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また無意識に口説く王子

 城下街の南地区にある、薬草園。セレーネは薬師というだけあって、植物に詳しい。我が国と、セレーネの暮らす地区では、名称が異なっているようだが、知られている効能は似ている。実に有益な外交の時間だ。


「レクス王子、その不機嫌そうな表情をお止め下さい」


 僕の隣に立つヴァルが、肘で小突いてきた。


「不機嫌? まさか」


「いいえ。この通り、酷い顔です」


 ヴァルが上着のポケットから、サッと小さな手鏡を出した。


「本当だ。僕は疲れているのか?」


「いいえ。目の前の光景に対して、気分を害しているのでしょう」


 涼しい表情で告げると、ヴァルは手鏡をしまった。


「目の前? 実に良い光景だ。異国との文化の差を知れて、お客様も楽しそう。素晴らしい事だ」


 セレーネが、ニールとカールにあれこれと薬草の話をしている。セレーネに腕を掴まれているカールは、興味無さそう。しかし、ニールは興味深げ。セレーネは時折振り返って、僕にも声を掛ける。


「その顔でそんな事を言います? 面倒だな。父上、交代して下さい。俺も向こう側に行きます」


 ヴァルは僕の背中を軽く叩き、オルゴに笑いかけて、駆け出した。


「面倒? オルゴ、今のはどういう……」


 問いかける前に、ヴァルの行動に苛立った。セレーネとニールの間に割り込む。次はセレーネの手を取り、挨拶のキス。そこまではまだ良い。ヴァルはセレーネの腰を抱いて歩き出した。


「ヴァル! 彼女は大切な来賓だ。そのように気安く触るな。距離が近い。適切な距離を保て」


 近寄ろうとしたら、オルゴに上着の背中部分を掴まれた。


「レクス王子。ヴァルは貴方様と同じ距離感です」


 オルゴが僕に向かって囁いた。同じ? 全くもって違う。ヴァルは近過ぎる。


「セレーネさん。レクス王子同様に、流星国流の女性へのおもてなし、気遣いです。私は騎士ですので、護衛の意味も含みます」


 白い歯を見せて、爽やかな笑顔を浮かべたヴァル。こういう所は、エリニスそっくり。目付け監視役のヴァルが軽薄だから、エリニスもそのように育った。淑女に気安く触るな、むしろ同じ空気を吸うなと言いたい。


「本当に、この国にいるとお姫様になった気分だわ。私の村では、女は三歩下がって歩いたりと男を立てるものです。騎士って、アンリエッタやカールと一緒に働いているんですか?」


「ヴァルはアンリエッタの兄だ。で、私の部下」


「おい、カール。私は本物の騎士で君達は……」


「まあ、アンリエッタの兄様? 全然、似てないわね。ああ、でも髪の色が赤系なのは一緒ね。アンリエッタの兄様だなんて、素晴らしいことよ」


 セレーネがヴァルの両手を握り、左右に揺れる。実に屈託の無い笑顔。ヴァルが頬を赤らめた。


「兄……様? ああ、良いねその響き。アンリエッタにもそう呼ばせよう。面白そう。セレーネさんは、アンリエッタと顔見知りなのか」


「ええ、私の初めての人間のお友達よ! あのね、アンリエッタにお土産を用意したいんです。彼女、ハーブティは好きですか? 紅茶は大好きって言っていたわ。ヴァルさん、カールさん、どうです?」


 鼻歌交じりで歩き出したセレーネは、大変機嫌が良さそう。見ていて和む。可愛い。さすが、女神。国賓が楽しそうなら、ヴァルの軽薄さも許すしかない。


 それにしても調子が良かったのに、急に症状が吹き出してきた。胃のムカムカが一番強い。


「アンリエッタは、カモミールティーが好きだな」


 怪訝そうな表情で、カールが答えた。


「初めての友達? 君って、故郷に友達は居ないのかい? それとも、人間じゃない?」


 ヴァルがセレーネの顔を覗き込んだ。だから、距離が近い。文句を言おうと思ったら、オルゴに後ろから羽交い締めにされた。気配は感じたのに、避けられなかった。オルゴは官僚なのに、色々と鍛えすぎだ。


「レクス王子、少し大人しくしていて下さい。彼女、何か妙です」


 大人しく? ヴァルが、セレーネの気分を損ねたらどうしてくれる。人間じゃない? とは失礼にも程がある。


「あー……。レクスは褒め称えてくれて、エリニス王子も、個性だって! 私、家族以外にそんな風に言ってもらえて嬉しかったわ!」


 セレーネがトンッと跳ねて、背の高い木の枝を掴んだ。くるりと回転して、枝に座る。ヴァル、カール、ニール、それにオルゴが目を丸めた。


「人より運動神経が優れているの。それで、村の人達は私が怖いって」


 セレーネは笑顔を引っ込めて、周りを見渡した。他の客も、誰もかれもがセレーネに注目している。


「でも、この国はヘンテコね。そんなに嫌な目をされないもの。エリニス王子がいて、レクスみたいに言ってくれるからね、きっと。アンリエッタも私を羨ましいと言ってくれたわ。あんなに素敵な子が、羨ましいって!」


 両足をぶらぶらされながら、破顔したセレーネが歌い出した。


「きらめく星よ、叶えて欲しい」


 またこの歌。流星の祈り唄。流星国ではエリニス発信の曲なのに、異国から来たセレーネが知っている。多分、これはアングイスやセルペンスから教わった歌なんじゃないか?


「わたしの願い、あなたの想い」


 柔らかな旋律に、美しい歌声。オルゴが僕を離した。僕もだが、皆が聞き惚れている。


「祈って欲しい」


 この部分は初めて聴いた。エリニスはいつも冒頭ばかりを繰り返している。


「その為に輝くのが流れ星」


 星。セレーネが口にした時に、大地が少し揺れた。地震? 微かな振動だったので、誰も気にしていない様子。


「星々によると、今夜から明日、大嵐になります。気をつけて下さい」


 枝の上に立つと、セレーネはペコリと頭を下げた。その後、くるくると回転しながら落下。セレーネはヴァルの隣にストンと着地した。


「君、エリニス王子と同じで預言者なんです?」


「預言者? そ、そ、そうです。は、外れる事も多いですけど……」


 青ざめたセレーネが、僕に向かって駆け寄ってきた。セレーネはそのまま、僕の腕を掴み、耳元に顔を寄せてきた。


「やらかしたわ、レクス。私、つい我を忘れてこういう事をしちゃうのよ。嵐になる事はね、アピスが教えてくれたの」


 我を忘れて? それか、セレーネが自らを「変人」と称する理由。そして、故郷であまり良い扱いをされていなさそうな原因。


「エリニスのように堂々としていれば良い」


 セレーネが小さく頷いた。徐々に肌が赤みを取り戻していく。


「アンリエッタもね、そんな事を言ってくれたわ。私、変な事を言ったのに……。そのうち……皆みたいに……。私って本当にバカだわ……」


 セレーネはまた青白くなった。少し、涙目にも見える。


 またアンリエッタ。僕の知らないところで、セレーネは相当アンリエッタを好きになったらしい。セレーネの落ち葉色の瞳にうつる親愛の光。何だか、無性に羨ましい。


「……。セレーネ、知っているかい? オルゴはアンリエッタの父親だ……」


 つい、そう口にしていた。多分、セレーネはこれで笑ってくれる。


 パアッと明るい表情になると、セレーネは僕の隣に立つオルゴを見上げた。


「そうだったんですか⁈ ふふっ、全然似ていないから気がつかなかったわ。ヴァルさんとも似てないのね。でも、匂いが似ていると思った」


 確かに、ヴァルもアンリエッタも、厳つめな大男のオルゴには似ていない。二人とも、髪や瞳の色に顔立ちなど、母親のハンナに似ている。セレーネが笑顔になって、ホッとした。


 僕は、ピピンッと思いついた。何故セレーネが少し他人と違うのか、設定を考えておけば良い。


 エリニスは「蛇神に愛される王子」である。歴史深い血脈に、土地に根付いた神話と、かつてこの国に起こったという不思議な話。それらが、エリニスを奇妙ではなく、特別な存在として光らせている。


 まだ2人きりで、秘密の話を出来ていない。このままセレーネを連れ歩くのは得策ではないだろう。そう考えていたら、空からフェンリスが降ってきた。


 僕に向かって、乗れという仕草。これは、以心伝心という事だろう。


「フェンリス。毎度ながら、君は誠の友だな」


 僕はフェンリスに飛び乗った。


「セレーネ、行こう。フェンリスが呼んでくれている」


 セレーネに手を差し出す。おずおずというよに、彼女は僕の手を握った。


「ええ。あの、オルゴさん。レクス王子は私が守るので安心して下さい。少し、出掛けてきます」


 え? 僕を守る? 僕はセレーネを自分の前に横座りさせながら、首を捻った。


「セレーネ、いくら強くてもそれは逆だ。僕こそ、この世の何もかもから、君も守る。男たるもの、大切な宝物のような存在は自らの手で守るべきだ」


 僕とセレーネを乗せて、フェンリスが走り出した。薬草園の塀を一足飛びで越える。


 遠い空の向こうに、黒い雲の群れが見えた。

 オルゴ、ニール、ヴァルはレクス王子が去った後を見つめた。カールは大きな溜息。


「徐々に間合いを詰めて、話そうと思ったのに、逃げられた」


 あー、とヴァルは額に手を当てた。


「おい、ヴァル。俺に任せろとはどの口がほざいた!」


 カールがヴァルに詰め寄る。


「レクス王子の独占欲を刺激して、火に油を注いだだけじゃないですか!」


 ニールもヴァルに詰め寄った。


「セレーネさんが訳の分からない行動をしたり、フェンリスが現れなかったら問題無かった。そもそも、目付けのお前の仕事だろう?」


「ううっ。まあ、そうなんですけど……。急な行動にどうも振り回されて……。ヴァルさんなら、どうにかしてくれると……」


 ニールが呻くと、ヴァルは罰が悪そうな表情になった。


「いや、すまない。力不足というか……あれ、反則だろう。フェンリスでまるで駆け落ちみたいに。全く、あれで無自覚、無意識とはタチが悪過ぎる」


 ヴァルはサッと周囲を見渡した。目撃者が多過ぎる。これは、噂になる。特に、レクス王子の台詞。


「はあ……。自覚させる、説教をする。どちらも達成出来ずか。あの突然、素早く行動する所はフィズ様そっくりだな。ニール、ヴァル、レクス王子が帰ってきたら確保しろ。エリニス王子にも頼め」


 オルゴは黒髪をガシガシ掻きながら、苦笑いした。


 相手のセレーネも珍妙過ぎる。レクス王子の明け透けない好意を、どう思っているんだか。オルゴは、遠くに曇り空を見つけて、一抹の不安を抱いた。

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