリック、君の目は腐っているのか⁈ あんなに澄んだ、宝石のような瞳をした女性は滅多にいないぞ!」
思わず、低い声が出た。
「あー、レクス。そんなに怒るな。怖いって……」
「え? ああ、すまない。頭に血が上った」
「レクス王子、あの……離してもらえません?」
アンリエッタがか細い声を出した。ふと見たら、アンリエッタは涙目。
「すまない、そんなに力を入れていないが、痛かったか?」
ふるふると頭を横に振ると、アンリエッタは「痛くないです」と呟いた。顔が青い。
「具合が悪いのか。付き合わせようとして悪かった。部屋まで送ろう」
アンリエッタを抱き上げようとして、手を止める。エルリック王子に任せ……あれ? アンリエッタはニールの恋人ではなかったか? 間近か恋人かどっちかだ。そういう雰囲気だった。エルリックが失恋を肴に飲もうって話は、それか。
ニールがエルリックに勝る所は……アンリエッタと毎日顔を合わせている事だな。あと、医学知識。
「歩けるかい? 部屋で安静にしていると良い」
「レクス王子、私が運びますよ」
エルリック王子がアンリエッタに手を伸ばす。僕はその手を静止した。
「恋人のいる女性に、気安く触るものではない」
「恋人? いや、レクス。アンリエッタ令嬢は……。あー、アンリエッタ令嬢は私が部屋まで送る。君は……そうだな、カール令嬢やティア姫と話をするべきだ。もしくは男」
「カール? カールの中身はほぼ男だ。何の参考にもならない。ティアはお花畑。妄想に恋している。やはり参考にならない。男だと、女性の趣味とか好みの把握が出来ないではないか。アンリエッタが一番信頼出来る」
いや、でも……と食い下がるエルリック王子。歯切れが悪い。急にアンリエッタは渋い顔になった。
「恋人なんていません!」
キッと僕を睨むと、アンリエッタは走り出した。赤みがかかった、ストロベリーブロンドの髪がふわふわ揺れながら、遠ざかっていく。
「困ったな。セレーネとどう親しくなるべきか、女性としての意見を聞こうと思ったのだが……なんで怒ったんだ?」
元気そうだし、ほとぼりが冷めたらアンリエッタと話をしてみるか。僕は髪を掻いた。
「おい、レクス……」
「仕方ない。母上は忙しいだろうし……。親に聞くのは情けない。エルリック、アンリエッタ以外で、僕を好きではない姫や令嬢を教えてくれ。君なら分かるだろう?」
殴られる、そういう気配がして、僕は避けた。エルリックの拳が僕の左頬の脇に伸びていった。
「避けるなよ! 相変わらず素早いな! 追えよ! 泣かして放置って酷いだろう!」
「泣く? アンリエッタ、泣いていたか? え? 何故、今の会話の流れで泣くんだ。泣かせたなら、誠心誠意、謝らないとならないな。エルリック、理由を教えてくれ」
「レクス、君は本当に……。まあ、もう、むしろ良くやった。良薬は口に苦し。アンリエッタ令嬢は私に任せろ」
エルリックが珍しく精悍な顔付きで、ズンズンと歩き出した。アンリエッタが去っていった方向である。意味不明。
僕はアンリエッタが泣いていたかを思い出そうとしたが、怒り顔しか浮かばなかった。




