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王子、秘密を知る

 流星国城の西にある森。父が立ち入り禁止にした、かなりの広さがある森。母によれば、父が禁足地にする前から、禁じられた森と呼ばれていたらしい。


 城より西は、神聖な場所。領主やその血筋の者のみが踏み入れることを許される。母は自分の母親からそう教わったという。それを僕達三つ子にも、教えてくれている。


 西の森より先には、死の森と呼ばれる、近寄る事さえ出来ない世界があるとか。西の森より先の地図は無い。死の森が何なのか、記されている文献は見つけられていない。


 フェンリスが僕とセレーネを連れていったのは、その西森だった。


 奥へ進む程、森は暗くなり、植物は大きくなっていった。次第に大地は苔に覆われ、空気が赤く見えるようになっていく。森の様子が変わった辺りで、フェンリスは止まった。


「ありがとうございます。フェンリスさん」


 セレーネがフェンリスから飛び降り、会釈をした。フェンリスが小さく三回吠える。その後、頭部をゆっくりと下げた。実に風雅で堂々とした仕草である。僕は少し驚いた。フェンリスはこのような動作を、父と母にしかしない。


 フェンリスは僕を振り落とそうとした。フェンリスの体の動きに合わせて、飛び降りる。着陸と同時に、フェンリスにベシンッと尻尾で背中を叩かれた。少しよろめいている間に、フェンリスは去ってしまった。


「後で迎えに来てくれるそうよ」


 セレーネが僕の手を取り、歩き出した。


「セレーネ、君はフェンリスとも話せるのか」


「ええ。でも、まともに話してくれたのはフェンリスさんが初めて。大狼って、人を害獣、食料、家畜くらいにしか思っていないの。なのに、フェンリスさんはこの地の領主。不思議な国ね」


 何だって⁈ 僕は思わず足を止めた。


「フェンリスが領主?」


 セレーネも足を止め、僕を見据えた。


「本当は別の大狼みたいだけど、代理ですって。フェンリスさんは、領主の友人の子だって言っていたわ。領主が選んだ人の王、フィズ国王陛下がいるから半人前にでも勤まる。修行の一環ですって」


 僕をジッと見つめながら、セレーネは僕の手を離した。後ろ歩きをして、僕から離れていく。セレーネは両手を広げ、僕に微笑みかけた。


 風なんて吹いてないのに、ザワザワと森全体が揺れた。羽音が聞こえてきて、徐々に鉛色が近寄ってくる。


 プチラだ。ティアと共にいる、蜜蜂もどきが沢山。ザッと見た感じ、数十匹はいる。


「アシタバアピスの子供達よ。巣はもっと奥にあるけど、これ以上は来ないで欲しいって」


 アシタバアピスの子は、跳ねるように飛び回っている。一匹がセレーネの腕の中に飛び込むと、彼女はさわさわと産毛を撫でた。


「アシタバ半島は、レークス、バジリスコス、ココトリス、三匹の王が統治しているの。この辺りの人間は、与えられた領地を越えて、アシタバアピスの子を楽しそうに殺害した。10年以上経つけど、王達はまだ怒っているわ」


 殺害、そう口にした時、アシタバアピスの子達の三つ目が青から赤に変わった。セレーネは目を瞑って、腕の中のアシタバアピスの子に頬を寄せている。


「フィズ国王陛下が必死に手当てしてくれたって。レクス、貴方の家族はとても慕われているわ。だから、監視の元、一時的に許されている。誓いを守り、定められた地で生きなさい。私、エリニス王子やレクス王子にこの話をする為に呼ばれたみたいなの」


 セレーネが目を開いた。目が赤い。瞳そのものが赤くなっている。どういうことだ? 彼女は震え、泣いている。


「監視って……フェンリス……」


「ええ。エリニス王子と共にいるアングイス、セルペンスもよ。アシタバアピスの子はお姫様達を自分達の仲間だと思っていて世話係なんですって。親は恐ろしい人里に出るなんて、と嫌がっているけど」


 同じ世界に生きる異生物達。今のセレーネの話し振りだと、流星国は、いや大蛇連合国の人間はその異生物に見張られている。


 嘘だろう?


 いや、そんな嘘をついてどうする。セレーネは嘘をついて、僕や国に何かしようとする女性では無い。


「私、気がついたら皆と話せていたの。それで、化物の子って捨てられちゃって……。ロトワアピスと暮らしていたら、ある日、今のお父さんが現れたの」


 ホルフルアピスの子を撫でながら、セレーネは俯いている。全員、もう目は赤くない。セレーネは茶色、アピスの子達は青に戻っている。


「お父さんとは私と似てるの。それで、一緒に暮らそうって言ってくれたのよ。皆も、その方が良いって。お母様や姉様は殆どお話し出来ないわ。お母様は大狼と仲良しで、姉様はレプティリアと仲良しよ」


 大陸中央には、異生物と語れる人がいるのか。いや、エリニスもらしい。父はどうなのだろう? そういう素振りを見たことはない。話せたら楽しいだろう、という台詞は時折聞く。演技? 本心?


 父は大陸中央部にある国から、この地へ婿入りしてきた。エリニスが特殊なのは、父の血を引くから?


 なら、僕は何故平凡なのだろう。ティアもそう。ティアも異生物と話せないように見えるし、運動神経なんて酷く悪い。


 エリニスは突然変異?


「私達みたいな人、すごく稀にいるんですって。人じゃないかも。お父さんは人だって言ってるけど……皆は私を自分達の仲間だって言うわ。私も、意地悪ばっかりする人より、皆が好き」


 セレーネはしゃがんで、指で苔をむしり出した。苔を、ホルフルアピスの子達に差し出している。ホルフルアピスの子達は、苔をむしゃむしゃ食べ始めた。


 ティアが良くプチラに食べ物を与えようとして、拒否されているが、これか。神の遣いだから人の食べ物を口にしないのかと思っていたけど、主食が苔だったからか。


「大狼とアラーネア以外は草食なの。人を食べたり、無意味に襲ったりなんてしないわ。大狼やアラーネアも、他の生物を食べるのは生きる分だけよ」


「セレーネ……。質問が山のようにある。アラーネアってアピスとは違うのかい? レプティリアって? これで子供って、もっと大きくなるのか?」


「アラーネアは蜘蛛に似てるわ。レプティリアはトカゲ? 立派な角があるの。アシタバには居ないそうよ。この子達は人だと数歳くらい。アピスはうんと大きくなるわ。家くらい大きいアピスもいるもの」


 それは、衝撃的事実。胸がワクワクする。何もかもが興味深い話。僕はセレーネの前にしゃがんだ。彼女の真似をして、苔をむしり、アピスの子に差し出してみる。


 数匹が食べ出し、他のアピスの子はわらわら集まってきて、僕の頭や肩に乗たり、足元にぎゅうぎゅうとくっついてきた。多分、背中にもしがみついている。向かい側にいるセレーネも、同じような状況。


「大狼、アングイス、セルペンス、アピス、アラーネア、レプティリア。この世界には、一部の人と話せる生物がそんなにいるんだな」


 セレーネはふるふると首を横に振った。


「もっといるわ。私、アラクランとも仲良しよ。アピスとアラクランは、人が好きなの。他はあんまり。お話しも殆どしてくれない」


「もっと? そもそも、家くらい大きい生物達はどこで暮らしているんだ? アラクランって?」


「巣よ。アシタバでは人ときっちり住み分けているみたい。海、地中、巣のある森は彼等の場所。他は人里。そういう約束になっているって。アラクランは蠍に似てるの。そこら辺にいる生物が、大きくなって、賢くなったらしいわ。だから、うんと沢山いるわよ」


 これは、更に衝撃的な話。


 約束って、誰と誰が約束したんだ? やはり、父は何か知っている? この森を禁足地にしたのは父だ。しかし、それ以前からそういう土地だと、母から教わった。


「その住み分けって、誰が決めたんだ?」


「少し待って。その質問はエリニス王子にされなかった。私が住み分けの話をしなかったからだわ。皆に聞いてみる」


 しばらく苔を眺めながらぼんやりすると、セレーネは顔を上げた。この仕草、エリニスと同じだ。セレーネやエリニスは、僕には聞こえない声が聞こえる。なんて、羨ましいのだろう。


「分からないって。古くからある大切な掟、不可侵の掟ですって。助け合うのも約束だって。逆なら、報復するそうよ」


 え? 報復? それは物騒な話だ。いや、だから住み分けなのか? 大蛇連合国内で、異生物の話なんて、神話や宗教でしか知られていない。存在を知らなければ、相手を傷つけることはない。


 ああ、それで秘密にされているのか。父や母に尋ねたら、二人が知る秘密を教えてくれるだろうか? エリニスはもう聞いているかもしれない。


「アピス達はね、レクス達が好きだから近くに巣を作ったみたい。この国とは助け合えるって。私、分かるわ。この国の人達って、意地悪しないどころか、親切だもの」


 父が築いた国に、そのような評価がつくとは誇らしい。セレーネに褒められて、僕は心底嬉しかった。

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