復活王子、勘違いばかり
私室で倒れた僕に、セレーネ、ニール、アンリエッタが駆け寄ってきてくれた。
セレーネは、可愛らしい淡い黄色のドレス姿。落ち葉色の髪は複雑に編み込まれ、花を模した白銀の髪飾りを付けている。
「レクス、大丈夫? 体調不良と聞いたけど……。何処が悪いの?」
「セレーネさん、レクス王子は何処も悪くありません。少々、落ち込んでいるだけです。エリニス王子と何があったのですか?」
ニールが僕をソファへ座らせて、セレーネを見据えた。
「落ち込んでいる? エリニス王子とレクスは……何かあったの?」
セレーネは小首を傾げた。
「いや、そうではなくて……貴女とエリニス王子です。この三日間、一緒にいたんですよね?」
ニールがセレーネに問いかけた時、急に胸がズキズキ痛くなってきた。僕は胸を抑えた。女性の前で、弱っているところなんて見せたくない。そうだ、エリニスとセレーネへの祝いの言葉も言わないとならない。
そう思っていたら、何か違うらしい。セレーネはエリニスと手合わせさせられたり、質問責めに合ったという。合間の時間は、アンリエッタが観光案内や話し相手になってくれていた。
「エリニス王子って、自分が一番って感じで、話を聞かないの。私、少し苦手」
恋人とか婚約という雰囲気ではない。運命の二人なのに……これから惹かれ合うのか? とりあえず、今は違そう。
「ニール。ちょっと。セレーネ、レクス王子の様子をみてくれる?」
セレーネが頷くと、アンリエッタがニールを部屋の隅へと連れて行った。
「あのね、レクスと巣に行こうと思っていたのに具合が悪いと聞いたの。大丈夫? 隈があるけれど、寝れないの? 食事は……スープを飲むところだったのね」
ソファの上に置かれたスープ皿を持つと、セレーネはしゃがんだ。はい、とスプーンを差し出される。
「隈? 僕は充分寝ている……」
スプーンを受け取ろうと思うのだが、腕が怠い。
「まあ……。動くのも辛いなんて可哀想……。風邪? でも、熱はなさそうね。巣に色々生えていたから、滋養がつくものを取ってくるわ」
セレーネは僕にスプーンを渡すのを止めて、スープをすくった。反対側の手は、僕の背中を支えてくれている。
「はい、どうぞ」
慈愛に満ちた、柔らかい微笑みを見たら、胸痛がおさまった。スプーンの上に乗っているのは大好きな人参。急に空腹だと感じた。今なら食べられそう。僕は口を開いた。
「食欲はあるのね。良かった」
早朝に、ゆっくりと朝顔が花を開くように、セレーネが笑う。僕は小さく頷いた。
「ありがとう、セレーネ。落ち込んでいないし、そんなに悪くもない。流星祭りの責任者の一人になっているから、それが少し重荷だと感じているだけだと思う」
一口食べたら、食欲が湧いてきた。僕はセレーネの手からスープ皿と、スプーンを受け取った。怠かったのも吹き飛び、力が出てきた。
「アンリエッタがね。レクスは働き者って言っていたわ。色々聞いたけど、レクスは凄いのね。あの、姉様……レクスと仲良しかと思ったら……私のせいでレクスをぶったって……ごめんなさい……」
レクスは凄いのね——……。
レクスは凄いのね——……。
レクスは凄いのね——。
親しみと尊敬のこもった眼差しで、全身が熱い。僕はこの目に相応しい男でありたい。
「私、変な勘違いして。レクスと姉様が一目惚れなのかと……。そうしたら違ったって……。あの、姉様がごめんなさい……」
セレーネが萎れてしまった。僕はスープ皿を膝の上に置き、彼女の腕にそっと手を添えた。ティアにするように、なるだけ優しく撫でる。
「ああ。そんなこともあった気がする。やる事が山積みでもう忘れかけていた。アフロディテさんにも、散々謝られた。誤解や勘違いは良くある話。気にしなくて良い」
上目遣いで僕を見ると、セレーネは柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。エリニス王子もね、仲直りを手伝ってくれたの。姉様、エリニス王子と気が合いそうなのよ」
一瞬、胃がムカムカした。何だ? 胃腸炎の気があるのか? しかし、セレーネの笑顔を見ていると、体中に活力がみなぎってくる。
ふと、気がつく。部屋が暗い。これではセレーネの人を癒す笑顔が見え辛い。ああ、カーテンか。誰が閉めた。ニールだな。彼は僕に寝ろ、寝ろ、そう言っていたから、カーテンを閉めて昼夜の区別をつかなくさせたのだろう。
立ち上がって、カーテンを開けに行く。部屋を見渡したら雑多過ぎることに気がついた。本と書類の山。これは……大切なお客様を招く部屋ではない。
「良かったレクス。聞いていたより元気そうね」
「食べるのを忘れていたからだと思う。集中すると、周りが見えなくなるのは、僕の欠点なんだ。食事を促してくれてありがとう、セレーネ」
僕はソファへ戻り、スープを完食する事にした。セレーネを隣へ促す。
「レクスにも欠点があるのね」
「そりゃあそうだ。むしろ欠点だらけ。僕は日々、常に昨日の自分を越えようと励んでいるつもりだ。いつか、君に相応しい男になる」
へ? セレーネが目を丸めた。何だ?
「ぶっ! レ、レクス王子!」
ニールが駆け寄ってきた。
「部屋の中で走るなニール」
「あー、セレーネさん。セレーネさん、そうです。レクス王子は素晴らしい来賓対応が出来るような王子になりたいそうです」
セレーネ、セレーネ、煩いな。僕はニールを睨みつけた。
「ひっ! レクス王子……あー……。アンリエッタ! だから、何で来た⁈ あーもう!」
アンリエッタ? アンリエッタは困り顔で笑っていた。ニールが慌てたように、アンリエッタへ駆け寄っていく。
「あの二人、幼馴染で恋人間近なんだ。セレーネ、邪魔にならないように散歩に行かないか?」
僕はなるだけ品良く、スープをかきこんだ。
「まあ、そうなの? 」
「ああ。多分。色恋には疎い方だけど、これは当たっていると思う。セレーネ、君に薬草園への意見を述べてもらいたいんだ。それに、そうだ。舞踏会での踊りの最終練習をしたい。付き合って欲しい」
ん? そうだった。セレーネを舞踏会に招く許可を父に得てない。先に行こう。
「すぐ支度する。とりあえず、邪魔にならないように隣室へ行こう」
スープ皿は後で片そう。僕はセレーネの手を引いて、寝室の方へ移動した。




