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初めて恋をしても気がつかない

 

「まあ、大変。お姉さんに見せて。手当てをしないと」


 僕の眼前で、落ち葉色の髪をひっつめた娘がしゃがんだ。転んで膝を擦りむいた男の子が、泣きながら首を縦に振る。


 大通りを歩いていたら、目の前で子供が転んだ。それで、男の子の手当てをしようと駆け寄った。しかし、彼女の方が一足早く、それで、ぼんやりと目の前の光景を眺めている。


 雲一つない晴天で太陽の光が眩しい。秋の終わりを告げる風は冷たく、全身が熱くなった。体がよろめく。


 息苦しくて、胸が締め付けられている。喉は……痛くない。咳もまだ出ていない。風邪の超初期症状か?


「もし、大丈夫ですか?」


 問いかけられて、背中にゾワリと悪寒がした。気持ち悪くはない、不思議な悪寒だった。寒気もしない。むしろ、熱い。


 怪我をした男の子の膝についた土を払っていた女性が、僕を見上げた。優しげな顔立ちをしている。髪色と同じ色彩の瞳に、青白い肌。純白の膝下ワンピースに、東にある煌国の織物のショール。明日の流星祭り目当ての観光客か?


 先程より目がチカチカする。それに、益々呼吸が苦しくなった。


 男たる者、風邪の初期症状くらいで弱音を吐くべきではない。僕は大きく頷いた。


「はい。大丈夫です」


「そうは見えません。顔が真っ赤でふらふらしています。この子を手当てしたら、次は貴方を診ますね」


 微笑みかけられた時、僕の胸が痛んだ。痛いというより、締め付けられている。風邪ではなくて心臓の病気? それだと一大事である。


 貴方を診ますとは、彼女は医者なのか?


 彼女は斜め掛けしている布製の大きめの鞄から金属容器を出した。次は灰色の布を取り出す。容器の蓋を開けて、布に当てがう。それで男の子の膝を軽く拭いた。とても慣れた手つき。


「泣かなくて偉いわね。このくらいの傷なら綺麗にして、乾かしておけば大丈夫」


 彼女は、よしよしと男の子の髪を撫でた。


「ありがとうお姉ちゃん! レクス王子、僕偉いって!」


 泣き顔を引っ込めて、誇らしいというように胸を張って笑った男の子。目が合った瞬間、彼は何故か怯えた。次は首を傾げて、その後は背中を向けて去ってしまった。


「レクス王子。どうしました?」


 隣に立つ、側近ニールに問いかけられた。風邪の初期症状に襲われたとか、心臓の病気かもしれないなど、言いたくない。


「王子?」


 彼女が立ち上がって、僕を見つめた。何だか瞳がキラキラして見える。


 ちょうどその時、自分は熱発したらしい。熱くて熱くて仕方がない。動悸と息切れが酷い。目眩もする。


 フラフラとよろめいて、ニールにぶつかった。


「王子様、熱みたいですね」


「おっとレクス王子。大丈夫です? きっと、公務疲れですね。早く城へ戻りましょう。カイン様に診てもらって、薬を処方してもいましょう」


 ニールが体を支えてくれた。情けないので、即座にニールから離れる。


 城へ帰る? 帰ったら、異国の医者らしい彼女と話が出来ない。異国の医療は大変気になる。


「いえ……あの……いや……風邪の引き始めのようです。問題ありません」


「それは養生しないといけません。拗らせて、長引いたり酷いことになるといけません。お医者様がいるようなら大丈夫ですね。お大事にして下さい」


 彼女にぺこりと会釈をされた。ニールが労わるように背中に手を添えてくれる。


「来週は流星祭りと晩餐会です。働き詰めで疲れが出たのでしょう。帰って、ゆっくりと休んで下さい」


 歩き出したニールが、腕で僕の体を城の方角へと促す。まだ彼女の名前を聞いていないし、自分が医学を勉強していることも伝えられていない。


 僕はニールからバッと離れ、振り返った。


 彼女はもう背を向けていた。大通りの雑踏に、姿が紛れる。追いかけようとしたら、市民がどっと集まってきた。次々と自分を心配する言葉を贈ってくれる。彼女を完全に見失ってしまった。


 嬉しいはずなのに、ムカムカしてきた。胃腸にくる風邪なのか? 心臓は……平気だ。もう胸は苦しくないし動悸もしない。


 熱さも無くなっている。


「レクス王子様?」


 ニールが怪訝そうに眉根を寄せ、市民達からも「どうされました?」と質問された。


「急に風邪をひいて、急に治ったようだ」


 不思議なこともあるものだな。レクスは髪の毛を軽く掻いた。


「なあ、ニール。先程の彼女、異国の医者みたいだった。色々と話をしたら、この国の医療に大変有益かもしれない。探して、城へ連れてきて欲しい」


「医者? 単に子供の手当てをしてくれた……」


「いいやニール。あの慣れた手つきは、絶対に医者だ。必ず今日中に城へと招待するように。そうだ、来週の晩餐会にも招こう」


 ふと、思いついて歩き出した。足取りはとても軽やか。羽が生えたよう。


 彼女を招くなら、花や菓子が必要。買って帰ろう。気分良く、様々な話をしてもらいたい。応接室を飾って、美味しい紅茶とお菓子でもてなすべき。


 いや、決めつけは良くない。紅茶かコーヒーか選んでもらおう。甘いもの、しょっぱいもの、どちらも選択出来るようにしておくべきだ。


 風邪が一瞬で治って、大変気分が良い。


「レクス王子?」


「僕は異文化交流に必要な買い物をする。ニール、頼んだ」


 城下街は庭みたいなもの。


「頼んだって……待って下さい! 買い物? 買い物って何ですか?」


 ニールの叫びに、僕は振り返って足を止めた。


「女性が喜ぶのは、花や菓子だろう? 異文化交流をするのだから、うんともてなさないとならない。あれだ。この流星国の染物は自慢の品だ。花柄のショールなんかも良いだろう。会談というのは、準備が大切だ」


 駆け寄ってきたニールは、分からないという表情。


「あー……会談?」


 先程話したばかりなのに、ニールはもう忘れたのか?


「異国の医者だ。だから、医療の話をする。君は彼女探しと招待だ。頼んだぞ」


 僕はニールの肩を叩いて、再び歩き出した。


 その時、空から大きな白が降ってきた。生まれた時から傍にいる、白狼フェンリス。


 いきなり、尻尾でベシリと背中を叩かれた。


「痛いフェンリス。何をするんだ」


 ついてこい、そういうような眼差しと頭部の動かし方をされたので、素直に従う。


「何だい? フェンリス。僕は忙しいのだが……」


 スタスタと歩いていくフェンリスを追いかける。大通りを行き交う人々が、左右に分かれて道を作ってくれた。


 レクス王子様。大狼王子様。そう、あちこちで自分の事を囁かれる。まあ、目立つので仕方ない。


 フェンリスは花屋に寄り、パン屋に寄り、それから服屋に寄った。誰か近寄ろうとすると、唸って吠える。


 これは、つまり、僕の買い物に付き合うのと護衛だ。


「頼んでなくても助けてくれるとは、君は誠の友だなフェンリス」


 隣で涼しい顔をしているフェンリス。頭を撫でようとしたら、噛まれそうになった。おまけに、フェンリスの尾が僕の頭を撫でた。友というより、子供扱いをされている。


 帰り道、巡回騎士達に「お一人で散策はお止め下さい」と言われ、次々と護衛が増えた。そうすると、フェンリスは僕から離れて居なくなった。


 四六時中離れなかったり、数日不在だったりと、フェンリスはとても自由な狼だ。


 城に帰り、応接室の一つを、彼女との会談用に準備した。自然と鼻歌が出る。


 見知らぬ世界の、知らない知識というものには大変胸が踊る。

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